NURSEBESIDE 最終回 IT’S A WRONG ROAD
2006年5月31日ミチルがエレベーターの<閉>を押したところ、新人ナースらが入ってきた。
「し、失礼します・・」
気まずい池田ナースは、ダテ眼鏡をかけ直して入りかけた、そのとき。
「ぎゃあっ?」
いきなり閉じてきた扉は、寸前でストップした。
ミチルは奥へ入った。
「油断せんときや。お腹の子のためにも」
「は、はい・・・」
いつもの通り、大駐車場に整列。マスターダブルの上に、事務長が立つ。
スピーチ前。田中事務員らが横に立ったりしてふざけている。
「はいはい、あんた帰りなさい!」
新聞で田中くんのケツをしばき、事務長は背筋を伸ばした。
「ああ。もうそろった?ねえ?」
最近集会が飛ばし飛ばしだったこともあり、久々の機会だった。
「じゃあ、いくぞ。今回、お伝えしたいことがある。昨日のことなんだが」
みな耳を傾けた。
「真珠会という巨大な病院から、深夜にいきなり救急患者を紹介された。この病院は患者を人間として
扱わない病院で有名だ。医者の質も悪いときている。で、今回いきなりこんな仕打ちがあった。当院の
スタッフがたまたま泊まりでいてくれたおかげで・・・」
幾人かのスタッフは含み笑いをした。事務長はマイクに切り替えた。
『キーン。難を逃れた。いったい当院があの病院に何をしたのか?何かしたか?私は覚えはない』
僕はじっと身を縮こませた。
『誰か、心当たりのある人・・いますか?<はい、私が真珠会を刺激しました>という正直な人!
いたずら電話とか!ケンカ売ったとか!』
みな周囲をお互い見回した。二日酔いのピートが、僕を後ろからつついた。
「昨日はオッサンだけ、先に逃げたって話だな?」
「逃げたんと違う。自分のことで一生懸命だったんだ」
「ヘヘッ。そういうのを逃げるって言うんだぜ?」
「お前こそ、泥酔しやがって。麻酔科を地でいくなよな!」
『まあいい。こちらでまた調べることにする。で、その真珠会病院に、転勤することになった・・』
みなざわめき、ブーイングがあちこちで始まった。
『フミさんですね。ミチル婦長の同期。マイクを』
転勤を控えたフミは、マスターダブルから少し離れて立っていた。
『事務長さん。真珠会はああでも、あたしは違うよ!』半笑いだが彼女は少し苛立っていた。
『みんな、あの病院がどうとかそんなんで仕事選べるようだけど、あたいはそんな奴らは贅沢だと思う。
幸せな証拠なんだけどね』
事務長は少しうつむいた。
『でもさ、あたしにも事情があんのよ。大丈夫大丈夫。悪魔に魂を売るわけじゃないし』
みんなの視線は冷ややかだった。家族のため、給料のためとはいえ・・・。
『きょ、今日はオフなんで。今までありがとうね!』大柄なフミはぺこっと4頭身の頭を下げた。
ドスドス・・とドカベンのように引き上げ、病院玄関に入っていく。
するとちょうど、ミチルが出てきた。ナースキャップが傾いているのをものともせず。
「ミチル。お疲れ!」
「・・・・・」
「昨日は大変やったてな?あたしは有給やからええけど、大奥だけが来なかったって?」
「関係ないやろ、もう」
「どした?機嫌悪い?事故のことが気になる?」
ミチルは言葉を気にも留めず、駐車場へと歩いた。
「ミチル!あんたも辞めるんやってな?なら来いや!うちんとこ!真珠会!」
「・・・・・あんた、知らんやろうけど。事務長は、そこ潰すって言うてるで」
「そんなん。無理や」
「第二病院から潰すって話やで」
「奈良の?」
「気の毒やな・・・」
「なんや。冷たいな。他人みたいに」
婦長はピタッ、と足を止めた。
