サンダル医長 火曜日 ? 妙なプライド
2006年6月26日朝11時半。カーテン向こうの内視鏡室では、片付ける音が聞こえてきた。
看護士があちこち歩いている。
僕は70歳男性の病棟患者を腹部エコー中。同日か最近のCTを必ず用意してもらう。
「CTはないな。血液検査・超音波からすると慢性腎不全で、腎臓は双方とも萎縮ぎみだな・・原因は?」
特になさそうだが、加齢による動脈硬化のようだ。脳梗塞、心筋梗塞既往あり。よくぞ生き延びてきた。
ついでに内緒で心エコーも診る。
「石灰化はやはりシビアだな。大動脈弁がな・・しかし狭窄症というほどではない。ぶつぶつ」
「ふごふご」
「うわ?」振り向くと、オークナースの顔が視界いっぱいに見えた。
「ふごふご!すんまへん」
「あやすくおい・・」
「キスするとこやったねえ。ブヒブヒ」
「おえっ・・・」
気を取り直し、胸部の大動脈を観察。壁在血栓もあるんじゃないか・・・?
こうやっていろいろ疑って興味を示せば、所見というのは着実に取れていく、と言うのは簡単。
「主治医は慎吾か。よしよし」
僕は心臓超音波の検査伝票を新たに作成し・・
『CTにてさらに精査されたし!』
あとは慎吾へ。
「じゃ、そろそろ病棟へ行くか・・!」
重い腰を立ち上げて、廊下へ出る。資料を取りに来たナースとすれ違う。
「あ。ナース。慎吾にそれ、早めに回して。外来だろ?」
「ええ、そうです」
「頼む」
「ユウキ先生から直接・・」
「頼むって。渡したら分かるから」
「・・・・・」
ナースは不服そうに資料を持ち上げ、外来へと向かった。
僕は詰所へ。
「あ。来た」美野ナースが無表情に看護記録などを見回す。
「先生は、と・・・山ほどあります」
「悪かったな。さ、どうぞ!」
「朝の申し送りには・・」
「ああ、すまん。救急が来てて、それで来れなった」
「人工呼吸器のついた小川さん、62歳。多発性のう胞腎の方」
「酸素飽和度は順調か?」
「PEEPを追加しましたが、それから血圧が下がって」
「1回換気量を下げてもダメだったか・・」
結果的に酸素濃度を増やさざるをえなかった。FiO2 70%。
こうも高濃度酸素が持続すると、かえって肺の傷害の危険が増す。
わかってる。それは分かってるんだが・・・。
「慎吾先生が、パルス療法をしたらどうかと」
「るさいな。なんであいつが口、出すんだ」
「先生・・・仲良くしてください」
「それ・・前の師長みたいな口ぶり」
僕は患者を確認し、また戻った。
「CRPは横ばい。抗生剤を変更。MRSA対策としてバンコマイシンを投与したかったが、腎機能が悪いので使用できないな・・」
「点滴の落ちが悪いので、さきほど慎吾先生に相談したら」
「ちょっと待て。さっきから慎吾シンゴ?」
「外来の合間に、ここに来てくれて・・」
「主治医に先に相談しろよ?」
「で、でも慎吾先生がついでに診てみるって。ユウキ先生は忙しいだろうって」
「あのなあ・・だる。主治医を差しおいて、それはないだろ?で。点滴の落ちが悪くて?で?」
「ヘパリン(抗凝固剤)を追加しました」
「安易に使いやがって・・・」
レントゲンでは、右頸部からのカテーテル走行は問題ない(抜きかけとかはない)。
「血液は、ちゃんと逆流するんだろうな?」
「した・・と思います」
「なに?どっちなんだよ!」
僕はいつになくイライラし、患者の横で確認した。
「逆流はあるが、注射器で押すと抵抗がある・・・ちょっと抜こう」
カテーテルを数センチ、抜く。
「流れ出した。ふつうに。たぶん、壁(へき)に当たってたんだろ」
詰所に戻り、別の患者の報告。
「真珠会から入院した糖尿病の患者さん。血糖は内服でコントロ−ル。血糖チェックは1日3回ですが・・」
