ダル医長 水曜日 ? 子供のような僕ら
2006年7月19日 胸部レントゲンが左から右へ3枚。古いのが左。
慎吾が進み出る。
「いちばん右のが、当院。前医のが左2枚。50歳男性!」
「(一同)うーん・・・」
「あ!わかった!」放射医は瞬時に判ったようだ。
「さすがですね・・」慎吾は微笑んでいた。
「なるほどね!はいはい!」放射医の、なにげないプレッシャー。試験の最中にも、こんな奴がいた。
「何も変わってないように見えるが・・・もっと近づこうか」歩み寄る。
「近づいても先生、同じでんがな。アハハ!」勝ち誇る放射医。
「パッと目を移したら・・そうだな。肺動脈・大動脈の部位が全体的に拡張・・そうか!」
「はいはい、もう分かった?もういい?」
「あのな・・・」
「もういいですね?慎吾先生。これは縦隔腫瘍でしょ?セミノーマ」
「え?組織型まで分かった・・・?」
「はい以上ね」
トシキは次の写真を掲示。
「47歳女性。腹部エコーはガスが多すぎてよく見えず」
「ははあ、なるほど!」放射医はすぐ判ったようだ。
「まだ途中だ!肝機能に異常はないが、大腸癌検査に際し」
「ははあ。大腸の写真は?」
「ポリープの既往がある。写真はここにはない!」
「ははあ・・・!ないんやね。なるほっど・・・!」放射医は怒られても、妙に納得している。
トシキは呼吸を整えた。
「大腸癌のフォローでCEA測定してたら・・・ポリープ治療にかかわらず上昇がみられてた」
「ははあ、それで・・・うんうん。この人、黄疸あるでしょ?」放射医は腕組みしている。
「ない」
「ほほう!」
「肝臓内部・・・胆管系の拡大がみられる。総胆管も拡張。膵管の拡張はこの写真では不明だ」
「いや先生。膵管は開いてますよ」
「不明なので、MRCPで確認し・・」
「開いてますって!ははは」
トシキは泣きかけながら、ピタッと止まった。
「・・・静かにしてもらえませんか?」
「えっ?どうして?みんな意見、ほら、どんどん言わんと!」
僕らはただトシキの怒りに固まっているだけだった。
「MRCPはこれ。主膵管の途絶が疑われる。この患者さんはPETという検査を受けていました」
「はいはい!ペットねペット!」
「・・・・・・PETでは、腹部には所見はなかったのですが」
「ははは、先生先生。PETを過信したら困りますがなあ!」
「・・・・・」
「PETですべての癌が判るんだったら、わしら廃業でんがな。あんたらもね!はっは!」
「・・・・・僕らは違います」
「おなじおなじ!」
この放射医は・・当時<PET至上主義>だった。トシキはそれを指摘したかったようだが。
僕は胸部CTを出した。
「50代男性。道端に倒れていた」
「外傷はなさそうですなあ!あ!でも血気胸がある!」放射医は少しハイだ。
「右の肺、エヒュージョン(液体)がある。これだけでは胸水か出血かは不明です」
「肋骨は、ははあ・・・ここがあやしいかな!ここが!」
「骨折はないと思いますが」
「ああ、ああ。そうやな!ないな!」
所見としては、それのみ。
「穿刺した。たしかに血性に見えた」
「血胸!けっきょうでんな!次!」
「待てって。で、生化学で検査したら・・ADAが上昇」
「エーディ・・・なに?」
「エーディ・・マーフィ!」
「ああ、ああ。それか!そうやったそうやった!」
遠藤くんら数名が吹き出した。
「放射医先生。間違えました。エーディエー(ADA)です」
「ん?ああ、そっかそっか。いやあ、血液検査のことはよく・・あんたらの領域やがな!」放射医は少し動じた。
「血液じゃなく、胸水。で、これが上昇。診断は明白だ。以上!」
「ははあ、うんうん」放射医は所見を記録・・・・していない。
「所見の記入を。先生」
「うん、まあ。あとでやるわ」放射医は周囲の本を見回した。
「じゃ、次は誰か・・」
「本、本・・・」放射医が本を探すが・・・・・・
「先生。教えましょうか?」トシキは意地悪そうに呟いた。
