サンダル医長 火曜日 ? 道具なんかじゃない!
2006年7月5日中央、DCをピートが引っ張った。
「医長!やっぱりダメだ!300ジュールでDC!」
「離れろって!」近くのナースをどかす。「いけ!ピート!」
「まだ充電が・・よしきた!」
ズドン、と患者が一瞬、浮いた。
ピートはモニター凝視、僕は手首で脈。
「ダメだピート。もう1回だ。ボスミン2アンプル投与後もう1回!」
「ああ。ナース!点滴にイノバン追加どうした?」
4台目で弥生先生らに託した患者。軽症だとは思うが・・。
体中がパンパンに浮腫っている女性患者だ。
「医長先生すみません。点滴が入らなくて」弥生先生の手元に5〜6本のエラスター針。
「だから、オレに謝るなって・・!」モニターを確認しつつ、IVHの準備・・。
「呼吸が弱いな。この人もアポ(卒中)か?うわ!」
痙攣が始まった。遠藤先生にアンビューを放り投げ・・・カートに飛びつきセルシンを吸う。
「ここ、こういうのも準備しておかないとな!」
IVH針をそけい部より挿入、逆流を確認しワンショット投与。
「首は太すぎ!肺はつつきたくないし・・・!どうだ!」
引き続き、IVHカテーテルを挿入。いずれも日常的な行為だが、そのときの心拍数が違う。
「遠藤!呼吸に影響してないか注意!ゴマちゃん!」
「へえい!」僕は彼に動脈血ガスを採取した注射器を投げ、受け取る。
「電解質が知りたい!特に!あとで電話で!」
「大丈夫!ここで測定だからすぐ判る!」
「これもな!」眼科医が検体を投げ、中央でゴマちゃんがまた受け取る。
あちこちから投げられてくる。ゴマちゃんはそれを落ち着きながらもポンポン受け取っていく。
「じゃあいいか?第一陣、まわすぞ!」
その場の遠心機が回りだす。
さきほどのマーブルという医者が、見下ろしている。
「さあ頼むぞ!君たち!おいトシキ!」
「うっ?」トシキは別患者にとりかかっていた。
「立派になったな。だが医長を降りたとか?」
「槙原先生・・・」
「お前らしいな。しょせん、長続きはせん!ところで!」
周囲の慌しさとは裏腹に、マーブルは淡々と話を続けた。
「上から頼まれてきた!そうでなきゃ、オレはここにはいない!ドクターだけ限定して、聞いとけ!」
「みんな、ほっとけ!」僕は指示した。
「中央に処置台置いて、周囲に2人ずつ患者を配置、か。ハカセの<Y字体型>じゃないか。マネしいが!」
眼科医は脈の戻った患者を運び始めた。
「いけてるいけてる!病棟へ上げよう!」
ナースらが続く。蘇生は成功したようだ。
しかしピートのほうはかなり困難を極めた。
「ダメだ。死亡確認・・・家族は?」
「おいどうなんだマーブル!」僕は叫んだ。
「オレは患者を持ってない。だから分からん」
「人殺し病院・・・!」
僕は恨みを込めるように、胸部を殴打した。
「戻れ!もどれ!」
モニターはフラットのまま。病名も不明のままだ。
慎吾が戻ってきた。
「ザーだ!ザー!くも膜下出血!」
「呼吸はまだいけるか?」僕は聞いた。
「さっきはよかったぜ?」
「顔色、見てみろ!」
「あっ・・・」
「バカが!」アンビューしながら酸素飽和度は・・
「医長!ダメだ!測定できねえよ!」
「CTのとき、お前何してた!」
「これでは!脳外科どころじゃないな!」
「ハッハッハッ!おいおいおい!大丈夫かお前ら!」
マーブルは高らかに笑った。
「もう帰るが。事務長」
「はい・・」事務長は遠くから睨んでいた。
「奈良の病院の件は、すまなかった。あまり根にもつな。あとはハカセがうまいことやってる」
「非常識な!」
「だが知ってるぞ。新たに病院建てて、それに対抗しようなんざ・・」
「なんです?それを言うために来たのですか?」
「警告だ。け!い!こ!く!」