「ああ、もうやめていい。療養病棟へ移行、よしと」
「事務長が、<内服薬を減らしてくれ>って」
「偉そうに・・・」
「あちらへ行くと、マルメなんですよね」
「そりゃそうだ。当病院の負担だ」
薬価の高い薬などの場合、それを負担する病院にとっては頭が痛い。なので一般病棟で高価な薬を飲んでいても、安いものにしたり薬数を減らされる必要に迫られることがある。
そういうわけでゾロ品(ジェネリック)が台頭してきたわけだが。この頃はまだ安易にゾロ品にどんどん変えるという考えには慣れてなかった。
「薬剤が14種類もありますけど・・」
「どれもいるんだよ。ベイスン、オイグルコン、アクトス、ディオバン、ラミシール、フランドルテープ、ニトロール、ノルバスクなどなど!」
「では続行ということで」
「たく。なんでここまで口出しされるんだよ」
慎吾が登場。
「おお!恋するウサギさん!」
「お前な。勝手に・・・」
「外来のね。あれ、ども!」
「ああ、超音波の所見な」
「これからは、ついでに腹部・心臓合わせてやってくださいよ!」
僕がこの男をあまり好かないのは・・その<ものの言い方>からだった。
「慎吾。それはまあいいとして。ヘパリン入れるとかそういうのは」
「今さっき患者さん見てきたけど。点滴きちんと落ちてるね」
「いや、それはさっきオレがな」
「俺もたまには役に立つかな」
「ちが・・」
「まあイライラするなって。医長先生」
親友のピートにならこう言われてもいいのだが・・。
妙なプライドが先行する。
「慎吾。ちょっとあとで医局へ」
「その重症感染の患者さん。そろそろパルス療法でしょ?」
「なにが、そろそろ、だよ・・・」
「お!は!な!し!か!」慎吾は廊下に出かけ、振り向いた。
「ユウキ医長。メシ、頼みますが。何に?」
「え?俺・・・?」
「ついでに頼んでおくからさ」
「いい。別に。あ」
お腹がグル〜と鳴ったのを周囲に聞かれた。
こういうときに限って、やけに静かだ。
「日替わり?カツカレー?カップラーメン?」
「そ、そうだな。じゃ・・」
「・・・・・」
「オムライス」
「オムライス大盛りね!」
「?おい、大盛りとは」
「ザビタン!へいへい!」慎吾はダッシュで消えた。
リーダー美野は優しい表情で、目で追いかけた。
「優しいじゃないですか。彼氏。さすが妻子もち」
「なあにが彼氏だスカポン!」
「慎吾先生、けっこう人気ありますよ」
「ナースからのだろ?」
「優しいし、アドバイスいろいろくれるし」
「アドバイスでもな。図々しいと困るんだよ」
「そっかな。あたしはリードされたほうが」
「だる・・・」
僕は看護記録に一通り、目を通す。
美野は指示を受け、迅速に処理していった。
「ユウキ医長も、妙にイライラしてるけど・・・」
「俺が?してるか?」
「弥生先生は大丈夫ですから」
いきなり大人びた顔になった。
「なにが?そそ、そんなの関係あるかよ?」
「先生も独身から卒業したら?なあんて」
彼女はキョロキョロ周囲を見回した。
「彼女。待ってますよ」
「はあ?何が?何を?」
「ウフ・・・じゃ、続きを。あとはふだんと相変わらずといった感じで」
尊敬する師長がいなくなったにも拘わらず、一部の若手はここにとどまった。
そのうちの1名、美野というアイドルナースは順調に成長し続けていた。
ミチルが言ってたな。1年目のナースでさえ、伸びる子は上でも通用する働きを見せる・・・。
重症患者の回診を数人、あとは午後に。
採血結果、レントゲンの類を処理。
「じゃ、オレ上に上がるわ。医局へね。ムンテラする家族が来たら、また呼んで」
「了解です」
廊下へ出ると、何やら派手な服を着たプレスリーみたいな・・患者?
