NURSEBESIDE ? 強制退院
2006年5月29日エレベーターが開くと、詰所がすぐ視野に入った。
「急変ってどこだ?どこ?」
廊下で周囲を見回すと・・・1室だけ明かりがもれている。
「あそこかっ!」
ダッシュで駆け足、婦長のごとく処置台を引っ張った・・・が、
勢いあまって台は倒れた。
カランカラン、ドカーン、と消毒液やガーゼが多数、廊下に散乱した。
「くそ!かまうか!」
部屋に入ると、数人のナースの塊が見えた。
「急変はここか!」
心マッサージをしている新人ナース。アンビューバッグをゆっくり送気しているナース。
彼らはみな日勤でいたはずの、そして飲み会に参加していたメンツだった。
ばあさんの横、吐いてる跡がある・・・。
たしかこの人は脳梗塞後遺症で肺炎を繰り返しているばあさんだ。
一説によると、介助の人間の食べさせる速度があまりにも速いと・・・
「アンビュー、そんな速さじゃ!」僕は注意し取り上げ、頻回に送気した。
わしづかみで揉むように空気を送り、反動でバッグはまた膨らんでいく。
モニターは頻脈。少なくとも止まりかかってはいない。
「よし。じゃあ挿管チューブを!」僕は求めたが、誰も動かない。
「何やってる!」
美野ナースが化粧の取れた、少年のような顔をこちらに向けた。
「先生。この方はそこまでしないんです」
「なに?そうなのか?」
「家族の意向で・・・」他のナースが僕にカルテを渡す。
「・・・・主治医は慎吾か。なになに。家族の希望で挿管はなし、か・・・」
アンビューでの送気を止める。
「心臓マッサージも、もう止めろ」
「いえ、マッサージはするんです」
「意味、あるのか?」
「だって慎吾先生が・・・」
「あいつ・・・!どんなつもりだ?」
ムンテラではどうやらそういう取り決めらしい。
「で。家族は?」
「来ません」
「急変だろ?」
「来ないって」
「家族なのに?」
「そういう決まりで・・・」美野は口をつぐんだ。
ボスミンを投与するも脈はみるみる徐脈化し、ついには心停止となった。
「死亡時間は・・・」
「ああ先生。ありがと」慎吾が現れた。
「今、確認した」
「・・・4時50分・・・と。夜間、頻呼吸が続いてたんだ」
「今回も、誤嚥がもとか?」
「88歳だ。もういいだろ」
僕はじっと慎吾を見た。
「慎吾。お前・・ちょっとこっち来い」
僕は慎吾と詰所横のムンテラ室に入った。
「慎吾。あんな変な指示、出すなよ」
「指示?俺が?」
「人工呼吸器につながないのに、心臓マッサージはするだと?」
「それか。それは俺が家族と決めて・・」
「いったいどんな方針なんだ?」
僕がとやかくこうケチをつけるのには理由があった。慎吾は基礎系の教室から臨床医に
なって間もない。数ヶ月は僕らの指導のもとにやってきたが、最近独走することが多くなった。
目を離すとこれだ、ということだ。
「慎吾。俺の話もちょっとは・・」
「主治医は俺だよ?先生。主治医が決めたことなら、それでいいだろ?」
「ハッキリ言わせてもらうが。まだまだなんだ」
「俺がか?<後輩>の俺が?」
「そんな皮肉・・・」
「なあ、もういいかげん・・ひとり立ちさせてくれよ!」
「おい・・」
「いつまでもオーベンコベンの関係じゃあ、大学病院と変わらないじゃないか?」
「飛躍しすぎなんだよ!」
「警察来るから。俺、行くから!」
僕らの言い合いは結局まとまらず、慎吾は不快そうに部屋を出て行った。
「悪い傾向だな・・」
しかし人のことも言えない部分も思い出し、しぶしぶ部屋を出た。ところ。
「患者の前で、なに揉めてんねや?」
ミチルが。婦長が廊下で腕組みして待っていた。
「なに仲間割れしてんねん?」
「婦長!どこにいたんだ!」
「満床やのに、なに入院入れてんねん」
「し、真珠会が一方的に・・・」
婦長はズンズンと僕を押しながらムンテラ室に閉じ込めた。
「なんとかせんか!」
「なんとかしてくれよ!婦長!」
「だいたいお前が、真珠会を怒らせたからとちがうんか!」
「俺が?真珠会?えっ?うっ?」
痛いところを突かれた。非常に気にはしていた。
「言いふらしたろ。絶対に言いふらしたろ!」
「入院患者が5名いるんだよ」
「なーに勝手に入院にしてんねん。外来で治せや!が!い!ら!い!で!」
僕はトボトボ、詰所まで追っかけた。
「すまん。もう仲間割れせんから、せんから・・ううっ?」
詰所の中に入ると、さっきの新人ら含め、日勤だった数人が正座している。
「な、なんで・・・?」
婦長は看護記録を真顔でつけていた。
「あたしをな。なめたらこうなるってことや。なあ!」
呼び睨まれた小奥は、ビクッと二重アゴを震わせた。
「は・・・はい。そうですね」
婦長は入院患者の一覧をじっと眺めた。
「あたしがどこにおったって?」
「は?はあ・・」僕はスゴスゴと腰を低くした。
「余計なお世話や。こいつら引っ張るために、時間かかったんや」
「復讐?」
「なんか、ものすごく腹が立ってきてな」
婦長は一覧から患者を数人分、名前の書いた札を抜き取った。
「こんだけ、早朝に帰らすか!」
「3名か。今1人亡くなったところだ。するとあと1人で計5名分・・・」
「あと1人か。それは、アンタの交渉しだいやろ?」
僕はじいの顔が浮かんだ。
「じいは、ここに居座るって」
「スパイを、いつまでも居させるんか?」
「じ、自信ないな・・・」
「ヘタレやな。お前。ま、頼むで!」
「な、おい・・・!」
婦長は廊下へ出た。今から1人ずつたたき起こして、退院させるとでもいうのか。
すると婦長がまた戻ってきた。
「おい美野!大奥だけやな?あとは!」
「はっ!はいっ!で、でも大奥さんは。日勤の時間に合わせてしか来れないそうです!」美野は崩れかけた正座を直した。
「ええ度胸しとるわ。オバハン!」
婦長は再び消えた。
怖いもの知らずが・・・!
