54歳のめまい女性の検査結果が戻ってきた。
メイロンの点滴も終了。

「さっきと比べてどうです?」
「いっこうに変わらん」
「・・・・・」

頭部CT正常、心電図正常、採血正常・・・。
「貧血はないし、血糖や電解質も異常なし」
「ということは、年のせいっちゅうことやな?」
「まだそこまで言ってない心電図では不整脈なしただし安静時、と・・・耳鼻科・整形外科の受診と、頭部MRI&MRA、ホルター心電図の予約を」
「そ、そんなに悪いの?」

事務長の顔がにゅっと出てきた。
「いえいえ。医長先生がね、そんだけ心配してくれてるってことなんです」
「何か隠してるやろ?」
「まさか・・・どうなんですか?医長先生」

僕は事務長の頭をつかみ、後ろへ放った。

「・・・そうだ。頭部MRAとかいう前に・・・」
うっかりだった。この診察を忘れていた。時間に追われると、つい。
「首の雑音・・・否定できないな」
MRI・MRAする以前に、頸部の超音波のオーダーだ。

看護士は僕の肩を叩いた。
「そうそう先生!検査は侵襲性のないものから!」
「いちいちなんだよ。イビル」
「えっ?いつからイビルになったんですか?次、呼びます」

56歳女性高血圧。胸部レントゲン、心電図、心エコーの説明。
40歳男性慢性C型肝炎。インターフェロン注射。肝機能結果説明。
68歳男性パーキンソン病+COPD。かわりなし。
老人ホームより発熱で受診80歳老人性痴呆女性、点滴通院指示・・を出そうとした。

「そんなに毎日、点滴通院がいるんですか?」ホームの職員は怪訝な表情だ。
「当院は今、満床で・・それもあって」
「今日から平日といいましても、毎日ここまで私達が運ぶのは」

ここから5分のホームでも、職員の手間はかなりかかる。
仕事が今まで以上に大変なことになるのは分かってるんだが・・。
そのためにこの患者を早く治してあげましょうよ、とまではでしゃばりにくい。

「で先生。1日1回でいいんでしょうね?」職員はかなり機嫌悪い。患者の前でもお構いなしか。
「呼吸状態は良好で肺炎像はないですが、CRPという炎症反応が12mg/dlもある。気管支炎というところです。
点滴は1日2回が理想で」
「1日1回ですむ抗生物質とかあるでしょう?」
「ロセフィンですか。僕としては第4世代とアミノグリコシドの併用を・・・」
喀痰培養感受性結果、感染既往歴多数より、病状のしぶとさを考慮して、というのが理由だった。
それとなるべく医師の診察のもとが好ましいため。

ただ、ホームとこの病院の往復・・職員の負担でなく、患者への負担は考慮されるところではあるが。

「じゃ、じゃあどこかに紹介していただくとか!」

時計を見ると、正午を回っている。どこの病院でも午前の外来受付は終了する。
夕方〜夜診時間帯に紹介するにしても、空き時間が多すぎる。

「他院に連絡はできるにしても、今すぐ受診は困難です」
「では医長の先生に相談していただくとか」
「医長は・・・」
「これです」看護士は僕の背中をたたいた。

「ええっ?この先生になったんですか?」ホーム職員はモロに不満をあらわにした。
「すんません。勉強させていただきますんで」

車椅子のバアサンは咳き込みながらも、ケラケラ笑ってくれた。
僕は事務長を呼び出した。

「とりあえず、1日2回の点滴に通っていただきましょう。その間に事務長」
「ははっ。医長先生」
「ベッドを早くなんとかしろ」
「さきほどのベッドの件は片付きました」
「もう1つだよ。サッサと見つけてあげろよ!」
「ははっ。医長先生」
「じゃあね。ばあちゃん!」

結局、ホームと当院との行き来はうちの職員がすることで妥協した。
ばあちゃんと職員は点滴室へ。

看護士は汗をぬぐった。
「さあもう昼過ぎた!整形や小児科は終わったようですよ!」
「そうやってプレッシャーかけるの、やめてくれんか?」
「代表なんちゃらは・・」
「会合か?あと1時間で」
「メシを食う時間はないですね?」

僕は立ち上がり、腕を伸ばして人差し指を上に向けた。
「メシは!絶対に食う!」

さきほどの喘息の患者点滴終了、症状改善しステロイド内服追加し後日受診予定。
男性はゆっくりベッドから起き上がった。
「今日はまあ、これくらいで許してあげるわ」
「完全にはおさまってないのか?」
「ま、ええよ。こんなもんやろ?」

しっくりこないな・・・。
「今日はなるべく安静にしときなよ」
「無理無理。ローソンでバイトがあるし」
「夜中?」
「人手ないんだよ。なんなら先生、やってくれる?」
「・・・・・」
「先生がローソンとかで働いたら、この病院困るだろうね。はは」
「それこそオーゾンだな」
「え?何?」

50歳女性リウマチ+更年期、変わりなし。
33歳男性自律神経失調、処方追加。
49歳男性十二指腸潰瘍ピロリ除菌中。
62歳女性糖尿病検査結果説明。
70歳脳出血後遺症女性変わりなし介護度の書類作成。
25歳女性カゼ。
40代中心の会社検診7名。

僕はバン、と立ち上がった。
「会まであと7分あるな?」
「お疲れ様でした医長どの!」看護士は小さく拍手した。
「メシは5分あれば食えらあ!」

廊下を走る。先ほどの喘息患者につかまった。

「ああ先生!意味分かった意味!」
「何の?」
「いやいや。先生さっきオーゾンって。なるほどそういう意味ね。ははは!おもしろ!面白くないけど」
「だる・・・さよなら!」

僕はふたたび職員食堂へ走った。
昼の会に弁当が出るのも忘れて・・・。

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