NURSEBESIDE ? ウチワ接待キタ新地!
2006年4月18日夜7時ごろ。
僕ら病院スタッフは「キタ新地」の有名な料亭にいた。20畳ほどの広大な和室である。病院では公式的な会として<忘年会(年末)><新年会(年始)><ビヤガーデン(6-7月)><歓迎会(4-5月)><花見(4月)>などがあるが、当然《非公式》な飲み会も存在する。上下関係をあまり意識しない飲み会だ。なので現場で幅を利かせている人間(院長、総婦長など)は呼ばれない。
「えー。いちおう形だけでも・・」
スーツ姿のMRが、プロジェクター画面にポイントを合わせた。スクリーンは手持ちの引き上げ式だ。
「では、抗生剤の宣伝を」
「いただきまーす!」
病院スタッフ事務員の若い女が、箸をパチンと割る。目の前の料理にもう我慢できなかったようだ。
モデル級の彼女は、事務長の真横でご機嫌だった。
僕もまた事務長の横に座っており、ドクター・事務サイド、ナース側サイドがそれぞれ1列ずつ向かい合い、横目でMRの説明を聞く。
「おかげさまで発売8周年。みなさまのご支持の賜物です!」
MRは心にもなく、訓練された説明を続けた。
僕は目の前の料理を1つずつ吟味していった。
「魚か・・・何もかも、みな懐かしい」
「お友達ですか?」事務長も箸を割り、覗き込む。
「魚は貴重だな。ふだん、めったに食わないからね」
「そうかな?」
「そうだよ。いちいちうるさいな。母親みたいに!」
事務長の向こうで、女事務員がガツガツ食べている。どうやら昼から何も食べていなかったらしい。
「おお、うまうま!」
才色兼備であり怖いものなし(最近採用)の彼女は、事務長のお気に入りで一目置かれていた。
受付嬢は見てくれがまず最優先だ。別に差別ではない。しかし患者が玄関をくぐって真っ先に目にするものだ。視覚的に健康的なものでないといけない。
その彼女の隣でおそるおそる食べ始める、うつむいた若い事務員たち。落ち込んでいるのではなく、なんか居づらいといった感じだ。事務長カップルの存在感に圧倒されている。というか、無理やり呼ばれて来た。
「俺ら最近怒りっぽいから、魚がちょうどいいかもな」僕はまだこだわった。
「病院の職員食堂で食べないからですよ」事務長は冷淡だった。
「あんなマズイとこで、食えるかよ」
「栄養士さんがバランスを考えて・・」
「事務長。俺は知ってるぜ」
僕は魚を箸でカツカツ、と分解していった。
「栄養士によると、提示された材料の質がかなり落ちたとか」
「給食の業者のこと?」
「そうだよ。安くあげるために、安い業者に変えたんだろ?」
「さあ、わたしはそこまでは・・・」
「あれじゃ、ウマい食事はできないってよ!おい酒は?」
着物姿の女将らしき高齢女性が入ってきた。事務長の前でおじぎ。
「これはどうも。ごゆっくり・・・」
「支払いは私じゃない。業者だよ」
「お聞きしております」
事務長の機嫌がどこかおかしい。何かずっと考えている。
僕には思い当たるところが・・ないわけではない。
「事務長。ミチルさんが事故・・」
「もうその件はいいでしょうが!」事務長はいきなり怒り出した。それだけ気になっているのだ。
「ミチルさんも、少しは打撲したって話だな」
「診断書ももらわずに・・・」
「被害者なのか?婦長は?」
「いや。田中くんがすべて喋ったところによると、100%加害者らしいですね。言い訳ばっかりしてたらしい」
「で。相手の状態は・・・」
それでも僕らは湯豆腐をフーフー食べ続けた。
「田中くんによると、相手は重症で、病院へ緊急搬送されて手当てを受けているらしいです」
「ホントかそれ?重症っぽいな。事故の理由は?」
「ですから。ミチルの一方的な不注意だと」
横の事務女がすぐさま反応した。
「もぐもぐ・・・何よ。ミチル、ミチル。そればっか!」
事務長はかまわず続けた。
「ミチルは噂が広がるのを避けるため、別病院への受診を勧めたんだそうです」
「どこ?」
「なにや救急病院。僕らのライバル、真珠会の子会社病院です」
「あそこか。今はろくな医者がいないんだぜ」
「ええ。整形の医者もまさしくそうでして」
「レントゲンはわかるのかな?」
「それは分かるでしょうが!ただ心配なのは診断書」
「いいかげんな医者は、患者の言いなりだからな」
「治癒まで1週間でも3ヶ月って書いたりしますしね」
「検査もせずにバイアグラ出したりな」
「それは整形ではせんでしょう?」
「いやいや。いたんだって」
「事故の話でしょうが今は!」
「怒んなよお前!ホントは気になるんだろ?」
「誰が?」
「お前が!」
僕らは周囲の視線に気づき、うつむいた。
入り口の襖が、ガラッと開いた。
「いやっほ〜!」
入ってきたのは・・・4人の若いナースたち。今日の日勤娘だ。リーダーだった美野が、みなを引き連れて入ってきた。
完全私服で、ナースであることを悟らせない。髪の乱れもない。
「ちわーす!」メガネっ子の池田が最後尾、さらにその後ろに・・・私服の見慣れない男。いや・・・
「君。どっかで?」僕は指差した。男はぺこっと礼をする。
「はっ!本日の飲み会の影の幹事です!MRの!」
「あ、そうだったそうだった。私服だとわからんな」
つまり今日の企画は、製薬会社2社を挙げてのものだった。
男はメガネっ子の真横に座った。男以外すべて女のナースサイドの列。それに遠くから向かい合う、僕らドクター・事務スタッフ。
