「慢性腎不全の患者さん。週3回、近く腎センター病院で透析通院中」
「真珠会から肺水腫で来た人だね」シローは説明した。
「現在はバイタルも安定。しかし飲水量が守れてません」
「頼んだよ。この人は心機能が悪い。多すぎるとまた再発を・・・?ユウキ先生。携帯が?」

ブルル、と僕の白衣の中の携帯が振動。みな一斉に自分のをパッと確認する。時計は・・・9時を回ってる。
「あ。いい、いい。まだいける。続けて」

「日曜日は、地下の売店の横でグビグビ飲んでいるところを発見されています」
「体重を見とかないかんなシロー・・・」
「困ったちゃん、多いですね」シローはやれやれといった表情。

澪は続けた。

「60歳男性、VT(心室頻拍)の方。アミオダロン開始してますが・・」
「薬剤が薬剤だから、入院して量を調整してんだけどね」慎吾だ。
「モニター画面でもVTの出現はなく・・」
「今度、運動負荷してみる」
「咳と痰が・・・」
「風邪も、そりゃひくわな」

トシキの顔がピクッと反応した。

「慎吾先生。胸部のCTは?」
「風邪症状でいきなりCTか?」
「わかってないですね・・・」
トシキは本を開き、慎吾に渡した。

「間質性肺炎か?はいはいはいはいはい!」慎吾は大げさに何度も頷いた。
「だけとは限りませんが。薬剤性の肺障害で」
「知ってる知ってる!なんだこれか!はいはいはい!」

トシキといい、慎吾といい・・・もうちと素直になってほしいものだな。

「17歳の男の子。急性気管支炎で入院」
「というか、マイコを疑ってる」トシキはつぶやいた。
「しつこい咳は相変わらずで」
「なに?熱が下がってきてるだろ?」
「おとつい入院時が38.3℃、えーと・・・今日の朝が・・・38℃」
「ちょっと下がったか」

あまり変わらん気もするが・・・。

「先生、座薬は嫌がってて・・」
「僕の出した指示に何か?」トシキは興奮気味だ。
「い、いえ。ただその内服に変えるとか・・」
「い、いまカルテに書いてる!書いてるんだ!」

澪は急ぎ始め、申し送りを加速した。
「肺癌、化学療法3クール目の男性。本日、ドレナージ予定」
「胸水があって、今日抜いて・・・抜き終わったらピシバニ−ルを」ザッキーが説明。
「あ、あたし。それしたい!」弥生が食いかかるように近寄った。
「したいって、あんたそれ・・・!どうしましょう。医長?」

僕はワンテンポ遅れた。
「え?あ、そうだな。弥生先生・・・初めてか?」
「はい」
「じゃ、ザッキー。午後から横について、教えてやれ」

ザッキーは少し微笑んだ。
「医長先生が、手取り足取りどうですか?」
「何なんだよそれ?」
「医長先生をさしおいてそんな・・・」
「ザッキー!」
「はいっ!」
「あとで部屋来い!」
「お仕置きですか?」
「まあな!」

澪は軽症の申し送りを続けていた。
僕の携帯が2度目、震えた。

「さ、もう行かないとやばいな。外来」
「先生!また手技などあればよろしくお願い!」弥生はなれなれしく近づいた。
「いいんだよ。させてくれって言うのは大事だよ。僕は思うが・・・後悔してる。研修医のときとか、もっと積極的になるべきだった」
「そうなの?」
「だって。知らない間に上達なんかしないだろ?」
「・・・そりゃそうですね」
「だから。それが後悔しない生き方だ」

僕は廊下へ出た。

ザッキーがついてくる。
「へへへ・・・」
「なんだよおい?部屋は別に来なくて」
「<弥生先生。君は初めてか?>。やらすぃ〜」
「あ、アホが!」

ザッキーは俊足のためか、なかなか追いつけない。階段を2段3段、飛ばして走った。
おかげさまで、外来に早く到着することができた。

「ちわあっす!」僕の外来についたナースは・・・男だった。看護士。背が高く、カマッぽい。
「だる・・・」
「なあんですかあ!冷たいなあ!」
「いやいや。今日は朝ダルでな」
「いいですよいいですよだ。僕なんか男やし。女のほうがいいんだ」
「・・・そりゃそうだろうが。ま、でもな・・・女にも程があるしな」
「さあ今日も張り切っていきまっか!すでにカルテは20冊!」

