サンダル医長 火曜日 ? 帰らせてくれ・・・
2006年7月11日真夜中、駐車場を出て・・夕食か夜食か分からない食事にありつく。こんな時間帯なので、寄るところは限られる。
ロイヤルホストに車を停め、店に入る。
「おひとりさま、ですか?」
「だる・・・悪かったな」
店員に導かれ、禁煙席へ。定食を注文、トイレ(大)へ。
しばらくすると、電話が鳴ってきた。携帯電話用イヤホンで会話。
「もしもし!トシキか!」
『先輩、ありがとうございました』
「たぶんラプチャーだったと思うがな」
『一通りの処置までしていただいて・・』
「ああ、あれな。当直医がいろいろ手伝ってくれたよ」
『そろそろ見送りに行ってきます。それと・・・』
「お前・・今、医局か?」
『これは全然、関係ない件なんですが・・・』
「おお?なんだ?」
『もう1回、医長室で探し物してもよろしいでしょうか』
「探しもの・・・」
思い出した。この男、今度こそエロビデオ(DVD)を回収するつもりだ。
しかしDVDは元の場所(本棚引き出し)に戻してない。僕の机の上だ。
『医長先生の、ドアの暗証番号は・・・』
「そ、それは・・・教えられないな」
『僕のときとは違うんですよね?』
「あ、ああ。変更してある」
『口外しませんので』
「や、やばいよ。やばいって」
「おいボウズ!」
トイレの外で、酔ってる奴がいる。
「はよ、済まさんかい!」
「は、はい!しばらく!」
『先輩。どこにいるんですか?』
「関係ないだろ!」
「おい?お前、今、何言うたコラ?」
外のオッサンはドアをコンコンコン、と連打した。
「で、出ます出ます」
『暗証番号は後で変更したらいいじゃないですか?』
「ちょっと待て。待てったら」
「なんやお前。出る言うたり、待てって言うたり。なめとんか?」
オッサンに怒りがこみあげてきた。
「明日の午前中な。無料開放してやるから。それまで待て」
『待てないです!大事なものなんです!』
「ぷっ・・・!」危うく笑いかけた。
「なんやおい。大きなオナラしおって!おいコラ!」
オッサンは今度は脚で蹴り始めた。
トシキはそれでもしつこかった。
『いや、実は知ってるんですよ先輩』
「何を?」
『先輩、ここ2日医長室に入る前に決まって・・・いつも唱えてるじゃないですか?』
「な。聞いてたのか?」
『オープン、サシミ!』
「ああっ?バカ!」
「こらこら!出てこい!ああ!こっちは腹痛いんじゃあコラア!」
オッサンはかなり焦っている。
「トシキ。暗証番号知ってても開けるな。法律違反だぞ」
『別に盗みに入るわけでは・・』
「頼む!お前のためだ!」
『5分で出ます。ガチャ』
「おい!・・・おい!」
「くあああ!ぐあああ!ええ加減にせえや!」
オッサンはのたうちまわっている。
「困ったな・・そうだ!」阻止するため、病院へ電話。
『事務当直ですう』
「ユウキです。こんばんは!おじさん!」
『ははあ。なんでっか』
「医長室に侵入者あり!」
『・・いや、誰もおりませんがな』
「適当に言うな!」
『出入り口は鍵かけてますさかい』
「それがな。いるんだよ!」
『あ。誰か来た。患者さんやな』
「おい!頼むから!」
『ちょっと30分ほどお待ちくだされ。ブツッ』
「ああっ・・・!」
たぶんトシキは今ごろ・・・自分が隠したはずのDVDが見つかっているのを悟っているだろう。
しかし、明日気まずいまま仕事を始めるのだけは避けたい。
僕はイヤホンをポケットに直した。
「ユウキ医長、出る!」
やっと便が出て、リラックスしたのもつかの間。
「うおお〜!うおお〜!」
外では阿鼻叫喚が。だが待つわけにもいかない。
ここは男らしく・・・。
ドアを開けた。
「すみませんでした。実はどうしても仕事・・・ん?」
ヤクザ風のオッサンは、目を血走らせたまま直立している。
