サンダル医長 火曜日 ? 口喧嘩
2006年6月26日階段を登りながら考えた。
職場でもどこでもそうだが、自分からみて<合わない>人間に出くわすことはよくある。
ただ学生のとき、社会人っていうのはみな互いに助け合っていて、口げんかとか仲間割れとか、そういう幼稚な次元なものは存在しないものと思っていた。
だが実際は逆。ささいなことで大げさに口コミされたり、自然と仲間が出来上がって出る杭は打たれたり。ヌシがいたり。働きもせん奴がのほほんと長生きしたり。
そのうち、深入りしないのが最善だ、と思うこともあった。大学病院を辞職して、そういう考えはほとんどなくな・・・ったわけではない。管理社会でなくなればなくなるほど、
いろんな勝手な組織が地下で幅を利かす。自分はドクターであったため、まだ安全だった。
それは置いといて、医局内でこの慎吾とはどうもうまくいかなかった。ズバリ言わせてもらうと・・・僕は図々しい人間は苦手なのだ。それだけの奴ではないのだが。
ガラッと医局を開けると、秘書さん(40代)が座って微笑んでいた。
「お疲れです。医長先生」
「いやいや」
「さてと、トイレに行ってと・・」秘書さんはわざとらしく席をはずした。
ソファには・・・慎吾が座っている。近くにいた医局員は、1人ずつ立ち上がり、廊下へと向かっていった。
慎吾の顔がブラウン管に反射している。
どうやら僕と彼だけにされた、いや、なった。
「じゃ、聞かせてもらいましょうか!」慎吾はリモコンを持ち、至近距離からスイッチを消した。
「お!は!な!し!とやらを!」
「・・・・・お話、というわけではないがな」
僕は彼の横に座った。
「超音波の件が、頭にきましたか?」
「そうじゃないって。あれはいいんだ。病棟でな」
「ヘパリン?医長先生、超音波検査で大変だと思って」
「だけど、重症患者だぞ。連絡がつながりやすい時間帯なんだから、いちおうオレを通して」
「ヘパリンくらい、いいのでは?」
「よかない。ヘモグロビンの数値見ただろ?下がってきてる。つまり貧血気味」
「出血が?」
「便潜血が陽性。ストレス性の潰瘍だってありうる」
「でも点滴には胃薬が」
「それでもできるかもよ。点滴の落ちが悪いからって、安易にヘパリン使うなと言いたいんだ」
「安易って表現自体が、安易ですよ医長先生」
こいつ・・・。
「慎吾。臨床医として慣れてきて、次々と指示を実行したいのは分かるんだが・・」
「気に入らない?あ。わかった」
「?」
「あれだろ。オレがユウキと同世代・・なのに臨床医としてはオレのほうがまだまだ下だ」
「・・・・・」
「図星だな。でも経験年数は同じだ。基礎で数年ブラブラ、あと老健でブラブラしてたからな」
「正直言う。慎吾、まだそこまで経験、積んでないだろ?」
「経験の差ってことか?オレには見下してるようにしか見えないが」
「ささいな事なんだ。お前は・・いいか、怒るなよ。お前は、もうちょっと謙虚に考えるべきなんだ」
「頭を下げろって?敬語を使え?」
「気づけよ!」
しばらく沈黙が続いた。
慎吾は何度も首をひねった。
「医長先生。医師の経験がどうとかで、医者の上下を区別するのか?」
「いや、俺は上下という言い方はしていない」
「そうだって。オレはね。医師ならどれも対等な立場にするべきだと思うんだ」
「・・・・・」
「でないとホラ。意見の交換ができないだろ?互いが遠慮してどうするよ?」
「あのな」
「だから。オレは、自分が正しいと思ったら言う。周りの状況を見て、それが優先なら実行する」
「ん。だけどその1つ1つに、重みを感じてるかってことだよ」
「重み?軽々しくは行動してない」
ああ言えば、上祐・・・・!
