2人部屋。

「遠藤先生。この2人はいずれも長期で、レスピレーター管理を行っている。脳梗塞の後遺症」
「脳梗塞・・部位は?」
「なっ・・・の、脳幹。脳幹梗塞」

遠藤先生は瞳孔を確認。
「・・・ピンポイント」
「鎮静剤も流してるんで、神経学的所見は純粋には取れない」
「・・・眠らす?」
「ファイティングだよ。人工呼吸器と患者さん側の激しい呼吸がぶつかって気道内圧が・・」
「いや。それは知ってるんやけど。ふにゅるる・・」
「・・・・・」

血液検査伝票を確認、抗生剤変更の指示。
遠藤くんは覗き込み、過去へさかのぼる。
「・・・・うわ。ずっと抗生剤いってる」
「監査にでも来たのか?」
「かんさ?」
「いやいや。別にいいんだけど。長期になり、あらゆる菌が出ている」
「うわ。多いなー」
「肺、尿路、ときにじょく創、カテ熱・・・外界と通じるすべての部位が感染源となる。だから抗生剤の投与はやむなく・・おい!」

遠藤くんは知らぬ間に部屋を出そうになっていた。

「まだ話、終わってないぞ?」
「で、起炎菌は?」
「原因の菌?この培養結果にある菌、すべての可能性があるよ。MRSAに緑膿菌、カンジダ・・・」
「でも起炎菌とは限らない」さきほどの僕のマネか。
「でも起炎菌かもしれない」
「でも。起炎菌とは限らないふにゅふふ・・・」

事務長の声が聞こえたような気がした。
『ユウキ医長!この方は大学からの大事なお客様なのです!もし何か無礼なことがあったら、当直など人脈をカットされてしまいますので・・!』

「それがどうしたよ・・!我慢にも限界がある!」

『さすれば、ユウキ先生らの仕事の負担が倍になりますが・・・!』

僕は遠藤先生に歩み寄った。
「・・・遠藤先生!」
「は?」
「どうぞ。好きなとこに行ってきなさい」
「あり?なんかヘンだなふひゅひゅ・・・おかしいぞひひゅひゅ・・・」

以下、1人で回診。

45歳男性の心筋梗塞発症2週間目。
「こんにちは。どうです?」
「ああ。おかげさんで、もうふつうや!」
「もう退院ですね」
「おかげでゆっくり、さしてもろうた!」

運動負荷の心電図を見せる。
「大きな変化はなかったので、今のところ日常生活に制限はないですが・・・いやいや、待った!」
「?」
「タバコ吸う?」
「今は要らんわ」
「いやいや。ふだん、吸ってましたよね?」
「ああ。ちとばかし」
「酒は?」
「毎日飲む」
「塩分多い?」
「辛いもの大好き」
「甘いのも?」
「目がない」
「・・・・・全部、改めてもらいましょうか!」
「ああ、それは無理」
「ななっ・・・!」
「仕事が不規則でんがな。いきなりの呼び出し食らうこともあんねん。ほんでな、発注先からはクレームばかりや。何の生きがいもない仕事や」

転職を勧めたいところだ。

「でもな。それしか今のところ食うていく道があれへん。そのストレスをやな、それらは癒してくれんねん」
「それらって・・タバコに酒に、塩分糖分?すべて、のちに血管にとって好ましくないものですよ」
「へっへ。先生。大事なこと1つ忘れとる」
「な、なにを?」
「ストレスも重要な因子やろ?前の医長さんが言うてた」
「・・・・・」
「わしの場合、それらでストレスが解消されて、結果的に動脈硬化のリスクが抑えられまんねん」
「しかし、抑えられなくて今回のようなことに」
「大丈夫やって。先生、おっしゃったやん。予防の薬を出しますって」
「バファリンですか・・・絶対的なものではないですよ?」
「わしは先生を信頼しとる!信じるものは救われる!」
「あのなあ・・・」