「だって・・・他人事やろ?」
振り返らず、ミチルは駐車場の人ごみに紛れていった。
『・・・・以上ですね。わたしのいいたいことは。あ!』
事務長がミチルを見つけ、マイクを持って走った。
「なあミチル。みんなが気にしてるんだ」
「?」
「君がホントに辞めるんやないかって」
「そうよ」
あたりがザワついた。ミチルの周囲を、オーク軍団が取り囲んだ。
「やめんといてえなあ!婦長さん!」「こっちも悪かったがな!」「話し合おうな!」
「・・・・・」
婦長は微動だにしない。
さらにオーク軍団の周囲を、新人ナースらが取り囲んだ。
「婦長さんごめんなさい!」「許してください!」「なんにでも耐えます!」
新人らは泣き始めた。
「なんか、肉芽腫みたいに賑やかだな・・」僕は遠目で見た。
「肉の周囲のナースらは、リンパ球か?」ピートが付け加えた。
「つまらん・・・」
婦長は無理やりマイクを持たされた。
『なに?最後の言葉か?』
「そ、そうじゃないだろ?君はみんなをこれからも・・・!」
説得しようとした事務長を、田中事務員がさえぎった。
「ミチル婦長!お客さんが!」
『なに・・・?』
「お客さんです。高齢の女性のようです」
ミチルはマイクを事務長に戻し、方向を変え歩いていった。
「田中。そのオバハンはどこや?」
「事務室のすぐ外に」
「・・・・・・・裏口に回るように」
「はっ?」
「そこでの用事が済んだら、相手してやる」
オーク軍団や新人らは、口々にあれこれ推測、漏らした。
「引き抜きや!」「迎えにきたんや!」「連れていかれる!」
ミチルにみな続いていった。裏口は、病院の横にそった通路を歩いていく。
僕らドクターたちも、興味本位でついていった。
「いったい何が始まるんだ?」
「ユウキ先生!」ザッキーが後ろから現れた。
「なに?」
「カテの患者さん。右冠動脈に99%の病変!」
「ステントか?」
「ええ。総統が。しかし・・あちこちがガチガチです」
持ってきたフィルムを一通り見た。
「・・・・・これ以上心筋梗塞起こしたら、終わりだな」
「ええ。総統はもう帰られます!」
「ああ。ザッキーもご苦労!」
裏口。
そこにちょうど、黒いセダンがキキッ、とバックで停車していた。
中から黒スーツ、いや・・上にキレイな白衣を着ている高齢男性。
病院裏玄関から、ストレッチャーを押してきた慎吾と澪ナース(真の深夜入り)。
「早朝に、誤嚥性肺炎でなくなった患者だ・・・」
みな、道を開けた。慎吾が半ばうなだれるように、ストレッチャーをキリキリと押していく。
葬儀屋の2人は、トランクを開けた。
「では、あとは・・・家族の方は?」
「いえ。ここには来ません」慎吾は頭を深く下げ、みな続いて下げた。
葬儀屋は見回した。
「こんな人数で・・・亡くなったこの方もさぞ・・・では。お送りいたします」
深々と頭を下げたあと、じい2人はトランクを閉め、車に乗り込んだ。
ブウンブウン、とエンジンが鳴り始める。
ミチルは唇をかみしめていた、その後ろに大柄なナースが現れた。
「あ。亡くなったんか」
「・・・」振り向くと、大奥ナースだった。誤嚥のきっかけを彼女が作っていたのは、みな知るところだった。
「88やろ?もうええがな」
「・・・」
みな頭を下げたままだが、横目で睨むように盗み見た。
「なんで夜中に電話してくんねん。あたいは日勤やちゅうに!」
「・・・」
「もうちょっと給料上げるとかやな、勤務楽にするとか患者減らすとか、そういうことしてくれへんと!」
婦長の腕ひとつで大奥はそのまま、真後ろの積み重ねたダンボールに叩き込まれた。一瞬の出来事だった。