慎吾は爪を切り出した。
「ちょいとゴメン。だってさ。医長先生。オレ、ここに最初来たときは遠慮したよ。わざと」
「そこで爪切るか・・?」
「そしたらどうだ?いきなりオッサン先生が現れて」
「土方の話か?」
「大学からオッサン先生が現れて、そんで・・・当の医長や他のスタッフはどうした?」
「どうしたって・・・いきなりクビでもできるかよ」
「いや。みな、知らん振りして働いてた。ドクターでさえもそうだったじゃないか」
「知らんふりってお前。土方は最初はいい奴に見えただろ?」
「でも対等じゃなかった。距離を置きすぎてた。俺にはそう見えた」
確かに・・そうではあったが。かなり年配のドクターだったからという意味もある。
慎吾は爪を切り終わり、ゴミ箱の上で振った。
「オレがあの会議で土方を辞めさせたからよかったんだよ。医長先生」
「何の話なんだよ・・・」
「だからね先生。オレにだって医長先生らにアドバイスしたり、いろいろ権利はあるんだ」
「でもな。主治医を尊重しろって。意見はそれをよく考えて・・」
「それが遠慮だって先生。ダメだなこりゃ」
「水と油だな・・・」
僕らはあきらめ、会話を中断した。
僕は新聞を読もうと・・したところ、注文したオムライスがやってきた。
「ちわ!オムライス2つ!」
作業服の男性が会計。
「1200万円!」
「オレが出す。慎吾」
「あ、じゃまた今度」
僕らは同時にラップを開けた。
「慎吾・・いいのか?同じで?」
「なんだかんだ言って、オレは医長先生を信じてますよ」
「なに?」
「先生がこれを頼んだのは・・・アンタがこれをおいしいと思ってるからだろ?」
「そうだけど。でもこの店での注文は初めてだ」
「でもオレはね。同じのを頼んだ」
「・・・・・」
「つまりね。それでも・・オレはついていきたいんですよ!」
いきなり敬語を使い始め、慎吾は僕の背中を叩いた。
「父親の背中を見るようにね!これからも見習いさせていただきます!」
「だる・・・いいことは言うんだけどな。お前。うっ?」
僕はオムライスを吐き出した。
「どうした医長?」
「くっ・・ぺっぺっ!たた、卵の殻が!」
「ウソだろ?」
「く、食ってみろ・・・」
慎吾は自分のほうの皿を眺めた。
「ちょっと怖いな・・」
「ぺっぺっ。ダメだこりゃ。オレ、下のライスだけ食うわ」
「医長先生を見習って、オレも下だけ」
「待て。見習うなら・・お前も食え!」
「いやいや。だから。医長の今の有様を見て、オレはリスクを避けることにした!」
「ぐがあ。オレは毒見係かよ・・・!」
わけの分からない会話をしながらも、僕らは互いに打ち解けあうのがわかった。
ささいな傷は、ささいな笑いで治るものである。
職場でもどこでもそうだが、自分からみて<合わない>人間に出くわすことはよくある。
ただ学生のとき、社会人っていうのはみな互いに助け合っていて、口げんかとか仲間割れとか、そういう幼稚な次元なものは存在しないものと思っていた。
だが実際は逆。ささいなことで大げさに口コミされたり、自然と仲間が出来上がって出る杭は打たれたり。ヌシがいたり。働きもせん奴がのほほんと長生きしたり。
そのうち、深入りしないのが最善だ、と思うこともあった。大学病院を辞職して、そういう考えはほとんどなくな・・・ったわけではない。管理社会でなくなればなくなるほど、
いろんな勝手な組織が地下で幅を利かす。自分はドクターであったため、まだ安全だった。
それは置いといて、医局内でこの慎吾とはどうもうまくいかなかった。ズバリ言わせてもらうと・・・僕は図々しい人間は苦手なのだ。それだけの奴ではないのだが。
ガラッと医局を開けると、秘書さん(40代)が座って微笑んでいた。
「お疲れです。医長先生」
「いやいや」
「さてと、トイレに行ってと・・」秘書さんはわざとらしく席をはずした。
ソファには・・・慎吾が座っている。近くにいた医局員は、1人ずつ立ち上がり、廊下へと向かっていった。
慎吾の顔がブラウン管に反射している。
どうやら僕と彼だけにされた、いや、なった。
「じゃ、聞かせてもらいましょうか!」慎吾はリモコンを持ち、至近距離からスイッチを消した。
「お!は!な!し!とやらを!」
「・・・・・お話、というわけではないがな」
僕は彼の横に座った。
「超音波の件が、頭にきましたか?」
「そうじゃないって。あれはいいんだ。病棟でな」
「ヘパリン?医長先生、超音波検査で大変だと思って」
「だけど、重症患者だぞ。連絡がつながりやすい時間帯なんだから、いちおうオレを通して」
