「ムンテラしまーす!」

 真吾が呼びかけ、みな四隅に退いた。

 婦長はメモをとる準備をした。この患者さんは・・・さきほどリハビリ室で転倒したらしい。

高齢者男性(68)患者の家族、中年夫婦はゆっくり腰掛けた。ザッキーは頭部CTを指差す。

「さきほどリハビリ室で、転倒されたそうで。その直後のCTです」
「ほおほお」夫がまじまじと写真を見る。
「いつもの写真と比べて変わりはない。あ、今はですよ」

まるで<後は知らない>という薄情な表現にも思える。この男はまだ学ぶ必要があった。

「いきなりこう、倒れたんですかな?」夫は転ぶしぐさをした。
「それは分かりません。私も詳しくは聞いてないので。リハビリの先生は忙しいようだしな・・」
「いえいえ。別に疑っているとかそんなのでは」
「今後、そういうことないように婦長に伝えておきますので」

婦長は意味もなく自分にふられたのが不快だった。

「先生。いつもありがとうございます」夫婦はおじぎをして、戻っていった。

最近態度がでかい真吾は、ムンテラ内容をカルテに書き込んだ。
「じゃ、頼んだよ婦長さん」
「・・・・・・」
「頼むよ。この患者さん、リウマチでしばらく落ち着いてたんだから」
「転んで・・・今はふつうなんですかね」
「ああ。ナースに呼ばれて、病室で会ってきた」

婦長は振り向いた。
「リーダーさん。患者さんが倒れたのは、リハビリ室?」
「え?はい・・・」警戒するように、美野が頷いた。
「すぐ起き上がったわけ?」
「いえ。しばらく動けなかったって」
「で・・・しばらくしてここへ連れてきたわけね?」
「はい。そうです」

「バカ!ダメよ!そんなこと!」婦長にツノが1本生えた。
「ひっ!」
「連れていく判断をした、バカモンは誰?」

「僕・・・」
茶髪の若者が隅に立っていた。
「僕です。いけなかったですかね」

この茶髪のイケメン男、PT(リハビリ技師)は・・そう、リーダーの美野が温泉旅行にいっしょに行ったという・・男性スタッフからみて非常にうらやましい男だった。

「ドクターを呼ばなければいけなかったですかね?」
「そりゃそうでしょう」
「でも大丈夫かなと思って」
「あなたが勝手に思っただけじゃないの!」
「意識はあるし」
「あっそ?意識があったら問題ないの?」

婦長のテンションがおかしい。

「自分はPTなもんで。整形の領域以外はよく・・」
「ちょっとそれで逃げるわけ?」
「とにかく、すみませんでした」
「ちょっとあたしに!あたしに!」
「?」

婦長はズンと前に出た。

「あたしに謝らない!患者さんに謝る!」
「また、今度・・」
「ちょっとアンタ、こっちきいや!」
ミチルは腹を立て、PTの腕をつかんだ。

「イタイイタイ!」
「頭をぶつけるってのが、どんなに大変なのか知ってんのか!」
婦長はPTをひきずりつつ、廊下を走った。

「手が折れる手が折れる!」
「それで苦しい思いをした人の気持ちが分かるのか!」
「わかったからわかったから!」
「わかってない!」

婦長はドンドン、と個室をノックし返事も聞かずドアを開けた。

「謝るなら!ちゃんと患者さんの前・・・きゃあ!」
婦長の視界に、何やらいかがわしい写真が飛び込んできた。

「う!うわ!」じいさんは慌ててグラビアページを閉じた。ベッドの上にも何冊か置いてある。
婦長はその1冊を持ち上げた。

「成人誌・・・?」ついつい裏返すと、そこにはマジックで<真吾用>と書いてある。実は医局にあった数々の本・・それらは医局→事務→事務当直→検査室→放射線科へとめぐり、やがてレントゲン待ちの患者が少しずつ病棟へ持ち帰ったものだったのだ。

さながらそれは食物連鎖のようだ。

PTは半笑いになり、深々と礼をした。
「大丈夫ですか?お体のほうは・・?」
「だっだっ・・・誰かと思うたわ!非常識な!」

婦長は目線をどこかから逸らし、病室を出た。
「どうやら問題なさそうね・・・」

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