「いやいや」放射医は本をペラペラめくった。
「<右胸水認める>とか書かないでくださいよ!」
「・・・・・肺結核、と!いちおう、本を見て念を押しましたっと!」
この男ら・・子供みたいに。
「肺結核?どうして胸水が結核という病名に?」トシキがしつこい。
「結核の診断ってとこに!ほら!書いてある!」放射医は動揺していた。
「本を棒読みしたらいかんでしょう。もってのほかです!」
「な・・・あんた何を?」
「診断は、結核性胸膜炎!」
「当たり前でんがな!当たり前すぎて分からんかっただけや!」
放射医は本を床に叩きつけた。
「放射医先生・・トシキも!」僕は注意したが、彼らの顔は真っ赤だった。
医者は意地っ張りが多いな。低レベルなことから始まる。戦争はいつもそうだ。
僕は後ろに振り向き、冷え冷えのハッシュポテトを・・・ようやくかじれた。
ザッキーは1人だけ・・イスに腰掛けて見上げたままだ。
「おいザッキー・・お前からはないのか?症例」
「いえ。いいです。わざわざこんなカンファ開かんでも・・・」
どことなく、冷めた男だった。
「冠動脈造影のフィルム・・」シローが提示。
「(一同)う〜〜〜ん」
「ああ、うんうん」放射医がまた納得。
フィルムは4つに区切られて、いろんな方向での動脈走行。
右冠動脈の起始部に厳しい狭窄あり。左冠動脈は2本に分かれ・・それぞれに軽度の狭窄あり。
「バイパス術するんですね?」放射医は軽く口走った。
「誰がそんなの、するとでも?」トシキは無愛想に答えた。
「いやいや。わしはコロナリーはちょっと分かんないナリー、へへへ・・・」
(沈黙)
トシキはフィルムを指でなぞった。
「右の冠動脈の狭窄は拡張術の適応として、左は・・・2本とも狭窄は軽度」
「ああ。そうやな。そうやそうや。じゃあ1枝病変や!」放射医が割り込む。
「だが、角度を変えて撮影したこの写真」
トシキは別の写真を掲げた。
「一見、軽度の病変でも角度を変えれば・・」
「あらら。この写真では厳しい狭窄やねえ?」放射医がまた割り込み。
「総合的に検討すると、左冠動脈の2本のうち、実は1本は厳しい狭窄ということになる」
「ははあ。これが心カテかー!わし、心カテ弱いですねん」
「そうやって安易な見落としをしたら、治療まで誤ってしまうんだ。うっ・・(泣きかけ)」
(沈黙)
いかん。この男、怒っている。何をかは知らないが、かなり根に持っている。
どうしてこう、他の科の人間達とぶつかりあってばかりなのか。
これは医者の世界全体にいえることなんだが、医局やグループが違うだけで、どうしてこうも他人、いやそれ以上の関係になってしまうのか。
患者の家族を見ていても、他人以上の非情さを目にすることはあるが。
「も、もう申し送りが始まるから。そろそろ切り上げようか?」僕は頼りなく仕切った。
「医学は深いでんなあ!」放射医が妙に締めくくった。
「僕が言いたいのはね。ね、聞いて!」トシキがまだ何か。
「トシキ、な。もう行こうや。詰所へ」僕はなだめたが。
「先輩にじゃないです。この先生に。いいですか?治療というのは多角的な診断があるからであって。当てればいいとかカンがいいとかじゃないんです」
「はあはあ、そうだな!」僕は大声で納得してみせた。
「そうそう!トシキ先生のおっしゃるとおりですね!」シローがさらにカバーするが、わざとらしい。
そして、さっきから傍聴していたザッキーが・・・
「失敗やね。このカンファ」
「おいっ・・・!」
ザッキーを追いかけることを口実に、僕らは1人ずつ医局を出ることができた。
廊下で遅れてきたトシキのほうへ、後ずさり。
「トシキ!お前、あんな奴気にするなって!」
「気にも留めてません!」
「でもな!これから毎週お願いするんだぞ?」
「今度こそ、いろいろ言わせてもらう!」
「短気だからなあ。お前もオレも。やれやれ・・・よっと!みんな!どいたどいた!」
スタン、と手すりに飛び乗り、詰所へと向かった。
