無限に拡がる、医師過剰大都市群。そこには、様々な医者が満ち溢れていた。ピピピ・・ドックンドックンドックン

 大学に残る者、検診だけでおいしく稼ぐ専業女医、地方に根ざすはずが年老いて痴呆に根ざした開業医・・・。

 関西ではこの頃から病院間での競争、貧富差が増加し、まさに弱肉強食の時代を迎えていた。

 僕らの総合病院「真田会」が「真珠会」と敵対し始めた日々。それでもバブリーな黄金時代は続いていた。

 病院経営が安定していた中、僕らは日々診療に追われていた。

 病院の職員駐車場に入ってきた、スカイラインGTR。ブオンブオン!と鳴らすたび、五百円玉がチリンチリン、と落ちていく。
それだけこの車の燃費は悪い。

ガオオン!と不必要な空ぶかし。職員駐車場に停車。

キーを抜き、ドアを開ける。そして・・・!

「はあはあ。だるだる」ヘビのように、僕は這い降りてきた。

2001年。火曜日。

 ヤンキーのように周囲をくまなく点検。傷はないが・・・横の窓に指でなぞった跡がある。よく見ると・・『ザビタン イビル へいへい』
「あの看護士か・・・!」

ハトの糞は経過観察。

 そして病院のウラ玄関から入る。振り向くと駐車場には外車など高級車の陳列。車がどんどん代わっている。
「へっ。オレはどうせ同類さ!いてて・・」
思わず頭を押さえた。

 朝の6時まで深夜当直ナースの話を聞かされ、急いでうちへ戻ってシャワー。仮眠は1時間はできたが・・・。
「ああ、ダメ。オレ、もう絶対ダメ」
 こんな泣き言、独り言・・・。

 入り口でサンダルに履き替え。足跡がペタンペタンと響く。

「あ〜!♪それにつけても、おやつはだ〜ある!」

エレベーターでなく、階段を利用。
少しずつ復活してくる脳細胞に食細胞。

ドライブスルーで買った<エッグマフィン>を取り出し、顔をうずめるように食べる。
「あれ?ハッシュポテトは・・?」
一瞬、思い直し。
「あの店!あの店員!・・・ん?」
また思い直し。

「あ、そっか。信号待ちで食べたんやった。ああ!だる!味わうの忘れた!」

それでも朝は車で「ミュージック・アワー」を聞いた。替え歌を考えながら階段を歩く。

「♪ここで紹介をいっつう〜ラジオネームこーいするウサギさん〜!なぜ人はタバコばかり〜す〜たら〜肺が悪なるたぶん炎症で痰が出て〜咳でださしてうまくいかずに繰り返し〜菌が住み〜イキ!苦しい!シーオー!ピー!ディー!」

途中で買うコーヒー。ピピピとなるが、やはり「ハズレ」。
こっそり<おつり口>に人差し指。
「いちおうお約束、と」

ともあれ、平和な生活が続いていた。

<医長室>。暗証番号を押す。
「オープン、サシミ!」

カチャ、と小さな音。キイ、と開く8畳部屋。
ダンボールでいっぱい。

「そうだったそうだった。オレは昨日から医長・・・!」

 カーテンを開ける。ガクブチ時計は8時半。あと30分で始業。

まず机の上の書類などを整頓。

「呼吸器学会雑誌、日経メジカル(わざと)、近畿医学雑誌、少年サンデー、と・・・!」
1冊ずつ、各本棚へ。あと、手紙に封筒の類。
「ゴルフコンペのご案内、イエローカード(副作用情報)、代表委員会決定事項のお知らせ、青汁ハガキ・・・か!」
ポイポイ、とゴミ箱に投げられていく。

ふと目をやると、本棚にあけたままの引き出し。
「だる・・・そういや」
机の上を見ると、昨日発見したアダルトDVDだ。

「ゆうき、まいこ・・・?名前がちょっとな」
裏返して、しげしげとパッケージを眺める。
「直接返すのも、なんだしな・・・」
いろいろ考えた上、引き出しに戻した。

しかし誰かが開けることも考慮し・・・上にティッシュを1枚、いや2枚。
「トシキ・・・ここで待ってるよ。<ゆうき>は」

どっこいしょと立ち上がる。
「弥生先生・・・病院来るかな」

ドアを開け、ロックを確認のうえ、改めて医局のノブに手をかける。
ドアを開けると・・・ちょうどそこに当直だった外科の先生が。

「おはようございます!」
「あ、ああ!昨日はお疲れ様でした!」深々と頭を下げる。
「泥酔した事務長さんは、なんとか起き上がって帰ったようです」
「そうでしたか・・」
「そのあとなんですがね。7時半ごろに救急が来まして」
「救急がですか」
「CPAです」

言葉に反応し、僕は反射的に足踏みした。
「そうですか。では今・・下でCPRを?」
「ええ。私は大学の外来の手伝いがあるんでこれで。メガネをかけた暗そうな先生にバトンタッチを」
「遠藤先生!」

『コミュニケーションが苦手だが根はいい人間』とあちらの医局長から聞いている。
「根がよくてもな!」
ダッシュで救急室へ。

スルー、と階段手すりをすべっていく。
「どけどけどけ!」
誰もいないが。

しかし途中、何人かの職員に出くわした。
と、いきなり腕をガシッと止められた。

「な、なにやつ?」
「うさぎさん!おはよー!」ハイテンションの弥生先生だ。
昨日のことは吹っ切れてるようだ。

「はなせ!降りてる!」
「えーえー?何かあったんですかー」
「離せって!」
振り払い、急いで1階へ。

しまった。ま、いいか・・・。

救急室では・・・遠藤君が一生懸命アンビューバッグを押していた。
かたや当直ナースが心臓マッサージ。

「80歳男性か。蘇生を始めて何分?」僕が確認。
「ボスミンボスミン!」遠藤君は慌てて聞いてない。僕がボスミンを用意。
「反応なさそうだな。で、1時間はたってるわけか」
ナースの記録を拝見、ボスミン、メイロン、カルチコールが山のように使用。

「レスピレーターは?」僕は見回した。
「さっき病棟にお願いしたんですが・・・」遠藤君の大汗が絶えず、滴り落ちる。
「家族はどうなのかな?」
「遠方すぎて・・・沖縄です」
「老人ホームからか・・・反応もないし。DCは?」
「それはまだ・・・!」

僕は両手、パッドを抱えた。
「300Jだ!充電・・・・!いくぞ離れて!」

プン、と体が微小に揺れる。
遠藤くんはモニターを見る。

「遠藤先生!目はモニターでも手は脈を!」
脈は・・・ふれない。つまり血液が拍出されていない。
「瞳孔は散大のままか。死亡確認を。先生」
「げんいんはなにかなひゅなひゅるる・・」
「先生!」
「・・・・・・」

死亡宣告。

日勤の外来中年ナースが入ってきた。
「ああ。亡くなったんやね・・・」
「脳卒中かな・・わからんが」

ピートが入ってきた。救急担当。
「おう!ラジオネーム恋するうさぎさん!」
「おう。頭部のCTは、撮っておいてくれないか?」
「わかった。蘇生時のモニター波形は?」
「これだ。STが上がってはいるが」
「心筋梗塞か?」
「わからん。全身虚血の一部所見かもしれないし」
「あとはやる。お疲れ!エンドーくんも!」

僕は遠藤先生の前に出た。
「遠藤くん。また時間あるときに、さきほどの蘇生についていろいろ」
「おせっきょう?」
「ナメとんか?」

僕らは解散し、各自の持ち場へと向かった。

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