「ぐああ!なに?」
ダンボールとともに、大奥は地面に崩れた。後頭部を押さえ、手に滲んだ血を見た。
「血や!血!おい!血やで!」
婦長はすかさず、上からつかみかかった。
「ふん!」
「ぎゃあ!」
首ごとエリをつかみ、大奥の上半身が浮き上がる。
「誰の・・ハアハア、誰のせいで死んだんと思ってるんや!」
「ヒー、ヒー、やめ、やめ・・・」
「なんでお前みたいなクズが生きて、なんで無抵抗な人間が、そのクズに葬られるんや!」
「いたた!いたた!くく!苦しい!」
「殺す!」
みな固まっているところを、事務長が慌てて参上した。
「な!なにをやってる!婦長!」
「あんたも責任あるやろ!」
「殺す気なのか?」
事務長や僕らは一生懸命、ミチルの腕をほどいた。
「ヒイ!ヒイ!」大奥は怯えながら近くの柱にすがった。
事務長は子供をなだめるように、ミチルに近づいた。
「たしかに、僕にも問題はあった。勝手に君らの勤務を変えたり・・・気持ちはよくわかったから」
「何もわかってないっ!」
婦長は指差した。
「あんたや部下に、いきなり婦長の大役を押し付けられて!2年前!」
「・・・・・・・・」
「そしたらなんや?上から下から・・めんどくさいこと、全部あたしに押し付けといて!自分らは自分らで!鼻つまみ者を除いて開く、乱交パーティー!」
「おいおい、乱交なんて・・」
「まじめなヤツがバカを見て、ほんで、大奥みたいな何も仕事のせん奴らが、カゲで幅きかして!一体こいつら何者や?」
「・・・・・・・・」
ミチルの暴走は止まらない。
「昔はな。こんな奴らはまだいなかった。病院が利益を追求しはじめて、これや!」
「今は、そうじゃなきゃやっていけないんだ・・・」
「患者の権利、奪っておいて自分らの権利だけ主張するやつら!あんたらや!」
「・・・・・・」
「ほんであたしの親友も辞めていくし・・ああ!」
ミチルは古びたイスに腰掛けた。
「事務長。あんたが初めてここに来た時のヘルパーさん。覚えてる?」
「ああ・久米さんだろ」
「あのオバサン・・・ええ人やった。ホンマええ人やった。あの頃、家族なし同然の患者さんらに、1人1人、毎日接してた。土曜・日曜なんて関係ない」
「・・・・・・・」
「患者さんの1人が、ある日泥棒にあって。部屋の金が無くなってた。そしたらそしたら、そのヘルパーさん。自分のサイフから金出して・・・<ほら、ここにあったよ>って」
「・・・・・・・」
「なあ。なんでそんな親切な人が、あのあと、この国道で。なんで。はねられたん?車に」
「そ、それは・・・」
「オバさん、その日励ましとった癌末期の人・・その人より早く死んでしもうたんやでぇ・・・うぐぐ」
どうやら数年前、悲しいことがあったらしい。
「なんでやの?なんでええ人が報われずに・・・あたしはもう嫌や!もう見たくない!」
「ミチル!疲れてるんだ。疲れたんだ。今日は・・・ゆっくり休め」
事務長はミチルの背中をさすった。
「ぐああああ・・・」
「すまんが、道を開けてくれ」
2人はよろめきながら、人ごみを掻き分けていった。
一部始終を見ていた、<被害者>のオバハンは・・・ただただ目で追いかけていた。涙が一筋、流れた。
それが恐怖だったのか、同情だったのかは知らない。
2人はなおもよろめきながら、フラフラと裏口から引き上げていった。
(画面静止・音楽)
ひとり行く君にそれは長い道 夢も打ち砕かれる寂しさだ
新しい町へ来ても 君は絶望するだけ 心の安らぎなどどこにもない
君のすぐ間近に戦いが待っている
その戦いで君は殺されるだろう
だから長い道を君は行くしかない
どこかに落ち着く場所が
