「何してる!救急室のドアを!」
救急室に飛び込み、居眠りナースを起こす。
「自動ドア、オープン!」

足踏みで、自動ドアが左右にオープン。駐車場の真ん中に作られた、救急車専用レーン。その向こうが横切る国道だ。
さらにその向こう、巨大スーパーの前で眺めている群集。

ピ〜ポ〜ピ〜ポ〜、と音はさらに近づいてきた。

「救急カート、準備はいいか?」
「先生。そんな焦らんでも・・」中年ナースも物品確認を急いだ。
「喉頭鏡、電池・・入ってない!なんでいつもこうなんだ!」
「挿管チューブのサイズはひととおり・・・」
「緊急用のカメラも・・揃ってるな!」

検査技師長のゴマちゃんが入ってきた。ヒゲがいっそう濃い。
「こちらはいつでもオッケー。心電図も問題ない。モニターも余ってる」
「すまんが。患者の移し変えのときは、頼む」
「あいよ!」
ゴマちゃんは両腕の白衣をめくった。

放射線技師長のオジサンが入ってくる。
「外来の検査の人は保留にして、空きは作ってまっせ」
「すまん!」

事務長が走って降りてきた。
「どう?どう?」
「孔明!何か策を!」
「この前みたいに、何人か来ますかね・・・?」
「聞けよあの音・・・10台くらい来るんじゃないか?」
「10台ね・・はいはい」事務長はメモしだした。「ゴマ技師長。おたくは?」
「8台!」
「放射線部は?」事務長はさらに聞く。
「そうじゃな・・6台かな?」

「だる・・あんたら、よくそんなことできるな」

ピートが入ってきた。ふだんは救急室担当だ。
「よっしゃあ!いつでもオッケー!久々に、腕が鳴るぜ!」
僕とピートは、胃カメラ・気管支鏡をそれぞれ持ち、カチャカチャ、とあちこち確認した。

すると、後ろからいきなりどつかれた。
「いて!誰だ?背中叩いたの?」
振り向くと・・

「ザビタン!へいへい!」
「なんだよ?」
「外来患者さんがずっとお待ちで!へいへい!」
笑っているが、どことなく不気味な怒りが見え隠れする看護士。

「今は、これから来る救急で手一杯なんだ!」
「でも先生、外来担当医!へいへい!」
「シローに1人でやらせといてくれ。オレは状況を把握する必要がある」
「シロー先生も手一杯!大至急、へいへい!」
看護士は僕の腕を思いっきり引っ張った。負けずと僕は引いたが・・

「あたたた!」
腕をひねきられ、思わずのけぞった。
「痛い痛い痛い!ギブギブギブ!」
「ギブギブ!へいへい!」
「痛い痛い!マジで痛いんだよ!やめろ!」
「外来来る?へいへい!」
「たたた!離せ!ったら!」

本気で腹が立ち、腕を反転されたままうずくまった。
「行くったら!そこまですんな!たた!」
「ごめんなさいねえ!先生ねえ!」看護士は腕をパッと離した。

「いてぇ〜・・・この野郎」
「おい。オメエ・・」ピートは看護士を掴もうとしたが・・ヒョイヒョイと交わされた。

「もういいよ。ピート。じゃあ頼むな」
「大丈夫か?」
「変なんだよ、こいつ・・たた。加減を知らないっていうか」
僕は廊下へ出て、看護士ははるか前を走っていく。

席に着くと、さっそく患者は座っていた。70歳男性、ボケてない。
「息がしにくくて・・」
「聴診を。ラ音は不明だな・・SpO2 95%。微妙な数値だな」
「2週間ほど前から風邪ひいてて、ずっとなおらな・・」
「シー。今ちょっと・・では基本的な検査を。ん?」
机の上に・・レントゲン、心電図。されに採血結果も。

「これ・・いつの間に?」
「待ってる間に!へいへい!」看護士が、気をきかせて録ってあったのだ。
「そうなのか・・すまんな。胸部レントゲンで、両側胸水・・心拡大」
「CTこれ!」CTまで撮ってある。
「そこまでしたか・・だが助かった」

両側胸水は思ったより多量だ。心のう液も貯留。
「タンポナーデというわけではないな。風邪が先行・・・」
「プレウライティス?」看護士が親切にヒントまで出す。
「なるほどな。胸膜炎な!ありうる!」

