ダル医長 水曜日 ? 早朝カンファ
2006年7月19日 無限に拡がる、医師過剰大都市群。そこには、様々な医者が満ち溢れていた。
大学に残る者、検診だけでおいしく稼ぐ専業女医、地方に根ざすはずが痴呆に根ざした開業医・・・。
関西ではこの頃から病院間での競争、貧富差が増加し、まさに弱肉強食の時代を迎えていた。
僕らの総合病院「真田会」が「真珠会」と敵対し始めた日々。それでもバブリーな黄金時代は続いていた。
病院経営が安定していた中、僕らは日々診療と近所の犬に追われていた。
病院の職員駐車場に入ってきた、スカイラインGTR。ブオンブオン!と鳴らすたび、五百円玉がチリンチリン、と落ちていく。
それだけこの車の燃費は悪い。
ガオオン!と不必要な空ぶかし。職員駐車場に停車。
キーを抜き、ドアを開ける。そして・・・
「だるう〜!」筋肉痛で、すぐに降りられない。1関節ずつ、ゆっくり動かす。
それでも片手に握っている朝マックの袋。
「ガ、ガマンできずにジュースは飲んでもた・・・!」
2001年。水曜日。
それでも周囲をくまなく点検。傷はなし。ハトの糞は経過観察。
<ザビタン、へいへい>の落書きは消した・・・あとは何も書かれてない。
そして病院のウラ玄関から入る。駐車場には外車など高級車の陳列。車がどんどん代わっている。
「へっ!どうせオレは・・・!以下同文!」
入り口でサンダルに履き替え。足跡がペタンペタンと響く。
「あ〜!だるだるだる!スレッガーさん、ダルい。ダルいよ?」
エレベーターを利用。番号、<閉>をヒジで押す。
少しずつ復活してくる脳細胞に食細胞にNK細胞。
途中で買うコーヒー。ピピピとなるが、やはり「ハズレ」。
平和な生活が続いていた。
医局のドアを開けようとした手が、止まる。
「あ、そうか・・こっちじゃないや」
方向転換し、テケテケと廊下の隅へ歩いていく。<医長室>の暗証番号を押す。
「オープン、サシミ!あれ?」
ウンともスンともニンとも言わない。
「なんで、開かないんだろ・・・?」
何度も暗証を押す。
2分後、バカな過ちに気づいた。思わず手が額を隠した。
「オッマイマイ・・・ジーザ・・・スッス!」
幸い、周囲は誰もいない。
「・・・でもなんて設定したんだっけ?あそっか。鎌倉幕府!いい国作ろう!1192!」
やはり作動しない。
「年代だったんだよな・・・」
情けないことに、どの年代か思い出せない。
「4ケタだから、1000年以降だってことは確かだよな・・・」
思い出すまで、医局に居座ることにした。
「医局の者どもは・・・!」
カチャ、ドアを開けると・・・
「ユウキ医長!さあ早く!」
トシキが・・・いや、常勤4人、研修2名、みなそこに揃って立っていた!あと1人・・・僕が依頼した放射線科のドクター。
当院では非常勤。僕とほぼ同学年だが4浪していて年上。
「そっか。今はもう朝の7時50分。ひちじごじゅっぷんひちじごじゅっぷん!」
みんな呆気に取られた。慎吾は頭を抱えている。
「・・さ、ほっといて先いきましょうか」
「医長先生、5分遅刻!」トシキが腕時計を正確に読む。
放射線科ドクターは眉をしかめ、シャーカステンの電気をつけた。
「さ!じゃ!やりましょか!」
シローがフィルムを1枚ずつかけていく。胸部CT単純。肺野条件に縦隔条件。肺、心臓。それと周囲の脈管。
写真が掲けられると、みな1歩ずつ歩み寄る。
「(一同)うーん・・・・・」
よくある光景だ。まだ読影してなくても、思わず唸ってしまう場面。
放射医は、頭を1歩退いた。
「あ!うんうん!」
あまりの素早い納得に、僕らは戸惑った。
「はいはいはい・・・はい!」
いかにも<オレはプロだ>といった態度が伺える。
シローは病歴を読む。
