NURSESIDE A ? いらんことしい
2006年2月27日 昼休みはふつう、2グループに分けられそれぞれ多くて1時間。しかし午前のやりかけ業務をそのまま続行するためにはゆっくり休憩なんてしていられない。まして午後に緊急入院が入ったりしたら収拾がつかなくなる。
婦長ら3名はテーブルについた。みな弁当を各自用意している。
詰所の奥からモニターを覗きながらという、なんとも落ち着かないシチュエーションだ。3人は申し合わせなしに
それぞれチラチラと覗く。廊下のほうも覗く。患者さん、その家族がやってくる場合もあるから。
救急あがりの澪は、うれしそうにモニター画面のコピーの切れ端をペタペタノートに貼っていた。
「婦長さん、これ。誰のか分かりますか」
「不安定狭心症の人でしょ。カテーテルの同意をもらってない」
「そうそう。さすがですね」
「STはちょっとはマシ?」
「いやー。まだよくなってないですねー。アンステーブルですから、カテしないといけませんよ。絶対」
カテーテルの同意はまだ得られていない。
代理を立てたリーダー美野は、今のうちにと調べものをしている。
「ユウキ先生に注意受けました、ACTの測定ですが・・・」
「まさか点滴側から採血するとはねー・・・」
「これからドクターにしてもらったらどうでしょうか。あんなに怒り散らすなら」
「うん。それはみんながそう言ってる」
「そうですよ。ドクターがすればいいんですよ。これからは」
「賛成。あたしら働きすぎだし」澪が小さく同意した。
婦長はモニターを眺めた。
「まあね。でもドクターに任せたからといって、ミスがなくなるわけではないわ」
「でも婦長さん。ドクターは能力の面からいっても」美野は食いかかった。
「能力があるからどうだとかいう問題ではないし」
「でも。でもあたしたち側に負担がこれだけきてるんですから。ドクターのほうにも」
夜勤の3人→2人体制への不満がここでも爆発しそうだ。
「美野さん。新人の言うことではないわ」
「はい・・・」
「最初に忙しくて首が廻らないのは、誰でも同じ」
「はい。すみません」
「でもそれがね、1年もたったらよくなってくるものなのよ」
「そうでしょうか・・・」
「最近残念に思うのはね。その時期が来る前にあきらめたり辞めたりする人がかなり多いってこと」
忍耐強さが必要だ。
モニターに2連発が出て、みな一瞬腰が浮く。
他のナースが1人、1人とこちらへやってくる。
「婦長さん。重症部屋の不安定狭心症の方。そろそろカテーテル受けてみようかなって」
「ホントに?」婦長はストローから離れた。
「主治医に伝えましょうか?」
「そうして」
すると澪が出て行った。
ミチルはホッとした。血液に凝固の問題が起きて心筋梗塞に発展したら、患者さんはますます危ない。
しかもさきほどのACT測定の責任も問われる。患者さんが自発的に検査を受け入れる気持ちになったのは
これ以上ない喜びだった。
また別のナース。
「婦長さん。窒息で急変しかけた人。今度も痰が出にくくて・・」
「吸引しても?」
「どんどん出てくるんです。ネバいのが」
「夕方の吸入を少し早めに繰り上げて。それでも出にくかったら主治医へ」
「報告ですね。夕方の吸入が終わってからの報告では?」
「それはのんびりしすぎね。夕方だとドクターが帰っちゃうでしょ?」
「なるほど!」
ドクターの動き、帰宅時間の把握は重要だ。
澪が戻ってきた。
「ふ、不安定狭心症の患者さん。カテはやっぱりしないって」
「え?どういうこと?」
婦長はあわてた。
「検査について詳しく説明したら、そしたら・・意地でもしない、帰るって」
「あなた説明したの?」
「今しがた」
「ど、どんな説明したのよ?」
「合併症のこととか。以前の職場では私が率先して・・」
「以前の職場とは違うの!」
僕がやってきた。
「いやあ、カテに同意してくれるとは思わなかったな」
「先生・・・」婦長は青ざめていた。
「みんなメシ食ったのか?余り、ない?」
「先生・・・」
「じゃ、説明のパンフレットを、と・・・」
僕は説明用の用紙を取り出し、冠動脈のモデルを手にとった。
「ま、さっきはACTがどうだとか言ってたが。なんとかなるな」
「先生。実は・・・」
