NURSEBESIDE ? ヘマの功名
2006年5月25日「先生!いったい何をしていたんですか!」
医長は怒り狂っていた。
「な、何をって。オレは、その、じいと」
「じい?自分だけ、どこかへ逃げていたんですか!」
「お前らこそ!ミチルの言いなりで!」思わず僕は周囲を見回した。
「やべやべ。ミチル婦長は・・いないんだな。やっぱ」
各カルテを見て、いろいろと悟った。
「<腹痛>の患者が、いないな・・・カルテから察すると、胃腸が悪いのかな」
「<いちょうが悪い>って言い方。先輩、素人用語ですよ」トシキの目は血走っていた。
「ん?いちょうが悪い。なるほど。<医長>が悪い!はは・・は」
誰も笑わない。
医長は続ける。
「真珠会から救急搬送が来たんです」
「マジ?満床だろ?で、紹介状は?」
「あそこは、そんなの書かないんでしょ?」
「そうだったな・・・」
シローは医長の肩を押さえた。
「医長先生。あの、例の説教はまたあとで」
シローは同意書を僕に渡した。
医長の説教は正論だが、長いため非常に疲れる。
「これね。ユウキ先生。同意書です」
「サラ金の保証人になんか、ならないぞ?」
「ではなくて。今、t-PAを点滴している方がいまして」
「ああ。わかる。カテーテルの同意か?」
モニター画面ではST上昇は下がりかけてるように見えるが・・。
「シロー。けっこう時間経ってるのか?」
「それはよく分かりません。DM(糖尿病)があるし」
「QSパターンのように見える。壊死は完了したんじゃないか?」
「いえ。まだR波が残ってます。なので残存心筋があるんです」
「カテーテル検査の説得は?」
「本人が同意してくれません。なので先生のお力を」
「・・・交渉してくれと?」
僕は医長を見やったが、プイッと無視された。
僕は患者にゆっくり近づいた。寝ている。
シローが僕の後ろから、スーと手を伸ばした。
「わっ!」
「うわあ!びっくりした!なんだよシロー!」
「・・・て、びっくりさせないでくださいよ」
「やれやれ。目が覚めた・・・」
「それと先生。僕の車、知りませんか?」
「婦長が乗って、どっか行ったぜ」
「ガソリン、入れて返してもらおう」
アイツはいったいどこへ・・・。
慎吾が部屋の隅から元気なく現れた。
「警察、まだかな・・・」
「警察?」
「強盗ですよ。強盗」
「お前が?」
「ンなわけねえだろ!」泣きそうな慎吾は本気で怒った。
「怒んなよ怒んな!で。何を盗んだ・・じゃなくて盗まれた?」
看護部長が松葉杖で入ってきた。
「・・あんたもやられたのか?」
「ふんがあ。アンプルが多量にとられたあ」
「アンプル?何の?」
「犯人は、とっくに逃げてもうた」
「犯人は・・・どんな?」
「ヒゲモジャで、ナップサックを背負った」
「ああ、さっき見たよ。タクシーに乗って行った」
みんなの冷ややかな視線が僕に向けられた。
中年男性がゆっくり目を覚ましてきた。
「ううう・・・何事や?」
「あ。おはようございます」
医長はガクッと体を傾けた。『ダメだこりゃ』という口パクは、こちらにはお見通しだ。
「あんた・・・何?」
「何って。わたしは内科の責任者です」
「ほ、ほう」患者様はころっと態度が変わった。
「他の病院で緊急カテーテルがあり、やっと終わったとこなんです」
「お忙しいんやな。で、状況は?」
「成功しました」
「いやいや、わしの体のこと!チッ(舌打ち)!」
周囲の数人が失笑した。
「今?うん。今ね。点滴でうまいこといってるよ」
「治ったんやな?」
「なお・・・ってる最中かな。点滴だから、なんせ時間がかかるです」
「ま、点滴やからな。ゆっくりやもんな」
「まあこれでもええんだけど、ゆっくりすぎるんで太い点滴のほうを入れさせてもろうたら」
「太いほうが、はよ終わるからな。頼むわ」
「では、さっそく」
僕は患者の肘をペタペタ押さえたりした。
「局所麻酔なんで、あまり痛くはないですよ。みんな、そう言います」
「で、太い点滴をしたあとは・・」
「それ以上痛いことはしません。シースとかいう太い管を入れて、中にカテーテルを通して近くの細い血管を拡げるわけです。そのほうが安全やし」
「そうなっとんか。なんとなくわかった。なんや。それで終わりですかいな?」
「それだけです。簡単ですよ。ほとんど。じゃ、今から場所移します。終わったら引き上げ!」
「なんやあ。簡単なんやな?」
簡単でいかにも当たり前な説明の合間合間に、ポイントとなる言葉をさりげなく入れていく。
患者様は納得した。
「ぞくにいう、あのこわそうな<カテーテル検査>とは、違うわけやな?」
「ええ。血管拡張術ですから」
「ん?」
「ほ?」
「ん。ん。分かった。分からんが。ま、先生にお願いするわ!」
「ありがとうございます!」
なんで礼まで言わなくてはならんのだ・・・!
