胸部レントゲンが左から右へ3枚。古いのが左。

慎吾が進み出る。
「いちばん右のが、当院。前医のが左2枚。50歳男性!」
「(一同)うーん・・・」

「あ!わかった!」放射医は瞬時に判ったようだ。
「さすがですね・・」慎吾は微笑んでいた。
「なるほどね!はいはい!」放射医の、なにげないプレッシャー。試験の最中にも、こんな奴がいた。

「何も変わってないように見えるが・・・もっと近づこうか」歩み寄る。
「近づいても先生、同じでんがな。アハハ!」勝ち誇る放射医。
「パッと目を移したら・・そうだな。肺動脈・大動脈の部位が全体的に拡張・・そうか!」
「はいはい、もう分かった?もういい?」
「あのな・・・」
「もういいですね?慎吾先生。これは縦隔腫瘍でしょ?セミノーマ」
「え?組織型まで分かった・・・?」
「はい以上ね」

トシキは次の写真を掲示。

「47歳女性。腹部エコーはガスが多すぎてよく見えず」
「ははあ、なるほど!」放射医はすぐ判ったようだ。
「まだ途中だ!肝機能に異常はないが、大腸癌検査に際し」
「ははあ。大腸の写真は?」
「ポリープの既往がある。写真はここにはない!」
「ははあ・・・!ないんやね。なるほっど・・・!」放射医は怒られても、妙に納得している。

トシキは呼吸を整えた。
「大腸癌のフォローでCEA測定してたら・・・ポリープ治療にかかわらず上昇がみられてた」
「ははあ、それで・・・うんうん。この人、黄疸あるでしょ?」放射医は腕組みしている。
「ない」
「ほほう!」
「肝臓内部・・・胆管系の拡大がみられる。総胆管も拡張。膵管の拡張はこの写真では不明だ」
「いや先生。膵管は開いてますよ」
「不明なので、MRCPで確認し・・」
「開いてますって!ははは」

トシキは泣きかけながら、ピタッと止まった。
「・・・静かにしてもらえませんか?」
「えっ?どうして?みんな意見、ほら、どんどん言わんと!」
僕らはただトシキの怒りに固まっているだけだった。

「MRCPはこれ。主膵管の途絶が疑われる。この患者さんはPETという検査を受けていました」
「はいはい!ペットねペット!」
「・・・・・・PETでは、腹部には所見はなかったのですが」
「ははは、先生先生。PETを過信したら困りますがなあ!」
「・・・・・」
「PETですべての癌が判るんだったら、わしら廃業でんがな。あんたらもね!はっは!」
「・・・・・僕らは違います」
「おなじおなじ!」

この放射医は・・当時<PET至上主義>だった。トシキはそれを指摘したかったようだが。

僕は胸部CTを出した。
「50代男性。道端に倒れていた」
「外傷はなさそうですなあ!あ!でも血気胸がある!」放射医は少しハイだ。
「右の肺、エヒュージョン(液体)がある。これだけでは胸水か出血かは不明です」
「肋骨は、ははあ・・・ここがあやしいかな!ここが!」
「骨折はないと思いますが」
「ああ、ああ。そうやな!ないな!」

所見としては、それのみ。
「穿刺した。たしかに血性に見えた」
「血胸!けっきょうでんな!次!」
「待てって。で、生化学で検査したら・・ADAが上昇」
「エーディ・・・なに?」
「エーディ・・マーフィ!」
「ああ、ああ。それか!そうやったそうやった!」

遠藤くんら数名が吹き出した。

「放射医先生。間違えました。エーディエー(ADA)です」
「ん?ああ、そっかそっか。いやあ、血液検査のことはよく・・あんたらの領域やがな!」放射医は少し動じた。
「血液じゃなく、胸水。で、これが上昇。診断は明白だ。以上!」
「ははあ、うんうん」放射医は所見を記録・・・・していない。
「所見の記入を。先生」
「うん、まあ。あとでやるわ」放射医は周囲の本を見回した。
「じゃ、次は誰か・・」
「本、本・・・」放射医が本を探すが・・・・・・

