サンダル医長 火曜日 ? エンパイヤ STROKE BACK
2006年7月10日なんとか1つずつ申し送りを処理。夜中の11時半になってしまった。
奥で休憩していると、深夜帯のナースが2人やってきた。
「わんばんこ先生」また高齢オークだ。
「だる。オレのマネすんなよ?」
「ん?お菓子のにおいがする」
「うわ。よく分かったな」
「わての分は?」
「あんたの分?ないよ。みんなで食べた」
「ブヒブヒ。あとで何を買ってくれるのかな?」
「買わん買わん!わしはもう帰る!」
ここに長居すると、いろいろ延々と頼まれるだけだ。
帰るのが得策だ。
「じゃ」
「ああ!」そういって入ってきたのは白衣の・・・当直のドクターだ。まだ若い精神科の先生だ。
「ああ、ご苦労さんです。よろしくお願いし・・」
「ああ!帰る?帰るんですか?」若い坊ちゃん先生は、泣きそうな顔で前にふさがった。
「え、ええ。帰ります。明日もあるんで・・」
「いやあ、よかったよかった!申し送りとかまでいろいろ聞いてくださって!」
「いや。さっきつかまったもので」
「いやあ、僕は運がいいなあ」
「はは・・・では」
彼を後ろにし、廊下へと出かかった。
ガラスごしに、先程のばあさんの病室をのぞく。
「ばあさん、まだ起きてるのか?」
「コール鳴りっ放しで」中年ナースは書き物をしている。深夜帯への申し送りか。
「なんか・・・叫んでないか?」
口を開けて、大声で叫んでそうな表情だ。
「でもコール、ないですよ」ナースは僕を見上げた。
精神科ドクターも覗き込んだ。
「なんでしたら、不穏の指示などを出しましょうか?」
僕とナースは、その場一瞬固まった。
「おいやべえ!」僕はダン、と駆け出し重症部屋に突入した。
「え?なに?」精神科医もついてきた。
ナースは物品を取りに走る。
ばあさんのベッドへ。
「くそ!なんで!」僕は部屋のアンビューを取り出し、ばあさんの口にあてがった。
「どうしたんですか?」精神科医はアタフタ足踏みした。
「たぶんラプチャー(心破裂)だ!」
「ラプ・・・?」
ナースが板を持ってきて、患者の背中に敷いた。患者は・・口・目を開けたまま。
自発呼吸はない。
「ばあさん!おいばあさんよ!」
言いながら、喉頭鏡を取り出す。
「先生!するか?」精神科の先生に呼びかける。
「え?自分が?挿管を?」彼に喉頭鏡と挿管チューブが渡された。
ナースは心臓マッサージ。ベッドが垂直に一定間隔で上下する。
僕は精神科医の横で補助。
「こうやって喉頭を覗いて・・!」
「え、ええ!したことありますから!」左手の喉頭鏡のブレードをググッと上にえぐる。
「なら早くして!」
「原因は?」
「君は挿管だけ集中してりゃあいい!」
「見えた!ちゅ、チューブチューブ!」
「右手に!」
精神科医はハッと気づき、右手の挿管チューブをゆっくり進めた。
「上から?横から?」
「真横から!見ながら!ちゃんと!」
「・・・・・・これか?」
アンビュー、聴診器で確認。
「よし!入ってる!」僕は次の作業へ。
しかし、モニターでの波形はみられてない。
「ボスミンの用意だ!DCはあるか?」
精神科医にボスミン入り注射器が渡された。
「い、いきます!」
「DC!300ジュール!離れとけよ!」
プン、と体が左右に揺れた。しかし・・
「ダメだ。戻らない。360に上げよう」
挿管チューブは人工呼吸器につながれた。
僕の渡したメモ通りに設定されていく。
深夜帯もかけつけていて、人手は十分足りていた。
「主治医のトシキ先生、呼びました!ただいま実家だそうで・・・」中年ナースが飛び込んできた。
「1!2!3!4!・・・・実家?芦屋に?」
「ここまで来るのに、時間はかなりかかりそうです」
「この患者さんの家族は?」
「向かってます!」
「マッサージ、代わります!」精神科医が代わってくれた。
「頼みます。・・・・先生、マッサージは手のひらの中心でなく、この根元の手首近くの部分で!」
「あ、ああ。ここね!はいはい!」
カルチコール、メイロンなど次々と投与はされていくが・・・
「ダメだ。ぜんぜん手ごたえがない・・・やはりラプチャーなんだろう」
家族がすぐに到着、<長男の嫁>が入ってきた。
精神科医がマッサージする中、僕と嫁はいったん詰所に出た。
ナースらは申し送り中。
「突然のことだったようです。心臓がいきなり」
「止まったんですね。トシキ先生からはそうなるかもしれないって」
「心臓破裂。心筋梗塞を起こした部分の壁が破れて、血液が外に」
「もうかわいそうですから・・・」
「・・・分かりました。では処置はそろそろ切り上げを」
