事務長・オーク軍団の隊列を見失い、早走りでミナミの寿司屋へ。
途中、ポンビキに何度も捕まった。

「にいさんにいさん。お楽しみ?」ホスト風の兄ちゃん。
「腹へった」
「その前にどう?」
「いいです」
「なあ頼むわ!」

無視して、ひたすら通りを歩く。一見モデル風の姉ちゃんらに何人も出くわすが、
彼らは遊んでるのではなく、みな<出勤中>なのだ。

「よしよし。ここ!」
高級寿司のドアをくぐる。

「いいらっしゃああああいぅ!」閑静な大部屋。握る職人3人。隅っこに女中らしき人。
カウンターには・・事務長はじめオーク13名がずらりと並ぶ。

事務長と反対側の端っこに座らされた。おしぼりをもらい、つい汗かいた顔を拭く。

「うわ〜っ!オヤジ〜!」横のオークの1人(年齢不詳)がのけぞった。
「ええだろが別に」
「キモ〜!」
「人のこと言えるんか?」

オークらのところに、いっせいに刺身の皿が置かれた。小さな小皿の一品料理も。
横のオークは貪るように食べまくる。
「おさき!かっちゅるる!ずずず!」
「恥も外聞もないな。あんたら・・・」
「じゅるる・・はあはあ。なにか?」
「だる・・・」

「なんにしやしょう?」握り担当の主人。
「はまちと、いくら・・・」
「(オーク一同)ええええええええ?」
「な、何がいかんのだ?」
「(オーク一同)しょっぱなから、おすしい〜?」
「勝手にさせろよ。おじさん、頼みます」
「へい!」主人は他の2名に目配せし、せっせと握る。

「はいよ!」
目の前に置かれた寿司を見て、驚いた。
こういう立派な寿司屋で食べるのは、学会などの帰りに立ち寄る空港の中の寿司以来。

それ以外は「くら」「かっぱ寿司」などチェーン店が中心だった。

「米が。米がぜんぜん違う!」
しかしあっけないもので、ほんの3秒でその感激は消えてしまう。

横のオークがうらめしそうに見ていた。
「あ。わしも、おんなじの」
「マネするな!」
「勝手にさせてよ。ン?」
「まあいいけどな・・・!おやじさん。中トロ!」
「へい!」

すると、オークらは次々と中トロを注文し始めた。
「(一同)中トロ中トロわしもわしも中トロ!」
いくつか握るうち・・・主人はハッという表情を浮かべた。

「中トロは・・これにて切れました!」
「(一同)えええええええええええええ?」
うち5人と事務長は、中トロが食えなかった。

オークたちが口々に慌てていた。
「こ、こりゃのんびり、一品料理なんか食べてる場合違うで」
「そういや。この一品料理の皿。冷たいで」
「冷蔵庫で冷やしとったんと違う?」
「寿司、ネタ切れるんちゃう?」
「他のも?」
「昼の客に食われたんちゃう?ちゅ・・注文注文!」

オークたちは次々と注文を始めた。
「かにみそ!」「うなぎ!」「いくら!」「ほっけ!」「うどん!」

うどんなんか、あるかよ・・・。

「こ、こんばんは・・・」
ゴージャスな赤に着飾った、弥生先生が到着した。はるか斜め後方にいる。

「ああ!弥生先生!」
「わ、わたしここでいいんで」カウンターから離れたテーブルに座っている。
「イスもう1個用意してもらうからこっちへ・・・!」

弥生先生は席を離れようとしない。

「オレがそっち行くわ!」
「ダメです!」弥生先生はくわっ、と固まった。
「あ、そう・・・なんで・・・」

横のオークが茶碗蒸しをかき出すように食べ、口に含みながら音頭をとる。
「ほれみろほれみろ。ふーられた!ほらふーられた!」
「な、なに・・」
「(オーク一同)バンザ〜イ!バンザア〜イイ!ああフラレ〜テフラレ〜テチェッチェッチェッチェッ」
「何がバンザイだよ。タコが!」

「へい!」主人が了解し、タコを握り始めた。
「あ、あの。違うんですけ・・いや。どうぞ」
「他には!」
「い、いえ。タコだけでいいです。ん?」

バンザイを唄い続けるオークらに混じって、事務長までが歌っている。
「おいこら!見えてるんだぞ!」
「バンザ〜イ!え?」
「こいつら、何とかしろよ!」
「先生!1度しくじったくらいで!」事務長は酔っていた。
「あわわ・・・」

チラチラと弥生先生を見ると・・遠くの彼女は1人で、いじけたように日本酒を飲んでいる。
とどまる様子もなしにだ。

事務長はたちが悪くなり、僕の横のオークと交代した。
「そんなことでどうする?ヒック!大の医者が!」
「大の医者ってどういう?」
「<大>でもね。ヒック。ちょとしたことで汚点がついたら・・<犬>になるんですよヒック!」
「別に犬でもけっこう」
「クウンクウン!」
「かぐな!」