58歳のもと芸人。木曜日にカテーテル検査予定の狭心症だ。
小太りでサングラス。平気でタバコをふかすと問題になっている。
「よお!」
「?こんにちは・・」
「医長先生だろ?」
「え、ええ」
「なんかアンタ、朝すっごく苦しそうだったな!ははは!」
「見てましたか・・・」
「こ〜んな歩き方して!ははは!」
患者はそれもそっくりに、大股で足を投げ出すように歩くしぐさをした。
「こんなふう?はあ〜だるだる!あやつはだ〜る!」
そこまで見ていたとは・・・さすが、もと芸人だ。
「患者さんのこと、言えんな。うさぎさん」
「それ、誰から・・」
「ま、木曜日頼みますわ。かていてるけんさ」
「ええ」
患者は詰所の中へ勝手に入っていった。
「外出するから!誰が何言おうと!ただしわしの個室はキープや!」
「(一同)ええ〜っ?」
病識のない人が、また1人。
看護士があちこち歩いている。
僕は70歳男性の病棟患者を腹部エコー中。同日か最近のCTを必ず用意してもらう。
「CTはないな。血液検査・超音波からすると慢性腎不全で、腎臓は双方とも萎縮ぎみだな・・原因は?」
特になさそうだが、加齢による動脈硬化のようだ。脳梗塞、心筋梗塞既往あり。よくぞ生き延びてきた。
ついでに内緒で心エコーも診る。
「石灰化はやはりシビアだな。大動脈弁がな・・しかし狭窄症というほどではない。ぶつぶつ」
「ふごふご」
「うわ?」振り向くと、オークナースの顔が視界いっぱいに見えた。
「ふごふご!すんまへん」
「あやすくおい・・」
「キスするとこやったねえ。ブヒブヒ」
「おえっ・・・」
気を取り直し、胸部の大動脈を観察。壁在血栓もあるんじゃないか・・・?
こうやっていろいろ疑って興味を示せば、所見というのは着実に取れていく、と言うのは簡単。
「主治医は慎吾か。よしよし」
僕は心臓超音波の検査伝票を新たに作成し・・
『CTにてさらに精査されたし!』
あとは慎吾へ。
「じゃ、そろそろ病棟へ行くか・・!」
重い腰を立ち上げて、廊下へ出る。資料を取りに来たナースとすれ違う。
「あ。ナース。慎吾にそれ、早めに回して。外来だろ?」
「ええ、そうです」
「頼む」
「ユウキ先生から直接・・」
「頼むって。渡したら分かるから」
「・・・・・」
ナースは不服そうに資料を持ち上げ、外来へと向かった。
僕は詰所へ。
「あ。来た」美野ナースが無表情に看護記録などを見回す。
「先生は、と・・・山ほどあります」
「悪かったな。さ、どうぞ!」
「朝の申し送りには・・」
「ああ、すまん。救急が来てて、それで来れなった」
「人工呼吸器のついた小川さん、62歳。多発性のう胞腎の方」
「酸素飽和度は順調か?」
「PEEPを追加しましたが、それから血圧が下がって」
「1回換気量を下げてもダメだったか・・」
結果的に酸素濃度を増やさざるをえなかった。FiO2 70%。
こうも高濃度酸素が持続すると、かえって肺の傷害の危険が増す。
わかってる。それは分かってるんだが・・・。
「慎吾先生が、パルス療法をしたらどうかと」
「るさいな。なんであいつが口、出すんだ」
「先生・・・仲良くしてください」
「それ・・前の師長みたいな口ぶり」
僕は患者を確認し、また戻った。
「CRPは横ばい。抗生剤を変更。MRSA対策としてバンコマイシンを投与したかったが、腎機能が悪いので使用できないな・・」
「点滴の落ちが悪いので、さきほど慎吾先生に相談したら」
「ちょっと待て。さっきから慎吾シンゴ?」
「外来の合間に、ここに来てくれて・・」
「主治医に先に相談しろよ?」
「で、でも慎吾先生がついでに診てみるって。ユウキ先生は忙しいだろうって」
「あのなあ・・だる。主治医を差しおいて、それはないだろ?で。点滴の落ちが悪くて?で?」
「ヘパリン(抗凝固剤)を追加しました」
「安易に使いやがって・・・」
レントゲンでは、右頸部からのカテーテル走行は問題ない(抜きかけとかはない)。
「血液は、ちゃんと逆流するんだろうな?」
「した・・と思います」
「なに?どっちなんだよ!」
僕はいつになくイライラし、患者の横で確認した。
「逆流はあるが、注射器で押すと抵抗がある・・・ちょっと抜こう」
カテーテルを数センチ、抜く。
「流れ出した。ふつうに。たぶん、壁(へき)に当たってたんだろ」
詰所に戻り、別の患者の報告。
「真珠会から入院した糖尿病の患者さん。血糖は内服でコントロ−ル。血糖チェックは1日3回ですが・・」
「ああ、もうやめていい。療養病棟へ移行、よしと」
「事務長が、<内服薬を減らしてくれ>って」