まるで源平の合戦のようだ。
僕ら病院スタッフは「キタ新地」の有名な料亭にいた。20畳ほどの広大な和室である。病院では公式的な会として<忘年会(年末)><新年会(年始)><ビヤガーデン(6-7月)><歓迎会(4-5月)><花見(4月)>などがあるが、当然《非公式》な飲み会も存在する。上下関係をあまり意識しない飲み会だ。なので現場で幅を利かせている人間(院長、総婦長など)は呼ばれない。
「えー。いちおう形だけでも・・」
スーツ姿のMRが、プロジェクター画面にポイントを合わせた。スクリーンは手持ちの引き上げ式だ。
「では、抗生剤の宣伝を」
「いただきまーす!」
病院スタッフ事務員の若い女が、箸をパチンと割る。目の前の料理にもう我慢できなかったようだ。
モデル級の彼女は、事務長の真横でご機嫌だった。
僕もまた事務長の横に座っており、ドクター・事務サイド、ナース側サイドがそれぞれ1列ずつ向かい合い、横目でMRの説明を聞く。
「おかげさまで発売8周年。みなさまのご支持の賜物です!」
MRは心にもなく、訓練された説明を続けた。
僕は目の前の料理を1つずつ吟味していった。
「魚か・・・何もかも、みな懐かしい」
「お友達ですか?」事務長も箸を割り、覗き込む。
「魚は貴重だな。ふだん、めったに食わないからね」
「そうかな?」
「そうだよ。いちいちうるさいな。母親みたいに!」
事務長の向こうで、女事務員がガツガツ食べている。どうやら昼から何も食べていなかったらしい。
「おお、うまうま!」
才色兼備であり怖いものなし(最近採用)の彼女は、事務長のお気に入りで一目置かれていた。
受付嬢は見てくれがまず最優先だ。別に差別ではない。しかし患者が玄関をくぐって真っ先に目にするものだ。視覚的に健康的なものでないといけない。
その彼女の隣でおそるおそる食べ始める、うつむいた若い事務員たち。落ち込んでいるのではなく、なんか居づらいといった感じだ。事務長カップルの存在感に圧倒されている。というか、無理やり呼ばれて来た。
「俺ら最近怒りっぽいから、魚がちょうどいいかもな」僕はまだこだわった。
「病院の職員食堂で食べないからですよ」事務長は冷淡だった。
「あんなマズイとこで、食えるかよ」
「栄養士さんがバランスを考えて・・」
「事務長。俺は知ってるぜ」
僕は魚を箸でカツカツ、と分解していった。
「栄養士によると、提示された材料の質がかなり落ちたとか」
「給食の業者のこと?」
「そうだよ。安くあげるために、安い業者に変えたんだろ?」
「さあ、わたしはそこまでは・・・」
「あれじゃ、ウマい食事はできないってよ!おい酒は?」
着物姿の女将らしき高齢女性が入ってきた。事務長の前でおじぎ。
「これはどうも。ごゆっくり・・・」
「支払いは私じゃない。業者だよ」
「お聞きしております」
事務長の機嫌がどこかおかしい。何かずっと考えている。
僕には思い当たるところが・・ないわけではない。
「事務長。ミチルさんが事故・・」
「もうその件はいいでしょうが!」事務長はいきなり怒り出した。それだけ気になっているのだ。
「ミチルさんも、少しは打撲したって話だな」
「診断書ももらわずに・・・」
「被害者なのか?婦長は?」
「いや。田中くんがすべて喋ったところによると、100%加害者らしいですね。言い訳ばっかりしてたらしい」
「で。相手の状態は・・・」
それでも僕らは湯豆腐をフーフー食べ続けた。
「田中くんによると、相手は重症で、病院へ緊急搬送されて手当てを受けているらしいです」
「ホントかそれ?重症っぽいな。事故の理由は?」
「ですから。ミチルの一方的な不注意だと」
横の事務女がすぐさま反応した。
「もぐもぐ・・・何よ。ミチル、ミチル。そればっか!」
事務長はかまわず続けた。
「ミチルは噂が広がるのを避けるため、別病院への受診を勧めたんだそうです」
「どこ?」
「なにや救急病院。僕らのライバル、真珠会の子会社病院です」
「あそこか。今はろくな医者がいないんだぜ」
「ええ。整形の医者もまさしくそうでして」
「レントゲンはわかるのかな?」
「それは分かるでしょうが!ただ心配なのは診断書」
「いいかげんな医者は、患者の言いなりだからな」
「治癒まで1週間でも3ヶ月って書いたりしますしね」
「検査もせずにバイアグラ出したりな」
「それは整形ではせんでしょう?」
「いやいや。いたんだって」
「事故の話でしょうが今は!」
「怒んなよお前!ホントは気になるんだろ?」
「誰が?」
「お前が!」
僕らは周囲の視線に気づき、うつむいた。
入り口の襖が、ガラッと開いた。
「いやっほ〜!」
入ってきたのは・・・4人の若いナースたち。今日の日勤娘だ。リーダーだった美野が、みなを引き連れて入ってきた。
完全私服で、ナースであることを悟らせない。髪の乱れもない。
「ちわーす!」メガネっ子の池田が最後尾、さらにその後ろに・・・私服の見慣れない男。いや・・・
「君。どっかで?」僕は指差した。男はぺこっと礼をする。
「はっ!本日の飲み会の影の幹事です!MRの!」
「あ、そうだったそうだった。私服だとわからんな」
つまり今日の企画は、製薬会社2社を挙げてのものだった。
男はメガネっ子の真横に座った。男以外すべて女のナースサイドの列。それに遠くから向かい合う、僕らドクター・事務スタッフ。
まるで源平の合戦のようだ。
コメント