NURSESIDE A ? 暴走
2006年3月7日 準夜勤、深夜勤ともに急遽1人ずつ欠けてしまい、埋め合わせが必要になった。
しかし誰に頼んでもイエスの返事はない。
申し送りの時間も刻一刻と近づいている。帰りかけていた事務長も並んで、詰所で悩んでいた。
「田中くん?結核病棟はいけたか?アーハン!」事務長は携帯を閉じた。
「携帯ね。ゴメンゴメン。大丈夫・・だよな?」彼は周囲を見回した。
婦長は放心状態で立っている。
「婦長。代わりの勤務は重症病棟でなく、他の病棟に頼んだらどうだ?」
「事務長から頼んでくれない?」
「僕?うん。僕ね・・・」
事務長は少し慌てた。勤務が過酷になり、どこの部署からも嫌われている。
「そうだな。総婦長に相談したらどうだ?」
「あの人。仕事してないしボケてるし」
「ったく。そんなヤツをいつまで雇って・・」
「それはアンタでしょ!」
婦長はまたツノが生えてきて、半径1メートル以内は誰も立ち入らなくなった。
ただオークら3人組は嬉しそうに座っている。
「ねえ!なんとかしてよ!」婦長は事務長に食ってかかった。
「うーん・・・」
「ねえ!ちょっと!」
「うーん・・・」
「どうしたら!」
「いいのかな・・・」
「あたしだって、帰っていろいろすることあるの!」
「家族の、世話・・・?」
事務長はとぼけた。婦長は帰ってからも両親の食事、洗濯、入浴介助などの仕事が待っている。
過酷な勤務はいずれにしても続くのだ。
「お父さんは、ご飯炊くことしかできないし!」
「それだけでもすごいよ。はっは」
「ねえ!どうなるの!ねえ!」
事務長は時計を見た。
「今度こそ、出発しなきゃな・・・」
「えっ?逃げる?」
「いやいや。用事があるんだ。どうしても」
「あたしはどうなるの?」
「ど、どうって・・・それは臨機応変に・・・」
すると、1人カバンを担いだオバサンが私服で1人詰所に入ってきた。寝ぼけ眼で太ったオバサンは、ズッシズッシと控え室へ入っていった。
オバサンナースの中野は着替えながら、詰所のテーブル上の重症板を眺めた。
「ほげえ。満床だわね。ふげえ!あれ?ペアのナースは?」
「それがね。中野さん」
婦長は説明した。
「ほげ?休んで出られない?」
「そうなのよ。事務長に代わりを頼んでいるんだけど・・・」
「そしたら、婦長さんがせにゃいかんね!」
「な。なんであたしが・・・!」
「ヘッヘッヘ!ジョウダンジョウダン!カアッ!」
中野はたまった痰をゴミ箱に吐いた。
婦長は周囲を見回した・・が、事務長はいない。
「あ・・あいつ!あのクソが!」
「婦長さん・・・」リーダー美野は下品な言葉に圧倒された。
「外出した巣鴨さんですが。婦長さん!」澪が報告。
「戻ってきたわよね?」
「いえ。行方不明です」
「ええっ・・・?」
動揺隠せないまま、申し送りの時間に突入した。4時半。
中野は尻をボリボリ掻きながら、テーブル中央に立った。その横に、婦長が並ぶ。
向かいに今日の日勤ナース6名。
婦長は内線で電話している。
「お父さん?」
『ミチルか?今日のオカズは?』
「今日は悪いけど。どうしても・・」
『昨日は肉やったから。よかったら魚にしてくれ』
「どうしても帰れないのよ」
『それと、もう米が減ってきとるぞ。大丈夫なんか?』
「お母さんにも伝えて」
『魚にするってことか?』
婦長は手で顔を覆い・・・また放して、一瞬押し黙った。
「なあ!なあ聞いとんか!」いきなり表情が鬼のように豹変した。
『わ。びっくりした』
「ホントは聞こえてるのと違うんか?違う?違うやろ!」
『うん。聞こえる』
「なら聞けや!いつまでたってもメシはまだかメシはまだか!そればっかり・・・!」
婦長の腹に怒りが増幅されていく。周囲は青ざめた。
婦長がこんなに怒るのは、実に半年ぶりなのだ。
「いつまでも娘が面倒見てくれると思ったらな!間違いやで!」
オークら3人さえ数歩退いた。まじまじと見る彼らに婦長の目が合った。
「なに!なに!」婦長は受話器を外した。
「い、いや・・・」大奥は目を逸らした。
「だいたいアンタがあかんやろ!アンタが!」婦長は池田のメガネを傷つけた中奥に当り散らした。
「アンタがわざとあんなことするからやで!」