「もう来ないでください!」
「お前らもいい加減!気づけよ!ここの道具に成り下がって!うちならいつでも歓迎する!」
SAHの患者は呼吸器につながれた。脈は安定している。
「慎吾!ちゃんとしろ!」
「親みたいに何なんだよアンタは!オレだってやってる!ちゃんとやってるんだよ!」
やはり僕と彼は、水と油だった。
1台目を診たザッキーは、超音波をどかした。
「かなりの高齢者。腹部からウージングしています」
「腹部から漏れてる?何が?」僕は超音波のビデオを巻き戻し再生した。
「腹部大動脈・・・ここです」
「これは・・・!」
腹部大動脈に解離があり、それをたどると・・・
「外へ漏れてるじゃないか・・・!」
「相当な大きさの動脈瘤。そして解離」
「その割に、バイタルは保たれてるのか」
「貧血をたどっていくうちに。すみませんが、帰りますよ」
「待てよ。みんなまだ残ってる」
「僕1人でやったんですよ?あとは当直医にやらせましょう!」
「今日の当直医はな。大学の精神科の先生で」
「でも当直で入ってるわけじゃないっすか!」
ザッキーの怒りが爆発した。
「そうだけど。ザッキー。今日は特別なんだ」
「オレだって、どうしてもって用事があるんです!合コンっていうのはね!違うんです!」
「あ、ああ」
「医長に言ってもね!いいですからもう!」
ザッキーはしばらく下を向いていた。
「・・ですが。ですが今日は。今日はもうちょっと残ります」
「ありがと。すまんな!」
「合併症がありすぎでオペにはならないので・・止血剤など追加の指示を出します」
イレウス循環不全は、すでにベッドに移された。ナースが病棟に申し送っている。
「・・とのことです。指示は後から出ると思います。ですよね医長?」
「ん?ああ。もうちょっと残ってるから、何かあったら呼んで」
振り向くと、マーブルはさっそうとビップ救急車に飛び乗った。
「あいつ・・・!」
「医長先生!」弥生先生が検査伝票を持ってきた。
「結果か。痙攣は?」
「おさまってます」
「・・・・ナトリウム、低いな。これによる痙攣か」
「なぜ低いんでしょうか」
トシキがその患者から離れた。
「医長先生。AMIです」
「なに?」
「低ナトリウムは、心不全によるものでしょう」
「浮腫がひどいが・・超音波、見えたのか?」
「大まかですが。遠藤・弥生先生も、12誘導は確認してよ!」
僕は心電図を確認した。
「胸部誘導はすでにQSパターン。STは上がったままだ。心臓は瘤(りゅう)になってたか?」
「その部分だけは見えました」
「予後は厳しいな・・」
その患者も病棟へ運ばれていった。モニター音も徐々に消え、各種医療器械の電源も切られていく。
妙な静けさだけが残った。
みな帰り、事務長と僕だけになった。
「医長先生。マーブルっていうあの医者」
「ああ、知ってる。トシキの先輩だった奴。傭兵ってあだ名だろ?」
「真珠会ではナースらをブイブイいわせてるとか」
「だる・・・なんだよそれ」
「医長先生。奈良の病院ではなにとぞ!」
「えっ?やっぱオレ、行くの?」
「ははっ」事務長はやけに腰をかがめた。
「オレでいいのか?」
「医長先生が適任者でして」
「なんでオレが?」
「しばらくの滞在です。独身者のほうが・・・それと何よりも」
「?」
「敵側の病院院長ね。ユウキ先生のもと親友ですよね」
「親友?ハカセがか?だったかな・・」
そういう理由か・・。まあ納得した。
「事務長。悔しかったのか・・・?」
「ええ。経営者もかなりお怒りで」
「でもこれだけは言っておく。オレは、いや、俺たちは・・・」
開けっ放しのドアの向こう、次々と去る救急車を目で追いかけた。白衣は血やゼリーなど汚れだらけ、床にも注射器などが散乱している。
「道具なんかじゃ、ない・・・!」