廊下へ出ると、慢性呼吸不全の波多野じいが飛び掛かかってきた。
「うわあ!」
「せ!先生よ!先生!はよう帰らせてくれんかな!」
「じいさん!肺炎が治ったばかりだろ!何日かせめて休養して・・・はっ?」
「うっ?」
僕らは顔を見合わせた。
「そ、そうかじいさん。そうだな。帰ってゆっくり休もうな・・・!」
「そ、そうじゃ。だ、だって病院には菌がウヨウヨしとるからのう!」
説得力のある言葉だった。実際、別室から耐性菌が出たとの情報もある。たしかにそうだな、じい。従うよ。
ゴルゴ13の、脇役のような言葉が浮かぶ。
『さっ・・さすがゴ、ゴルゴ13!か、彼はこのことを予期していたとでもいうのか?しっ、信じられん!ビシッ(着弾)』
「・・・・・」
デューク東郷のようにはいかないが、それらしく眉をひそめた。
「とりあえずベッドが1つ空いた。という事は・・あと3床だな。勝算は、ある・・・!」
睡眠不足で引き算(引き金?)すら、危うかった。
「急変ってどこだ?どこ?」
廊下で周囲を見回すと・・・1室だけ明かりがもれている。
「あそこかっ!」
ダッシュで駆け足、婦長のごとく処置台を引っ張った・・・が、
勢いあまって台は倒れた。
カランカラン、ドカーン、と消毒液やガーゼが多数、廊下に散乱した。
「くそ!かまうか!」
部屋に入ると、数人のナースの塊が見えた。
「急変はここか!」
心マッサージをしている新人ナース。アンビューバッグをゆっくり送気しているナース。
彼らはみな日勤でいたはずの、そして飲み会に参加していたメンツだった。
ばあさんの横、吐いてる跡がある・・・。
たしかこの人は脳梗塞後遺症で肺炎を繰り返しているばあさんだ。
一説によると、介助の人間の食べさせる速度があまりにも速いと・・・
「アンビュー、そんな速さじゃ!」僕は注意し取り上げ、頻回に送気した。
わしづかみで揉むように空気を送り、反動でバッグはまた膨らんでいく。
モニターは頻脈。少なくとも止まりかかってはいない。
「よし。じゃあ挿管チューブを!」僕は求めたが、誰も動かない。
「何やってる!」
美野ナースが化粧の取れた、少年のような顔をこちらに向けた。
「先生。この方はそこまでしないんです」
「なに?そうなのか?」
「家族の意向で・・・」他のナースが僕にカルテを渡す。
「・・・・主治医は慎吾か。なになに。家族の希望で挿管はなし、か・・・」
アンビューでの送気を止める。
「心臓マッサージも、もう止めろ」
「いえ、マッサージはするんです」
「意味、あるのか?」
「だって慎吾先生が・・・」
「あいつ・・・!どんなつもりだ?」
ムンテラではどうやらそういう取り決めらしい。
「で。家族は?」
「来ません」
「急変だろ?」
「来ないって」
「家族なのに?」
「そういう決まりで・・・」美野は口をつぐんだ。
ボスミンを投与するも脈はみるみる徐脈化し、ついには心停止となった。
「死亡時間は・・・」
「ああ先生。ありがと」慎吾が現れた。
「今、確認した」
「・・・4時50分・・・と。夜間、頻呼吸が続いてたんだ」
「今回も、誤嚥がもとか?」
「88歳だ。もういいだろ」
僕はじっと慎吾を見た。
「慎吾。お前・・ちょっとこっち来い」
僕は慎吾と詰所横のムンテラ室に入った。
「慎吾。あんな変な指示、出すなよ」
「指示?俺が?」
「人工呼吸器につながないのに、心臓マッサージはするだと?」
「それか。それは俺が家族と決めて・・」
「いったいどんな方針なんだ?」
僕がとやかくこうケチをつけるのには理由があった。慎吾は基礎系の教室から臨床医に
なって間もない。数ヶ月は僕らの指導のもとにやってきたが、最近独走することが多くなった。
目を離すとこれだ、ということだ。
「慎吾。俺の話もちょっとは・・」
「主治医は俺だよ?先生。主治医が決めたことなら、それでいいだろ?」
「ハッキリ言わせてもらうが。まだまだなんだ」
