夜中、ミチル婦長の命令で病院に戻った連中を待ち受けていたのは、真珠会からの紹介状なし紹介患者だった。

○ 63歳の男性肥満型。胸部痛。心電図では異常なし。胸部CTで肺炎+胸膜炎。医長・シローの印象では肺癌+閉塞性肺炎の疑いあり。

○ 55歳男性。頻呼吸。看護部長が点滴を速めに落とすが呼吸悪化、人工透析中患者であった。肺水腫の疑い。
利尿剤投与しているが、効きはやはりイマイチ。緊急透析を開始。前医で水分をかなり摂らされていたもよう。

○ 中年女性肥満型。意識障害。低血糖。頭部CT異常なし。ブドウ糖で意識を取り戻すが、戻ったとたん前医への帰院を希望。真珠会は患者の存在を否定。

○ 嘔吐しまくりの中年男性。高血糖だが心電図でST上昇あり、急きょカテーテル準備となる予定だったが患者が拒否。仕方なくt−PAを開始したところ。

以上の4人は方針もほぼ決まった。あと2人。

○ 腹痛(腹部全体)の中年男性。

僕以外の医者4名が、ストレッチャー6台の間からシャーカステンを眺めていた。
医長はゆっくりとそこへ進む。

「熱はなく、腹部は圧痛。ブルンベルグは陰性」
「そのように伝えたら、外科医は来ないって言ってました」シローが電話を切った。
「腹部エコーでは膵臓はじめその周辺は異常はなさそうだ。CTでも。胆石という印象でもない」
「やはり胃・十二指腸ですかね?」
「かな」

「採血はと・・」医長は伝票を渡された。「白血球は・・・正常」
「真珠会は、何をしたんですかね?」慎吾は椅子に座り込んだ。

患者は起き上がっていた。一番しっかりしてそうな、中年男性だ。
「たた。はらいた。そういや腹痛を訴えたら、そのたび何回も注射された」
「何を?」医長は歩み寄った。
「たしか、ブス・・・」
「なるほど。ブスコパンをか」

レントゲンでは便秘気味ではある。小腸ガスや二ボーはない。

「しかし、これだけの腹痛を・・・」
「胃カメラはカンベンを。なあ先生」
「そういうわけにはいかない。婦長!準備を!」

「ぐわあ!」
床で倒れていた看護部長の顔だけが起き上がった。
「腰が・・!腰が!」
「ゆっくり起き上がって、胃カメラの準備を!」
「こ、こんな体調で起き上がれるかあ・・!」
「準備は僕らの仕事じゃない!」
「い、威張るなあ!」
「お互い様だ」

その通りだった。

「わ、わし飲み込むの苦手ですねん!」
「鎮静剤で、少々眠ってもらいます」

医長はこんな真夜中、カメラをするつもりだ。

○ 一番軽症っぽい60代男性。

「フラフラしまんねん」
「頭部CTに、心電図、採血・・どれも異常なしだな」ザッキーはペンをくわえていた。
「メニエルやろか?」
「そうかもね。緊急性はなさそうだな。入院まではしなくても」

「待て」
胃カメラ準備中の医長が、部屋の向こうから声かけた。
「ザッキー。脳底動脈などの循環不全は除外したのか?」
「そ、そこまでは」
「MRIまで検査しろ」
「先生。真夜中にMRIですか?」

医長はカメラを台の上に置き、ツカツカとザッキーに近づいた。

「なにか?」
「オーダーします!」

腰を押さえつつ、婦長は鍵を取り出した。
「ふんがあ。薬局、薬局!」
「逃げるのか?婦長」医長は真顔だった。
「だって胃カメラするから。鎮静剤を取ってこないと!ぶつぶつ!」

すると胃カメラ待ちの患者が起き上がった。
「ああっと!俺・・トイレトイレ!」
ベルトをゆるめるしぐさ。

シローは横目でずっと見ていた。
「腹痛なのに、ベルトをあんなに締めてて・・・」
「トイレから戻ったら、よろしゅう!」
腹痛が嘘のように、中年男性は大きく声を張り上げた。

「あの患者さん、怪しいですよ・・・」シローはt-PAを点滴している患者を見守った。
「わ、わしのことかっ!」患者は顔を上げた。
「い、いえいえ!」
「カテーテルは、絶対せんからな!」
「しかし。知りませんよ!」
「ほ、本物の医者やったらな!点滴だけで治せるはずや!」

ムチャクチャな苦情だった。

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