「医長!やっぱりダメだ!300ジュールでDC!」
「離れろって!」近くのナースをどかす。「いけ!ピート!」
「まだ充電が・・よしきた!」
ズドン、と患者が一瞬、浮いた。
ピートはモニター凝視、僕は手首で脈。
「ダメだピート。もう1回だ。ボスミン2アンプル投与後もう1回!」
「ああ。ナース!点滴にイノバン追加どうした?」
4台目で弥生先生らに託した患者。軽症だとは思うが・・。
体中がパンパンに浮腫っている女性患者だ。
「医長先生すみません。点滴が入らなくて」弥生先生の手元に5〜6本のエラスター針。
「だから、オレに謝るなって・・!」モニターを確認しつつ、IVHの準備・・。
「呼吸が弱いな。この人もアポ(卒中)か?うわ!」
痙攣が始まった。遠藤先生にアンビューを放り投げ・・・カートに飛びつきセルシンを吸う。
「ここ、こういうのも準備しておかないとな!」
IVH針をそけい部より挿入、逆流を確認しワンショット投与。
「首は太すぎ!肺はつつきたくないし・・・!どうだ!」
引き続き、IVHカテーテルを挿入。いずれも日常的な行為だが、そのときの心拍数が違う。
「遠藤!呼吸に影響してないか注意!ゴマちゃん!」
「へえい!」僕は彼に動脈血ガスを採取した注射器を投げ、受け取る。
「電解質が知りたい!特に!あとで電話で!」
「大丈夫!ここで測定だからすぐ判る!」
「これもな!」眼科医が検体を投げ、中央でゴマちゃんがまた受け取る。
あちこちから投げられてくる。ゴマちゃんはそれを落ち着きながらもポンポン受け取っていく。
「じゃあいいか?第一陣、まわすぞ!」
その場の遠心機が回りだす。
さきほどのマーブルという医者が、見下ろしている。
「さあ頼むぞ!君たち!おいトシキ!」
「うっ?」トシキは別患者にとりかかっていた。
「立派になったな。だが医長を降りたとか?」
「槙原先生・・・」
「お前らしいな。しょせん、長続きはせん!ところで!」
周囲の慌しさとは裏腹に、マーブルは淡々と話を続けた。
「上から頼まれてきた!そうでなきゃ、オレはここにはいない!ドクターだけ限定して、聞いとけ!」
「みんな、ほっとけ!」僕は指示した。
「中央に処置台置いて、周囲に2人ずつ患者を配置、か。ハカセの<Y字体型>じゃないか。マネしいが!」
眼科医は脈の戻った患者を運び始めた。
「いけてるいけてる!病棟へ上げよう!」
ナースらが続く。蘇生は成功したようだ。
しかしピートのほうはかなり困難を極めた。
「ダメだ。死亡確認・・・家族は?」
「おいどうなんだマーブル!」僕は叫んだ。
「オレは患者を持ってない。だから分からん」
「人殺し病院・・・!」
僕は恨みを込めるように、胸部を殴打した。
「戻れ!もどれ!」
モニターはフラットのまま。病名も不明のままだ。
慎吾が戻ってきた。
「ザーだ!ザー!くも膜下出血!」
「呼吸はまだいけるか?」僕は聞いた。
「さっきはよかったぜ?」
「顔色、見てみろ!」
「あっ・・・」
「バカが!」アンビューしながら酸素飽和度は・・
「医長!ダメだ!測定できねえよ!」
「CTのとき、お前何してた!」
「これでは!脳外科どころじゃないな!」
「ハッハッハッ!おいおいおい!大丈夫かお前ら!」
マーブルは高らかに笑った。
「もう帰るが。事務長」
「はい・・」事務長は遠くから睨んでいた。
「奈良の病院の件は、すまなかった。あまり根にもつな。あとはハカセがうまいことやってる」
「非常識な!」
「だが知ってるぞ。新たに病院建てて、それに対抗しようなんざ・・」
「なんです?それを言うために来たのですか?」
「警告だ。け!い!こ!く!」
「もう来ないでください!」
「お前らもいい加減!気づけよ!ここの道具に成り下がって!うちならいつでも歓迎する!」