見事に言いくるめられた。

56歳女性。自己免疫性肝炎。ステロイド内服で軽快。
「どうです?」
「はあはあ。熱も下がったようやねえ」
「今日の採血は・・・AST・ALTいずれも正常化」
「食事も気をつけてたのに。なんでこんな病気になるんですか?」
「遺伝も一部言われてますが・・自己免疫疾患ということしか」
「じゃ、もう帰れますな?」
「肝臓の生検をできればもう一度・・・」
「ああ、あれはもうええ」
「え?先日は受けてくれるって」
「隣の部屋のばあさんがね、脅かすんですよ。肝臓に針刺すんかって!」
「困ったな・・」
「そうよ。あたしも困った」

この人が自主的に受けたくないという気持ちがよく分かる。

今後は外来にてステロイドを減量。

外来から電話。
「もしもし?」カリカリしたおばさんナースだ。
『ユウキ医長?32歳喘息の方。いつまでほったらかしにするつもりなんですか?』
「喘息って・・・?ああ?午前の外来の?」

今、午後3時なんだが。

『患者さん怒っちゃって、まだしんどいのに何もしてくれないって』
「今は取り込み中なんだよ」
『酸素飽和度イマイチですよ』
「イマイチ?いくら?」
『・・・お待ちください』

測定したのかよ?

『コホン。98%ですかね。かろうじて』
「98だったらいいじゃないか?」
『さあそれは!わたくしたちナースなので!患者さんへの説明は主治医から!』
「すまんが。看護士のほうに代わってくれ」

しばらくして、看護士が出た。
『ザビタン!』
「へいへい!イビル!」
『ひいひい!』
「・・・すまんが、そこにすぐには降りれない」
『喘鳴はまだ聞こえますね。起座呼吸ぎみです。追加を?』
「そうだな。じゃあサクシゾンをもう一丁」
『おなじ内容でね。300mg追加ですね?』
「ああ」
『サクシゾンね!』
「そうだって」
『点滴ね!』
「切る」

電話を切り、別の部屋。

脳梗塞発症12日目の66歳男性。やくざ風。
「おう。ご苦労」
「こんにちは。リハビリは終わった?」
「終わった。このあと点滴、そして食事。先生な、この腕見てくれよ・・・」

上腕に、見事な刺青だ。

「ははあ・・」
「いやいや、このイレズミと違うで。点滴の跡や」
「ああそうか」
よく見ると・・・点滴の漏れた跡、発赤などがあちこちに。血管はよく見えるんだが、脆いようだ。

「だからな先生。点滴は今日で終了にしてくれんか?」
「いやあそれは・・・あと2日で終了なんです」
「同じやろ?」
「この点滴は14日間投与で効果を発揮することになっています」
「飲み薬に変えるとかできんのか?」
「あったらいいんだけどなあ・・・」

トロンボキサンA2阻害剤。血小板凝集による血栓形成を防ぐのと、脳血流改善作用がある。
投与14日後、投与してないのに比してADLの改善が有意にみられている。

「まあしゃあないか。主治医の先生がおっしゃるから!」
強引だが納得してもらった。

36歳男性。糖尿病とSAS(睡眠時無呼吸)で評価中。鼻マスク(nasal CPAP)を装着し効果判定中。
「医長先生。これ、僕には合いませんわ」
「まあ慣れるまでと思って」
「よく眠れるためとはいえ・・・流れる空気がキツイですわ。よけい眠れへん」
「そっか・・」
「先生のせいちゃいますで。わしがこんなに太ってるさかい」
「せっかくねえ。診断までついたからそこは頑張りたいんですが」
「頑張るのはワシやろ?」
「え、ええ」
「でもな。イビキは減った気はする!」

なんで分かるんだ・・でも気遣いか。

「ではもうちょっと見させて。せめてあと4日ここで入院を!」
「アカン。2日!」
「じゃあ3日!」
「うんわかった・・・ええやろ。ところでここの病院の食事、おいしいな?」
「糖尿病食でもそう言っていただけたら嬉しいですね」
「アンタが作ったんと違うやろ?」
「くっ・・ええそうです」
「ところで、リンゴがええってみのもんたさんが・・」
「よくないよくない!」

外は、日が暮れ始めてきた。

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