心電図は・・特徴的なST上昇はない。

机の下からエコー取り出し。
「じゃ、横になって。看護士には感謝する」
「いえいえ!もうねえ!先生ねえ!忙しいもんねえ!」

心のう液は中等量といったところ。しかし拡張制限は著明、収縮制限もある。
「心筋には輝度が上昇してる部位もある・・・OMIとかICMも視野だな」
エコー所見を書き、入院時指示。

「では入院を。心不全であることは間違いないと」
「そうでっか。わかりますた」
「心不全に即した治療を行いつつ、原因の検索を」

PHSが鳴った。
「はい?」
『ピートだ。オッサン、残念だったな!』
「ガチャガチャ音が聞こえるが・・」
『片付けの音だよ!』
「片付け・・・?誰か亡くなったのか?」
『ヘッヘ。救急車7台は、すべてうちを素通りしたぜ』
「なんだと?どこへ?」
『さあな。しばらく待ってるが、来る気配はない』

どこへ行ったというんだ・・・。

「これからどっか向かってて、こっちへ戻るかも」
『そういう通常の搬送なら、救急隊から前もって連絡があるだろ。片付ける』
「あ、ああ・・」
『しっかりしろよ。オオカミ医長!』
「くっ・・あ?」

もう次の人が来ている。29歳女性。
「ノドがムッチャ痛いねん」
「発赤、リンパ節腫腫がひどい・・」

看護士が後ろからメモ。
「なんだよ?またザビタン・・・」
『夜のお仕事』と書いてある。
「なるへそ・・・」

「なあ。もう仕事行かないといかんねん。なんかすぐ効くやつを!」
「抗菌剤を。それと・・・看護士。アレ、塗ってやれよ。ルゴール液」

56歳肥満女性。本人が言うには「胃痛」。
ポータブル超音波で・・
「食後ですか?見えにくいですが」
「はあはあ。精つけてから行こうかと思いまして」
「なんでまた・・困るんだよな。胆嚢は・・ダメだ。わからん」
「スイはどうですか?」
「すい?ああ、膵臓ね。見えん」
「ふだんはね。こういう薬を・・」
「待って待って!まだ見てる最中!」

耳が遠いのか、聞こえてない。

「・・・食後だから、今から胃カメラというのもなあ。レントゲンでもこれといったのは」
「やっぱ胃ですか?」
「緊急性はなさそうなので・・明日、絶食で胃カメラを」

事務長が斜め後ろから、<ほぼ満床>のサイン。

「今日の分の薬は出します。胃潰瘍に対する・・」
「薬ね。わし、これだけ飲んでるんですわ」

袋がいくつも出てきた。中でバラバラになっている。
1つずつ見ると・・どうやら15種類くらいある。
「松田先生がな、いろいろ出してくれんねん」
「あそこですか!マジ?」

事務長が入ってきた。
「ユウキ先生。松田クリニックからの無断受診は、当院では・・」
「なら、受付でなんとかしとけよ」
「いや、受付ではなにも・・・そういう患者さんも多いです」
「じゃあなんだ。今からそこへ行ってもらうのか?」

患者は予約票など関係ないものをたくさん出してきた。
薬の数はあってなさそうだし・・・内服もホントにできてるかどうか。
これはもう、開業医は音を上げるはずだ。

「松田先生はねえ。ホントもうやさしい先生で。採血も毎週のようにしてくれるし」
「そんなに・・?」
「でもなあ、今日はまたすごく混んでるんですわ。胃カメラはあそこは予約制やし、一ヶ月くらい待たされるんやって」
「そっか・・・事務長。患者の希望ってことで、いいじゃないか?」

事務長は険しい顔つきで、首を横に振った。
「トラブルのもとです。すみませんが・・」
結局、患者はクリニックへ行かされた。

「事務長。いいのか?迷惑するのは患者だぞ?」
「いやいや先生。それは私にも分かってるんですが」
「最低の医者だぜ・・」
「ですが・・ですが。ここへ紹介してくれる病院の中でも、かなり大型のクリニックです」
「だから?」
「今では医師会にも影響力があります。なので長期予後を考えますと」
「予後?医者みたいな口ぶりを!」

だが僕も気まずかった。1年前の<シローの息子取り返し事件>のあとも、事務長は単独でクリニックに謝罪した。
なんとか当院とあそことの関係は保たれてはいるが・・・。

それにしても、開業医ってのはある意味、蜘蛛のはった糸だな。一度かかると、ある意味なかなか抜け出せない(せてくれない)。
松田はスパイダーマンだな。大いなる患者数には、大いなる力が備わる・・・。

政治は難しいな。

だが通り過ぎた救急車は、その後に起こることへの伏線だった。

今(現在)思えば・・・<やることが北朝鮮>。

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