おばさんナース、中野がノロノロと申し送る。

 向かいには深夜・・1名だけ。澪という、よそのICUあがりだけだ。婦長も来ていないといけないのだが。

「よろしくお願いし。重症部屋6床満床。入院患者40名。呼吸不全が昨日の深夜に2名入院。昼間退院2名、転棟1名・・やったかに?」
「さ・・さあ」
横のシロー・慎吾が自信なく答えた。彼ら2人もなんとか詰所の仕事を手伝い、やっとイタについてきたところではあった。

シローは手元の大きな用紙を眺めた。各部屋の患者ごとのバイタルが記入してある。
「ま、いい経験にはなったかな。慎吾くん」
「時間外、もらいますよ。俺」

おばさんナースはたんたんと申し送る。

「AMI(急性心筋梗塞)で緊急カテしました47歳男性。酒巻さん。みぎか、か・・右冠動脈の血栓で、すてん・・と?はあはあ、ステント挿入。以後ST低下持続認めるが症状なし、やな?」
「は、はあ・・・」2人はまたうなずいた。シローはふと気づき、訂正。
「い、いや。ST変化は徐々に改善。なのでさっき12誘導を記録した。中野おばさん。見てよ」
「はあはあ」
「ちゃんと見て!」
「はあはあ。だそうです」

おばさんナースは見向きもしてない様子だった。

一方、深夜のナースはおもいっきり覗き込んだ。
「でも0.05mVぐらいは下がってるかな・・」
「そ、それぐらいいいじゃないですか」シローは細かいナースにあきれた。

おばさんナースはペン先をさっと舐めた。どうやらクセのようだ。
「えーと。ついさっき不穏がけっこうあったので、セレネース・・・けど効かずでーす」
「では今は?」澪が聞く。
「相変わらずでーす」
「ええっ?」

ガラス越しに部屋を覗くと・・・そのベッドには誰もいない。

「ありゃ、どっか行ったの?」
「知るか!」ドクター2人は怒鳴った。

 思わず彼らは廊下に出た。トイレに・・やはりその患者はいた。寝そべっている。

シローらドクターは2人で抱えた。
「これじゃ心電図、録り直しだよ!」

処置がすむと、おばさんナースはずっと待っていた。

「時間ないから。次。74歳男性へだいがた心筋症」
「肥大型!」慎吾は几帳面に指摘する。
「うん。そう言うたよ?」
「いいや!間違ってるよ!」
「だれがあ?なにを?」

シローは慎吾を制した。
「も、ほっとこ・・・」
慎吾はテーブル下から小さくパンチした。

「バイタルはまあまあ」
「それ!何だよその表現!」今度はシローが吼えた。慎吾が抑える。
「波多野じいさん。肺炎は改善。呼吸リハビリ中。退院希望あり」
「さっき熱があっただろ?」シローが指摘。
「そうだっけ?」
「中野さん。さっき測定してたろ?38度近いなって言ってたろ?」
「ああ。あれはひとりごと」
「あんたの?え?実際は?」
「実際はちゃうがな・・・あれ?38.6℃。熱、あったわ。あった!」

シャレになってなかった。澪は頭を抱えた。
「呼吸状態はいいの?」
「よく寝とりました」

シローは心配になり、病室へと走った。
「ほげ。人工呼吸器ついてるASRの患者さんはファイティングして、それを患者さんの巣鴨さんが見つけてくれました。気道内圧高め。チューブ狭窄はないもよう」
「それはさっき僕が調節した。換気量を下げて、気道内圧は低下。SpO2の下がりもない」慎吾はクールに答えた。
「巣鴨じいさんに感謝」
「聞いてるのか?」
「聞いとりまんがな。でもその巣鴨じいは行方不明」
「婦長が探しに行って、パチンコ屋でつかまえたんだろ?」

そのじいは、婦長運転の車の後部座席で一生懸命に携帯をいじくっていた。

「まだやっとんか?」婦長はミラーでのぞいた。
「えっ?あ、はあ・・・!へへへ!」じいは携帯の横から覗いた。
「あんたには感謝はしとるで」
「へへ。婦長さんからそんな。気が滅入ります」
「なにぃ?」
「いやいや、名誉なことですがな!」

婦長は少し間を置いた。

「でもな。人間な。してええことと、悪いことがあるで」
「はい・・」僕は答えた。
「お前ちゃう。じいさんや」
「えっ?」
「じいさん。もうそろそろ、喋ってもええか?」

じいは顔がこわばった。

「もう分かってんねやで」
「ひ・・・」
じいの顔がさらに、ひきつった。

詰所。

「分かってから申し送りなよ!」シローは怒鳴った。しかし中野ナースはこたえてない。
「連合弁膜症。夜間38℃。エコーで、ビジ?ブジ?」
「べジ!」
「べじ。なんやなやっぱ。何の略?」
「べジテーション!イボのこと!」
「イボ?イボが?おおこわ」

まるで漫才だった。

「診断はアイイー(感染性心内膜炎)で抗生剤をIVHルートから。高熱時はボルタレン。さっき1回使用・・・」
「血液培養、追加の分を取ったよ」慎吾が追加。
「えっ?また?」
「IEの場合は、何本も培養に出す必要があるんだよ!勉強しろ!」

澪がフンフンとうなずく。

「カテ熱のためカテ−テル抜去した患者さん。解熱したけど、末梢血管ルート入らず。ザッキー先生IVHしたが結局失敗」
「しかし。すごい言われ方だな・・」慎吾は冷や汗だった。
「さっき末梢ルート、とりました」
「おっ?中野さんが?」
「ダテに何年もナースやってないで!」
「いいとこもあるんだな・・・」
「どういう事やにいちゃん?」

 沈黙が走り、みなふと天井を仰いだ。みな何かを心配しているのか。

我慢できず、シローはつぶやいた。

「はらへった・・・!」

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