サンダル医長 月曜日 ? 壁を感じて
2006年6月10日僕は腹を抱えながら、なんとか会議室までたどり着いた。
焼き魚定食を早く食べ過ぎたのだ。
「ててて・・・」
開けっ放しのドアを開けると、長テーブルが□型に組まれている。
教壇側の列に、看護部長と重症病棟など各部署師長、事務長が座る。
その他はどこにでも、と遠方から席が埋まっていく。
テーブルの上には缶のお茶、弁当・・・。
「そうだった。弁当出るんだった。あっちゃー・・・」
「があ!ひょっとして、もう食べたとか?」向かい側の看護部長。
「うっかり食べてしまったなー」
「があ?その上これも食べる?」
「いやあ、さすがこれ以上は」
「があ。くださいな」
「やらん!」とつい答えた。
「こんにちは・・・」
上品そうな、老健施設の師長の登場だ。高齢だが上品な人だ。
太ってもおらず背筋もしっかりしている。
みな立ち上がり、挨拶する。
老健師長は、余裕で前方に腰掛けた。
事務長が周囲を見回す。
「えーでは。スタッフ一同揃われたようなので」
各自の上、配られた資料をもとに話が進む。
「先月のベッド稼働率、入退院患者の一覧は、そこにあります通りです。
春ということもあり、全体的に落ち着いている患者さんが多く重症が少ない」
あったかい時期、すずしい時期に病院が落ち着くのは、ほぼ慣例のことだ。
「売り上げ額も下がってきてますので、経営者としても現スタッフには一層の努力をと」
みな次のページをめくる。
「老健施設のほうからの転院も減少ぎみですので、そこはまた・・へへへ」
事務長がコビを売り始めた。しかし仕方がない。大人の付き合いだ。
老健の師長は、重い口を開いた。
「うちのほうから何名か、まだ戻ってこられてない患者さんが数名いますね」
「ええ。人工呼吸器が2名、1名は経鼻チューブで流動食を」事務長はスパスパ答えた。
「胃ろうの造設をできれば早めに」
「それが・・・患者さんの家族の同意がなかなか。ね。医長先生」
僕は思い出した。シローの患者で脳梗塞後遺症・・・
「今、療養病棟にいる方ですね。あそこは家族がなかなか来れないそうで」
「電話での説明だけなんですよね?医長先生」事務長がわざとらしく聞く。
「ええ。胃ろうの造設は手術ということになるので。安全にできるにしても、同意書もいりますし」いちおう丁寧語で。
「そうだねえ。電話1本ではねえ・・・」
しかし師長は譲らない。
「管理の面を考えても、胃ろうの造設のほうがうちとしては助かるのです。といいますか、
経管栄養は胃ろうが必須、というふうにしてますので」
僕は思い出した。
「つい最近、たしか経鼻チューブの人がそちらに戻っていったはずですが。その患者さんは・・いいので?」
「ああはい」
僕はわざと聞いた。実は、その患者の家族は・・この師長と以前から仲がよく、政治的に病院の運営面で利害関係がある。
「一貫してるようで・・一貫してない?えっ?」僕は北野のようにつぶやいた。
「その人は、いいんです。こちらにもいろいろ事情が」
事務長はまずいと思い、話題を変えた。
「ま、ま。その件はまた話し合って後日・・・病棟からは?」
重症病棟婦長より。
「医師の申し送りへの参加が、医長先生の方針で今日より始まりましたが」
「ええええ」事務長がうなずく。
「かなりクレームが出ております。申し送りの進行がかなり邪魔されると」
「なんだよ、ジャマって言い方・・・」
聞こえないようにつぶやく。無神経な人だ。
「最近のドクター側ですが、午前の外来中の呼び出しになかなか応じないことが多いんですね」
「ふむふむ」事務長は中立らしく聞いている。
「お忙しいのは分かるんですが」
「ええ。先日もお聞きしました。なのでユウキ先生が、朝の時点でなるべく問題点を解決するつもりで、ね?」
「ああ、そうだよ」僕は答えた。
「午前中の病棟からの呼び出しの大半が、夜間で起こったことの報告だったりすることが多いんだ。午前の検査結果にも目を通してない時点だと、ちゃんとした指示が出せない。夜間の問題点を早めに解決したいなら、早朝に足並みを揃えたらどうかと」
「ふんふん」事務長は中立を保つ。
「今は大学から来てる2名のドクターの面倒のこともあり、なかなか病棟へ上がってというのが難しい」
