「どんどんいきまっせ!」看護士は積み重なったカルテを1冊、バンと机の上に置いた。

「呼吸困難が、夜間からあるそうです!32歳男性!」
「・・・さ、座って」

患者はダルそうだ。肩で呼吸。
カルテをさかのぼると・・・喘息の治療が途中で中断。3ヶ月たつ。

「主治医は、医長・・いや、トシキ先生か」
「もうやめていいかなと思って」
「薬のいきなりの中断は、カンベンしてほしいなあ」
「なあ。すぐ治してよ」
「ステロイドの点滴を・・」
「なんかさ、もう何でもいいから。とにかく!ムチャクチャきついヤツ!」

話すたび、喘鳴がかすかに聞こえてくる。聴診。ウィーズは著明。
患者はハイテンションだ。

「なあ先生。思いっきりキツイのやってよ!」
「思いっきりなんてそんな・・・」

サクシゾン点滴の指示。
「終わる前に酸素飽和度測定。次!」

「77歳女性!老人性痴呆!」看護士は張り切る。
「そんな病名、張り切っていうなよな・・・」

高齢女性はゆっくりと腰掛けた。横のご主人が代弁する。

「ユウキ先生なあ。あかんわ。さっぱり!」
「物忘れは相変わらず?」
「アリセプトかな。あれたしかにええ薬のようじゃが、いっこうに効かん!」
「困ったな。アリセプトが効きにくいとなると・・」

なかなかネタがない。

「なあ先生。夜は家の中でウロウロして、あちこち汚しまくるんや!」
「便で・・でしたよね?」

この患者は精査加療目的で入院させたことがあったのだが・・。その日さっそく徘徊して詰所夜勤が大変だった。
抑制帯をすると叫び、周囲への迷惑を伴った。仕方なくご主人を呼び、ついてもらったのだが。

婦長らのクレームもあり、とうとう家に連れて帰ってもらうことになったのだ。
こんな状況だと施設で面倒を見てもらうわけにもいかず、家族の苦労は大変なはずだ。
精神科受診は本人が承諾していない。

「気分を落ち着けるための薬ってことで・・・ソラナックスを処方しましたよね」
「あああれか!あれで、このまえ大変だったよ!」
「何が?」
「飲んだら、そのあと歩いてて・・階段から落ちそうになったりしてな!」
「あいたたた・・・」
「どこが痛いんか?」
「いやいや」

高度難聴の患者は、僕の前で澄ましている。

「すまんな、ばあさん・・・」

将来(2011年)、療養病棟がなくなる。短期間治療または重症管理が必要という条件の一般病棟、それと老健施設のみとなる。
こういった患者はいったいどこへ行くのだろう。こんなに老人が増えて、寿命が延びて。でも同居は減って。

在宅介護が積極的になるわけだ。

ジリリンと内線が鳴る。
「はい。ユウキです!」
『おうひへあふああ・・ぶつぶつ』
「遠藤先生か!どうした?」
『はふぬるぶきこひ・・・』
「ダメだ。分からん。行ってくる!」

席をはずしたとたん、後ろから看護士につかまった。

「は、はなせよ!」
「先生どこどこ?どこ行きよる?」
「救急だよ救急!」
「この山積みのカルテは?」

僕はタタタ、と進み、振り向いた。
「お前にやる!なんてウソウソ!」
「もう〜!なんだかなぁ〜!」看護士はヘナヘナうずくまった。

救急室では、遠藤先生が心電図を記録中。のようだった。

「しし、心電図のとりかたが・・・」
「それでオレを呼んだのか?」
「電話でそう言ったのに・・」
「ナースとか技師とか!近くにいないのか?」
「とにかく雑用など分からないことは、医長先生に聞けって」
「雑用係で悪かったな!」
「そんなん怒らんでも・・・ぶつぶつ」
「どけ。じゃま・・じゃま!」

どかして、心電図を記録。

「VPC(心室性期外収縮)か・・・1分に5回」
「あ。1回おきに出た。2段脈」遠藤先生はうしれそうにつぶやく。
「初診か?」

救急隊の持ってきたメモでは・・・松田クリニックで受診中とある。
受診中に、不整脈が出だした。他院をすすめられ、搬送、か。

相変わらずだな。

遠藤君はまたダラダラと心電図を記録。
「お。今度は3段脈」
「もういい。記録しすぎだ!」
スイッチを止め、40代男性患者に呼びかけ。

「松田クリニックで・・何を?」
「心臓が大きいから、超音波してもらって。そしたら利尿剤という飲み薬が始まって・・」
「何か説明を?」
「いや、なにも。松田先生に返事、書いてといてくださいね!」

紹介状、来てないのに・・・。

レントゲンでは確かに心拡大はある。
超音波では・・中隔・後壁が厚い。HCMか。

「ぶつぶつ・・・キシロカインは準備したので」
「待てって。緊急性ありか?低酸素はないか?」
「ていさん・・?誰」
「だる・・・採血結果を待とう」
「低血糖?」
「適当に考えずに!」

部屋を出る前に、採血データが戻ってきた。さっきの看護士だ。
「はいユウキ先生!行こう!」
「待てよ。見せろ」
「行きまっせ!」彼は強い腕で引っ張る。

カリウム 2.6 じゃないか・・・。利尿剤、飲ませすぎなんだろう。血糖は正常で貧血なし。
なぜか隅でモジモジしている遠藤君に近寄った。

「遠藤先生。低血糖でファイナルアンサー?」
「ふぁいなる・・・あんさん?」
「だる・・・お前テレビ見んのか?」
「テレビ、持ってない」
「趣味は?」
「寝ることかな・・ぶつぶつ別にいいじゃんぶつぶつ・・」

かみ合わない人間関係は、つらい・・・。

電解質輸液指示・カリウム製剤処方・再診予定とし、当院外来へ来るよう命じた。
だが開業医の信者だ・・・来るかどうか。

しかし患者に病院を品定めしろというのは、無理な話だ。

この頃からか。「セカンドオピニオン」が流行し始めたのは。

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