「偉そうに・・・」
「あちらへ行くと、マルメなんですよね」
「そりゃそうだ。当病院の負担だ」
薬価の高い薬などの場合、それを負担する病院にとっては頭が痛い。なので一般病棟で高価な薬を飲んでいても、安いものにしたり薬数を減らされる必要に迫られることがある。
そういうわけでゾロ品(ジェネリック)が台頭してきたわけだが。この頃はまだ安易にゾロ品にどんどん変えるという考えには慣れてなかった。
「薬剤が14種類もありますけど・・」
「どれもいるんだよ。ベイスン、オイグルコン、アクトス、ディオバン、ラミシール、フランドルテープ、ニトロール、ノルバスクなどなど!」
「では続行ということで」
「たく。なんでここまで口出しされるんだよ」
慎吾が登場。
「おお!恋するウサギさん!」
「お前な。勝手に・・・」
「外来のね。あれ、ども!」
「ああ、超音波の所見な」
「これからは、ついでに腹部・心臓合わせてやってくださいよ!」
僕がこの男をあまり好かないのは・・その<ものの言い方>からだった。
「慎吾。それはまあいいとして。ヘパリン入れるとかそういうのは」
「今さっき患者さん見てきたけど。点滴きちんと落ちてるね」
「いや、それはさっきオレがな」
「俺もたまには役に立つかな」
「ちが・・」
「まあイライラするなって。医長先生」
親友のピートにならこう言われてもいいのだが・・。
妙なプライドが先行する。
「慎吾。ちょっとあとで医局へ」
「その重症感染の患者さん。そろそろパルス療法でしょ?」
「なにが、そろそろ、だよ・・・」
「お!は!な!し!か!」慎吾は廊下に出かけ、振り向いた。
「ユウキ医長。メシ、頼みますが。何に?」
「え?俺・・・?」
「ついでに頼んでおくからさ」
「いい。別に。あ」
お腹がグル〜と鳴ったのを周囲に聞かれた。
こういうときに限って、やけに静かだ。
「日替わり?カツカレー?カップラーメン?」
「そ、そうだな。じゃ・・」
「・・・・・」
「オムライス」
「オムライス大盛りね!」
「?おい、大盛りとは」
「ザビタン!へいへい!」慎吾はダッシュで消えた。
リーダー美野は優しい表情で、目で追いかけた。
「優しいじゃないですか。彼氏。さすが妻子もち」
「なあにが彼氏だスカポン!」
「慎吾先生、けっこう人気ありますよ」
「ナースからのだろ?」
「優しいし、アドバイスいろいろくれるし」
「アドバイスでもな。図々しいと困るんだよ」
「そっかな。あたしはリードされたほうが」
「だる・・・」
僕は看護記録に一通り、目を通す。
美野は指示を受け、迅速に処理していった。
「ユウキ医長も、妙にイライラしてるけど・・・」
「俺が?してるか?」
「弥生先生は大丈夫ですから」
いきなり大人びた顔になった。
「なにが?そそ、そんなの関係あるかよ?」
「先生も独身から卒業したら?なあんて」
彼女はキョロキョロ周囲を見回した。
「彼女。待ってますよ」
「はあ?何が?何を?」
「ウフ・・・じゃ、続きを。あとはふだんと相変わらずといった感じで」
尊敬する師長がいなくなったにも拘わらず、一部の若手はここにとどまった。
そのうちの1名、美野というアイドルナースは順調に成長し続けていた。
ミチルが言ってたな。1年目のナースでさえ、伸びる子は上でも通用する働きを見せる・・・。
重症患者の回診を数人、あとは午後に。
採血結果、レントゲンの類を処理。
「じゃ、オレ上に上がるわ。医局へね。ムンテラする家族が来たら、また呼んで」
「了解です」
廊下へ出ると、何やら派手な服を着たプレスリーみたいな・・患者?
58歳のもと芸人。木曜日にカテーテル検査予定の狭心症だ。
小太りでサングラス。平気でタバコをふかすと問題になっている。
「よお!」
「?こんにちは・・」
「医長先生だろ?」
「え、ええ」
「なんかアンタ、朝すっごく苦しそうだったな!ははは!」
「見てましたか・・・」
「こ〜んな歩き方して!ははは!」
患者はそれもそっくりに、大股で足を投げ出すように歩くしぐさをした。
「こんなふう?はあ〜だるだる!あやつはだ〜る!」
そこまで見ていたとは・・・さすが、もと芸人だ。
「患者さんのこと、言えんな。うさぎさん」
「それ、誰から・・」
「ま、木曜日頼みますわ。かていてるけんさ」
「ええ」
患者は詰所の中へ勝手に入っていった。
「外出するから!誰が何言おうと!ただしわしの個室はキープや!」
「(一同)ええ〜っ?」
病識のない人が、また1人。
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