オークたちはものすごい勢いで、カウンターに差し出された寿司を次々と手前に引っ張る。
どうやら「ひらめ」「トロ」「うなぎ」系統は売り切れたようだ。

病院だけではないが、遠慮するものに得はない。学校教育では<謙遜>や<遠慮>を教えられるが・・・。
社会に出るとそういう教訓はないから、学生のうちに学んでおくべきではあろう。

オークたちは次々と腹いっぱいになり、数人が後ろへのけぞった。

事務長はビール瓶を注いできた。
「おっとと!」
「もうええ!」
「怒らないでよ先生。先生が言いだしっぺなんだから!こんな高級寿司に・・・!」
「たまには寿司もいいだろが?」
「寿司屋はね。単価が高くなるんですよねー」
「1カンで800円ってのもあるからな」
「ところで。聞いちゃった聞いちゃった!」
「何を?」
「医長室の机の上!アダルトビデオ!」
「なに?シッ!」

テーブルの弥生先生に聞こえないよう配慮させた。

「ユウキ先生も、たまってますなあ。さすが<ティッシュ坊や>と言われるわけだ」
「オレのじゃないんだよ!」
「はっはっはっは!」
「黄門様みたに笑うな!」
「いや〜これはケッサクだ!ねえ!弥生先生!」
「この!」
僕は事務長をどつき、横のオークの胸にもたれさせた。

「おうよしよし」オーク(50代)は事務長を赤ちゃんのように抱きこんだ。
「ひいい!」

僕は視界が安定しなくなり・・テーブルまで歩いた。

「弥生先生。ここ、座るよヒック」
「酔ってる・・」目の前の彼女はボンヤリで、視点が定まらない。
「弥生先生は酔わないのか?強ひなヒック!」
「先生。全部聞こえてましたよ」
「ああさっきの?あれはね・・」
「そういうことばっかり考えてるんですね」
「だからあ。オレのじゃないあれは前のいち・・」

彼女はバッグを持ち、立ち上がった。

「そんな人だとは思わなかった!」
「ちち、ちがう!」
「ああいうのが好きなんですね!帰ります!」
彼女はイスを蹴るようにテーブルにしまい、とっとと帰っていった。

オークらはしばらく沈黙して眺めていた。
しんみりとしていた1人が両手を合わせた。
そして・・・

「ゴチになりました!」
「(一同)ゴチになりました!」

オークたちはガラガラとイスを直し、各自トイレへと向かっていった。
気がつくと、事務長が土下座したように座っている。

「事務長・・・」
「おおおお〜ん」
「泣いてもすまされないぞ!」
「おおお・・・」
「でもな。オレももう、これくらいのことではヘコタレないよ。もう免疫がついた」
「おお・・・」
「自分1人が災難に遭うのはもう慣れた。職業柄、慣れないとな」
「・・・・・」
「オレなんかしょせん、冷蔵庫に入れられてる一品料理のようなものだ・・・?」

よく見ると・・・泥酔状態の事務長の膝下から・・・小川が流れてきた。

「いっぴん・・・じゃない!し、しっきん(失禁)かよ!おじさん!」
「へい!次は何を!」
「しっきんだ失禁!タオルか何か!」
「おあいそで?」
「ほらほらどんどん流れる!」

端っこの女中がやっと気づき、何人かがおしぼりで流れを止めに来た。

失禁するまで、飲むなよな・・・!
しかし濡れたこの男を背負って帰るわけには・・・

「おじさん。とりあえず・・・」
「はいな!」
「救急車を。イッカンでいいです」
「へい!」

同じレスポンスだな。
とりあえず、急性アル中状態だから、病院へ運ぼう。
バイタルは異常なさそう。誤嚥にそなえ、左を下に。

主人は受話器を置いた。
「まいど。5分で参るそうです」
「こっちはもう参ったよ・・・」
「イッカン、とはお客さんもお上手で」
「いやいや。でも恋はイッカンの終わりってことで」
「うまい!またいらしてください!」

僕は事務長のサイフから名刺を取り出した。
「何度か来てるとは思いますが。請求はここへ」
「ああ、真田病院さんね!この人そうか、事務長さん・・・!」
「何度か、来てるでしょう?」
「ええええ。いろんな美女を、連れて来てますわ。今日はどしたんかいな?」

それを聞きつけ、トイレからオークが1人ずつやってきた。
「何それオッサン。私ら美女やなくて悪かったな」
「まいど!」
「ごまかすなや。さあどうしてくれんねん。名誉毀損やで?」
「あがりを・・?」お茶を差し出す。
「誰があがってんねん。まだ更年期ちゃうねん」

オークらは主人をいっせいに取り囲んだ。
「持ち帰りされたくなかったら。何か持ち帰りさせてえな!」

救急車が到着した。
救急隊がせわしく飛んでくる。

事務長はいっせいにタンカに乗せられた。

たしかに事務長。<タンカ>は高くついたな・・・!

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