「長男は仕事で遠方なので。話は私が」
僕らは再び病室へ。
「マッサージをいったん中止して」
精神科医は大汗をぬぐい、手をひっこめた。
モニターはやはり・・・フラットのままだ。
「同じです。反応がありません」
瞳孔を確認していく。
「瞳孔にも反応がない・・」
嫁は、義理の母親の顔を覗き込んだ。
「ばあちゃん、ようく頑張った頑張った。な、いいよな。いいよな」
「・・・・・」
「もう逝こうや。なあもう逝こうや」
なんというか、冷ややかなのか落ち着いているというか・・・
僕は時計を確認した。
「ご・・ご臨終です。死亡時刻は0時47分」
「どうも」
無表情の嫁は、そのまま廊下へ。緑電話に向かったが、また戻ってきた。
「すんません。お金、持ってきてなくて」
「で、ではこれを」急でもあり、僕はテレホンカードを差し出した。携帯に切り替えていても、電源切れに際して持っていた。
電話を家につなぐなり、その嫁は・・・
「うわあああ!うわあああ!あんた母さんが!母さんが!」いきなり泣き崩れた。
精神科医は詰所でカルテを見ていた。
「いろいろと勉強させていただいて・・」
「あの嫁さん。いきなり泣き出した。我慢してたのか・・・?」
「いやいや。先生。嫁っていうのはね。しょせん他人なんです」
「そ、そうなんですか」
「わたし、結婚して3年目ですがね。できちゃった結婚で」
「そ、そこまで聞いては・・」
「するとね。いろいろ分かるんですよ!」
電話を元に戻すと、嫁はテレホンカードを詰所のテーブル上にプッと放った。
無表情で、泣き顔の余韻もない。
「嫁の仕事は大変でしょうからね。でも・・」
「あんなもん!あんなもん!」精神科医は妙に納得していた。
「女は怖いですね。いろいろあります」
「でしょ?でしょ?先生も?」
僕らは妙に気があった。
僕は立ち上がり、帰る支度にかかった。
「主治医のトシキには電話しておきます。先生、すみませんが見送りなどを・・」
「ええ!あとはしときます!でも先生!」
「え?」
「また何かありましたら何とぞ・・・!」
精神科医は深々と、頭を下げた。
しかし、こちらもいつ世話になるか分からない。将来のことも含めて?
「いえいえ。こちらこそ・・・!」
亡くなったばあさんではないが、僕らは背を丸めすぎた・・・
それこそ円背(えんぱい)というくらいに。
奥で休憩していると、深夜帯のナースが2人やってきた。
「わんばんこ先生」また高齢オークだ。
「だる。オレのマネすんなよ?」
「ん?お菓子のにおいがする」
「うわ。よく分かったな」
「わての分は?」
「あんたの分?ないよ。みんなで食べた」
「ブヒブヒ。あとで何を買ってくれるのかな?」
「買わん買わん!わしはもう帰る!」
ここに長居すると、いろいろ延々と頼まれるだけだ。
帰るのが得策だ。
「じゃ」
「ああ!」そういって入ってきたのは白衣の・・・当直のドクターだ。まだ若い精神科の先生だ。
「ああ、ご苦労さんです。よろしくお願いし・・」
「ああ!帰る?帰るんですか?」若い坊ちゃん先生は、泣きそうな顔で前にふさがった。
「え、ええ。帰ります。明日もあるんで・・」
「いやあ、よかったよかった!申し送りとかまでいろいろ聞いてくださって!」
「いや。さっきつかまったもので」
「いやあ、僕は運がいいなあ」
「はは・・・では」
彼を後ろにし、廊下へと出かかった。
ガラスごしに、先程のばあさんの病室をのぞく。
「ばあさん、まだ起きてるのか?」
「コール鳴りっ放しで」中年ナースは書き物をしている。深夜帯への申し送りか。
「なんか・・・叫んでないか?」
口を開けて、大声で叫んでそうな表情だ。
「でもコール、ないですよ」ナースは僕を見上げた。
精神科ドクターも覗き込んだ。
「なんでしたら、不穏の指示などを出しましょうか?」
僕とナースは、その場一瞬固まった。
「おいやべえ!」僕はダン、と駆け出し重症部屋に突入した。
「え?なに?」精神科医もついてきた。
ナースは物品を取りに走る。
ばあさんのベッドへ。
「くそ!なんで!」僕は部屋のアンビューを取り出し、ばあさんの口にあてがった。
「どうしたんですか?」精神科医はアタフタ足踏みした。
「たぶんラプチャー(心破裂)だ!」
「ラプ・・・?」
ナースが板を持ってきて、患者の背中に敷いた。患者は・・口・目を開けたまま。
自発呼吸はない。
「ばあさん!おいばあさんよ!」
言いながら、喉頭鏡を取り出す。
「先生!するか?」精神科の先生に呼びかける。
「え?自分が?挿管を?」彼に喉頭鏡と挿管チューブが渡された。
ナースは心臓マッサージ。ベッドが垂直に一定間隔で上下する。