「じゃ、行ってくる」
「あわわ・・・」
婦長ら3人は小さくなっていた。
澪はずっと言い訳する。
「アンステーブル(不安定狭心症)ですから。カテをするなら早めのほうがいいですよね。なので説明を前もってしておくのがいいかと」
「胸痛もないのに?」婦長は不快でしょうがない。
「婦長さん。狭心症で胸痛がなくてもバカにできませんよ。以前の自分の職場ではいきなり胸痛起こって、アレヨアレヨという間にラプチャー・・」
「いったいどんな説明をしたの・・?」
「いや。私は。合併症で塞栓のリスクがあるって。血栓がもし飛んで脳梗塞で麻痺することもありますって話」
「・・・・・・」
ミチルは反論しなかったが、呆れていた。確率が高いものなら分かるが、あれこれ挙げていいというものでもない。
「澪さん。選択を迫られた患者さんはデリケートなんだから・・・」
すると、僕はガラス越しの重症部屋からズドン、と詰所に戻ってきた。
「おい!こら!」
「うわっ!」澪が驚いた。
「ミオさん!なんて説明したんだ!」
「で、ですから合併症の説明を」
「リスクの説明をしすぎだぞ!あれじゃ患者が縮こまるだろうが!」
「間違ってはないと思うし」
「せっかく時間をかけて説得してきたのが・・ああ」
結局患者はカテーテル検査の合併症の説明をリアルに受け取りすぎて、利益の説明には耳を貸さなかった。
このナースは・・・いきなり詳しい副作用の説明から始めたようだ。それも淡淡と。患者は聞くに従い、不安に
なってきた。
「このやろう。明日から内服に切り替えるけど。何かあったらお前のせいだぞ!」
僕は詰所の真ん中にあるホワイトボードを蹴った。
澪は僕が出て行くまで見届けた。
「あの先生。今日は怖いですね」
「あのねえ・・・」
新人には・・・こういうふうになって欲しくないことを祈るだけだった。
そうこうするうち、他のメンバーがぞろぞろやってきた。昼休み交代だ。食べた気はしない。
オーク軍団も戻ってきた。
フミ主任が入ってきた。
「心筋梗塞はま、落ち着いてるようやね。血圧低めやったけど戻ってきた。ボルタレン消えたかな。ムンテラはさっきトシキがやった。内容は書いた」
「ご苦労さん」
「富田のオッサン、勝手に詰所入るなって釘刺しといたから」
「あ、ありがとう」
「あいつ、さっき点滴のとき触ろうとするねん」
「また・・・」
ミチルを一時、(トイレで)危機に陥れた富田は詰所の嫌われ者だった。点滴を定期的にしているのだが、わざとらしいセクハラをするというのだ。
点滴で腕を上げ下げするとき、ナースの胸などにわざとらしく触れようとするのだ。どこの病院のナースでも、経験はあるだろう。
「あ、でもな。あたしみたいなデブとかバアサンナースにはせえへんねん」
「若い子だけでしょ?」
「せや。今日は新人が1人やられたな」
「ドクターに報告する?」
「帰らしたろか、まったく・・・!」
こういう相談はあまり表ざたでドクターに相談することは少ない。内容的には事務へ届け出るものだ。
しかし周囲へ拡がるのを恐れて泣き寝入りする職員も多い。
主任は簡単に申し送りを続ける。
「波多野じいは、帰る帰るとうるさいんで、黙らしといたから」
「ありがと」
「食道エコー、やっと開始だよ。詰所奥の処置室でやるから」
「同意は?」
「ザッキーを無理やり呼んで、説明してもらったよ!それと末梢入らない人、IVHも入れてもらうことになったから!」
「さすがね」
「さ!オ澪!さっきの罰や!エコー手伝わんかい!さっさと!終わったらIVHやで!」
「はい。いいですよ」澪はマイペースで弁当を片付け、食道エコーの介助に向かった。
「<すみません>は?オ澪!」主任は澪を睨んだ。
「はあ。すみません」
「あたしに謝るな!患者に謝れ!」
婦長は主任の腕を握った。
「やっぱり頼りになるわ。あなたがいないとどうなることやら」
「どうにもならんかったりしてな。はは!」
シャレにならないセリフだった。
だが・・・そうこうしているうち、また電話が鳴っていた。またしても電話に出れず。別次元の不安が募る。
婦長は立ち上がった。
「さ。午後はカテーテル検査。それと転院があるかもという情報もあるわ。仕事が終わってない人は終わらせといて。全速力で!