「は、はよ・・・そこどけやそこ」
「?はいはい」僕はドアを出てサッと横によけた。
オッサンは両脚をひっつけたまま、ピョンピョンとトイレの中に入っていった。
「はあはあ。ありがとう!ぐあ!」
力み始めた。僕は手を荒い、駆け足で出口へ向かった。
「あとでまた戻ります!」
急いで車に乗り込み、急発進。
「トシキ!こんなつまらんことで怒るなよ!」
急発進したはずみで、後部座席の書類や本が、すべて崩れ落ちていた。
病院裏玄関の駐車場へ。
車を斜めに停め、猛ダッシュで駆け抜け、ポケットから裏口玄関の鍵を取り出す。
「はあはあ!ん?」
裏玄関前にはちょうど、大きなバンが止まっている。
「そうか。亡くなったばあさんの、お見送りだ・・・!」
私服ながら、僕もそこまで駆けつけた。さっきの嫁がいる。気のせいだと思いたいが、笑顔だ。
準夜ナースと何か話している。どうやら友達になったようだ。
トシキが・・・いた。バックランプで顔が赤く浮かび上がる。
「はあ!はあ!トシキ!」
「先輩?なぜ?」
「入ったのか?部屋?」
「入ろうとしたら、見送りですよとの電話が」
「はあはあ、よかった!」
「先輩。何か見られたらヤバイものでも・・?」
それはお前だろうが・・・!
「そうではない。オレも忘れ物があって。そんで」
「みなさん。どうもありがとう!」嫁が笑顔でおじぎした。
みな、コクッと頭を下げる。
バンはゆっくりと走り出し、僕らは黙祷した。
バンは夜の闇に消えていく・・・。
「おいトシキ、もう帰れ」
「いや、自分は泊まります」
「帰れよ!」
「実家の芦屋から来たんです」
「海の方面から?」
「芦屋といっても、山芦屋のほうですから。海芦屋と山芦屋をいっしょにしないでください」
「ひでえ・・・スレッガーさん。ひでえ!ひでえよ!」
僕らは医局まで歩いた。
トシキは医局の中に入りかけた。
「自分はソファで寝ますので・・・」
「悪かったな。探し物は悪いけど、朝になってからにしてくれ!」
「じゃあ先輩は医長室で泊まりですか?」
「う、うん。オレもここで寝るわ。明日の朝、勝手に開けな。例の番号で」
「オープンサシミですよね。ではおやすみなさい!」
廊下を歩き、医長室へ。
「はああ・・・なんで戻ってきたんだよ」
と言いつつ、暗証番号を・・・ピッピッと変更。
「くふふ・・・いい国作ろう鎌倉幕府!はっ?」
周囲を見回す。誰にも聞かれていない・・ようだ。
「待て待て。バレにくいのがいいな。<ひとさんざん喜ぶ(1334)、建武の新政>!でどうだ!」
医長室内、エロDVDを所定の・・・もとの位置に。
「だる・・・」
引き出しをパタンとしまい、任務完了。
「あのバカ。はやく持ってけ!」
しかし、手がまた引き出しにかかった。
「?・・見てみようかな・・・・?いやいかんいかん!」
電気を消し、レオンのようにイスに座る。寝ようと試みたはいいが・・・。
廊下のほう、何か聞こえてしようがない。病棟からの反響音など。
「ああダメだ!休んだ気になれない!」
我慢できず立ち上がり、やはり帰ることに。やはりいったん職場から離れたかった。
「あ〜あ!家(アパート)のほうがええ!家が!」
即効で部屋を出た。裏に行くはずが、ついつい表玄関へ。
「こんばんは、事務当直さん。帰ります」
「あ。先生。不審者、どうなりました?いました?」
「だる・・・それでも当直かよ」
「大丈夫だったみたいでんな?」
「も、ええです・・・」
遠回りで裏玄関へ。ヨレヨレのまま車に乗り込んだ。
「も、帰る。絶対に。帰る」
徐行しながらも、なんとかアパートに着くことができた。
ロイヤルホストは・・あれ以降、寄ってない。
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