慎吾が進み出る。
「いちばん右のが、当院。前医のが左2枚。50歳男性!」
「(一同)うーん・・・」
「あ!わかった!」放射医は瞬時に判ったようだ。
「さすがですね・・」慎吾は微笑んでいた。
「なるほどね!はいはい!」放射医の、なにげないプレッシャー。試験の最中にも、こんな奴がいた。
「何も変わってないように見えるが・・・もっと近づこうか」歩み寄る。
「近づいても先生、同じでんがな。アハハ!」勝ち誇る放射医。
「パッと目を移したら・・そうだな。肺動脈・大動脈の部位が全体的に拡張・・そうか!」
「はいはい、もう分かった?もういい?」
「あのな・・・」
「もういいですね?慎吾先生。これは縦隔腫瘍でしょ?セミノーマ」
「え?組織型まで分かった・・・?」
「はい以上ね」
トシキは次の写真を掲示。
「47歳女性。腹部エコーはガスが多すぎてよく見えず」
「ははあ、なるほど!」放射医はすぐ判ったようだ。
「まだ途中だ!肝機能に異常はないが、大腸癌検査に際し」
「ははあ。大腸の写真は?」
「ポリープの既往がある。写真はここにはない!」
「ははあ・・・!ないんやね。なるほっど・・・!」放射医は怒られても、妙に納得している。
トシキは呼吸を整えた。
「大腸癌のフォローでCEA測定してたら・・・ポリープ治療にかかわらず上昇がみられてた」
「ははあ、それで・・・うんうん。この人、黄疸あるでしょ?」放射医は腕組みしている。
「ない」
「ほほう!」
「肝臓内部・・・胆管系の拡大がみられる。総胆管も拡張。膵管の拡張はこの写真では不明だ」
「いや先生。膵管は開いてますよ」
「不明なので、MRCPで確認し・・」
「開いてますって!ははは」
トシキは泣きかけながら、ピタッと止まった。
「・・・静かにしてもらえませんか?」
「えっ?どうして?みんな意見、ほら、どんどん言わんと!」
僕らはただトシキの怒りに固まっているだけだった。
「MRCPはこれ。主膵管の途絶が疑われる。この患者さんはPETという検査を受けていました」
「はいはい!ペットねペット!」
「・・・・・・PETでは、腹部には所見はなかったのですが」
「ははは、先生先生。PETを過信したら困りますがなあ!」
「・・・・・」
「PETですべての癌が判るんだったら、わしら廃業でんがな。あんたらもね!はっは!」
「・・・・・僕らは違います」
「おなじおなじ!」
この放射医は・・当時<PET至上主義>だった。トシキはそれを指摘したかったようだが。
僕は胸部CTを出した。
「50代男性。道端に倒れていた」
「外傷はなさそうですなあ!あ!でも血気胸がある!」放射医は少しハイだ。
「右の肺、エヒュージョン(液体)がある。これだけでは胸水か出血かは不明です」
「肋骨は、ははあ・・・ここがあやしいかな!ここが!」
「骨折はないと思いますが」
「ああ、ああ。そうやな!ないな!」
所見としては、それのみ。
「穿刺した。たしかに血性に見えた」
「血胸!けっきょうでんな!次!」
「待てって。で、生化学で検査したら・・ADAが上昇」
「エーディ・・・なに?」
「エーディ・・マーフィ!」
「ああ、ああ。それか!そうやったそうやった!」
遠藤くんら数名が吹き出した。
「放射医先生。間違えました。エーディエー(ADA)です」
「ん?ああ、そっかそっか。いやあ、血液検査のことはよく・・あんたらの領域やがな!」放射医は少し動じた。
「血液じゃなく、胸水。で、これが上昇。診断は明白だ。以上!」
「ははあ、うんうん」放射医は所見を記録・・・・していない。
「所見の記入を。先生」
「うん、まあ。あとでやるわ」放射医は周囲の本を見回した。
「じゃ、次は誰か・・」
「本、本・・・」放射医が本を探すが・・・・・・
「先生。教えましょうか?」トシキは意地悪そうに呟いた。
「いやいや」放射医は本をペラペラめくった。
「<右胸水認める>とか書かないでくださいよ!」