僕は指で印鑑(拇印)をもらい、シローに渡した。
「じゃ、あとで合併症の話、しといてくれ」
「え!そんな!それをしてほしかったのに!」
「おれは、じいを追いかける。医長!振り分け頼むぞ!」
ナースは総統あてにダイヤルを回した。カテの準備だ。
僕がエレベーターに寄る前に・・薬局に寄ってみた。
確かにダンボールなどが散乱している。
ペンタジンは金庫の中。金庫が空きっぱなしだ。
※ 胃カメラではドルミカムを使用予定だった。
「いや。ペンタジンは減ってないぞ・・・?」
周囲を見回すと・・・わかった。
「慎吾のヤツ。焦りすぎて・・・サンリズム(抗不整脈剤)のアンプル、入れたんじゃないか?」
どうやらサンリズム注の空き箱が空になっている。
「ということは・・・あの男・・・」
今頃、QT延長(→失神)か。
中毒には中毒を、か。にしても慎吾!ヘマでもお手柄だぜ!
休ますことなく、携帯が鳴った。
「はい!」
『ユウキ先生?急変です!病棟!』
「よしダッシュだ!」
しかし足腰がしっかりせず、エレベーターに入った。
医長は怒り狂っていた。
「な、何をって。オレは、その、じいと」
「じい?自分だけ、どこかへ逃げていたんですか!」
「お前らこそ!ミチルの言いなりで!」思わず僕は周囲を見回した。
「やべやべ。ミチル婦長は・・いないんだな。やっぱ」
各カルテを見て、いろいろと悟った。
「<腹痛>の患者が、いないな・・・カルテから察すると、胃腸が悪いのかな」
「<いちょうが悪い>って言い方。先輩、素人用語ですよ」トシキの目は血走っていた。
「ん?いちょうが悪い。なるほど。<医長>が悪い!はは・・は」
誰も笑わない。
医長は続ける。
「真珠会から救急搬送が来たんです」
「マジ?満床だろ?で、紹介状は?」
「あそこは、そんなの書かないんでしょ?」
「そうだったな・・・」
シローは医長の肩を押さえた。
「医長先生。あの、例の説教はまたあとで」
シローは同意書を僕に渡した。
医長の説教は正論だが、長いため非常に疲れる。
「これね。ユウキ先生。同意書です」
「サラ金の保証人になんか、ならないぞ?」
「ではなくて。今、t-PAを点滴している方がいまして」
「ああ。わかる。カテーテルの同意か?」
モニター画面ではST上昇は下がりかけてるように見えるが・・。
「シロー。けっこう時間経ってるのか?」
「それはよく分かりません。DM(糖尿病)があるし」
「QSパターンのように見える。壊死は完了したんじゃないか?」
「いえ。まだR波が残ってます。なので残存心筋があるんです」
「カテーテル検査の説得は?」
「本人が同意してくれません。なので先生のお力を」
「・・・交渉してくれと?」
僕は医長を見やったが、プイッと無視された。
僕は患者にゆっくり近づいた。寝ている。
シローが僕の後ろから、スーと手を伸ばした。
「わっ!」
「うわあ!びっくりした!なんだよシロー!」
「・・・て、びっくりさせないでくださいよ」
「やれやれ。目が覚めた・・・」
「それと先生。僕の車、知りませんか?」
「婦長が乗って、どっか行ったぜ」
「ガソリン、入れて返してもらおう」
アイツはいったいどこへ・・・。
慎吾が部屋の隅から元気なく現れた。
「警察、まだかな・・・」
「警察?」
「強盗ですよ。強盗」
「お前が?」
「ンなわけねえだろ!」泣きそうな慎吾は本気で怒った。
「怒んなよ怒んな!で。何を盗んだ・・じゃなくて盗まれた?」
看護部長が松葉杖で入ってきた。