気ままに過ごせる場所が
見つかればいいと希望をもちながら
踏み出す一歩はほんの始まり
心の痛みに足も重い
誰か味方は待っていないのか
道はあくまで長く険しいのだから
生き延びるにはどうすればいい
戦いを挑まれれば避けては通れぬ
昼も夜も油断はできない
君のすぐ間近に戦いが待っている
その戦いで君は殺されるだろう
君の行く道は長いから
踏み出す一歩はほんの始まり
心の痛みに足も重い
誰か味方は待っていないのか
イッツ・ア・ロング・ロード/『ランボーのテーマ』ダン・ヒル/IT’S A LONG ROAD Performed by Dan Hill
http://www.ongen.net/search_detail_album/album_id/al0000043895/
<被害者>からミチルへの連絡は2度となく、事故補償はすべて自己負担となった・・・。
強制退院となった巣鴨じいら3人は、近くの公衆電話で戸惑っていた。
「今からいくでよ!」
『当院はあいにく、受け入れはできません』
「なんでや?なんでなんや?わしら、そこにカルテがあるはずや!」
『あいにくですが・・・』
「待ってくれ!じゃあわしらは一体どこへ!あ・・・」
じいは絶望し、受話器を持ったまま途方に暮れた。
医局では搬送の依頼連絡が入った。医長が受話器を取る。
「満床でして。とりあえずは診ますが・・・」
『夜間、そちらへ1回運ばれた方。タクシーでインスリンか何かですかね。自己注射して、気を失って・・』
「分かりました!」
医長は廊下へ走った。
慎吾が僕のほうに近づいてくる。
「ユウキ先生よ!」
「あん?」
「さっきは俺の、言いすぎかな?」
「ん。ま!俺も悪かったかな!」
「楽しくやろうぜ!」
「だる・・・」
シローが医局へ入ってきた。
「来ますよ!大学からの医局員が!期間限定の研修です!」
「大学も必死だな。2人もか?」
「女医さんが1人いるそうです!日本女性のような美人です!」
「なにっ?」
僕は立ち上がり、ソファーで寝ていたザッキーも立ち上がった。
「いくぞ!ザッキー!」
「よしきた!」
「慎吾の言うとおり!女医でエンジョイだ!」
僕ら2人はダッシュで廊下へ出た。
戦いは続く・・・!
「し、失礼します・・」
気まずい池田ナースは、ダテ眼鏡をかけ直して入りかけた、そのとき。
「ぎゃあっ?」
いきなり閉じてきた扉は、寸前でストップした。
ミチルは奥へ入った。
「油断せんときや。お腹の子のためにも」
「は、はい・・・」
いつもの通り、大駐車場に整列。マスターダブルの上に、事務長が立つ。
スピーチ前。田中事務員らが横に立ったりしてふざけている。
「はいはい、あんた帰りなさい!」
新聞で田中くんのケツをしばき、事務長は背筋を伸ばした。
「ああ。もうそろった?ねえ?」
最近集会が飛ばし飛ばしだったこともあり、久々の機会だった。
「じゃあ、いくぞ。今回、お伝えしたいことがある。昨日のことなんだが」
みな耳を傾けた。
「真珠会という巨大な病院から、深夜にいきなり救急患者を紹介された。この病院は患者を人間として
扱わない病院で有名だ。医者の質も悪いときている。で、今回いきなりこんな仕打ちがあった。当院の
スタッフがたまたま泊まりでいてくれたおかげで・・・」
幾人かのスタッフは含み笑いをした。事務長はマイクに切り替えた。
『キーン。難を逃れた。いったい当院があの病院に何をしたのか?何かしたか?私は覚えはない』
僕はじっと身を縮こませた。
『誰か、心当たりのある人・・いますか?<はい、私が真珠会を刺激しました>という正直な人!