「・・・・・肺結核、と!いちおう、本を見て念を押しましたっと!」
この男ら・・子供みたいに。
「肺結核?どうして胸水が結核という病名に?」トシキがしつこい。
「結核の診断ってとこに!ほら!書いてある!」放射医は動揺していた。
「本を棒読みしたらいかんでしょう。もってのほかです!」
「な・・・あんた何を?」
「診断は、結核性胸膜炎!」
「当たり前でんがな!当たり前すぎて分からんかっただけや!」
放射医は本を床に叩きつけた。
「放射医先生・・トシキも!」僕は注意したが、彼らの顔は真っ赤だった。
医者は意地っ張りが多いな。低レベルなことから始まる。戦争はいつもそうだ。
僕は後ろに振り向き、冷え冷えのハッシュポテトを・・・ようやくかじれた。
ザッキーは1人だけ・・イスに腰掛けて見上げたままだ。
「おいザッキー・・お前からはないのか?症例」
「いえ。いいです。わざわざこんなカンファ開かんでも・・・」
どことなく、冷めた男だった。
「冠動脈造影のフィルム・・」シローが提示。
「(一同)う〜〜〜ん」
「ああ、うんうん」放射医がまた納得。
フィルムは4つに区切られて、いろんな方向での動脈走行。
右冠動脈の起始部に厳しい狭窄あり。左冠動脈は2本に分かれ・・それぞれに軽度の狭窄あり。
「バイパス術するんですね?」放射医は軽く口走った。
「誰がそんなの、するとでも?」トシキは無愛想に答えた。
「いやいや。わしはコロナリーはちょっと分かんないナリー、へへへ・・・」
(沈黙)
トシキはフィルムを指でなぞった。
「右の冠動脈の狭窄は拡張術の適応として、左は・・・2本とも狭窄は軽度」
「ああ。そうやな。そうやそうや。じゃあ1枝病変や!」放射医が割り込む。
「だが、角度を変えて撮影したこの写真」
トシキは別の写真を掲げた。
「一見、軽度の病変でも角度を変えれば・・」
「あらら。この写真では厳しい狭窄やねえ?」放射医がまた割り込み。
「総合的に検討すると、左冠動脈の2本のうち、実は1本は厳しい狭窄ということになる」
「ははあ。これが心カテかー!わし、心カテ弱いですねん」
「そうやって安易な見落としをしたら、治療まで誤ってしまうんだ。うっ・・(泣きかけ)」
(沈黙)
いかん。この男、怒っている。何をかは知らないが、かなり根に持っている。
どうしてこう、他の科の人間達とぶつかりあってばかりなのか。
これは医者の世界全体にいえることなんだが、医局やグループが違うだけで、どうしてこうも他人、いやそれ以上の関係になってしまうのか。
患者の家族を見ていても、他人以上の非情さを目にすることはあるが。
「も、もう申し送りが始まるから。そろそろ切り上げようか?」僕は頼りなく仕切った。
「医学は深いでんなあ!」放射医が妙に締めくくった。
「僕が言いたいのはね。ね、聞いて!」トシキがまだ何か。
「トシキ、な。もう行こうや。詰所へ」僕はなだめたが。
「先輩にじゃないです。この先生に。いいですか?治療というのは多角的な診断があるからであって。当てればいいとかカンがいいとかじゃないんです」
「はあはあ、そうだな!」僕は大声で納得してみせた。
「そうそう!トシキ先生のおっしゃるとおりですね!」シローがさらにカバーするが、わざとらしい。
そして、さっきから傍聴していたザッキーが・・・
「失敗やね。このカンファ」
「おいっ・・・!」
ザッキーを追いかけることを口実に、僕らは1人ずつ医局を出ることができた。
廊下で遅れてきたトシキのほうへ、後ずさり。
「トシキ!お前、あんな奴気にするなって!」
「気にも留めてません!」
「でもな!これから毎週お願いするんだぞ?」
「今度こそ、いろいろ言わせてもらう!」
「短気だからなあ。お前もオレも。やれやれ・・・よっと!みんな!どいたどいた!」
スタン、と手すりに飛び乗り、詰所へと向かった。
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