無限に拡がる、医師過剰大都市群。そこには、様々な医者が満ち溢れていた。ピピピ・・ドックンドックンドックン

 大学に残る者、検診だけでおいしく稼ぐ専業女医、地方に根ざすはずが年老いて痴呆に根ざした開業医・・・。

 関西ではこの頃から病院間での競争、貧富差が増加し、まさに弱肉強食の時代を迎えていた。

 僕らの総合病院「真田会」が「真珠会」と敵対し始めた日々。それでもバブリーな黄金時代は続いていた。

 病院経営が安定していた中、僕らは日々診療に追われていた。

 病院の職員駐車場に入ってきた、スカイラインGTR。ブオンブオン!と鳴らすたび、五百円玉がチリンチリン、と落ちていく。
それだけこの車の燃費は悪い。

ガオオン!と不必要な空ぶかし。職員駐車場に停車。

キーを抜き、ドアを開ける。そして・・・!


「はあはあ。だるだる」ヘビのように、這い降りてきた。


2001年。月曜日。


 ヤンキーのように周囲をくまなく点検。傷はなし。ハトの糞は経過観察。

 そして病院のウラ玄関から入る。振り向くと駐車場には外車など高級車の陳列。車がどんどん代わっている。この僕も車をキャッシュで思いっきり買い換えた。そう、僕はひょっとしたらこいつらと同類なのかもしれない。

 独身だけど。それがどうした?32になってから、こういう<開き直り>をするようになった。ああ・・・。

 入り口で新品のサンダルに履き替え。足跡がペタンペタンと響く。

「あ〜!♪それにつけても、おやつはだ〜ある!」

エレベーターでなく、階段を利用。
少しずつ復活してくる脳細胞に食細胞。

 今日の朝は車で「ミュージック・アワー」を聞いた。替え歌を考えながら階段を歩く。

「♪この病院で〜はみんなの〜!ご受診をおま〜ちしています!前医の薬もファミリーもいいっしょに〜!ダイヤルをして! ・・ただし!受付は昼間まで!」

途中で買うコーヒー。ピピピとなるが、やはり「ハズレ」。
こっそり<おつり口>に人差し指。

「そりゃないわな・・・おおっと」
周囲を慌てて見回す。

ともあれ、平和な生活が続いていた。

医局のドアを開けようとした手が、止まる。
「あ、そうか・・こっちじゃないや」

方向転換し、テケテケと廊下の隅へ歩いていく。そこは・・・
<医長室>だった。暗証番号を押す。
「オープン、サシミ!(暗証番号0343)」

カチャ、と小さな音。キイ、と開く8畳部屋。
ダンボールでいっぱいだが、荷物さえ入っていればこっちのもの。

「そうだったそうだった。オレは今日から医長・・・!」
 複雑な心境だ。これまで誰かの日陰でやってきた。都合が悪ければ医長や上のせいにしていたこともあった。

 しかし今日から内科の責任者だ。いい部屋を与えられようとも、重圧は僕のところにやってくる。人任せはできない。
「大いなる力には、大いなる責任が伴う、か・・・そういう言葉、あったよな」

 机の横のDVD置き場から、「スパイダーマン」を取り出し、また戻す。

 カーテンを開けると、大都会が見下ろせ・・はしないが、肩を並べている。ガクブチ時計はまだ8時半。あと30分で始業。

まず机の上の書類などを整頓。

「日本内科学会雑誌、循環器病雑誌、心臓病学会雑誌、少年ジャンプ、ゴルゴ13と・・・!」
1冊ずつ、各本棚へ。あと、手紙に封筒の類。
「講演会のご案内、薬局からの新薬導入許可願い、代表委員会のお知らせ・・・税金の支払い・・か!」
ポイポイ、とゴミ箱に投げられていく。

ふと目をやると、カレンダーがある。そこにいろいろ書かれている。
「これは、前の医長が書いたものだな・・・」
たどって見ると、『地方講演会』『原稿締め切り』『在宅酸素導入』などとある。

