サンダル医長 月曜日 ? 目安箱
2006年6月12日事務長は進める。
「では看護部長・・・」
「があ。読み上げます」
老齢の看護部長は、テーブルの上の紙切れ十数枚を1枚ずつ、丁寧に読み上げた。
テーブル上のティッシュ箱のような木箱・・それは病院外来・病棟に設置してある<目安箱>だった。
「ふんがあ!ではいきます」
みな緊張したまま見守った。
「があ。まず外来。『受付お嬢の化粧が濃い。あばずれ女みたいだ』」
僕は絶句したが、とにかく片っ端からの意見だ。
「『時々、受診の順番を間違えられる。で、指摘しても謝罪の一言もない』」
「ああ。まだありましたか。ちゃんと注意しといたのにな・・」事務長は気まずくアピール。
「『医者が来るのが、遅い』があがあ!」
医者が遅いのは理由がいろいろあるんだろうし・・・追求は難しいな。
遅刻は責めるべきだが。
「があ。『温度調節ができていない』」
「これは・・冷暖房のことですね?」事務長が顔を上げた。
「が。冬はなかなか暖房がかからなかったり、夏は冷房が」
「今のような春、または秋の時期は気候の変動に迷いますね」
「ついてないときが、があ。多いという意見も」
「まあね。1日中つけるだけで、かなりのコストがかかるんで・・へへ」
1日まともに冷暖房を動かすだけで、中・小規模病院では何十万ものコストがかかるらしい。
だが待合がそんな不快なところなら、患者は来たがらないだろう。
「があ。次は病棟。『詰所にて、声をかけても無視される』」
俳句?
「そのようなことは、ございません」師長はのっけから、突っぱねた。
「が?でも現にこのような苦情が」
「いっさい!ございません!無視なんて、言い方がそもそもおかしい!」
「がが・・ずるずる」看護部長はお茶を飲んだ。
これはおそらく・・詰所がかなりごった返しているとき、患者の家族がちょうどやってきて声をかけるも、その雑踏のために声がかき消されてしまった結果のような気がする。それか、各ナースが自分の担当患者のことで精一杯で、それ以外のことに全く余裕がないからかも。
「『医者どもが シャツにネクタイ していない』」
「それはなあ、おい・・・」僕は思わず口に出た。
「が。ネクタイしてるのは、トシキ・シローコンビだけやね?」
「漫才コンビみたいな言い方だな・・・確かにそうだ」
「ネクタイしたほうが、お医者さんらしいので・・」
「なんで無理にせんといかんのだ?ピロンピロンして、処置のときにジャマなんだよ」
「社会人として恥ずかしくないように」
「母親かよ・・・」
あちこちから、薄ら笑いがもれた。どうでもいい内容だ。
「がが!が!『師長さん 以前のほうが 好ましい』・・がが」看護部長は気まずく狼狽した。
「どういう意味で・・?」事務長はわざとらしくつくろった。
今の師長は年配でキャリアもある・・官公立病院から募集で来た人なんだが。
とかく昔の伝統にとらわれており、規則に忠実すぎて柔軟さがない。たとえば・・
患者が重症で家族が付き添いを希望したとき、建前は夜間付き添いお断りでも、家族用にソファを準備するとかして許可したり、
あるいは・・・詰所の外に<お心遣いはお断りいたします>と貼ってあっても、患者の家族が感謝の気持ちで持ってきた野菜箱を、
「受け取って賄賂呼ばわりされたくないので」と無神経に突きかえしたり。
いずれも医療に直接関係するわけではないが、このような配慮・思慮のなさは医療面においても反映されるものなのだ。
師長はフンとふんぞりかえった。
「私だって、急な募集が来て、あれよあれよと連れて行かれて。そんな目に遭ってるのに、そんなこと言われることがそもそもおかしいですわ!