「ヘパリンくらい、いいのでは?」
「よかない。ヘモグロビンの数値見ただろ?下がってきてる。つまり貧血気味」
「出血が?」
「便潜血が陽性。ストレス性の潰瘍だってありうる」
「でも点滴には胃薬が」
「それでもできるかもよ。点滴の落ちが悪いからって、安易にヘパリン使うなと言いたいんだ」
「安易って表現自体が、安易ですよ医長先生」
こいつ・・・。
「慎吾。臨床医として慣れてきて、次々と指示を実行したいのは分かるんだが・・」
「気に入らない?あ。わかった」
「?」
「あれだろ。オレがユウキと同世代・・なのに臨床医としてはオレのほうがまだまだ下だ」
「・・・・・」
「図星だな。でも経験年数は同じだ。基礎で数年ブラブラ、あと老健でブラブラしてたからな」
「正直言う。慎吾、まだそこまで経験、積んでないだろ?」
「経験の差ってことか?オレには見下してるようにしか見えないが」
「ささいな事なんだ。お前は・・いいか、怒るなよ。お前は、もうちょっと謙虚に考えるべきなんだ」
「頭を下げろって?敬語を使え?」
「気づけよ!」
しばらく沈黙が続いた。
慎吾は何度も首をひねった。
「医長先生。医師の経験がどうとかで、医者の上下を区別するのか?」
「いや、俺は上下という言い方はしていない」
「そうだって。オレはね。医師ならどれも対等な立場にするべきだと思うんだ」
「・・・・・」
「でないとホラ。意見の交換ができないだろ?互いが遠慮してどうするよ?」
「あのな」
「だから。オレは、自分が正しいと思ったら言う。周りの状況を見て、それが優先なら実行する」
「ん。だけどその1つ1つに、重みを感じてるかってことだよ」
「重み?軽々しくは行動してない」
ああ言えば、上祐・・・・!
慎吾は爪を切り出した。
「ちょいとゴメン。だってさ。医長先生。オレ、ここに最初来たときは遠慮したよ。わざと」
「そこで爪切るか・・?」
「そしたらどうだ?いきなりオッサン先生が現れて」
「土方の話か?」
「大学からオッサン先生が現れて、そんで・・・当の医長や他のスタッフはどうした?」
「どうしたって・・・いきなりクビでもできるかよ」
「いや。みな、知らん振りして働いてた。ドクターでさえもそうだったじゃないか」
「知らんふりってお前。土方は最初はいい奴に見えただろ?」
「でも対等じゃなかった。距離を置きすぎてた。俺にはそう見えた」
確かに・・そうではあったが。かなり年配のドクターだったからという意味もある。
慎吾は爪を切り終わり、ゴミ箱の上で振った。
「オレがあの会議で土方を辞めさせたからよかったんだよ。医長先生」
「何の話なんだよ・・・」
「だからね先生。オレにだって医長先生らにアドバイスしたり、いろいろ権利はあるんだ」
「でもな。主治医を尊重しろって。意見はそれをよく考えて・・」
「それが遠慮だって先生。ダメだなこりゃ」
「水と油だな・・・」
僕らはあきらめ、会話を中断した。
僕は新聞を読もうと・・したところ、注文したオムライスがやってきた。
「ちわ!オムライス2つ!」
作業服の男性が会計。
「1200万円!」
「オレが出す。慎吾」
「あ、じゃまた今度」
僕らは同時にラップを開けた。
「慎吾・・いいのか?同じで?」
「なんだかんだ言って、オレは医長先生を信じてますよ」
「なに?」
「先生がこれを頼んだのは・・・アンタがこれをおいしいと思ってるからだろ?」
「そうだけど。でもこの店での注文は初めてだ」
「でもオレはね。同じのを頼んだ」
「・・・・・」
「つまりね。それでも・・オレはついていきたいんですよ!」
いきなり敬語を使い始め、慎吾は僕の背中を叩いた。
「父親の背中を見るようにね!これからも見習いさせていただきます!」
「だる・・・いいことは言うんだけどな。お前。うっ?」
僕はオムライスを吐き出した。
「どうした医長?」
「くっ・・ぺっぺっ!たた、卵の殻が!」
「ウソだろ?」
「く、食ってみろ・・・」
慎吾は自分のほうの皿を眺めた。
「ちょっと怖いな・・」
「ぺっぺっ。ダメだこりゃ。オレ、下のライスだけ食うわ」
「医長先生を見習って、オレも下だけ」
「待て。見習うなら・・お前も食え!」
「いやいや。だから。医長の今の有様を見て、オレはリスクを避けることにした!」
「ぐがあ。オレは毒見係かよ・・・!」
わけの分からない会話をしながらも、僕らは互いに打ち解けあうのがわかった。
ささいな傷は、ささいな笑いで治るものである。
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