僕は精神科医の横で補助。
「こうやって喉頭を覗いて・・!」
「え、ええ!したことありますから!」左手の喉頭鏡のブレードをググッと上にえぐる。
「なら早くして!」
「原因は?」
「君は挿管だけ集中してりゃあいい!」
「見えた!ちゅ、チューブチューブ!」
「右手に!」
精神科医はハッと気づき、右手の挿管チューブをゆっくり進めた。
「上から?横から?」
「真横から!見ながら!ちゃんと!」
「・・・・・・これか?」
アンビュー、聴診器で確認。
「よし!入ってる!」僕は次の作業へ。
しかし、モニターでの波形はみられてない。
「ボスミンの用意だ!DCはあるか?」
精神科医にボスミン入り注射器が渡された。
「い、いきます!」
「DC!300ジュール!離れとけよ!」
プン、と体が左右に揺れた。しかし・・
「ダメだ。戻らない。360に上げよう」
挿管チューブは人工呼吸器につながれた。
僕の渡したメモ通りに設定されていく。
深夜帯もかけつけていて、人手は十分足りていた。
「主治医のトシキ先生、呼びました!ただいま実家だそうで・・・」中年ナースが飛び込んできた。
「1!2!3!4!・・・・実家?芦屋に?」
「ここまで来るのに、時間はかなりかかりそうです」
「この患者さんの家族は?」
「向かってます!」
「マッサージ、代わります!」精神科医が代わってくれた。
「頼みます。・・・・先生、マッサージは手のひらの中心でなく、この根元の手首近くの部分で!」
「あ、ああ。ここね!はいはい!」
カルチコール、メイロンなど次々と投与はされていくが・・・
「ダメだ。ぜんぜん手ごたえがない・・・やはりラプチャーなんだろう」
家族がすぐに到着、<長男の嫁>が入ってきた。
精神科医がマッサージする中、僕と嫁はいったん詰所に出た。
ナースらは申し送り中。
「突然のことだったようです。心臓がいきなり」
「止まったんですね。トシキ先生からはそうなるかもしれないって」
「心臓破裂。心筋梗塞を起こした部分の壁が破れて、血液が外に」
「もうかわいそうですから・・・」
「・・・分かりました。では処置はそろそろ切り上げを」
「長男は仕事で遠方なので。話は私が」
僕らは再び病室へ。
「マッサージをいったん中止して」
精神科医は大汗をぬぐい、手をひっこめた。
モニターはやはり・・・フラットのままだ。
「同じです。反応がありません」
瞳孔を確認していく。
「瞳孔にも反応がない・・」
嫁は、義理の母親の顔を覗き込んだ。
「ばあちゃん、ようく頑張った頑張った。な、いいよな。いいよな」
「・・・・・」
「もう逝こうや。なあもう逝こうや」
なんというか、冷ややかなのか落ち着いているというか・・・
僕は時計を確認した。
「ご・・ご臨終です。死亡時刻は0時47分」
「どうも」
無表情の嫁は、そのまま廊下へ。緑電話に向かったが、また戻ってきた。
「すんません。お金、持ってきてなくて」
「で、ではこれを」急でもあり、僕はテレホンカードを差し出した。携帯に切り替えていても、電源切れに際して持っていた。
電話を家につなぐなり、その嫁は・・・
「うわあああ!うわあああ!あんた母さんが!母さんが!」いきなり泣き崩れた。
精神科医は詰所でカルテを見ていた。
「いろいろと勉強させていただいて・・」
「あの嫁さん。いきなり泣き出した。我慢してたのか・・・?」
「いやいや。先生。嫁っていうのはね。しょせん他人なんです」
「そ、そうなんですか」
「わたし、結婚して3年目ですがね。できちゃった結婚で」
「そ、そこまで聞いては・・」
「するとね。いろいろ分かるんですよ!」
電話を元に戻すと、嫁はテレホンカードを詰所のテーブル上にプッと放った。
無表情で、泣き顔の余韻もない。
「嫁の仕事は大変でしょうからね。でも・・」
「あんなもん!あんなもん!」精神科医は妙に納得していた。
「女は怖いですね。いろいろあります」
「でしょ?でしょ?先生も?」
僕らは妙に気があった。
僕は立ち上がり、帰る支度にかかった。
「主治医のトシキには電話しておきます。先生、すみませんが見送りなどを・・」
「ええ!あとはしときます!でも先生!」
「え?」
「また何かありましたら何とぞ・・・!」
精神科医は深々と、頭を下げた。
しかし、こちらもいつ世話になるか分からない。将来のことも含めて?
「いえいえ。こちらこそ・・・!」
亡くなったばあさんではないが、僕らは背を丸めすぎた・・・
それこそ円背(えんぱい)というくらいに。
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