この男・・・会話の途中で!
朝っぱらから、お祭り男のハイテンションは癪に障る。

「はあいこちら!座って!」看護士はばあさんをイスに座らせた。

「やあ、木村さん。いつも血圧は・・正常やね」
「待たされて待たされて・・・!」
「ごめんごめん。待たされすぎて血圧が上がったらいかんもんね〜」

木村さんがつけた<血圧手帳>を見る。1日に・・・7回くらい測定してる。
脈とか買い物とか食事内容まで記入してる。正直いって、見づらい。

「はいはい、ようわかったよ」
「なんや、ちょっとだけ見ただけやないか?」
「げっ・・・いやいや、ちゃんと見たよ」
「はい。じゃあここでも測って!」
バアは左腕をサッと差し出した。

血圧測定は時間節約のため、すべて廊下でしてもらってるんだが・・・。
仕方なく、水銀計にて。

「120と下は・・・78かな?」
「ななじゅうはち!ななじゅうはち?」バアは驚いた。
「なして?ちょうどいいと思うが?」
「いつも72くらいやのに。こんなのは初めてや?」
「数値的には問題ないよ?」
「いやいや。なんかがおかしい」

困った・・。トップバッターはいつもこの人。しょっぱなから大変なのだ。

「あ、そうか!」バアは何かに気づいた。
「?」
「今日、かなり待たされたからや・・・それで血圧がどんどん上がってきたんや!」
「かもね」
「こんなにいつも待たされたら、血圧がホントに上がってくるわい!」
「すんません」
「あ〜あ!病院で病気、作ってまうわ!」

関西のオバサン、という感じの人だ。

「木村さん。今日は採血の予定だったよね」
「食べてきた」
「だる・・・」
「また今度な」

これで5回連続だ・・・!

知らぬ間に、弥生先生が患者を介助、連れて行ってくれた。
「あ、すまんな・・」言いながら僕はカルテをサッサと記入。

弥生は戻って、近くのイスに腰掛けた。僕の真横に密接する。
「おねがいします!」
「も、もっと離れて!」
「・・・あ。雨ですね」

朝晴れていたのに。いきなり雨が降ってる。ゴゴゴ・・・と雷を伴う。
看護士が開いてたドアをぴしゃりと閉めた。
「ああっ!オレ今日、傘持ってきてねえ!」
「あたしのド派手な傘、貸したげよか?」弥生がからかった。
「そんなのしたら、医長先生に怒られちゃうよ!」

周囲のナースらが、僕に注目した。
「な、なんだよ?なんでオレなんだ?」
みなクスクス笑っている。

真っ白な顔の弥生は、何かひらめいた。
「なんだか夕立ちみたいだけど、これって朝だから・・・朝立ち?」

みなの視線が、今度は弥生に冷たくぶつかった。

「あ!ああ!」彼女は気づいたようだが遅かった。
「あああ・・・」彼女は僕を見るが、そんなの仕方がない。

僕は次に入ってきた50代男性患者を診察した。
「胸はどう?」
「ステント入れてもらってからは、いいよ」
「運動しても?」
「ああ」
「で・・タバコは?」
「やめるように努力は!努力はしてる!」

患者の服のポケットにタバコ。口臭も物語る。

「なあ先生。なかなかやめられんものですなあ!」
「自分次第。僕らはそこまで強制できんし」
「へへへ・・・薬、いつもの出しておいてえな!」
「頼んますよ!」

僕はカルテを記入した。

「この人の冠動脈リスクファクターは喫煙、高コレステロール。LDLが異様に高い。弥生先生だったら、大学でいろいろ測定するのか?RLPコレステロールとか・・うわっ?」
右を向くと、看護士が座っていた。
「な、なんでお前なんだよ!」
「先生。弥生先生はね、さっき急いで出て行きました」
「急患か?」
「先生・・・ドンカンだなあ。先生は。はいよ!」

看護士は事務から受け取ったカルテをさらに5冊、上乗せした。
「先生。追いかけるなら、今ですよ!」
「何のつもりだ?」

何、くっつけようとしてんだよ・・・!
だが、何かドキドキするものがあった。

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