「ふむふむ?」
「常勤はすべてが検査か外来に回ってる。なので病棟に割く時間っていうのは、どうしても昼かそれ以降だ」
「ふんふん」
「なので・・ナース側も重要事項というのなら、せめて電話で指示を聞くのでなく、直接外来に降りてきてほしいと思う。午前の結果を揃えるとかして」
「そんな余裕。ありません」重症病棟師長は腕組み。険悪な雰囲気が支配した。
「急に減った人手の埋め合わせもできてないのに・・・!」
みなの視線が事務長に集まった。
というのは・・前の師長が退職同然に<休職>して、同時に辞めていったナースが何人もいた。
前の師長はひょっとしたら・・別の職場へ行ったのかそれは分からないが、辞めた複数のナースはそれについていくつもりなのかもしれない。
事務長は顔が真っ赤になったまま、口をつぐんだ。
「ええ、あ、はい。そこんところは・・・あ、みなさん。食事のほうを」
みな弁当を開けた。おいしそうな、うなぎ弁当だ。僕は腹いっぱいで食べれない。
横の薬局長(中年女性)がじっと見ている。
「ユウキ先生。いらなければうちの子供に・・」
「ああわかった。どうぞ」
「どうも」
彼女はサッと取り出し、サッと膝にキープした。
老健施設の師長が・・僕には分かるんだが、時々こちらをチェックしている。
くだけて話せるような相手ではなさそうだ。
久しぶりに、壁を感じた。
事務長がみんなに聞こえるように、僕に話しかける。
「医長先生。ご就任おめでとうございます」
「めでたくないよ。皮肉か?」
「いえいえ。これからもよろしく」
「ああ」
「まあこういう会合がこれからもありますんで、最初は戸惑うこともあるかと」
「お前もだろ?」
「うっ・・・ぐあっ!」
事務長は、うなぎを間違って飲みそうになり、むせた。
「ぐああ!ぐああ!げほっ!」
「(一同)きゃああ!」
大きなうなぎが、床にポトッと落ちた。
僕の横の薬局長が、指をくわえるように見ていた。
「あーあ。もったいな・・でもやーらんぞ」
うなぎの匂いが充満、僕も少し食べようかなと思って薬局長のほうを見たが・・・
彼女は太もも上から、さらに奥の膝へと隠した。
焼き魚定食を早く食べ過ぎたのだ。
「ててて・・・」
開けっ放しのドアを開けると、長テーブルが□型に組まれている。
教壇側の列に、看護部長と重症病棟など各部署師長、事務長が座る。
その他はどこにでも、と遠方から席が埋まっていく。
テーブルの上には缶のお茶、弁当・・・。
「そうだった。弁当出るんだった。あっちゃー・・・」
「があ!ひょっとして、もう食べたとか?」向かい側の看護部長。
「うっかり食べてしまったなー」
「があ?その上これも食べる?」
「いやあ、さすがこれ以上は」
「があ。くださいな」
「やらん!」とつい答えた。
「こんにちは・・・」
上品そうな、老健施設の師長の登場だ。高齢だが上品な人だ。
太ってもおらず背筋もしっかりしている。
みな立ち上がり、挨拶する。
老健師長は、余裕で前方に腰掛けた。
事務長が周囲を見回す。
「えーでは。スタッフ一同揃われたようなので」
各自の上、配られた資料をもとに話が進む。
「先月のベッド稼働率、入退院患者の一覧は、そこにあります通りです。
春ということもあり、全体的に落ち着いている患者さんが多く重症が少ない」
あったかい時期、すずしい時期に病院が落ち着くのは、ほぼ慣例のことだ。
「売り上げ額も下がってきてますので、経営者としても現スタッフには一層の努力をと」
みな次のページをめくる。
「老健施設のほうからの転院も減少ぎみですので、そこはまた・・へへへ」
事務長がコビを売り始めた。しかし仕方がない。大人の付き合いだ。
老健の師長は、重い口を開いた。
「うちのほうから何名か、まだ戻ってこられてない患者さんが数名いますね」
「ええ。人工呼吸器が2名、1名は経鼻チューブで流動食を」事務長はスパスパ答えた。
「胃ろうの造設をできれば早めに」
「それが・・・患者さんの家族の同意がなかなか。ね。医長先生」
僕は思い出した。シローの患者で脳梗塞後遺症・・・
「今、療養病棟にいる方ですね。あそこは家族がなかなか来れないそうで」
「電話での説明だけなんですよね?医長先生」事務長がわざとらしく聞く。
