NURSESIDE A ? 仁義なき詰所
2006年3月2日PTを患者の部屋に残し、婦長は詰所へと戻った。
事務長と田中くんが中にいる。結核患者の転送準備だ。
シローは紹介状を書き上げた。
「紹介状に、レントゲン・・・と!」
「はいはい」田中くんは資料を受け取り、1つの大きな袋に入れた。
「では、私の車で連れて行きますので・・・患者さんは歩けるんですよね?」
「歩けます!元気なじいさんだよ!」
シローは次の仕事にとりかかった。
田中君はちょっぴり不安だった。排菌している患者と、車という狭い空間でいっしょにドライブするのだ。
「あ。ミチルさん!」
「は?」
口の軽い田中くんに腹を立てていた婦長は、サラッと流した。しかし彼は追いかけてくる。
「相手の方、どうなりました?」
あたりが急にシーンと静まった。
「知りません!」
「え?どうして?相手の人。ほら。打撲程度ですんだとか・・」
「シッ!」
ミチルは赤面したが遅かった。周囲は何か恐れおののくような雰囲気に包まれた。
今の内容では、まるでミチルが誰かに暴力をふるったかのような内容だ。
事務長は心配そうに婦長をみつめた。
「ま、いいじゃないか婦長。もう時効だし」
「なにが時効よ!勝手に!」
田中君は患者を車椅子でゆっくり運んでいった。
日勤の仕上げをする中、リーダー美野は電話対応に追われている。
「はい。はい・・・ええ。婦長さん」
「なによ!」
「ひっ・・・」
事務長は怒った表情のミチルに近寄った。
「仕事は仕事。やらなきゃいかん!」
「知らん!」
婦長はまたドカンと事務長のつま先を踏んだ。
「いたい!」
「だから知らん!」
大奥を除き、ナースら一同は数歩後ろに退がった。
「ふちょうさん。ふちょうさん」
リーダーが泣きそうに受話器を持った手を伸ばしている。
「ユウキ先生から、ユウキ先生から・・・」
婦長は震えた受話器を奪い取った。
「はい。何?」
『ACTは測定したか?ACT』
「もう、いちいちいちいち・・・!」
『いくらだった?』
「いくらってえ?」
勢いで受話器は引っ張られ、電話機ごと床に叩き落された。
リーダーは持ち上げたが・・・
「ああ。切れてる・・・ていうか、壊れてる?」
「ったく。電話で呼べばいいと思って!」
事務長はため息をついた。
「じゃ、私はこれで。今日は用事があるので、早めに失敬する」
「なあなあ」大奥が歩み出た。
「あんたら2人。なにかあったやろ?」
婦長は無視し、リーダーの申し送りの準備を手伝った。
事務長は壊れた電話を取り外し、修理のため持っていく。
「ふちょうさん、ふふ、ふちょうさん・・・」
詰所の隅で、リーダーはまたうつむいていた。
「また電話が・・・」
もう1つの電話機から、受話器を婦長に渡した。
「さっきはごめんね。はい。もしもし!」
『今日、勤務の春日の父親でございます』
「ちちおや・・・?」にしては声が若かった。鼻づまりのような・・・。
『本日娘がそちらで準夜勤の仕事に入るところだったのですが・・・調子が悪くて』
「ご病気に?」
『と、とても電話に出られる状態ではないので。それで・・』
「では勤務は休まれる、ということで?」
心配したせいか、婦長はだんだん冷静になってきた。
『いつも婦長さんにはご迷惑をかけて申し訳ないと、娘がいつも・・・』
「いえ。それはいいんです。ではお大事に」
婦長が電話を切ろうとしたとたん、リーダーはササッと電話機を下に差し出した。
「大丈夫よ。今度は壊さないから」
婦長は受話器を軽く、チンと振り下ろした。
「さて困ったわ。準夜に入るはずの新人が病気で」
そう言ったとたん、周囲が妙にせわしくなってきた。それぞれの仕事の加速度が増す。
「誰に頼んだらいいか・・・・深夜帯もそういや1人休むのよ・・・・」
婦長は勤務表とのにらめっこを続けた。
ポクポクポク・・・・しかしこれはトンチで解決する問題ではない。
誰かが譲歩しなければいけない。
だがどう考えてもこの人手不足、過酷勤務の中、人手を調達するのは不可能に近かった。
婦長は主任をチョロっと一瞥した。しかし・・
「あたし?フン。もう辞める身だし」
「ダメかな。どっちかをあたしがするとして」
「婦長が夜勤?誰かにさせたら?」
「いないから、あなたに聞いてるのよ」
「なんであたしが」
「でも誰かがしないと」
「ほ、他はどうなんや?」
婦長はチラッと大奥のほうを見た。
「あたい?あたいはアカンよ。絶対。100%」