「・・あんたもやられたのか?」
「ふんがあ。アンプルが多量にとられたあ」
「アンプル?何の?」
「犯人は、とっくに逃げてもうた」
「犯人は・・・どんな?」
「ヒゲモジャで、ナップサックを背負った」
「ああ、さっき見たよ。タクシーに乗って行った」
みんなの冷ややかな視線が僕に向けられた。
中年男性がゆっくり目を覚ましてきた。
「ううう・・・何事や?」
「あ。おはようございます」
医長はガクッと体を傾けた。『ダメだこりゃ』という口パクは、こちらにはお見通しだ。
「あんた・・・何?」
「何って。わたしは内科の責任者です」
「ほ、ほう」患者様はころっと態度が変わった。
「他の病院で緊急カテーテルがあり、やっと終わったとこなんです」
「お忙しいんやな。で、状況は?」
「成功しました」
「いやいや、わしの体のこと!チッ(舌打ち)!」
周囲の数人が失笑した。
「今?うん。今ね。点滴でうまいこといってるよ」
「治ったんやな?」
「なお・・・ってる最中かな。点滴だから、なんせ時間がかかるです」
「ま、点滴やからな。ゆっくりやもんな」
「まあこれでもええんだけど、ゆっくりすぎるんで太い点滴のほうを入れさせてもろうたら」
「太いほうが、はよ終わるからな。頼むわ」
「では、さっそく」
僕は患者の肘をペタペタ押さえたりした。
「局所麻酔なんで、あまり痛くはないですよ。みんな、そう言います」
「で、太い点滴をしたあとは・・」
「それ以上痛いことはしません。シースとかいう太い管を入れて、中にカテーテルを通して近くの細い血管を拡げるわけです。そのほうが安全やし」
「そうなっとんか。なんとなくわかった。なんや。それで終わりですかいな?」
「それだけです。簡単ですよ。ほとんど。じゃ、今から場所移します。終わったら引き上げ!」
「なんやあ。簡単なんやな?」
簡単でいかにも当たり前な説明の合間合間に、ポイントとなる言葉をさりげなく入れていく。
患者様は納得した。
「ぞくにいう、あのこわそうな<カテーテル検査>とは、違うわけやな?」
「ええ。血管拡張術ですから」
「ん?」
「ほ?」
「ん。ん。分かった。分からんが。ま、先生にお願いするわ!」
「ありがとうございます!」
なんで礼まで言わなくてはならんのだ・・・!
僕は指で印鑑(拇印)をもらい、シローに渡した。
「じゃ、あとで合併症の話、しといてくれ」
「え!そんな!それをしてほしかったのに!」
「おれは、じいを追いかける。医長!振り分け頼むぞ!」
ナースは総統あてにダイヤルを回した。カテの準備だ。
僕がエレベーターに寄る前に・・薬局に寄ってみた。
確かにダンボールなどが散乱している。
ペンタジンは金庫の中。金庫が空きっぱなしだ。
※ 胃カメラではドルミカムを使用予定だった。
「いや。ペンタジンは減ってないぞ・・・?」
周囲を見回すと・・・わかった。
「慎吾のヤツ。焦りすぎて・・・サンリズム(抗不整脈剤)のアンプル、入れたんじゃないか?」
どうやらサンリズム注の空き箱が空になっている。
「ということは・・・あの男・・・」
今頃、QT延長(→失神)か。
中毒には中毒を、か。にしても慎吾!ヘマでもお手柄だぜ!
休ますことなく、携帯が鳴った。
「はい!」
『ユウキ先生?急変です!病棟!』
「よしダッシュだ!」
しかし足腰がしっかりせず、エレベーターに入った。
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