事故にはくれぐれも気をつけて!」
「(ほぼ全員)はーい!」
事故にはくれぐれも、か・・・。
自分の言葉ながら、それは重く響いたのだった。
婦長ら3名はテーブルについた。みな弁当を各自用意している。
詰所の奥からモニターを覗きながらという、なんとも落ち着かないシチュエーションだ。3人は申し合わせなしに
それぞれチラチラと覗く。廊下のほうも覗く。患者さん、その家族がやってくる場合もあるから。
救急あがりの澪は、うれしそうにモニター画面のコピーの切れ端をペタペタノートに貼っていた。
「婦長さん、これ。誰のか分かりますか」
「不安定狭心症の人でしょ。カテーテルの同意をもらってない」
「そうそう。さすがですね」
「STはちょっとはマシ?」
「いやー。まだよくなってないですねー。アンステーブルですから、カテしないといけませんよ。絶対」
カテーテルの同意はまだ得られていない。
代理を立てたリーダー美野は、今のうちにと調べものをしている。
「ユウキ先生に注意受けました、ACTの測定ですが・・・」
「まさか点滴側から採血するとはねー・・・」
「これからドクターにしてもらったらどうでしょうか。あんなに怒り散らすなら」
「うん。それはみんながそう言ってる」
「そうですよ。ドクターがすればいいんですよ。これからは」
「賛成。あたしら働きすぎだし」澪が小さく同意した。
婦長はモニターを眺めた。
「まあね。でもドクターに任せたからといって、ミスがなくなるわけではないわ」
「でも婦長さん。ドクターは能力の面からいっても」美野は食いかかった。
「能力があるからどうだとかいう問題ではないし」
「でも。でもあたしたち側に負担がこれだけきてるんですから。ドクターのほうにも」
夜勤の3人→2人体制への不満がここでも爆発しそうだ。
「美野さん。新人の言うことではないわ」
「はい・・・」
「最初に忙しくて首が廻らないのは、誰でも同じ」
「はい。すみません」
「でもそれがね、1年もたったらよくなってくるものなのよ」
「そうでしょうか・・・」
「最近残念に思うのはね。その時期が来る前にあきらめたり辞めたりする人がかなり多いってこと」
忍耐強さが必要だ。
モニターに2連発が出て、みな一瞬腰が浮く。
他のナースが1人、1人とこちらへやってくる。
「婦長さん。重症部屋の不安定狭心症の方。そろそろカテーテル受けてみようかなって」
「ホントに?」婦長はストローから離れた。
「主治医に伝えましょうか?」
「そうして」
すると澪が出て行った。
ミチルはホッとした。血液に凝固の問題が起きて心筋梗塞に発展したら、患者さんはますます危ない。
しかもさきほどのACT測定の責任も問われる。患者さんが自発的に検査を受け入れる気持ちになったのは
これ以上ない喜びだった。
また別のナース。
「婦長さん。窒息で急変しかけた人。今度も痰が出にくくて・・」
「吸引しても?」
「どんどん出てくるんです。ネバいのが」
「夕方の吸入を少し早めに繰り上げて。それでも出にくかったら主治医へ」
「報告ですね。夕方の吸入が終わってからの報告では?」
「それはのんびりしすぎね。夕方だとドクターが帰っちゃうでしょ?」
「なるほど!」
ドクターの動き、帰宅時間の把握は重要だ。
澪が戻ってきた。
「ふ、不安定狭心症の患者さん。カテはやっぱりしないって」
「え?どういうこと?」
婦長はあわてた。
「検査について詳しく説明したら、そしたら・・意地でもしない、帰るって」
「あなた説明したの?」
「今しがた」
「ど、どんな説明したのよ?」
「合併症のこととか。以前の職場では私が率先して・・」
「以前の職場とは違うの!」
僕がやってきた。
「いやあ、カテに同意してくれるとは思わなかったな」
「先生・・・」婦長は青ざめていた。
「みんなメシ食ったのか?余り、ない?」
「先生・・・」
「じゃ、説明のパンフレットを、と・・・」
僕は説明用の用紙を取り出し、冠動脈のモデルを手にとった。
「ま、さっきはACTがどうだとか言ってたが。なんとかなるな」
「先生。実は・・・」
「じゃ、行ってくる」
「あわわ・・・」
婦長ら3人は小さくなっていた。
澪はずっと言い訳する。
「アンステーブル(不安定狭心症)ですから。カテをするなら早めのほうがいいですよね。なので説明を前もってしておくのがいいかと」