「肺の末梢・・・つまり胸壁・肋骨付近にある腫瘤影です。大きさは2X3cm」
「造影しなかったのか?腫瘍を疑うだろう?」僕は聞いた。
「68歳と高齢なので・・まずは造影せずに撮りました。女性です」
「でもこれは肺癌だろな。末梢にあるなら、教科書どおりなら腺癌かな?でも胸水はない・・」
「いやいや、胸水のない腺癌だってありますがな」放射医が横目で見る。
「そりゃそうだけど・・で?シロー。細胞診で何か出たのか?」僕が問う。
「CT生検より、スクアマス(扁平上皮癌)でした」
「えっ?そうなのか・・・教科書どおりにはいかないなあ」
放射医は落ち着いている。
「うん。まあそうでしょうね」
この男、ホントに当てたのか・・・
「でもね、それだけじゃないですよ。先生方」
放射医は長い棒を持ち、次々と指摘した。
「肺動脈が右、若干拡大しとりまんな。心のう液貯留、ははあ、冠動脈の石灰化あるな。大動脈にも。肺野に陳旧性の炎症像、肝臓にはシスト(のう胞)、部位は・・・」
「有意な所見だけ、お願いします」トシキがうっとうしそうだ。
放射医は、無視。
「となると・・・肺高血圧、心タンポナーデ、狭心症、肺炎既往、リバーシスト(肝のうほう)しかし肝癌ルールアウト要といったとこかいな?」
「タンポナーデは言いすぎでしょう?」トシキは呆れていた。
「いやいや、そこは先生方が専門ですから!私は私の意見を述べただけで!」
「違いますよ!」
「違うって・・・所見を私は述べただけで」
「もうやめろ。放射医先生、ご意見ありがとうございます・・・」
僕らは1人ずつ頭を下げ、次の症例へ。
トシキは僕のほうに歩み寄った。
「ユウキ医長。昨日はどうも」
「なに?ああ、サドンデスか」
「見送りはしておきました」
「おい。オレ、昨日来てただろ?」
「あ・・そうでした」
「疲れてるんだな・・お互い」
それとも、これは<年>なのか・・・?
大学に残る者、検診だけでおいしく稼ぐ専業女医、地方に根ざすはずが痴呆に根ざした開業医・・・。
関西ではこの頃から病院間での競争、貧富差が増加し、まさに弱肉強食の時代を迎えていた。
僕らの総合病院「真田会」が「真珠会」と敵対し始めた日々。それでもバブリーな黄金時代は続いていた。
病院経営が安定していた中、僕らは日々診療と近所の犬に追われていた。
病院の職員駐車場に入ってきた、スカイラインGTR。ブオンブオン!と鳴らすたび、五百円玉がチリンチリン、と落ちていく。
それだけこの車の燃費は悪い。
ガオオン!と不必要な空ぶかし。職員駐車場に停車。
キーを抜き、ドアを開ける。そして・・・
「だるう〜!」筋肉痛で、すぐに降りられない。1関節ずつ、ゆっくり動かす。
それでも片手に握っている朝マックの袋。
「ガ、ガマンできずにジュースは飲んでもた・・・!」
2001年。水曜日。
それでも周囲をくまなく点検。傷はなし。ハトの糞は経過観察。
<ザビタン、へいへい>の落書きは消した・・・あとは何も書かれてない。
そして病院のウラ玄関から入る。駐車場には外車など高級車の陳列。車がどんどん代わっている。
「へっ!どうせオレは・・・!以下同文!」
入り口でサンダルに履き替え。足跡がペタンペタンと響く。
「あ〜!だるだるだる!スレッガーさん、ダルい。ダルいよ?」
エレベーターを利用。番号、<閉>をヒジで押す。
少しずつ復活してくる脳細胞に食細胞にNK細胞。
途中で買うコーヒー。ピピピとなるが、やはり「ハズレ」。
平和な生活が続いていた。
医局のドアを開けようとした手が、止まる。
「あ、そうか・・こっちじゃないや」
方向転換し、テケテケと廊下の隅へ歩いていく。<医長室>の暗証番号を押す。
「オープン、サシミ!あれ?」
ウンともスンともニンとも言わない。
