となりで外来をしているシロー先生がやってきた。

「医長先生!これは・・入院ですよね?」
CTなど画像が1枚ずつ前面に飾られた。

肝臓に、多発性の腫瘤状影。3箇所は間違いない。腹水はないが・・。

「これは・・転移だ。男性?女性?」
「57歳女性」
「オベスィティ(肥満)は?」
「CTの通りで」
「あるな・・便秘もひどそうだ。転移は単発でなく、そう大きくもない。MKか」
「では医長先生。よろしいですね」

精査入院。

 僕のほうは、26歳男性。ブルガダ症候群疑い。

 ふだんの心電図は目立ったものはないが・・・労作時に心室性不整脈が出る、あと失神の既往が1回あったことより、精査のためEPS(電気生理検査)を、心カテついでに施行した。ところが・・・予想外にもVTを起こした。命取りになるところだった。

 マスター負荷心電図では本人にとって負荷が軽すぎてST変化がなかったのだが・・改めて行った分(トレッドミル)ではSTの上昇が認められた。

「症状は、相変わらずない、と・・」
「先生。僕、あのとき気を失ったって言ったけど・・」
「うん」
「インターネットでいろいろ調べたら、迷走神経反射とかあって・・それじゃないかと」
「あ・・ああ」

 いろいろ考えるよな。でもブルガダ症候群自体、その迷走神経緊張に伴ってVTなどが出ることが多いんだ。

 不安にはさせてはいけないが・・・

「ま、これからも時々、通ってよ。緊急の連絡先は・・・内緒にね」
 僕の携帯電話の番号だ。院内では秘密になっているが。ドクターが個人的にこっそり携帯番号を教えるのは稀なことではない。だがこういうシステムを、時間限定ででも作ってもいいと思うが。

60歳男性。狭心症。
「かわりはないよ」
「今日、とった心電図を今見てるんですが・・STが以前より下がってる」
「心臓は変わりない」
「かどうか見るために、この心電図を」
「薬だけちょうだい」
「待ってよ。できれば内服の追加を」
「前にも言うたけど。カテーテルはもうけっこう。薬も今のでええから」

勝手な患者は珍しくない。
この患者はトシキから回ってきた。不安定狭心症で2枝病変、血管拡張後症状は安定していたが。
トシキ外来で再度のカテーテルの必要性を説明されたが、怒って出て行った。で、僕のほうの外来に。
こういうパターンも、よくある。

「なあ。わし、いつ死んでもええがな」
「胸が痛くて運ばれたときのことを思い出せば・・」
「いやいや。血管はもう拡げてもらったから」
「再狭窄という可能性だって」
「わしの近所のトラさんは」
「トラさんかイヌさんか知りませんが。このままの状態でっていうのは」

患者は無視して出て行った。

看護士が覗き込む。
「ねえ!先生がねえ!あれだけねえ!一生懸命ねえ!」
「だまってろ!」
周囲の雰囲気まで固まった。

「・・・というか。怒ってすまんが」
「おーこわおーこわ。医長しぇんしぇ〜怖いよ〜。いいじゃないですか〜」
「何がだよ?次呼べよ!」
「救急車が素通りでも、いいじゃないですかぁ〜、おひさまは昇るんですから!」

僕は無視して、次の患者を呼んだ。

「診察はええです。皮下注射お願いします」インターフェロンを定期でやってる患者。
「ですが・・・はい。わかりました。看護士!皮下注!」
「ピカチュウ?どこどこ?」
「つまらん・・・」

47歳男性。喘息がある。

「たしか、今は仕事を・・」
「ええ。やめたままです」

 実は気になっていた。持病の喘息が悪化することが多く、入院を数回。
 なかなかうまくコントロールできず、会社を長期休んだ。

退職の原因がリストラなのかどうか知らないが、持病のことがかなり影響したのは間違いないだろう。

「呼吸機能検査のほうは・・・正常の7割くらいかな。もうちょっとあれば」
「頑張ります!」
「いやいや、いいんです。ステロイド吸入を増やそうと思いますが」
「わかりました!ふだん・・気をつけることは?」
「風邪をひかないことです。単なる風邪で終わらない場合、長引くので」
「なるほど。マスクして、就職活動に臨みます!」

前向きなこの人には、いつも感心していた。

「では失礼します!」
男性は出て行った。

「見ろよ。ああいう立派な人もいるんだぜ」
僕はカルテに所見を記入。
「わが振り、直さなきゃな!」

看護士は手招きし、僕の耳に寄ってきた。

「なんだよ?」
「まずエロビデオ、見ることからやめるべし!へいへい!」
「だから!オレじゃないってのに!」

シローがいきなり飛んできた。
「なになに?なにか面白いこと?」

「お前はさっさと外来やってろ!」
シローは笑いながらすっこんだ。
「やれやれ。でもどうやら、周囲には知れ渡ってるんだよな?」

「有名な話ですがな」近くの外来のオークナースがやってきた。
「なんだアンタ?」
「ゆうき先生がゆうきのビデオ見てるって」
「ゆうきのビデオ?ああ、ありゃ女優の名前だよ」
「ほら、やっぱ見てんねや」
「オレのじゃないって!」
「怒ると余計疑わしい」
「ななっ!」

オークは主治医に怒鳴られ、外来に戻った。

事務長が近くで立っている。
「医長先生。さっきは大恥かきましたね」
「もっと控えめに言えんのか。お前らは」
「でね。今度は別の救急要請」
「どんな患者?」

「それが・・・」
彼は僕に耳打ちした。

「なんだって?」

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