「胸痛もないのに?」婦長は不快でしょうがない。
「婦長さん。狭心症で胸痛がなくてもバカにできませんよ。以前の自分の職場ではいきなり胸痛起こって、アレヨアレヨという間にラプチャー・・」
「いったいどんな説明をしたの・・?」
「いや。私は。合併症で塞栓のリスクがあるって。血栓がもし飛んで脳梗塞で麻痺することもありますって話」
「・・・・・・」
ミチルは反論しなかったが、呆れていた。確率が高いものなら分かるが、あれこれ挙げていいというものでもない。
「澪さん。選択を迫られた患者さんはデリケートなんだから・・・」
すると、僕はガラス越しの重症部屋からズドン、と詰所に戻ってきた。
「おい!こら!」
「うわっ!」澪が驚いた。
「ミオさん!なんて説明したんだ!」
「で、ですから合併症の説明を」
「リスクの説明をしすぎだぞ!あれじゃ患者が縮こまるだろうが!」
「間違ってはないと思うし」
「せっかく時間をかけて説得してきたのが・・ああ」
結局患者はカテーテル検査の合併症の説明をリアルに受け取りすぎて、利益の説明には耳を貸さなかった。
このナースは・・・いきなり詳しい副作用の説明から始めたようだ。それも淡淡と。患者は聞くに従い、不安に
なってきた。
「このやろう。明日から内服に切り替えるけど。何かあったらお前のせいだぞ!」
僕は詰所の真ん中にあるホワイトボードを蹴った。
澪は僕が出て行くまで見届けた。
「あの先生。今日は怖いですね」
「あのねえ・・・」
新人には・・・こういうふうになって欲しくないことを祈るだけだった。
そうこうするうち、他のメンバーがぞろぞろやってきた。昼休み交代だ。食べた気はしない。
オーク軍団も戻ってきた。
フミ主任が入ってきた。
「心筋梗塞はま、落ち着いてるようやね。血圧低めやったけど戻ってきた。ボルタレン消えたかな。ムンテラはさっきトシキがやった。内容は書いた」
「ご苦労さん」
「富田のオッサン、勝手に詰所入るなって釘刺しといたから」
「あ、ありがとう」
「あいつ、さっき点滴のとき触ろうとするねん」
「また・・・」
ミチルを一時、(トイレで)危機に陥れた富田は詰所の嫌われ者だった。点滴を定期的にしているのだが、わざとらしいセクハラをするというのだ。
点滴で腕を上げ下げするとき、ナースの胸などにわざとらしく触れようとするのだ。どこの病院のナースでも、経験はあるだろう。
「あ、でもな。あたしみたいなデブとかバアサンナースにはせえへんねん」
「若い子だけでしょ?」
「せや。今日は新人が1人やられたな」
「ドクターに報告する?」
「帰らしたろか、まったく・・・!」
こういう相談はあまり表ざたでドクターに相談することは少ない。内容的には事務へ届け出るものだ。
しかし周囲へ拡がるのを恐れて泣き寝入りする職員も多い。
主任は簡単に申し送りを続ける。
「波多野じいは、帰る帰るとうるさいんで、黙らしといたから」
「ありがと」
「食道エコー、やっと開始だよ。詰所奥の処置室でやるから」
「同意は?」
「ザッキーを無理やり呼んで、説明してもらったよ!それと末梢入らない人、IVHも入れてもらうことになったから!」
「さすがね」
「さ!オ澪!さっきの罰や!エコー手伝わんかい!さっさと!終わったらIVHやで!」
「はい。いいですよ」澪はマイペースで弁当を片付け、食道エコーの介助に向かった。
「<すみません>は?オ澪!」主任は澪を睨んだ。
「はあ。すみません」
「あたしに謝るな!患者に謝れ!」
婦長は主任の腕を握った。
「やっぱり頼りになるわ。あなたがいないとどうなることやら」
「どうにもならんかったりしてな。はは!」
シャレにならないセリフだった。
だが・・・そうこうしているうち、また電話が鳴っていた。またしても電話に出れず。別次元の不安が募る。
婦長は立ち上がった。
「さ。午後はカテーテル検査。それと転院があるかもという情報もあるわ。仕事が終わってない人は終わらせといて。全速力で!
事故にはくれぐれも気をつけて!」
「(ほぼ全員)はーい!」
事故にはくれぐれも、か・・・。
自分の言葉ながら、それは重く響いたのだった。
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