NURSESIDE A ? 鬼の予感
2006年2月28日 詰所の奥にはベッドが1つあり、<処置室>として使用される。骨髄穿刺やDC(電気ショック)など、周囲に医療器具が多数で、広さに余裕が欲しい場合はこちらのほうが便利だ。
今回は食道エコーで使用する。尖端にプローブのついた、胃カメラよりやや太いカメラで口→食道へと入り、食道後方の左心房、それより遠方の各心室などを観察する。
通常のエコーでは見えにくい左心房血栓有無の観察、また弁膜症の場合の弁・周囲の関係把握には欠かせない。
婦長はカテ出し(カテーテル検査室への搬出)の準備を手伝った。50代女性の確認造影。1ヶ月前にステント挿入。以後の経過は良好で、再狭窄は考えにくい。運動負荷心電図・RIでも虚血のサインはなし。検査自体は早く済むものと思われる。
点滴も入り、車椅子で小奥が搬出。婦長もエレベーターに入った。
チビの小奥はなんとなく薄ら笑い。
「何か、おかしいの?」
「いいえ。くっくっ・・・いやいや」
おそらく食堂で話が盛り上がったのだろう。
チン、とエレベーターが開き、小奥はそのまま廊下をまっすぐ進んだ。
「小奥さん、あとはお願い。あたしは用事が」
「はあ」
ミチルは廊下を右に曲がり、女性職員トイレに入り込んだ。厳重に鍵をかける。
携帯をかける。すぐにそれはつながった。
『もしもし。○○保険会社』
「も、もしもし。あたし今日、事故起こして。早朝、1度連絡入れました」
『何時の、どこの事故でしょうか?』
「早朝の・・・」
『はいはい。ああ、あれね』おじさんの声が若干トーンダウンした。
「今勤務中でして。相手のほうからの連絡が何度かあったようですが・・」
『そうなんですよね。相手の保険会社からも状況は聞いております』
「病院を受診されて・・・」
『全身の痛みということで、なにや救急病院に行かれたようです。レントゲンでは骨折はなかったそうで』
「よかった・・・」
『ふつうに歩けてるようですしね。あっても軽い打撲のようで』
ミチルは大きく安堵のため息をついた。
「ではあとは、保険屋さんで・・?」
『それがですね。相手さん、かなり怒っていらっしゃるようでして』
「朝、電話が1度ありました」
『それ以後、何度もまた連絡されたようなんですね』
「え、ええ。着信ありました。何度も。でもこちらは仕事中で」
『うーん。どうやら今後の交通費のことらしくて』
「交通費?」
『相手様の車、修理に出すわけですが。ドアだけでなく周囲の部分もごっそり取り替えたいと』
「当たったのは、ドアだけだったと思うんですが・・・」
『それがね。何度連絡してもつながらないと・・・それで気を悪くされたのがキッカケかなあ・・・』
保険会社として少し苛立っているのを感じた。ある程度は彼らの負担になるからだ。
「そんな・・・」
『いえ。よくあることです。仕方がない』
「こちらの修理も・・?」
『公園の駐車場、見てきました。むしろこちらのほうがひどい。よく怪我がなかったですね・・・』
「それどころじゃないので」
『どうです?ミチルさまも診断書をいただいて』
「診断書?あたしが?」
『もらったらいい。首がなんとなく痛いとか、何かあるでしょう』
「いや、あたしは・・・」
全くなんともなかった。
『でね。本来ならこれは物損事故ですむケースが多いのですが・・・』
「そ、それで終わりでは?」
『それがね。向こうの方、かなり気を悪くされてて。人身に切り替えるというのです』
「人身・・・」
『となると、これは長引きますね。罰金や点数の対象になるということなので』
「ば、罰金。点数・・・」
『まれにですが、弁護士を立てる場合もあります』
まるでムンテラを受けているような気分だった。
「弁護士・・・裁判?」
『いやいや。よほどのケースの場合です。たいていは示談・・』
「裁判?うそ?いや!」
ミチルはリアルに受け取りすぎ、パニックを起こした。澪に警告したように、保険屋にもこう言いたかった。<確率が高いものなら分かるが、あれこれ挙げていいというものでもない>。
『ミチル様。今後は相手様の電話には出られますよう』
「・・・・・・・」
『それと、夕方あたり電話を入れてあげてください。<お体大丈夫ですか>って』
「そ、そんなこと・・・」
『まあね。そんなこと、慣れてないだけに大変だと思いますが』
「慣れてますっ!」
ミチルはプチッと携帯を切った。
トイレを出ると、また小奥に出くわした。車椅子で、患者はもう戻ってきたのだ。
「え?婦長さん?」
「あっ・・・」不幸にもトイレの前だ。
女性患者はおやっと驚いた。
「おうおう。お腹でも壊したのかいな?」
「い、いえ」婦長は反射的に髪、服装を直した。
車椅子が少し斜めになり、婦長は手を差し伸ばし修正しようとした。
「手、洗ったんですか」小奥はその手を交わし、軌道修正した。
「な・・・!」
「もう行かなくていいんですか?トイレ」
ミチルの頭に一瞬だが、ツノが生えた。
「知らん!」
「うえっ?」
黙々と廊下を進み、エレベーターへ。小奥はプルプルと頬を震わせた。