「大奥さん。どうか・・・」
「アンタ。なんか聞いたけど、うちの小奥にガンつけたんか?」
「あたしは何も?」
「とぼけるな。アンタに何があったか知らんが。トイレでこそこそしやがって」
「それは・・」
「それでも婦長か!」
大奥はドカンと椅子に座り、看護記録の仕上げをしていった。中・小奥もそれにならった。
婦長は脱力感のあまり、奥の控え室へ。
入ると同時に、例のMRがあわてて飛び出していった。
「いつまでいたのよ。いつまで・・・?」
奥ではまだ、新人の池田が座っている。
「池田さん。仕事にならないんだから、もう帰りなさい」
「えっ。あっ」
さっきまで笑顔だったようなほころんだ顔で、新人は取り乱した。
「ここであまり私的な会話は謹んで。はあ」
「婦長さん。何かトラブルとかあったんですか?」
「周りはなんて言ってる?」
「相手を殴ってケガさせたとか・・・」
「あたしが?」
「不倫相手?えっ?」
「あたしが不倫?あっはは」意外な内容に、笑うしかなかった。
「あーあ。面白いわね。で?」
「なんか事務長が受付嬢と親しいから、それでムキになって八つ当たりして関係のない人をケガさせて・・・えっ?」
「・・・・・人のウワサもええとこやな」
婦長にまたツノが生えた。
「ああ!かか!帰ります!」
新人はメガネを額に押し当て、つまずきながら出て行った。
「おつかれです!」
「・・・・・」
ミチルは応えなかった。ふと隅に動く物体・・かと思ったら、満杯のゴミ箱。
その真上にクシャクシャになった広告紙。さきほど誰かが丸めて入れたのか。
やっぱり気になり、婦長はそれを取り、広げた。そこには・・・
『集合場所。キタ新地の○○ビル3F。6時半。ドクター、MRこぞってお待ちしております!幹事MR:○○』
「なんなの。これは・・・」
下には地図。それとタクシー券の入っていたと思われる小封筒。
「ふーん・・・・あやつら。会があるって言ってたけど・・・」
婦長はその紙をポッケにしまった。
「ひょっとして新人も・・・」
婦長に再びアドレナリンが流れ出した。
「いい度胸や!」
怒りの銃弾が1つ、また1つ充填されていく。
「・・・先生よ。弾はまだ残っとるがよ」
とは言ってない。
事務長と田中くんが中にいる。結核患者の転送準備だ。
シローは紹介状を書き上げた。
「紹介状に、レントゲン・・・と!」
「はいはい」田中くんは資料を受け取り、1つの大きな袋に入れた。
「では、私の車で連れて行きますので・・・患者さんは歩けるんですよね?」
「歩けます!元気なじいさんだよ!」
シローは次の仕事にとりかかった。
田中君はちょっぴり不安だった。排菌している患者と、車という狭い空間でいっしょにドライブするのだ。
「あ。ミチルさん!」
「は?」
口の軽い田中くんに腹を立てていた婦長は、サラッと流した。しかし彼は追いかけてくる。
「相手の方、どうなりました?」
あたりが急にシーンと静まった。
「知りません!」
「え?どうして?相手の人。ほら。打撲程度ですんだとか・・」
「シッ!」
ミチルは赤面したが遅かった。周囲は何か恐れおののくような雰囲気に包まれた。
今の内容では、まるでミチルが誰かに暴力をふるったかのような内容だ。
事務長は心配そうに婦長をみつめた。
「ま、いいじゃないか婦長。もう時効だし」
「なにが時効よ!勝手に!」
田中君は患者を車椅子でゆっくり運んでいった。
日勤の仕上げをする中、リーダー美野は電話対応に追われている。
「はい。はい・・・ええ。婦長さん」
「なによ!」
「ひっ・・・」
事務長は怒った表情のミチルに近寄った。
「仕事は仕事。やらなきゃいかん!」
「知らん!」
婦長はまたドカンと事務長のつま先を踏んだ。
「いたい!」
「だから知らん!」
大奥を除き、ナースら一同は数歩後ろに退がった。
「ふちょうさん。ふちょうさん」
リーダーが泣きそうに受話器を持った手を伸ばしている。
「ユウキ先生から、ユウキ先生から・・・」
婦長は震えた受話器を奪い取った。
「はい。何?」
『ACTは測定したか?ACT』
「もう、いちいちいちいち・・・!」
『いくらだった?』
「いくらってえ?」
勢いで受話器は引っ張られ、電話機ごと床に叩き落された。
リーダーは持ち上げたが・・・
「ああ。切れてる・・・ていうか、壊れてる?」
「ったく。電話で呼べばいいと思って!」
事務長はため息をついた。
「じゃ、私はこれで。今日は用事があるので、早めに失敬する」
