指示を詰所で受け取ってもらい、療養病棟を一巡。
「はあ〜あ。今日はどこも落ち着いててよかった・・・」
回診が終わったのが5時半。

「やべ!外来!」

外来へ降りると、喘息発作の32歳は・・寝ていた。
夜診で点滴する患者さんらに混じって。

「もしもーし・・・」刺激しないよう、ゆっくり起こす。
「うぅ・・・ん」
「もしもーし!」だんだん顔が近くなる。
「ん?うわっ!」患者は飛び起きた。
「大丈夫?」
「なあもう!びっくりしたあ!」
「発作はおさまったみたいやな?」
「まあね。ありがと!」
患者はピョン、とスリッパに履き替えた。

「もしまた発作が起きそうなら、来てよ」
「でも先生忙しすぎて、来れそうにないやろ?」
「うっ・・・」
「できんこと、言うもんやないで。医長先生さんよ!」
「おい!うなずくなよ!」僕は近くのナースに怒鳴った。

事務長が忙しそうに飛び回っている。

夜診の忙しさを尻目に、階段を登る。
「だる・・・そんなひどい言い方しなくても、いいじゃないか」

5時で仕事を終えた面々が、次々に降りてきた。
「よう!お先!」ピートがスーパー袋を重たそうに持っている。
「もらいもの?」
「ああ!津軽のリンゴ!」
「みのもんたか?」
「?」
そのまま、上へ。途中、廊下でナースの声が聞こえる。

「全部、持って帰ったん?」「みたいやで。しっかり持ってったわ。ドケチやからな〜、あの先生!」

外科病棟のナースたちが、ピートの陰口。患者さん側からもらったリンゴを1つもくれなかったことへの文句。
なんて心が狭い。

医局へ戻ると、ザッキーがちょうど荷物を片付けていた。

「ザッキーくん。お疲れさん」
「おつかれ先生!」
「今日もデートか?」
「そうっす!」
「特定の女?」
「でしょうかね」
ザッキーは嬉しそうに、時計を見る。

「ユウキ先生も明日の合コン・・来ますか?」
「え?いいのか?相手は?」
「平均80点ってとこです」
「それって高いんじゃないの?」
「300点満点でですが」
「だる・・・なんだよそれ。で、男性メンバーは?」
「根掘り葉掘りですね。先生」
「オレはもう若くないし。いつでもどこでも、というわけにはいかないんだよ」
「打算的になるってことですか?」
「まあな・・・」

それが悲しい。結婚を前提にというわけではないが、無駄な時間はあまり作りたくない。
要するに、適当に遊んで遊ばれて・・という事態は避けたいのだ。

「あ!でもユウキ先生は・・ダメだ!」
「ダメ?行ったらダメなのか?」
「え、ええ。だって先生には」
「オレに何が・・・?」
「弥生さんがいるじゃないですか!色白日本女性!」

「や、弥生さんが何?」
ソファの上、埋もれた新聞の山から遠藤君が起き上がった。

「びっくりしたあ。そんなとこにいたとは・・」僕は目を丸くした。
「特殊部隊にでもいたのか?」
「とくしゅ・・」
「はいはい。もういい!」

僕は医局から廊下に出た。
ザッキーはナップサックを背負った。

「ユウキ先生。大丈夫ですよ。僕らがくっつけますから」
「ここは病院だろ?」
「いかにも。今は病院、割と平和ですし」
「おかしい。何か裏がありそうな・・まいいや。今度医局員で飲み会・・」
「いろいろと詰まってまして」
「そっか・・・わかった」

最近の傾向なんだが、なかなか人が集まりにくくなった。
人間関係がこじれたわけではないが、同じメンバーが続いたり既婚者が増えると、
集まる機会というのはお約束程度の口約束止まりになることが多い。

このザッキーも噂では婚約寸前という情報もあり、事務長も結婚説が飛び交う。
シローと慎吾は既婚者であり、トシキは女に興味はなさそうだ。

となると、僕もそろそろか・・・。
「な、なんで世間体を気にしなくてはいかんのだ!」
あれだけマイペースだった僕は、どうも周囲を気にするような人間に。

自分の中の<希少価値>が薄れていく・・・。それが大人の階段なのか。

「♪おとなのカイダンの〜ぼる〜」
帰る支度のため、医長室の暗証番号をプッシュ。

「いや〜、広いな・・・」
ダンボール箱の間をくぐり、机へ。
「いろいろ片付けていかんとな・・・」

ピンポーン、と来客だ。まさか・・・
僕はリモコンでロックをはずした。
「はい。どうぞー!」

入ってきたのは・・トシキだった。
「先輩。お疲れです」顔色が悪い。
「なんだトシキか。だる」
「いけなかったですか?」
「いやいや・・・」

それにしても、この男が個人的にやってくるのは珍しい。

彼はソワソワ周囲を見回す。
「ええっと・・・」
「なんだ?ここに・・・忘れ物でも?」
「ま、まあ」
「何か、大事なものか?」
「自分で探すので・・いや、どうしようかな」
「いっしょに探してやるよ」
「それはいいです」きっぱりと断られた。
「あっそ・・・」

僕は近くにある本棚のDVDをそろえていた。
「この本棚か?」
「いや・・・」

トシキの視線からすると、どうやらこの本棚だ。
しかし近寄ろうとしない。僕がいるのがいけない?

「また今度・・」トシキは去った。
「は?よう分からんやっちゃなー」

しばらくして、さっきのトシキの視線を思い出した。
緊迫してたな。よほぞ大事なものを忘れて・・・

ふと下に目をやると、引き出しがある。
「ここに?」
スーッ・・と引き出しを引く。

「な・・・なんじゃこりゃあ!」

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