車は新地を離れていくが、例のパトカーがついてくる。

「なんだ?どこまで?」
僕とじいは後ろを振り返った。
「わかったよ婦長。今日だけ、じゃあ手伝うわな・・」
「徹夜なんかしたことないやろ?やってみいや」
「カテの呼び出しで何度もあるよ」
「じゃなくてな。人手の少ない病棟がどんなに大変なんか、知る必要があるんや」

じいは後部座席で携帯を触っている。

「じいさん・・・こんなときにメールかよ?」
「え?いやいや・・」
じいは携帯をパタンと閉じた。

繁華街をようやく抜け、パトカーも知らぬ間に消えた。
落ちていたスピードが徐々に増していく。

チラッと横目で覗いた婦長の顔は・・・美しいが真剣そのものだった。

「何、見てんねや?」
「い、いえ」
「ひとつ、頼みたいんやけど」
「ははっ。なんでも」
「今日の朝な。事故したんや」
「ええっ?」僕はわざとらしくとぼけた。
「でな。車が公園に置きっぱなしやねんな」
「動くのか?その車」
「いじられたらたまらんからな。それのキー渡すから、ほれ」

婦長はキーを片手で投げ、僕はパシッと受け取った。
アクセサリーに、長髪美少年の顔のシールがある。

「男前だな・・・誰?」
「ハイド」
「ジキルじゃなくて?」
「お前バカ。ラルクも知らんのか」

後部座席のじいがまた気になる。携帯をパカパカ押している。
顔に近接するあまり、ホラー映画のように顔面だけが青白い。

「よく見ると、HYDEって書いてあるな。これって・・・この前自殺した人?」
「アホが。それは<HIDE>のほうやろ!」

車は高速に乗った。
婦長は勢いよく飛ばし始めた。

「公園で降りて、車乗って病院まで運んでな」
「はいはい」
「<はい>は1回でええ」
「はい・・・ところで、じいさん」

じいはまた驚いて、携帯をパタンと閉めた。
「は、はいっ!」
「じいさん。こんな夜中に・・誰とメールを?」
「わわ、わし?わし・・・」

何か怪しいものを感じた。

高速を降りるまでの数分間、僕と婦長はいろんな話題に触れた。

「真珠会に逆らうようなマネはせんほうがええと思うで。先生」
「なんだ?味方か?」
「じゃなくて。聞けや。あんたら最近、よその先生は潰すし、<北野>を追い詰めるとか言うてるし」
「いいじゃないか。正義のためだ」
「また大学が誰かよこしてくるらしいやんか?」
「変なヤツなら、また争うまでだ」
「そうやってやな。病院の存亡にまで危険を及ぼすの、やめてくれへんか?」
「?」
「正義やどうやと言う前に、もうちとスタッフの痛みを聞いてあげたらどないや?」
「痛み・・・」
「自分のスタッフにも尊敬されん人間が、どうやって敵を守ると言うんや。おい、じい!」

じいはまた携帯を閉じた。
「は、はい!」
「何してるか、知ってるで!」
婦長はギラッとバックミラーを覗いた。

「も、もうやめます。これが終わったら・・・」
じいはラストスパートで最後のボタンを押しにかかった。

「なんやこれ?」
婦長と僕が気づいたときには、前後を大きなセダンで挟まれていた。
「減速してきたで?」
「婦長。横にずれろ」
「ああ」
車は左へスライドしたが、前後の車も同時にずれた。ハザードが点滅してくる。

婦長はとっさの判断なのか、急ブレーキを踏み込んだ。反射的に後ろの車が逸れ、前方へ走っていく。
「そこや!」
婦長は後ろを確認し、バックでギャギャギャと退いていった。僕も後ろを確認するが、幸い空いていて車は来ていない。
「婦長!どこまでバックするんだ?うわっ!」

首が振り回されたかと思うとまた急ブレーキだった。するとそのまま前進、インターの出口へと進んだ。

「生駒で慣らした元ヤンキーを、なめたらアカンで!」
婦長はつぶやき、またハンドルをきった。


真田病院の詰所では、準夜勤→深夜勤への申し送りが始まっていた。

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