「で、メガネ、いや池田さん。君はいったん休んでそれから復帰を・・・?」事務長は言いかけた。
「いーえ!やめたらもうきませーん!」メガネっ子はアッカンベーした。
「それ。それひどいな?」

彼氏のMRが謝罪にやってきた。
「事務長さん。いつも当製薬会社がお世話になっております」
「いちおう前置きですか。しかしどうしてこんな時期に・・・」
「はっ。私も内心、驚きまして」MRは照れた。

僕は間に入った。
「あのな。MRさん。教えてくれよ。その・・・子供ができるって可能性はその・・・悟ってたんだろ?」
「え?それはどういう?」事務長が反応した。
「お前じゃない。このMRだよ。な。俺にはよく分からないんだが。子供ができるかもしれないって心配があったなら、なぜ」

「つけなかったんだコラア!」ピートが殴りかかってきたが、事務長がまたひねり倒した。

「で。なぜ・・・?」
「いえ。心配はしてませんでした!」
「は?」
「そのときは、その時です!」
「で、でも。結婚もしてないんだろ?両親にはどうやって説明を?」
「え。なので入籍は近々行くつもりです。両親にもその話はしました!」
「すごいな君は・・・」

 いまどきの若い人間の潔さには、いささか感心するところもあった。

「で、話をしまして。孫の顔を早めに見るのはありがたい、と!」
「そ、そっか・・はいはい」
「いわゆる、<できちゃった結婚>ですね」
「そこまで言わんでいい言わんでいい!」

 せっかく遠まわしに聞いてやってたのに・・・。

 しかし彼らはどこか吹っ切れたようで、覚悟の上生きていくんだ。結婚という覚悟。

ピートは起き上がり、パンツ1枚で飛び回っていた。
「へっへへ!しっかしなあ!ミチルが聞いたら怒りまくるぜ!」

その言葉で、辺りがまた静寂に包まれた。

「自分、トイレ行ってきます!」事務の田中くんが立ち上がり、 ほかの事務員も彼に続いた。何人かはメールしている。どうやら2次会は別でということだろう。人数の多い1次会のさなか、2次会の計画というものは立てられていく。

 さっき消えた美野はまだ戻ってきていない。メールでもしているのか。

 携帯が出てきて、厄介なことが多くなった。こんなに今の女性に受けがいい商売はないだろう。

「あーあ。びっくりしたなあ。医長先生」
「子供ができたんですね」
「やっと分かったか?」
「両親にはどう説明を?」
「お前聞いてなかったのか?ここでの話を!」
「ユウキ先生みたいな地獄耳ではないので」
「だる。一言余計なんだよ・・・!うわ!」

 僕はザッキーに手を引っ張られ、座敷のど真ん中に連れて行かれた。ザッキーは直立し、周囲に声をかけまわった。

「さあさ注目!ユウキ先生がここで芸を!」
「な、なんだと?」
「ユウキ先生!何かやってちょうだいな!」
「なにを?」
「失恋の話など、聞かせてちょうだいな〜!」完全に酔っている。
「なんでそれが芸なんだ?」
「おっおっ!怒った怒った!ねえ先生!みんな聞きたがってるんですよ〜!」

 周囲のドクターやナースたちは、みな僕にほうを見てギラギラしている。

「なんだよお前ら。人の不幸がそんなに楽しいか?」
「先生。大阪は狭いんですよ!」ナースの1人が喋った。
「で。どの失恋のことだ?」
「(一同)はははははははは!」
「なあ!教えてくれよ!教えてほしい!」

事務長が立ち上がった。
「♪お〜しえて〜ほ〜しい〜!はい!」
「(一同)♪インガンダーラ!ガンダーラ!センセ〜モ〜エ〜イ〜ンディアン!」
「おい!ホントにそんな歌詞か?」僕の声は無視された。
「(一同)♪インガンダーラ!ガンダーラ!」

事務長が両手を上げ、鎮めた。
「ははは。ユウキ先生。いつも先生、飲み会で誰かを吊るし上げてるじゃないですか」
「別に俺は、人の暴露話を聞いてただけで・・・」
「ですから。あと皮を剥がれるのは先生だけだということです」
「俺の皮・・・事務長。お前はどうなんだ?」
「わたし?とっくに剥がされましたけど」事務長は自分の股間を指差した。

「パンツを剥がされた?」
「先生に呼ばれたら、オーク軍団に取り押さえられて・・」
「ああ。あのときか・・・」
「いやあ。大変でしたよ。もう少しで使い物にならなく・・」
「でもお前。そこの女事務員とつきあってんだろ?」

事務長にひっついていた事務員が反射的に離れた。
「先生は女の敵よ!」
「なぜに?」
「事務長に何か障害が出たら、私許さないから!」どうやら本気の言葉だった。

「みんな。ざぶとん用意!」事務長は笑いながら、周囲の人間に呼びかけた。

 ナースらはみな1人2つずつ座布団を抱えた。のっしのっしと近寄ってくる。

「おいおい事務長。使い物には・・なんて大げさな」
「いやいや。ここで借りを返させていただきます」
「でで!でもまた使ってんだろ?ミチルに言うぞ!」
「いけ!」事務長の一振りで、ナースらはいっせいに振りかぶり・・・

 座布団が高速で1枚ずつ飛んできた。

「させるか!」僕は四つんばいの反対側になり、手足をバタバタさせた。こうすることで、視界をあまり奪われずに交わすことができる。

 しかし座布団は顔、腹など至る所に命中してきた。

「そこまで!」事務長の鶴の一声で、みなピタッと動作を止めた。

「ててて・・・MRまで投げてたな・・・ちくしょう。見たぞ。てて!」
 振り向くと、遅れて飛んできた座布団が顔に当たった。

「な?医長!」

医長が遅れて、投げたものだった。
「あ。み、みんながするから・・・」
「てめえ、覚えてろよ!」
「いや。ちが。ちが」
「言い訳すんな!たこつぼ心筋症も分からんかったヤツが!」
「う・・・」

医長はかなり傷ついたようで、唇をかみしめた。
「し、し、知ってたけど。知ってたけど・・・」
「?」
「たまたまだったし。あれはたまたまだったし」
「めめし・・・」
「だから無知っていうのとは違うし。違うし」
彼は、とうとう泣き出した。

パンツ1枚のピートが、医長の足元にかがんでいた。
「あ。なきかけ?なきかけ?ねえねえ。なきかけ?」
「ううう・・・くっ!」
医長はたまらず、駆け出した。そのまま靴のある襖のほうへ。

「おい医長!泣くなって!うわ!」
再び座布団がめがけて飛んできた。
「いてて!わかったわかった!話すから!なんでも話しますから!」

医長は襖を開けかけ、ふと振り向いた。

「じゃ、何かそうだな。芸をしよう芸を!な!」
「芸・・・」医長は襖の前で立ったまま。
「じゃ、こうするか。俺が今からそうだな。モノマネするから。誰かリクエストしてくれ!」
「モノマネ?」
「医長先生。医長先生がリクエストしてくれよ!」
「僕が先輩に?」
「ああ。それでお前が受けてくれたら、な。俺の出番は終わり!ったく、なんでそんなこと!」

 なんでこの男のために芸をしなきゃいかんのだ・・・。

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