「なんで、開かないんだろ・・・?」
何度も暗証を押す。
2分後、バカな過ちに気づいた。思わず手が額を隠した。
「オッマイマイ・・・ジーザ・・・スッス!」
幸い、周囲は誰もいない。
「・・・でもなんて設定したんだっけ?あそっか。鎌倉幕府!いい国作ろう!1192!」
やはり作動しない。
「年代だったんだよな・・・」
情けないことに、どの年代か思い出せない。
「4ケタだから、1000年以降だってことは確かだよな・・・」
思い出すまで、医局に居座ることにした。
「医局の者どもは・・・!」
カチャ、ドアを開けると・・・
「ユウキ医長!さあ早く!」
トシキが・・・いや、常勤4人、研修2名、みなそこに揃って立っていた!あと1人・・・僕が依頼した放射線科のドクター。
当院では非常勤。僕とほぼ同学年だが4浪していて年上。
「そっか。今はもう朝の7時50分。ひちじごじゅっぷんひちじごじゅっぷん!」
みんな呆気に取られた。慎吾は頭を抱えている。
「・・さ、ほっといて先いきましょうか」
「医長先生、5分遅刻!」トシキが腕時計を正確に読む。
放射線科ドクターは眉をしかめ、シャーカステンの電気をつけた。
「さ!じゃ!やりましょか!」
シローがフィルムを1枚ずつかけていく。胸部CT単純。肺野条件に縦隔条件。肺、心臓。それと周囲の脈管。
写真が掲けられると、みな1歩ずつ歩み寄る。
「(一同)うーん・・・・・」
よくある光景だ。まだ読影してなくても、思わず唸ってしまう場面。
放射医は、頭を1歩退いた。
「あ!うんうん!」
あまりの素早い納得に、僕らは戸惑った。
「はいはいはい・・・はい!」
いかにも<オレはプロだ>といった態度が伺える。
シローは病歴を読む。
「肺の末梢・・・つまり胸壁・肋骨付近にある腫瘤影です。大きさは2X3cm」
「造影しなかったのか?腫瘍を疑うだろう?」僕は聞いた。
「68歳と高齢なので・・まずは造影せずに撮りました。女性です」
「でもこれは肺癌だろな。末梢にあるなら、教科書どおりなら腺癌かな?でも胸水はない・・」
「いやいや、胸水のない腺癌だってありますがな」放射医が横目で見る。
「そりゃそうだけど・・で?シロー。細胞診で何か出たのか?」僕が問う。
「CT生検より、スクアマス(扁平上皮癌)でした」
「えっ?そうなのか・・・教科書どおりにはいかないなあ」
放射医は落ち着いている。
「うん。まあそうでしょうね」
この男、ホントに当てたのか・・・
「でもね、それだけじゃないですよ。先生方」
放射医は長い棒を持ち、次々と指摘した。
「肺動脈が右、若干拡大しとりまんな。心のう液貯留、ははあ、冠動脈の石灰化あるな。大動脈にも。肺野に陳旧性の炎症像、肝臓にはシスト(のう胞)、部位は・・・」
「有意な所見だけ、お願いします」トシキがうっとうしそうだ。
放射医は、無視。
「となると・・・肺高血圧、心タンポナーデ、狭心症、肺炎既往、リバーシスト(肝のうほう)しかし肝癌ルールアウト要といったとこかいな?」
「タンポナーデは言いすぎでしょう?」トシキは呆れていた。
「いやいや、そこは先生方が専門ですから!私は私の意見を述べただけで!」
「違いますよ!」
「違うって・・・所見を私は述べただけで」
「もうやめろ。放射医先生、ご意見ありがとうございます・・・」
僕らは1人ずつ頭を下げ、次の症例へ。
トシキは僕のほうに歩み寄った。
「ユウキ医長。昨日はどうも」
「なに?ああ、サドンデスか」
「見送りはしておきました」
「おい。オレ、昨日来てただろ?」
「あ・・そうでした」
「疲れてるんだな・・お互い」
それとも、これは<年>なのか・・・?
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