「あんなこと?」大奥は眉をしかめた。
「とぼけてるやろ!あんたも!」
「な、何だろか・・」
婦長は受話器を再び密着させ、小奥を睨んだ。
「それと!アンタもやで!」
「ひぃ・・」小奥の頬が両方ともピクピク痙攣した。
「お父さん。ねえ分かった?」
『ふりかけにしとく』
「なんや。やれるやないか。風呂もやっときや!」
ミチルはハアハアと息切れしながら受話器を置いた。
「ハア・・・まったくドイツもコイツも・・・!」
「(一同)・・・・・・・・・・」
「役立たずが・・・!」
矢のような言葉がリーダーの胸に鋭く刺さり、彼女は少し泣きかけた。
「泣く!ほらすぐそうやって泣く!」婦長は日勤リーダーを正面視した。
「役立たずですみません・・・」
「フン。そう気づいてるだけ、マシなんとちがう?」
婦長はクールに答えた。
婦長の横、中野おばさんナースがフムフムと看護記録を読んでいる。
「みんな固まって。どうしたんかいね?」
「今日は覚悟がいるで!」
中野は少し眉をしかめ、婦長を見つめた。
「何!その表情は何!」
「・・・・・・」
「眉間にシワ寄せて!」
「・・・・・・」
「三田村邦彦の奥さんみたいに!」
「・・・・・・」
中野は少し間をおいて、ニコッと答えた。
「あたし、耳が遠いですねん」
彼女はゆっくりと補聴器を取り出し、右耳にかけた。
「おおおお。世界が変わる!世界が変わる!」
どうやら聞こえてきたようだ。
「何も聞こえてなかったの?」婦長は不服そうだった。
「ふんにゃ!いったん外してた!」
「新人は休みで・・」
「それは知っとるがな。何度も老人みたいに聞くんやな」
「なっ・・・?」
中野は何度か頷いた。
「ふーん。じゃあ、婦長さんは久しぶりの夜勤っちゅうわけやな?」
「そうよ。お手柔らかに!」
「こっちも遠慮、せんからな」一瞬ボソッと呟く。
「えっ!」
「さてと、この人は、フンフン・・・」
意外にも、上手(うわて)な人物かもしれない。
婦長はリーダーを正面視。
「さ!さっさと申し送りを!日が暮れるわよ!クレクレククレ!ヒガクレル!」
「は、はい・・・うう」
さっきから踏み出したかったリーダーは、やっとの思いで申し送りを開始した。
しかし誰に頼んでもイエスの返事はない。
申し送りの時間も刻一刻と近づいている。帰りかけていた事務長も並んで、詰所で悩んでいた。
「田中くん?結核病棟はいけたか?アーハン!」事務長は携帯を閉じた。
「携帯ね。ゴメンゴメン。大丈夫・・だよな?」彼は周囲を見回した。
婦長は放心状態で立っている。
「婦長。代わりの勤務は重症病棟でなく、他の病棟に頼んだらどうだ?」
「事務長から頼んでくれない?」
「僕?うん。僕ね・・・」
事務長は少し慌てた。勤務が過酷になり、どこの部署からも嫌われている。
「そうだな。総婦長に相談したらどうだ?」
「あの人。仕事してないしボケてるし」
「ったく。そんなヤツをいつまで雇って・・」
「それはアンタでしょ!」
婦長はまたツノが生えてきて、半径1メートル以内は誰も立ち入らなくなった。
ただオークら3人組は嬉しそうに座っている。
「ねえ!なんとかしてよ!」婦長は事務長に食ってかかった。
「うーん・・・」
「ねえ!ちょっと!」
「うーん・・・」
「どうしたら!」
「いいのかな・・・」
「あたしだって、帰っていろいろすることあるの!」
「家族の、世話・・・?」
事務長はとぼけた。婦長は帰ってからも両親の食事、洗濯、入浴介助などの仕事が待っている。
過酷な勤務はいずれにしても続くのだ。
「お父さんは、ご飯炊くことしかできないし!」
「それだけでもすごいよ。はっは」
「ねえ!どうなるの!ねえ!」
事務長は時計を見た。
「今度こそ、出発しなきゃな・・・」
「えっ?逃げる?」
「いやいや。用事があるんだ。どうしても」
「あたしはどうなるの?」
「ど、どうって・・・それは臨機応変に・・・」
すると、1人カバンを担いだオバサンが私服で1人詰所に入ってきた。寝ぼけ眼で太ったオバサンは、ズッシズッシと控え室へ入っていった。
オバサンナースの中野は着替えながら、詰所のテーブル上の重症板を眺めた。
「ほげえ。満床だわね。ふげえ!あれ?ペアのナースは?」
「それがね。中野さん」
婦長は説明した。