「ええ。胃ろうの造設は手術ということになるので。安全にできるにしても、同意書もいりますし」いちおう丁寧語で。
「そうだねえ。電話1本ではねえ・・・」
しかし師長は譲らない。
「管理の面を考えても、胃ろうの造設のほうがうちとしては助かるのです。といいますか、
経管栄養は胃ろうが必須、というふうにしてますので」
僕は思い出した。
「つい最近、たしか経鼻チューブの人がそちらに戻っていったはずですが。その患者さんは・・いいので?」
「ああはい」
僕はわざと聞いた。実は、その患者の家族は・・この師長と以前から仲がよく、政治的に病院の運営面で利害関係がある。
「一貫してるようで・・一貫してない?えっ?」僕は北野のようにつぶやいた。
「その人は、いいんです。こちらにもいろいろ事情が」
事務長はまずいと思い、話題を変えた。
「ま、ま。その件はまた話し合って後日・・・病棟からは?」
重症病棟婦長より。
「医師の申し送りへの参加が、医長先生の方針で今日より始まりましたが」
「ええええ」事務長がうなずく。
「かなりクレームが出ております。申し送りの進行がかなり邪魔されると」
「なんだよ、ジャマって言い方・・・」
聞こえないようにつぶやく。無神経な人だ。
「最近のドクター側ですが、午前の外来中の呼び出しになかなか応じないことが多いんですね」
「ふむふむ」事務長は中立らしく聞いている。
「お忙しいのは分かるんですが」
「ええ。先日もお聞きしました。なのでユウキ先生が、朝の時点でなるべく問題点を解決するつもりで、ね?」
「ああ、そうだよ」僕は答えた。
「午前中の病棟からの呼び出しの大半が、夜間で起こったことの報告だったりすることが多いんだ。午前の検査結果にも目を通してない時点だと、ちゃんとした指示が出せない。夜間の問題点を早めに解決したいなら、早朝に足並みを揃えたらどうかと」
「ふんふん」事務長は中立を保つ。
「今は大学から来てる2名のドクターの面倒のこともあり、なかなか病棟へ上がってというのが難しい」
「ふむふむ?」
「常勤はすべてが検査か外来に回ってる。なので病棟に割く時間っていうのは、どうしても昼かそれ以降だ」
「ふんふん」
「なので・・ナース側も重要事項というのなら、せめて電話で指示を聞くのでなく、直接外来に降りてきてほしいと思う。午前の結果を揃えるとかして」
「そんな余裕。ありません」重症病棟師長は腕組み。険悪な雰囲気が支配した。
「急に減った人手の埋め合わせもできてないのに・・・!」
みなの視線が事務長に集まった。
というのは・・前の師長が退職同然に<休職>して、同時に辞めていったナースが何人もいた。
前の師長はひょっとしたら・・別の職場へ行ったのかそれは分からないが、辞めた複数のナースはそれについていくつもりなのかもしれない。
事務長は顔が真っ赤になったまま、口をつぐんだ。
「ええ、あ、はい。そこんところは・・・あ、みなさん。食事のほうを」
みな弁当を開けた。おいしそうな、うなぎ弁当だ。僕は腹いっぱいで食べれない。
横の薬局長(中年女性)がじっと見ている。
「ユウキ先生。いらなければうちの子供に・・」
「ああわかった。どうぞ」
「どうも」
彼女はサッと取り出し、サッと膝にキープした。
老健施設の師長が・・僕には分かるんだが、時々こちらをチェックしている。
くだけて話せるような相手ではなさそうだ。
久しぶりに、壁を感じた。
事務長がみんなに聞こえるように、僕に話しかける。
「医長先生。ご就任おめでとうございます」
「めでたくないよ。皮肉か?」
「いえいえ。これからもよろしく」
「ああ」
「まあこういう会合がこれからもありますんで、最初は戸惑うこともあるかと」
「お前もだろ?」
「うっ・・・ぐあっ!」
事務長は、うなぎを間違って飲みそうになり、むせた。
「ぐああ!ぐああ!げほっ!」
「(一同)きゃああ!」
大きなうなぎが、床にポトッと落ちた。
僕の横の薬局長が、指をくわえるように見ていた。
「あーあ。もったいな・・でもやーらんぞ」
うなぎの匂いが充満、僕も少し食べようかなと思って薬局長のほうを見たが・・・
彼女は太もも上から、さらに奥の膝へと隠した。
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