女泣きした医長は、再び襖を開けにかかった。

「医長待て!ごめんごめん!なあとにかくなんか、させてくれ!」
「笑えるんですか?」
「さあ!リクエストを!」
「じゃ、じゃあ・・・」医長は周囲をキョロキョロ見回した。

「窪田先生の・・・」
「クボタ?ああオカマの先生ね!かんたんかんたん!かん・たん・すい!」

周囲から拍手が沸いた。

「わかった。オカマ先生のね。そうだな・・・あの人のあだ名はデスラー総統だから・・・」
「・・・・・」医長は少し笑みを浮かべた。
「よし。いくぞ!」僕はクールに構えた。

「ヤマトの諸君。私は・・デスラーです、らー・・・」

誰も笑わない。

「わ、私の補助をしてくれるには、補佐官。頭がタラン、相当・・・これわかる?」
「さあ・・・」医長はまた固まり、落ち込んだ。

「やめやめ!やめろ!」座布団が投げられるだけでなく、みな座布団で直接たたき始めた。

「わかったわかった!次!次!医長!次のリクエスト!」
「次っていっても・・・」
「もっと身近なヤツがいいんだよ!」
「じゃ、じゃあ先輩。ラストですよ」
「ああ」
「じゃ、そうだな。僕のをやっていただけます?」
「?」
「先輩って、僕にあまり個性がないとか陰で言ってたそうじゃないですか」
「な、なんでそれを?」
「事務長から聞きました」
「この、しゃべりが!」
僕の投げた座布団を、事務長はヒョイとかわした。

「でね。僕に個性がないのなら、マネするのはかなり難しいはずですよね」
「いかにも、だな。でもな医長。お前はムチャクチャ濃い・・いやいや、個性に溢れてるんだって!」
「そうですか。では見せてください、先輩」
「お前のマネを?」
「はい。今すぐ」
「みんなに受けたら?」
「受けたら・・・そうですね」
「・・・・・・」
「とりあえず、トイレに行かせてください」

みな少しずっこけた。

「わかったわかった・・・・えーと。えーと」
 こんなカタブツのマネなど。命令口調しか聞いたことがない。受けるはずもない内容だ。
「うーん、うーん・・・」
「さ!あと1分待とうか!」事務長は時計を見た。

 それにしても、トイレにいったん行った奴らはどこへ・・・。

「うーん・・・・うーん・・・。む!」

僕の脳裏に何かがひらめいた。

「う・・ぷ!ぷぷ!」
「?」医長は腕組みした。
「うわっはっはっははは!」僕はいきなり倒れ、笑い転げた。
「先輩、気でも狂って」
「わあっはははははは!」
「早くやってみてくださいよ!」
「ひ〜!ひ〜!」
「いったいどれだけの内容なのか知りませんけど!もしくだらないものだったら許しませんよ!」
「ひ〜!腹いて、腹・・・!」

 僕はゆっくり起き上がった。僕が思い出したのは、以前大学のスタッフから聞いた内容だ。

「さて・・・ザッキー。こっち来い!」
「え?僕が?」酒でずぶ濡れのザッキーがグラス片手にやってきた。
「お前な。ノナキー役」
「ノナキーって・・・医長先生の研修医時代のオーベンじゃないですか?」
「そうだよ。でもお前はな。ここで言うんだよ」
「なんて言いましょうか?」
「<俺だって人間だ。帰って休むことにする>」
「えっ?それだけ?」
「あとは俺が医長のモノマネするから」
「え、ええ・・・」

ザッキーはあぐらをかき、医局の机のつもりで演じた。
「と、トシキ。俺だって人間だ。家に帰って休むことにする」

「はい!」僕は医長のつもりで返事。ザッキーはゆっくり遠ざかっていった。

しかし僕は下を向いたまま。
「そうですよね。オーベンはここずっと実験実験ばかりで、眠る時間さえなかったですから」
 当然、ノナキーは帰ってもうそこにいない設定。

「そうだ、オーベン。実は質問が86個ほどあるんです。まず1番から。オーベン・・・」
 僕はわざとらしく顔を上げた。一瞬驚く顔を見せたが、すぐに悟り・・。

<気をつけ>をし、両手をお賽銭のごとくパンパン、と2拍子。

「オーベン!お疲れ様でした!今日はよーく休んでください!」

 すると・・

 周囲が洪水のように、いっせいに笑い出した。一部のものは、食べてるものまで吐き出した。
「(一同)あああっはっはっははははは!」

 事務長ら数人はその場に倒れ、ラジオ体操らしきガニマタ運動を始めた。

「そ、そんなによかったか?な、医長!」
 医長は顔を見せず嗚咽し、襖を大きくガラッと開けて出て行った。
「おい医長!待て!受けただろ?」

 引き続き、数人が襖をまた開けていった。笑いすぎてトイレで吐くためだ。みな笑いが止まらない。



 気がつくと、僕と事務長、あと若いナースが1人立っているだけだった。

 このナースもなかなかのキレイどころではあった。ナースはガクンとひざをついた。
「あ〜。笑いすぎて、気持ちわる・・・」
彼女はそのまま近くの僕のほうに寄りかかってきた。
僕も疲れ、そのまま正座した。

「ね。先生。もたれていいですかぁ・・・」
「は?どうぞ・・・」
「寝たらスカートのぞかれるんで・・」
「ははあ。そうですか」

 僕の背中にナースはもたれ、事務長と向かい合う構図になった。ナースはスヤスヤと寝息を立て始めた。背中に頭の当たっている感触があった。

「あのなあ。事務長。俺の失恋の話なんか、いいだろが?」
「いやいや。先生のことは私、研究済みなので」
「笑えない話ばっかなんだよ!」
「でも先生。さっきのギャグだってそうでしょう?」
「他人には面白いんだろな!」

するといきなり事務長の顔がこわばった。

「なに?事務長?」
 事務長は僕の後方、襖の方を向いている。驚愕したような表情だ。親にエロ本を見つかったような心境というべきか。

「か・・・か・・・」
「は?」
僕が振り向いたとたん、いきなり真っ暗闇になった。
「おわっ?」

 何かが僕の左を通り過ぎ、目の前でゴツン、と音がした。

 そして、事務長だと思うが、それはズルズルと後ろへ下がって、いや引きずられていったように思えた。

 僕の背中には相変わらず重みがかかっている。
もたれたナースは熟睡してしまっているようだ。

「お・・・おーい!だだ、だれか?うわっ!」

 不安定になり、転倒した。体勢を立て直す。
 なにも返事がない。

「誰だよ?俺への嫌がらせか?医長!」
目を閉じたり開けたりすると、だんだん視界が慣れてきた。
「ナース。悪いけど、いつまでもオレの背中にもたれ・・・」
背中に手をやると・・・

それは頭ではなかった。

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