「さあて次は!腹痛の中年男性!」看護士は張り切っている。
「だる・・・よくそんなパワーがあるな」
「ユウキ医長先生の外来につきたかったんですから!本望本望!」
「<ホモ>って聞こえるぞ・・・シッシッ!」

34歳のカッター着た男性。僕と年はそんな変わらない。

「下腹部が痛くてね・・・たたた」
「いつから?」
「先週・・いや実は先月」
「けっこう我慢してたとか?」
「2ヶ月前・・いやいや。軽いのから言うと」

だんだんさかのぼっていく。
まあいい。患者がだんだん心を開いてくれているということだろう。

「1年前です」
「なに?」
「ホンマですって。正直な話」
「断続的に、ですか・・・」
「いや。もうあきらめとった」

患者を寝かし、診察。腹部は・・・膨隆というか、ガスがけっこう貯留してそうだ。蠕動は悪い。

「便は・・どんなの?」
「いやあ先生。オレんとこ洋式トイレで。便を見る趣味はないですわ」
「下痢気味とか?」
「なんか、ツルッ、ツルッと出てくる感じかな?」
「・・・よう分からんな。検査に行きましょうか。腹部レントゲンに採血・・・」

吐き気なし、腹部オペ歴なし・・・腸閉塞は考えにくい。

看護士に託し、別の患者を。63歳肥満女性。糖尿病(2型)。

「崎田さん。今日の血糖は・・・344mg/dlか。あいたたたた」
「へっへへ・・・口がいやしくていけませぬわい」

前にも、こういう患者よく見たな。

「今は内服だけなんですが。入院してインスリンへの切り換えを」
「いやや。注射は怖い」
「今、飲んでるのが・・・ベイスン、ダオニール、メデット、アクトス。本来はここまで組み合わせてはいけないんだけど。保険上」
「もうちょっと、何か足せませんかいな?」
「その買い物袋は?」
「みのもんたさんが、<りんごがええ>って」
「ダメダメ!誰にでも勧めてるわけじゃないんですよあれは!」
「でも、これからは<りんごがええ>って」
「血糖が上がりすぎる!」
「へへへへ」

患者は他人事のように笑い続けた。

「これ!崎田のオバちゃんよ!」慎吾が通りすがりに怒鳴った。
「おう!慎吾先生!」

主治医でない・・・慎吾が?
カルテをさかのぼると・・・彼が臨時で1回見ている。そこには
『血糖コントロール、きわめて悪し!もっと厳重な指導・管理を!SHINGO』

と書いてある。失礼なヤツだが、逆らえはしない。
大いなる血糖は、大いなる責任を伴う・・・。

慎吾はまだ立っていた。
「あのなあ!崎田さんよ!食いすぎたら、死んでまうよ?」
「まあそれはなあ、分かっとるんやけど」
「主治医の先生が、やさしすぎるんかなあ?」

僕はシッシッ、と出て行ってもらうしぐさをした。

「なんせ、医長先生やからなあ。優しいわけよ」慎吾は挑戦的だ。
「あたしらオバハン連中で、すごくモテとるで」
「そうやろそうやろ!そう言ってるよ先生!」

この男・・・。いっぺん殴るぞ。

「先生も!優しいだけが患者のためやないし!」
「(小声で)わかったから、あっちいけ」僕は困っていた。
「崎田さんも!命縮めることしたらアカンで!」

すると患者は・・・
「わかった!じゃあ今度から、アンタの外来行くわ!」
「ななっ・・・」僕は唖然と見守った。

看護士は雰囲気を和らげるため、僕に近寄った。
「ねえ!先生ねえ!慎吾先生ねえ!ちょっと失礼よねえ!」
「何しに来たんだ?あいつ・・・」
「ねえ!先生が一生懸命ねえ!見てきた患者さんをねえ!」
「声!大きいんだよ」
「それをねえ!いきなり横取りするなんてねえ!」
「別に、いいだろ・・」
「ええなんでなんで?先生、なして怒れへんの?」
「だるいんだよ・・・次!」

54歳女性。めまい初診。

「めまいはどんな?回るほう?横揺れのほう?」
「いや。どっちもちがう!」
「・・・・・・」
「なんかな。ふわっ!ふわっ!」患者は羽ばたくようなジェスチャー。
「(そのまま飛んでいきそうだな・・・)」
「と思ったら、またふわっ!ふわっ!」

表現すると浮遊感か。するとdizzinessのほうだな。いずれにしても・・

「舌、出して。エー!」
「エー!」
「偏位はなしと」
「エー!」
「もういいよ。さて、瞳孔は正常で・・貧血なし、と。検査に行きましょう」
「エー!」
「もういいってのに」
「いやいや。お金、持ってきてない」
「そんなのいいですよ」
「タダ?」
「なわけないでしょうが・・・田中くん!車椅子で!」

事務員を呼んで、車椅子で検査へ。

脈(圧)は正常、麻痺などもなさそう。

「おうおう!精が出ますなあ!」事務長がスーツで立っている。
「弥生先生は大丈夫かな?」
「あっ!さては心配しているな?」
「どしたんだよお前ら?なんか嬉しそうに・・・」
「大丈夫ですよ。先生の<彼女>は・・・今は検査の見学に」

事務長はメモを取り出し、僕に渡した。
「医長先生!お昼は弁当が出ますよ!」
「何かあったか?」
「代表委員のつどいですよ。近所の、老健施設の婦長も来ます」
「そこで昼飯か・・」
「彼女も、呼びましょうか?」
「あっちいけ!」

こいつら、何をたくらんでいるのか・・・。
ま、ジャイ子とくっつけられるよりは、いいか。

実はこの安心が、甘かった。

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