5分後、ミチルは正気を取り戻した。カテーテル検査の結果(再狭窄なし)について知ろうとしなかった自分を責めて、反省した。
今回は食道エコーで使用する。尖端にプローブのついた、胃カメラよりやや太いカメラで口→食道へと入り、食道後方の左心房、それより遠方の各心室などを観察する。
通常のエコーでは見えにくい左心房血栓有無の観察、また弁膜症の場合の弁・周囲の関係把握には欠かせない。
婦長はカテ出し(カテーテル検査室への搬出)の準備を手伝った。50代女性の確認造影。1ヶ月前にステント挿入。以後の経過は良好で、再狭窄は考えにくい。運動負荷心電図・RIでも虚血のサインはなし。検査自体は早く済むものと思われる。
点滴も入り、車椅子で小奥が搬出。婦長もエレベーターに入った。
チビの小奥はなんとなく薄ら笑い。
「何か、おかしいの?」
「いいえ。くっくっ・・・いやいや」
おそらく食堂で話が盛り上がったのだろう。
チン、とエレベーターが開き、小奥はそのまま廊下をまっすぐ進んだ。
「小奥さん、あとはお願い。あたしは用事が」
「はあ」
ミチルは廊下を右に曲がり、女性職員トイレに入り込んだ。厳重に鍵をかける。
携帯をかける。すぐにそれはつながった。
『もしもし。○○保険会社』
「も、もしもし。あたし今日、事故起こして。早朝、1度連絡入れました」
『何時の、どこの事故でしょうか?』
「早朝の・・・」
『はいはい。ああ、あれね』おじさんの声が若干トーンダウンした。
「今勤務中でして。相手のほうからの連絡が何度かあったようですが・・」
『そうなんですよね。相手の保険会社からも状況は聞いております』
「病院を受診されて・・・」
『全身の痛みということで、なにや救急病院に行かれたようです。レントゲンでは骨折はなかったそうで』
「よかった・・・」
『ふつうに歩けてるようですしね。あっても軽い打撲のようで』
ミチルは大きく安堵のため息をついた。
「ではあとは、保険屋さんで・・?」
『それがですね。相手さん、かなり怒っていらっしゃるようでして』
「朝、電話が1度ありました」
『それ以後、何度もまた連絡されたようなんですね』
「え、ええ。着信ありました。何度も。でもこちらは仕事中で」
『うーん。どうやら今後の交通費のことらしくて』
「交通費?」
『相手様の車、修理に出すわけですが。ドアだけでなく周囲の部分もごっそり取り替えたいと』
「当たったのは、ドアだけだったと思うんですが・・・」
『それがね。何度連絡してもつながらないと・・・それで気を悪くされたのがキッカケかなあ・・・』
保険会社として少し苛立っているのを感じた。ある程度は彼らの負担になるからだ。
「そんな・・・」
『いえ。よくあることです。仕方がない』
「こちらの修理も・・?」
『公園の駐車場、見てきました。むしろこちらのほうがひどい。よく怪我がなかったですね・・・』
「それどころじゃないので」
『どうです?ミチルさまも診断書をいただいて』
「診断書?あたしが?」
『もらったらいい。首がなんとなく痛いとか、何かあるでしょう』
「いや、あたしは・・・」
全くなんともなかった。
『でね。本来ならこれは物損事故ですむケースが多いのですが・・・』
「そ、それで終わりでは?」
『それがね。向こうの方、かなり気を悪くされてて。人身に切り替えるというのです』
「人身・・・」
『となると、これは長引きますね。罰金や点数の対象になるということなので』
「ば、罰金。点数・・・」
『まれにですが、弁護士を立てる場合もあります』
まるでムンテラを受けているような気分だった。
「弁護士・・・裁判?」
『いやいや。よほどのケースの場合です。たいていは示談・・』
「裁判?うそ?いや!」
ミチルはリアルに受け取りすぎ、パニックを起こした。澪に警告したように、保険屋にもこう言いたかった。<確率が高いものなら分かるが、あれこれ挙げていいというものでもない>。
『ミチル様。今後は相手様の電話には出られますよう』
「・・・・・・・」
『それと、夕方あたり電話を入れてあげてください。<お体大丈夫ですか>って』
「そ、そんなこと・・・」
『まあね。そんなこと、慣れてないだけに大変だと思いますが』
「慣れてますっ!」
ミチルはプチッと携帯を切った。
トイレを出ると、また小奥に出くわした。車椅子で、患者はもう戻ってきたのだ。
「え?婦長さん?」
「あっ・・・」不幸にもトイレの前だ。
女性患者はおやっと驚いた。
「おうおう。お腹でも壊したのかいな?」
「い、いえ」婦長は反射的に髪、服装を直した。
車椅子が少し斜めになり、婦長は手を差し伸ばし修正しようとした。
「手、洗ったんですか」小奥はその手を交わし、軌道修正した。
「な・・・!」
「もう行かなくていいんですか?トイレ」
ミチルの頭に一瞬だが、ツノが生えた。
「知らん!」
「うえっ?」
黙々と廊下を進み、エレベーターへ。小奥はプルプルと頬を震わせた。
5分後、ミチルは正気を取り戻した。カテーテル検査の結果(再狭窄なし)について知ろうとしなかった自分を責めて、反省した。
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