それは一体誰が・・・?」
「があ。名前はありません」
「字を見たら筆跡で・・」
「があがあ!見たらいかん!」看護部長は必死で隠した。
・・・それぞれみな言い分があるが、それでイーブンとはいかないようだ。
事務長はそろそろと切り上げにかかった。
「では最後に。真珠会から時折送られてくる、<紹介状なし患者>について」
みな顔を上げた。
「真珠会へは再三、問い合わせはしてるんですが・・」
「病棟としましては、そんなわけの分からない患者さんはお受けできません!」病棟師長が怒りをぶちまけた。
「え、ええ。それは分かるのですが・・」
事務長は一瞬、口をつぐんだ。
「相変わらず、搬出したという連絡が、救急隊から入るだけです」
「受け入れを拒否できないんですか?」外来師長も不満げだ。
「来る患者を拒むわけにはいきませんからね・・・」
「満床と言って、断るとか」外来師長は追及。
「それを繰り返すと、救急隊への印象が」
悪くなる。そうなると、救急隊はこちらへの急患搬送を進めなくするだろう。
事務長も、立場上つらい。
「たいていは、家族や身寄り、それと家もない患者さんばかりです。なので落ち着いたら療養病棟へ移して・・」
「そのあとは?」療養病棟の師長。
「老人は、老健へ・・・しかしあの師長さんの場合」
「断るって言ってましたよ!」
「なら、福祉課を通して検討をしてみます」
「ったく。国の税金を無駄遣いして!」
各患者特別な理由があるかもしれないのに、無神経な意見だ。
しかしこの職業、言葉をいちいち気にしてたら神経などもたない。
事務長は壁時計をうかがった。2時すぎ。
「こんな時間か。では、老健の師長さん・・・お疲れ様でした」
「はい。では。看護サマリーのほう、もうちと丁寧にお願いいたします」
棄てゼリフを残し、彼女は余裕で去っていった。
立ち上がっていた事務長は再び腰掛けた。
「はああ。胃ろうの件は、なかなかね・・・ユウキ医長」
「融通がきかないな」
「また私のほうから言っておきますので」
「だる。いつもそればっかだな・・・」
みな解散。うなぎ弁当の箱、空き缶が回収されていく。
僕はダルそうに、廊下へ出かかった。
「♪う〜な〜ぎ〜お〜いし〜・・」
病棟師長が後ろから近づいた。
「センセ。指示が出揃ってないのは先生だけですよ?」
「しょうがないだろ。朝の外来、そしてこの会議。緊急カテ・緊急患者がなかったのが幸いだ。昼メシは食ったけど・・」
「なるべく急いでお願いします」
「だる・・・後ろ髪、引かれ隊・・ことない!」
廊下へそのままダッシュ、数秒後に徐行運転に切り替えた。
「では看護部長・・・」
「があ。読み上げます」
老齢の看護部長は、テーブルの上の紙切れ十数枚を1枚ずつ、丁寧に読み上げた。
テーブル上のティッシュ箱のような木箱・・それは病院外来・病棟に設置してある<目安箱>だった。
「ふんがあ!ではいきます」
みな緊張したまま見守った。
「があ。まず外来。『受付お嬢の化粧が濃い。あばずれ女みたいだ』」
僕は絶句したが、とにかく片っ端からの意見だ。
「『時々、受診の順番を間違えられる。で、指摘しても謝罪の一言もない』」
「ああ。まだありましたか。ちゃんと注意しといたのにな・・」事務長は気まずくアピール。
「『医者が来るのが、遅い』があがあ!」
医者が遅いのは理由がいろいろあるんだろうし・・・追求は難しいな。
遅刻は責めるべきだが。
「があ。『温度調節ができていない』」
「これは・・冷暖房のことですね?」事務長が顔を上げた。
「が。冬はなかなか暖房がかからなかったり、夏は冷房が」
「今のような春、または秋の時期は気候の変動に迷いますね」
「ついてないときが、があ。多いという意見も」
「まあね。1日中つけるだけで、かなりのコストがかかるんで・・へへ」
1日まともに冷暖房を動かすだけで、中・小規模病院では何十万ものコストがかかるらしい。
だが待合がそんな不快なところなら、患者は来たがらないだろう。
「があ。次は病棟。『詰所にて、声をかけても無視される』」
俳句?