いたずら電話とか!ケンカ売ったとか!』
みな周囲をお互い見回した。二日酔いのピートが、僕を後ろからつついた。
「昨日はオッサンだけ、先に逃げたって話だな?」
「逃げたんと違う。自分のことで一生懸命だったんだ」
「ヘヘッ。そういうのを逃げるって言うんだぜ?」
「お前こそ、泥酔しやがって。麻酔科を地でいくなよな!」
『まあいい。こちらでまた調べることにする。で、その真珠会病院に、転勤することになった・・』
みなざわめき、ブーイングがあちこちで始まった。
『フミさんですね。ミチル婦長の同期。マイクを』
転勤を控えたフミは、マスターダブルから少し離れて立っていた。
『事務長さん。真珠会はああでも、あたしは違うよ!』半笑いだが彼女は少し苛立っていた。
『みんな、あの病院がどうとかそんなんで仕事選べるようだけど、あたいはそんな奴らは贅沢だと思う。
幸せな証拠なんだけどね』
事務長は少しうつむいた。
『でもさ、あたしにも事情があんのよ。大丈夫大丈夫。悪魔に魂を売るわけじゃないし』
みんなの視線は冷ややかだった。家族のため、給料のためとはいえ・・・。
『きょ、今日はオフなんで。今までありがとうね!』大柄なフミはぺこっと4頭身の頭を下げた。
ドスドス・・とドカベンのように引き上げ、病院玄関に入っていく。
するとちょうど、ミチルが出てきた。ナースキャップが傾いているのをものともせず。
「ミチル。お疲れ!」
「・・・・・」
「昨日は大変やったてな?あたしは有給やからええけど、大奥だけが来なかったって?」
「関係ないやろ、もう」
「どした?機嫌悪い?事故のことが気になる?」
ミチルは言葉を気にも留めず、駐車場へと歩いた。
「ミチル!あんたも辞めるんやってな?なら来いや!うちんとこ!真珠会!」
「・・・・・あんた、知らんやろうけど。事務長は、そこ潰すって言うてるで」
「そんなん。無理や」
「第二病院から潰すって話やで」
「奈良の?」
「気の毒やな・・・」
「なんや。冷たいな。他人みたいに」
婦長はピタッ、と足を止めた。
「だって・・・他人事やろ?」
振り返らず、ミチルは駐車場の人ごみに紛れていった。
『・・・・以上ですね。わたしのいいたいことは。あ!』
事務長がミチルを見つけ、マイクを持って走った。
「なあミチル。みんなが気にしてるんだ」
「?」
「君がホントに辞めるんやないかって」
「そうよ」
あたりがザワついた。ミチルの周囲を、オーク軍団が取り囲んだ。
「やめんといてえなあ!婦長さん!」「こっちも悪かったがな!」「話し合おうな!」
「・・・・・」
婦長は微動だにしない。
さらにオーク軍団の周囲を、新人ナースらが取り囲んだ。
「婦長さんごめんなさい!」「許してください!」「なんにでも耐えます!」
新人らは泣き始めた。
「なんか、肉芽腫みたいに賑やかだな・・」僕は遠目で見た。
「肉の周囲のナースらは、リンパ球か?」ピートが付け加えた。
「つまらん・・・」
婦長は無理やりマイクを持たされた。
『なに?最後の言葉か?』
「そ、そうじゃないだろ?君はみんなをこれからも・・・!」
説得しようとした事務長を、田中事務員がさえぎった。
「ミチル婦長!お客さんが!」
『なに・・・?』
「お客さんです。高齢の女性のようです」
ミチルはマイクを事務長に戻し、方向を変え歩いていった。
「田中。そのオバハンはどこや?」
「事務室のすぐ外に」
「・・・・・・・裏口に回るように」
「はっ?」
「そこでの用事が済んだら、相手してやる」
オーク軍団や新人らは、口々にあれこれ推測、漏らした。
「引き抜きや!」「迎えにきたんや!」「連れていかれる!」
ミチルにみな続いていった。裏口は、病院の横にそった通路を歩いていく。
僕らドクターたちも、興味本位でついていった。
「いったい何が始まるんだ?」
「ユウキ先生!」ザッキーが後ろから現れた。
「なに?」