「なあなあ」大奥が歩み出た。
「あんたら2人。なにかあったやろ?」
婦長は無視し、リーダーの申し送りの準備を手伝った。
事務長は壊れた電話を取り外し、修理のため持っていく。
「ふちょうさん、ふふ、ふちょうさん・・・」
詰所の隅で、リーダーはまたうつむいていた。
「また電話が・・・」
もう1つの電話機から、受話器を婦長に渡した。
「さっきはごめんね。はい。もしもし!」
『今日、勤務の春日の父親でございます』
「ちちおや・・・?」にしては声が若かった。鼻づまりのような・・・。
『本日娘がそちらで準夜勤の仕事に入るところだったのですが・・・調子が悪くて』
「ご病気に?」
『と、とても電話に出られる状態ではないので。それで・・』
「では勤務は休まれる、ということで?」
心配したせいか、婦長はだんだん冷静になってきた。
『いつも婦長さんにはご迷惑をかけて申し訳ないと、娘がいつも・・・』
「いえ。それはいいんです。ではお大事に」
婦長が電話を切ろうとしたとたん、リーダーはササッと電話機を下に差し出した。
「大丈夫よ。今度は壊さないから」
婦長は受話器を軽く、チンと振り下ろした。
「さて困ったわ。準夜に入るはずの新人が病気で」
そう言ったとたん、周囲が妙にせわしくなってきた。それぞれの仕事の加速度が増す。
「誰に頼んだらいいか・・・・深夜帯もそういや1人休むのよ・・・・」
婦長は勤務表とのにらめっこを続けた。
ポクポクポク・・・・しかしこれはトンチで解決する問題ではない。
誰かが譲歩しなければいけない。
だがどう考えてもこの人手不足、過酷勤務の中、人手を調達するのは不可能に近かった。
婦長は主任をチョロっと一瞥した。しかし・・
「あたし?フン。もう辞める身だし」
「ダメかな。どっちかをあたしがするとして」
「婦長が夜勤?誰かにさせたら?」
「いないから、あなたに聞いてるのよ」
「なんであたしが」
「でも誰かがしないと」
「ほ、他はどうなんや?」
婦長はチラッと大奥のほうを見た。
「あたい?あたいはアカンよ。絶対。100%」
「大奥さん。どうか・・・」
「アンタ。なんか聞いたけど、うちの小奥にガンつけたんか?」
「あたしは何も?」
「とぼけるな。アンタに何があったか知らんが。トイレでこそこそしやがって」
「それは・・」
「それでも婦長か!」
大奥はドカンと椅子に座り、看護記録の仕上げをしていった。中・小奥もそれにならった。
婦長は脱力感のあまり、奥の控え室へ。
入ると同時に、例のMRがあわてて飛び出していった。
「いつまでいたのよ。いつまで・・・?」
奥ではまだ、新人の池田が座っている。
「池田さん。仕事にならないんだから、もう帰りなさい」
「えっ。あっ」
さっきまで笑顔だったようなほころんだ顔で、新人は取り乱した。
「ここであまり私的な会話は謹んで。はあ」
「婦長さん。何かトラブルとかあったんですか?」
「周りはなんて言ってる?」
「相手を殴ってケガさせたとか・・・」
「あたしが?」
「不倫相手?えっ?」
「あたしが不倫?あっはは」意外な内容に、笑うしかなかった。
「あーあ。面白いわね。で?」
「なんか事務長が受付嬢と親しいから、それでムキになって八つ当たりして関係のない人をケガさせて・・・えっ?」
「・・・・・人のウワサもええとこやな」
婦長にまたツノが生えた。
「ああ!かか!帰ります!」
新人はメガネを額に押し当て、つまずきながら出て行った。
「おつかれです!」
「・・・・・」
ミチルは応えなかった。ふと隅に動く物体・・かと思ったら、満杯のゴミ箱。
その真上にクシャクシャになった広告紙。さきほど誰かが丸めて入れたのか。
やっぱり気になり、婦長はそれを取り、広げた。そこには・・・
『集合場所。キタ新地の○○ビル3F。6時半。ドクター、MRこぞってお待ちしております!幹事MR:○○』
「なんなの。これは・・・」
下には地図。それとタクシー券の入っていたと思われる小封筒。
「ふーん・・・・あやつら。会があるって言ってたけど・・・」
婦長はその紙をポッケにしまった。
「ひょっとして新人も・・・」
婦長に再びアドレナリンが流れ出した。
「いい度胸や!」
怒りの銃弾が1つ、また1つ充填されていく。
「・・・先生よ。弾はまだ残っとるがよ」
とは言ってない。
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