「ほげ?休んで出られない?」
「そうなのよ。事務長に代わりを頼んでいるんだけど・・・」
「そしたら、婦長さんがせにゃいかんね!」
「な。なんであたしが・・・!」
「ヘッヘッヘ!ジョウダンジョウダン!カアッ!」
中野はたまった痰をゴミ箱に吐いた。
婦長は周囲を見回した・・が、事務長はいない。
「あ・・あいつ!あのクソが!」
「婦長さん・・・」リーダー美野は下品な言葉に圧倒された。
「外出した巣鴨さんですが。婦長さん!」澪が報告。
「戻ってきたわよね?」
「いえ。行方不明です」
「ええっ・・・?」
動揺隠せないまま、申し送りの時間に突入した。4時半。
中野は尻をボリボリ掻きながら、テーブル中央に立った。その横に、婦長が並ぶ。
向かいに今日の日勤ナース6名。
婦長は内線で電話している。
「お父さん?」
『ミチルか?今日のオカズは?』
「今日は悪いけど。どうしても・・」
『昨日は肉やったから。よかったら魚にしてくれ』
「どうしても帰れないのよ」
『それと、もう米が減ってきとるぞ。大丈夫なんか?』
「お母さんにも伝えて」
『魚にするってことか?』
婦長は手で顔を覆い・・・また放して、一瞬押し黙った。
「なあ!なあ聞いとんか!」いきなり表情が鬼のように豹変した。
『わ。びっくりした』
「ホントは聞こえてるのと違うんか?違う?違うやろ!」
『うん。聞こえる』
「なら聞けや!いつまでたってもメシはまだかメシはまだか!そればっかり・・・!」
婦長の腹に怒りが増幅されていく。周囲は青ざめた。
婦長がこんなに怒るのは、実に半年ぶりなのだ。
「いつまでも娘が面倒見てくれると思ったらな!間違いやで!」
オークら3人さえ数歩退いた。まじまじと見る彼らに婦長の目が合った。
「なに!なに!」婦長は受話器を外した。
「い、いや・・・」大奥は目を逸らした。
「だいたいアンタがあかんやろ!アンタが!」婦長は池田のメガネを傷つけた中奥に当り散らした。
「アンタがわざとあんなことするからやで!」
「あんなこと?」大奥は眉をしかめた。
「とぼけてるやろ!あんたも!」
「な、何だろか・・」
婦長は受話器を再び密着させ、小奥を睨んだ。
「それと!アンタもやで!」
「ひぃ・・」小奥の頬が両方ともピクピク痙攣した。
「お父さん。ねえ分かった?」
『ふりかけにしとく』
「なんや。やれるやないか。風呂もやっときや!」
ミチルはハアハアと息切れしながら受話器を置いた。
「ハア・・・まったくドイツもコイツも・・・!」
「(一同)・・・・・・・・・・」
「役立たずが・・・!」
矢のような言葉がリーダーの胸に鋭く刺さり、彼女は少し泣きかけた。
「泣く!ほらすぐそうやって泣く!」婦長は日勤リーダーを正面視した。
「役立たずですみません・・・」
「フン。そう気づいてるだけ、マシなんとちがう?」
婦長はクールに答えた。
婦長の横、中野おばさんナースがフムフムと看護記録を読んでいる。
「みんな固まって。どうしたんかいね?」
「今日は覚悟がいるで!」
中野は少し眉をしかめ、婦長を見つめた。
「何!その表情は何!」
「・・・・・・」
「眉間にシワ寄せて!」
「・・・・・・」
「三田村邦彦の奥さんみたいに!」
「・・・・・・」
中野は少し間をおいて、ニコッと答えた。
「あたし、耳が遠いですねん」
彼女はゆっくりと補聴器を取り出し、右耳にかけた。
「おおおお。世界が変わる!世界が変わる!」
どうやら聞こえてきたようだ。
「何も聞こえてなかったの?」婦長は不服そうだった。
「ふんにゃ!いったん外してた!」
「新人は休みで・・」
「それは知っとるがな。何度も老人みたいに聞くんやな」
「なっ・・・?」
中野は何度か頷いた。
「ふーん。じゃあ、婦長さんは久しぶりの夜勤っちゅうわけやな?」
「そうよ。お手柔らかに!」
「こっちも遠慮、せんからな」一瞬ボソッと呟く。
「えっ!」
「さてと、この人は、フンフン・・・」
意外にも、上手(うわて)な人物かもしれない。
婦長はリーダーを正面視。
「さ!さっさと申し送りを!日が暮れるわよ!クレクレククレ!ヒガクレル!」
「は、はい・・・うう」
さっきから踏み出したかったリーダーは、やっとの思いで申し送りを開始した。
コメント