「在宅酸素?あいつ、肺が悪いのか・・?ま、患者のだよな」
机の引き出しを何度か入れなおし、立ち上がる。
「さーてと。医局のヤツらどもは、今ごろ何を・・・」

ドアを開け、ロックを確認のうえ、改めて医局のノブに手をかける。
「おはようございまし!」
ドアを開けると、ソファには・・・

「おはよういやうまう(小声で聞き取れず)」前髪揃ったおぼっちゃんが座っている。でも着ているのは白衣だ。

「や、やあ・・・」
「・・・・・」口数の少ないおぼっちゃんは、またテレビを見始めた。
「遠藤くん。いつも早いね」
「・・・・・(うなずき)」

 大学から研修に来た5年目だ。『コミュニケーションが苦手だが根はいい人間』とあちらの医局長から聞いている。

 彼は大学院の卒業にあたり、次の病院を物色している。ここで基本的な手技を教えているところだ。しかしなかなか時間がとれず、とても数ヶ月で1人前にするなんて、<いきなりジオング、ジュディオング>だ。

「遠藤くん。研修も、もう半ばかな?」
「・・・・半ばと、3日・・・(目、合わせず)」
「オレはあんまり関与しなかったけど、これからは医長として監督を」
しまった。えらそうな言い方になってしまった。

「・・・・・弥生さんは」坊ちゃんの顔が少し赤くなった。
「弥生さんもそうだな、病棟持ちたいって言ってたよな・・・」
「自分も」
「ああ。今日から、1人ずつ持ってもらおうか」
思いつきだが、今日から研修の2人に患者を持ってもらうことにした。主治医ではあるが、僕が陰のオーベンということになる。

 前の医長は、医療ミスなどされたら困るということで見学のみだったが。これでは彼らが伸びないだろう。

「わっ!」びっくりして振り向くと、長い黒髪の女が、目隠しした手を引っ込めた。いいニオイがした。
「おっはよ!うさぎさん!あははは!」
「あ〜あ、心臓が止まるかと思った」
「ラジオネーム、恋するうさぎさん!」
「だる・・・その呼び方、やめてくれへんか?」

 3年目のこの女医は、大学時代でもずば抜けた、という噂だった。何がずば抜けていたか・・それは、その美しさであると見た。

 雪のような白い肌の弥生先生は、これまた真っ白な白衣であちこちにフェロモンを撒き散らしていた。

「うさぎさん!医長就任、おめでと!」
「あ?いやいや・・・」

トシキ、元医長がパンをくわえたまま入ってきた。
「おはようございます・・」
「おう医長!じゃなかったな、もう・・・」
「・・・・・」

 もと医長は淋しげに礼をして、自分の机に向かった。
僕は脇に抱えたノートパソコンを開いた。

「じゃ、患者の振り分けをしようぞ!」
お坊ちゃまがジー、とのぞく。根暗そうなヤツだ・・・。

「遠藤くんは、そうだな。今日入院が入るから。1人。転院だよ。高血圧に糖尿病、慢性肝炎・・・」
「いきなりそんなのですか。もっと簡単なほうが」
「パードン?何か言ったか?上官の命令だ!」
「じょ、じょうかかか(ウけている)!」

睨みをきかせ、今度は弥生先生にパソコンを向けた。彼女は慣れ慣れしく、僕の両肩を揉みだした。

「ねえねえ!やさしいのにして!」
「だる・・・そんなわけにはいかないよ。弥生先生は・・・狭心症疑いを、と。不整脈もある」
「他に病気はないの?」
「あるかもしれん。紹介状にすべてが載ってるとは限らないから」

それにしても、最近の若い奴らは・・言葉遣いを知らんのか。優しくすると、こうだ。
だがこういう女医なら悪くない。

いやいや!それがいけないんだ!

僕はパソコンをたたんで、持ち上げた。
「よっしゃ!今から総回診・・・・うそうそ!」

びっくりして立ち上がった一同をいさめ、僕は1人病棟へペタン、ペタンと向かった。

「今のは、ひんしゅくだったな・・・反省反省!」

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