SAHの患者は呼吸器につながれた。脈は安定している。
「慎吾!ちゃんとしろ!」
「親みたいに何なんだよアンタは!オレだってやってる!ちゃんとやってるんだよ!」
やはり僕と彼は、水と油だった。
1台目を診たザッキーは、超音波をどかした。
「かなりの高齢者。腹部からウージングしています」
「腹部から漏れてる?何が?」僕は超音波のビデオを巻き戻し再生した。
「腹部大動脈・・・ここです」
「これは・・・!」
腹部大動脈に解離があり、それをたどると・・・
「外へ漏れてるじゃないか・・・!」
「相当な大きさの動脈瘤。そして解離」
「その割に、バイタルは保たれてるのか」
「貧血をたどっていくうちに。すみませんが、帰りますよ」
「待てよ。みんなまだ残ってる」
「僕1人でやったんですよ?あとは当直医にやらせましょう!」
「今日の当直医はな。大学の精神科の先生で」
「でも当直で入ってるわけじゃないっすか!」
ザッキーの怒りが爆発した。
「そうだけど。ザッキー。今日は特別なんだ」
「オレだって、どうしてもって用事があるんです!合コンっていうのはね!違うんです!」
「あ、ああ」
「医長に言ってもね!いいですからもう!」
ザッキーはしばらく下を向いていた。
「・・ですが。ですが今日は。今日はもうちょっと残ります」
「ありがと。すまんな!」
「合併症がありすぎでオペにはならないので・・止血剤など追加の指示を出します」
イレウス循環不全は、すでにベッドに移された。ナースが病棟に申し送っている。
「・・とのことです。指示は後から出ると思います。ですよね医長?」
「ん?ああ。もうちょっと残ってるから、何かあったら呼んで」
振り向くと、マーブルはさっそうとビップ救急車に飛び乗った。
「あいつ・・・!」
「医長先生!」弥生先生が検査伝票を持ってきた。
「結果か。痙攣は?」
「おさまってます」
「・・・・ナトリウム、低いな。これによる痙攣か」
「なぜ低いんでしょうか」
トシキがその患者から離れた。
「医長先生。AMIです」
「なに?」
「低ナトリウムは、心不全によるものでしょう」
「浮腫がひどいが・・超音波、見えたのか?」
「大まかですが。遠藤・弥生先生も、12誘導は確認してよ!」
僕は心電図を確認した。
「胸部誘導はすでにQSパターン。STは上がったままだ。心臓は瘤(りゅう)になってたか?」
「その部分だけは見えました」
「予後は厳しいな・・」
その患者も病棟へ運ばれていった。モニター音も徐々に消え、各種医療器械の電源も切られていく。
妙な静けさだけが残った。
みな帰り、事務長と僕だけになった。
「医長先生。マーブルっていうあの医者」
「ああ、知ってる。トシキの先輩だった奴。傭兵ってあだ名だろ?」
「真珠会ではナースらをブイブイいわせてるとか」
「だる・・・なんだよそれ」
「医長先生。奈良の病院ではなにとぞ!」
「えっ?やっぱオレ、行くの?」
「ははっ」事務長はやけに腰をかがめた。
「オレでいいのか?」
「医長先生が適任者でして」
「なんでオレが?」
「しばらくの滞在です。独身者のほうが・・・それと何よりも」
「?」
「敵側の病院院長ね。ユウキ先生のもと親友ですよね」
「親友?ハカセがか?だったかな・・」
そういう理由か・・。まあ納得した。
「事務長。悔しかったのか・・・?」
「ええ。経営者もかなりお怒りで」
「でもこれだけは言っておく。オレは、いや、俺たちは・・・」
開けっ放しのドアの向こう、次々と去る救急車を目で追いかけた。白衣は血やゼリーなど汚れだらけ、床にも注射器などが散乱している。
「道具なんかじゃ、ない・・・!」
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