「カテの患者さん。右冠動脈に99%の病変!」
「ステントか?」
「ええ。総統が。しかし・・あちこちがガチガチです」
持ってきたフィルムを一通り見た。
「・・・・・これ以上心筋梗塞起こしたら、終わりだな」
「ええ。総統はもう帰られます!」
「ああ。ザッキーもご苦労!」
裏口。
そこにちょうど、黒いセダンがキキッ、とバックで停車していた。
中から黒スーツ、いや・・上にキレイな白衣を着ている高齢男性。
病院裏玄関から、ストレッチャーを押してきた慎吾と澪ナース(真の深夜入り)。
「早朝に、誤嚥性肺炎でなくなった患者だ・・・」
みな、道を開けた。慎吾が半ばうなだれるように、ストレッチャーをキリキリと押していく。
葬儀屋の2人は、トランクを開けた。
「では、あとは・・・家族の方は?」
「いえ。ここには来ません」慎吾は頭を深く下げ、みな続いて下げた。
葬儀屋は見回した。
「こんな人数で・・・亡くなったこの方もさぞ・・・では。お送りいたします」
深々と頭を下げたあと、じい2人はトランクを閉め、車に乗り込んだ。
ブウンブウン、とエンジンが鳴り始める。
ミチルは唇をかみしめていた、その後ろに大柄なナースが現れた。
「あ。亡くなったんか」
「・・・」振り向くと、大奥ナースだった。誤嚥のきっかけを彼女が作っていたのは、みな知るところだった。
「88やろ?もうええがな」
「・・・」
みな頭を下げたままだが、横目で睨むように盗み見た。
「なんで夜中に電話してくんねん。あたいは日勤やちゅうに!」
「・・・」
「もうちょっと給料上げるとかやな、勤務楽にするとか患者減らすとか、そういうことしてくれへんと!」
婦長の腕ひとつで大奥はそのまま、真後ろの積み重ねたダンボールに叩き込まれた。一瞬の出来事だった。
「ぐああ!なに?」
ダンボールとともに、大奥は地面に崩れた。後頭部を押さえ、手に滲んだ血を見た。
「血や!血!おい!血やで!」
婦長はすかさず、上からつかみかかった。
「ふん!」
「ぎゃあ!」
首ごとエリをつかみ、大奥の上半身が浮き上がる。
「誰の・・ハアハア、誰のせいで死んだんと思ってるんや!」
「ヒー、ヒー、やめ、やめ・・・」
「なんでお前みたいなクズが生きて、なんで無抵抗な人間が、そのクズに葬られるんや!」
「いたた!いたた!くく!苦しい!」
「殺す!」
みな固まっているところを、事務長が慌てて参上した。
「な!なにをやってる!婦長!」
「あんたも責任あるやろ!」
「殺す気なのか?」
事務長や僕らは一生懸命、ミチルの腕をほどいた。
「ヒイ!ヒイ!」大奥は怯えながら近くの柱にすがった。
事務長は子供をなだめるように、ミチルに近づいた。
「たしかに、僕にも問題はあった。勝手に君らの勤務を変えたり・・・気持ちはよくわかったから」
「何もわかってないっ!」
婦長は指差した。
「あんたや部下に、いきなり婦長の大役を押し付けられて!2年前!」
「・・・・・・・・」
「そしたらなんや?上から下から・・めんどくさいこと、全部あたしに押し付けといて!自分らは自分らで!鼻つまみ者を除いて開く、乱交パーティー!」
「おいおい、乱交なんて・・」
「まじめなヤツがバカを見て、ほんで、大奥みたいな何も仕事のせん奴らが、カゲで幅きかして!一体こいつら何者や?」
「・・・・・・・・」
ミチルの暴走は止まらない。
「昔はな。こんな奴らはまだいなかった。病院が利益を追求しはじめて、これや!」
「今は、そうじゃなきゃやっていけないんだ・・・」
「患者の権利、奪っておいて自分らの権利だけ主張するやつら!あんたらや!」
「・・・・・・」
「ほんであたしの親友も辞めていくし・・ああ!」
ミチルは古びたイスに腰掛けた。
「事務長。あんたが初めてここに来た時のヘルパーさん。覚えてる?」
「ああ・久米さんだろ」
