僕は少し考え事をしながら、階段を降りていった。
「はあ〜あ、だるだる・・・」

事務長がタンタン、と上がってきた。
「あ。ユウキ先生!お疲れです!」
「おつかれ。ホンマに疲れた」
「タイムカードは確認を?」
「誰の?」
「聞いてなかったんですか?先生。大学の先生達の・・・」
「遠藤君と弥生先生?」

数ヶ月前、実習生と称する人間の情報流出事件以来、この病院のセキュリティーは多少だが強化されていた。
タイムカードもその1つで、大学の人間がきちんと帰ったかどうか確認するためのものだった。

「でも事務長・タイムカード押して、またどっかに隠れるとかしたら?」
「ほほう。ナイスアイデアですね」
「感心するなよ。もっとマシなことを取り締まれ!」
「なんせお客様ですから・・」
「誰の味方なんだ?」

すると下から病棟師長が上がってきた。
「医長先生。弥生先生に患者さん、当てたんですよね?」
「ああ」
「患者さん・・・午前に弥生先生から<あとで来る>って言われて、そのまま待ってるって」
「1回顔を出したきりってか」
「医長先生から、代わりに1度会ってあげてくださいな」

狭心症と不整脈、58歳男性。

「夕食は食べました?」大部屋に声をかける。
「うん」几帳面なメガネ男性。神経質そうだ。
「ここに来られてからは、発作らしきものは・・・」
「さっき一瞬だが、ピピッときた」
「ピピッ・・ですか。動悸?」
「いや、動悸やない。というより・・・」
「圧迫感?」
「圧迫・・違うな。それじゃない」
「じゃあ・・・ピリピリ感?」
「そうやない」

なんでこんな押し問答をしなくてはいかんのだ・・・!

「まあ先生。様子見ますわ。答えはそのうち出る」
「・・・・?」
「お。今も感じたぞ?」

サッと脈を確認。
「今はとんでませんがね。脈は」
「ほれ。ピクピク。ほれ!今!聞こえんかったか?」
「わけないでしょうが・・・」

ガラガラと心電図を持ってきて、確認。
「いつものと同じようですね」
「ほうでっか。ま、診てもらったら安心や。ところであの先生は?美人の先生」
「弥生先生は・・用事、はい。急用で」
「そうでっか。忙しいんやなあ」

カルテを見ると・・この人は松田クリニックからの紹介なんだが。
胸部症状があり、亜硝酸剤など狭心症の薬をいきなり開始。不整脈の薬も。
本人の話ではちょっとマシ。しかし気になるため精査入院。カテ予定。

神経質そうな人であるので、ひょっとしたら冠攣縮性の狭心症はあるかもしれない。

詰所で、彼女の検査伝票控えの引き出しをこっそり確認・・。
「何だよ。今日の検査、確認もせずに・・・」
帰ったようだ。

7時になり、ドヤドヤ帰る人間が増えてきた。
病院玄関に出る。

「事務長。雨、降ってきたな」
「さようで」
「弥生先生は、落ち込んでるのかな・・」
「おおっ?おおっ?」嬉しそうな表情。
「いやいや。今日な。外来でちょっと言葉のトラブルが」
「ああ。<半立ち事件>ね」
「?朝立ちだろうが?」
「シイッ!」

近くを子供を抱えた母親が急いで通り過ぎた。
僕の後ろで、例の看護士が貧乏ゆすりしながら立っている。何か用事か?

「すまん。でな、事務長。周囲がまあジロジロ見てたし、居場所がなくなったんと違うかな」
「いやあ。あれは笑わせてもらった!」
「だけどよ。いまどきの女の子にはショックだぜ」
「どうフォローしましょうか・・・?」
「気晴らしに、何かしようや。飲み会でも」
「明日は用事が」
「知ってる。ザッキーらと合コンだろ?」
「あっちゃー。ばれたか」
「じゃあ、あさってにでもするか。待てよ・・・」

僕はしばらく考えた。

「今日、やろうや」
「ええっ?今日?いきなり?」
「こういう曖昧なことをずっと引きずるのは、ヤなんだよ!」
「もう7時過ぎましたよ?それにメンバーが」

事務長が気づいたときは遅かった。背後にさらに、特定<外来>生物のオーク軍団が4人。
うち1人がジリ・・と歩み寄った。

「事務長さん。寿司、いつ連れて行ってくれるん?」
「すし・・そ、そんなこと言ったっけ?」
「言うた言うた。なあ、みんな!」

周囲のオークらはブヒブヒ!とみな頷いた。

「ユウキ先生。またの機会にしましょうや」事務長は困り果てた。
「いや。なんかこう・・・こんな気分では帰れんのだ」
「うっそ〜」

オークらは2列の編隊が整った。
「さ。事務長!どこ行く?キタか?ミナミか?ジュウゾウか?」
「<かっぱ寿司>というのはどうでしょう?夜はもう遅いし・・」
「わたしらレディに<かっぱ寿司>?アホか」
オークらは憮然として譲らない。

オークの1人が<グルメガイド>を開いた。
「ミナミのここ、行こう。ネタが新鮮や」
「じゃ、みんな行こうか。会費はすべて事務長持ち!医長命令だ!」僕は調子に乗った。
「(オーク、いつの間にか10余名)いやったあああああ!」

隊列はザッザッザッ、と進み始めた。例のごとく、事務長が先頭に立たされた。
僕は弥生先生に電話した。

『・・・はい』
「ああ先生!オレ!」
『あ。うさぎさん!恋するうさぎさん!』

寒いな・・。

「今からミナミで寿司を食うことになったんだ!」
『急ですね』
「どうだ?来ないか?」
『どうしよう・・・』
「・・・・・・・・・」
『では喜んで。行かせていただきます。あの、そのお店は・・明るいですか?』
「は?いや、僕の印象では・・薄暗いな。なにか?」
『あ、いえ。大丈夫です』
「よし!じゃあ店の場所は・・・時間は10分後!」

有頂天で電話を切り、ダッシュしかけた。
と、足が止まった。看護士が立っている。

「ああ、すまなんだ。何か用?」
「へいへい。夕方の夜診に、弁膜症の方が来ましてね。明日そのまま受診するようにしました」
「心不全で来たのか?」
「慎吾先生が診てたんですがね。<オレは循環器はよう分からん>って」
「あの男・・・」
「でね先生。私、大変なものを見てしまって・・」
「なんだよ?もう急ぐんだ!」
「医長室、空いてましたんで先生。閉めておきました」
「ああスマン。慣れなくて忘れてしまったか」
「でね。へいへい!あったよあったよ机の上に・・エロビデオ(DVD)!」

しまった。ひょっとしてこの男。見られた!

「おい看護士!それはオレのじゃないんだ。前の医長が」
「ザビタン!へいへい!」彼は大喜びし、建物側へダッシュした。
「違うんだ!それは明日、医長に返そうと思って!」
「ザビタン!へいへい!」
「イビル待て!医長命令だ!」
「イチョウ!へいへい!」

ダメだ。追いつかない。看護士は白衣のまま、病院のどこかへ消えた。

この男は口軽で有名だ。明日には病院じゅうに拡がること必至だ。

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