「俺がか?<後輩>の俺が?」
「そんな皮肉・・・」
「なあ、もういいかげん・・ひとり立ちさせてくれよ!」
「おい・・」
「いつまでもオーベンコベンの関係じゃあ、大学病院と変わらないじゃないか?」
「飛躍しすぎなんだよ!」
「警察来るから。俺、行くから!」
僕らの言い合いは結局まとまらず、慎吾は不快そうに部屋を出て行った。
「悪い傾向だな・・」
しかし人のことも言えない部分も思い出し、しぶしぶ部屋を出た。ところ。
「患者の前で、なに揉めてんねや?」
ミチルが。婦長が廊下で腕組みして待っていた。
「なに仲間割れしてんねん?」
「婦長!どこにいたんだ!」
「満床やのに、なに入院入れてんねん」
「し、真珠会が一方的に・・・」
婦長はズンズンと僕を押しながらムンテラ室に閉じ込めた。
「なんとかせんか!」
「なんとかしてくれよ!婦長!」
「だいたいお前が、真珠会を怒らせたからとちがうんか!」
「俺が?真珠会?えっ?うっ?」
痛いところを突かれた。非常に気にはしていた。
「言いふらしたろ。絶対に言いふらしたろ!」
「入院患者が5名いるんだよ」
「なーに勝手に入院にしてんねん。外来で治せや!が!い!ら!い!で!」
僕はトボトボ、詰所まで追っかけた。
「すまん。もう仲間割れせんから、せんから・・ううっ?」
詰所の中に入ると、さっきの新人ら含め、日勤だった数人が正座している。
「な、なんで・・・?」
婦長は看護記録を真顔でつけていた。
「あたしをな。なめたらこうなるってことや。なあ!」
呼び睨まれた小奥は、ビクッと二重アゴを震わせた。
「は・・・はい。そうですね」
婦長は入院患者の一覧をじっと眺めた。
「あたしがどこにおったって?」
「は?はあ・・」僕はスゴスゴと腰を低くした。
「余計なお世話や。こいつら引っ張るために、時間かかったんや」
「復讐?」
「なんか、ものすごく腹が立ってきてな」
婦長は一覧から患者を数人分、名前の書いた札を抜き取った。
「こんだけ、早朝に帰らすか!」
「3名か。今1人亡くなったところだ。するとあと1人で計5名分・・・」
「あと1人か。それは、アンタの交渉しだいやろ?」
僕はじいの顔が浮かんだ。
「じいは、ここに居座るって」
「スパイを、いつまでも居させるんか?」
「じ、自信ないな・・・」
「ヘタレやな。お前。ま、頼むで!」
「な、おい・・・!」
婦長は廊下へ出た。今から1人ずつたたき起こして、退院させるとでもいうのか。
すると婦長がまた戻ってきた。
「おい美野!大奥だけやな?あとは!」
「はっ!はいっ!で、でも大奥さんは。日勤の時間に合わせてしか来れないそうです!」美野は崩れかけた正座を直した。
「ええ度胸しとるわ。オバハン!」
婦長は再び消えた。
怖いもの知らずが・・・!
廊下へ出ると、慢性呼吸不全の波多野じいが飛び掛かかってきた。
「うわあ!」
「せ!先生よ!先生!はよう帰らせてくれんかな!」
「じいさん!肺炎が治ったばかりだろ!何日かせめて休養して・・・はっ?」
「うっ?」
僕らは顔を見合わせた。
「そ、そうかじいさん。そうだな。帰ってゆっくり休もうな・・・!」
「そ、そうじゃ。だ、だって病院には菌がウヨウヨしとるからのう!」
説得力のある言葉だった。実際、別室から耐性菌が出たとの情報もある。たしかにそうだな、じい。従うよ。
ゴルゴ13の、脇役のような言葉が浮かぶ。
『さっ・・さすがゴ、ゴルゴ13!か、彼はこのことを予期していたとでもいうのか?しっ、信じられん!ビシッ(着弾)』
「・・・・・」
デューク東郷のようにはいかないが、それらしく眉をひそめた。
「とりあえずベッドが1つ空いた。という事は・・あと3床だな。勝算は、ある・・・!」
睡眠不足で引き算(引き金?)すら、危うかった。
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