「あのオバサン・・・ええ人やった。ホンマええ人やった。あの頃、家族なし同然の患者さんらに、1人1人、毎日接してた。土曜・日曜なんて関係ない」
「・・・・・・・」
「患者さんの1人が、ある日泥棒にあって。部屋の金が無くなってた。そしたらそしたら、そのヘルパーさん。自分のサイフから金出して・・・<ほら、ここにあったよ>って」
「・・・・・・・」
「なあ。なんでそんな親切な人が、あのあと、この国道で。なんで。はねられたん?車に」
「そ、それは・・・」
「オバさん、その日励ましとった癌末期の人・・その人より早く死んでしもうたんやでぇ・・・うぐぐ」
どうやら数年前、悲しいことがあったらしい。
「なんでやの?なんでええ人が報われずに・・・あたしはもう嫌や!もう見たくない!」
「ミチル!疲れてるんだ。疲れたんだ。今日は・・・ゆっくり休め」
事務長はミチルの背中をさすった。
「ぐああああ・・・」
「すまんが、道を開けてくれ」
2人はよろめきながら、人ごみを掻き分けていった。
一部始終を見ていた、<被害者>のオバハンは・・・ただただ目で追いかけていた。涙が一筋、流れた。
それが恐怖だったのか、同情だったのかは知らない。
2人はなおもよろめきながら、フラフラと裏口から引き上げていった。
(画面静止・音楽)
ひとり行く君にそれは長い道 夢も打ち砕かれる寂しさだ
新しい町へ来ても 君は絶望するだけ 心の安らぎなどどこにもない
君のすぐ間近に戦いが待っている
その戦いで君は殺されるだろう
だから長い道を君は行くしかない
どこかに落ち着く場所が
気ままに過ごせる場所が
見つかればいいと希望をもちながら
踏み出す一歩はほんの始まり
心の痛みに足も重い
誰か味方は待っていないのか
道はあくまで長く険しいのだから
生き延びるにはどうすればいい
戦いを挑まれれば避けては通れぬ
昼も夜も油断はできない
君のすぐ間近に戦いが待っている
その戦いで君は殺されるだろう
君の行く道は長いから
踏み出す一歩はほんの始まり
心の痛みに足も重い
誰か味方は待っていないのか
イッツ・ア・ロング・ロード/『ランボーのテーマ』ダン・ヒル/IT’S A LONG ROAD Performed by Dan Hill
http://www.ongen.net/search_detail_album/album_id/al0000043895/
<被害者>からミチルへの連絡は2度となく、事故補償はすべて自己負担となった・・・。
強制退院となった巣鴨じいら3人は、近くの公衆電話で戸惑っていた。
「今からいくでよ!」
『当院はあいにく、受け入れはできません』
「なんでや?なんでなんや?わしら、そこにカルテがあるはずや!」
『あいにくですが・・・』
「待ってくれ!じゃあわしらは一体どこへ!あ・・・」
じいは絶望し、受話器を持ったまま途方に暮れた。
医局では搬送の依頼連絡が入った。医長が受話器を取る。
「満床でして。とりあえずは診ますが・・・」
『夜間、そちらへ1回運ばれた方。タクシーでインスリンか何かですかね。自己注射して、気を失って・・』
「分かりました!」
医長は廊下へ走った。
慎吾が僕のほうに近づいてくる。
「ユウキ先生よ!」
「あん?」
「さっきは俺の、言いすぎかな?」
「ん。ま!俺も悪かったかな!」
「楽しくやろうぜ!」
「だる・・・」
シローが医局へ入ってきた。
「来ますよ!大学からの医局員が!期間限定の研修です!」
「大学も必死だな。2人もか?」
「女医さんが1人いるそうです!日本女性のような美人です!」
「なにっ?」
僕は立ち上がり、ソファーで寝ていたザッキーも立ち上がった。
「いくぞ!ザッキー!」
「よしきた!」
「慎吾の言うとおり!女医でエンジョイだ!」
僕ら2人はダッシュで廊下へ出た。
戦いは続く・・・!
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