「そのようなことは、ございません」師長はのっけから、突っぱねた。
「が?でも現にこのような苦情が」
「いっさい!ございません!無視なんて、言い方がそもそもおかしい!」
「がが・・ずるずる」看護部長はお茶を飲んだ。
これはおそらく・・詰所がかなりごった返しているとき、患者の家族がちょうどやってきて声をかけるも、その雑踏のために声がかき消されてしまった結果のような気がする。それか、各ナースが自分の担当患者のことで精一杯で、それ以外のことに全く余裕がないからかも。
「『医者どもが シャツにネクタイ していない』」
「それはなあ、おい・・・」僕は思わず口に出た。
「が。ネクタイしてるのは、トシキ・シローコンビだけやね?」
「漫才コンビみたいな言い方だな・・・確かにそうだ」
「ネクタイしたほうが、お医者さんらしいので・・」
「なんで無理にせんといかんのだ?ピロンピロンして、処置のときにジャマなんだよ」
「社会人として恥ずかしくないように」
「母親かよ・・・」
あちこちから、薄ら笑いがもれた。どうでもいい内容だ。
「がが!が!『師長さん 以前のほうが 好ましい』・・がが」看護部長は気まずく狼狽した。
「どういう意味で・・?」事務長はわざとらしくつくろった。
今の師長は年配でキャリアもある・・官公立病院から募集で来た人なんだが。
とかく昔の伝統にとらわれており、規則に忠実すぎて柔軟さがない。たとえば・・
患者が重症で家族が付き添いを希望したとき、建前は夜間付き添いお断りでも、家族用にソファを準備するとかして許可したり、
あるいは・・・詰所の外に<お心遣いはお断りいたします>と貼ってあっても、患者の家族が感謝の気持ちで持ってきた野菜箱を、
「受け取って賄賂呼ばわりされたくないので」と無神経に突きかえしたり。
いずれも医療に直接関係するわけではないが、このような配慮・思慮のなさは医療面においても反映されるものなのだ。
師長はフンとふんぞりかえった。
「私だって、急な募集が来て、あれよあれよと連れて行かれて。そんな目に遭ってるのに、そんなこと言われることがそもそもおかしいですわ!
それは一体誰が・・・?」
「があ。名前はありません」
「字を見たら筆跡で・・」
「があがあ!見たらいかん!」看護部長は必死で隠した。
・・・それぞれみな言い分があるが、それでイーブンとはいかないようだ。
事務長はそろそろと切り上げにかかった。
「では最後に。真珠会から時折送られてくる、<紹介状なし患者>について」
みな顔を上げた。
「真珠会へは再三、問い合わせはしてるんですが・・」
「病棟としましては、そんなわけの分からない患者さんはお受けできません!」病棟師長が怒りをぶちまけた。
「え、ええ。それは分かるのですが・・」
事務長は一瞬、口をつぐんだ。
「相変わらず、搬出したという連絡が、救急隊から入るだけです」
「受け入れを拒否できないんですか?」外来師長も不満げだ。
「来る患者を拒むわけにはいきませんからね・・・」
「満床と言って、断るとか」外来師長は追及。
「それを繰り返すと、救急隊への印象が」
悪くなる。そうなると、救急隊はこちらへの急患搬送を進めなくするだろう。
事務長も、立場上つらい。
「たいていは、家族や身寄り、それと家もない患者さんばかりです。なので落ち着いたら療養病棟へ移して・・」
「そのあとは?」療養病棟の師長。
「老人は、老健へ・・・しかしあの師長さんの場合」
「断るって言ってましたよ!」
「なら、福祉課を通して検討をしてみます」
「ったく。国の税金を無駄遣いして!」
各患者特別な理由があるかもしれないのに、無神経な意見だ。
しかしこの職業、言葉をいちいち気にしてたら神経などもたない。
事務長は壁時計をうかがった。2時すぎ。
「こんな時間か。では、老健の師長さん・・・お疲れ様でした」
「はい。では。看護サマリーのほう、もうちと丁寧にお願いいたします」
棄てゼリフを残し、彼女は余裕で去っていった。
立ち上がっていた事務長は再び腰掛けた。
「はああ。胃ろうの件は、なかなかね・・・ユウキ医長」
「融通がきかないな」
「また私のほうから言っておきますので」
「だる。いつもそればっかだな・・・」
みな解散。うなぎ弁当の箱、空き缶が回収されていく。
僕はダルそうに、廊下へ出かかった。
「♪う〜な〜ぎ〜お〜いし〜・・」
病棟師長が後ろから近づいた。
「センセ。指示が出揃ってないのは先生だけですよ?」
「しょうがないだろ。朝の外来、そしてこの会議。緊急カテ・緊急患者がなかったのが幸いだ。昼メシは食ったけど・・」
「なるべく急いでお願いします」
「だる・・・後ろ髪、引かれ隊・・ことない!」
廊下へそのままダッシュ、数秒後に徐行運転に切り替えた。
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