「先生。教えましょうか?」トシキは意地悪そうに呟いた。
「いやいや」放射医は本をペラペラめくった。
「<右胸水認める>とか書かないでくださいよ!」
「・・・・・肺結核、と!いちおう、本を見て念を押しましたっと!」

この男ら・・子供みたいに。

「肺結核?どうして胸水が結核という病名に?」トシキがしつこい。
「結核の診断ってとこに!ほら!書いてある!」放射医は動揺していた。
「本を棒読みしたらいかんでしょう。もってのほかです!」
「な・・・あんた何を?」
「診断は、結核性胸膜炎!」
「当たり前でんがな!当たり前すぎて分からんかっただけや!」
放射医は本を床に叩きつけた。

「放射医先生・・トシキも!」僕は注意したが、彼らの顔は真っ赤だった。

医者は意地っ張りが多いな。低レベルなことから始まる。戦争はいつもそうだ。

僕は後ろに振り向き、冷え冷えのハッシュポテトを・・・ようやくかじれた。

ザッキーは1人だけ・・イスに腰掛けて見上げたままだ。

「おいザッキー・・お前からはないのか?症例」
「いえ。いいです。わざわざこんなカンファ開かんでも・・・」
どことなく、冷めた男だった。

「冠動脈造影のフィルム・・」シローが提示。
「(一同)う〜〜〜ん」

「ああ、うんうん」放射医がまた納得。

フィルムは4つに区切られて、いろんな方向での動脈走行。
右冠動脈の起始部に厳しい狭窄あり。左冠動脈は2本に分かれ・・それぞれに軽度の狭窄あり。

「バイパス術するんですね?」放射医は軽く口走った。
「誰がそんなの、するとでも?」トシキは無愛想に答えた。
「いやいや。わしはコロナリーはちょっと分かんないナリー、へへへ・・・」

(沈黙)

トシキはフィルムを指でなぞった。
「右の冠動脈の狭窄は拡張術の適応として、左は・・・2本とも狭窄は軽度」
「ああ。そうやな。そうやそうや。じゃあ1枝病変や!」放射医が割り込む。
「だが、角度を変えて撮影したこの写真」

トシキは別の写真を掲げた。
「一見、軽度の病変でも角度を変えれば・・」
「あらら。この写真では厳しい狭窄やねえ?」放射医がまた割り込み。
「総合的に検討すると、左冠動脈の2本のうち、実は1本は厳しい狭窄ということになる」
「ははあ。これが心カテかー!わし、心カテ弱いですねん」
「そうやって安易な見落としをしたら、治療まで誤ってしまうんだ。うっ・・(泣きかけ)」

(沈黙)

 いかん。この男、怒っている。何をかは知らないが、かなり根に持っている。
どうしてこう、他の科の人間達とぶつかりあってばかりなのか。

 これは医者の世界全体にいえることなんだが、医局やグループが違うだけで、どうしてこうも他人、いやそれ以上の関係になってしまうのか。
患者の家族を見ていても、他人以上の非情さを目にすることはあるが。

「も、もう申し送りが始まるから。そろそろ切り上げようか?」僕は頼りなく仕切った。
「医学は深いでんなあ!」放射医が妙に締めくくった。
「僕が言いたいのはね。ね、聞いて!」トシキがまだ何か。
「トシキ、な。もう行こうや。詰所へ」僕はなだめたが。
「先輩にじゃないです。この先生に。いいですか?治療というのは多角的な診断があるからであって。当てればいいとかカンがいいとかじゃないんです」
「はあはあ、そうだな!」僕は大声で納得してみせた。

「そうそう!トシキ先生のおっしゃるとおりですね!」シローがさらにカバーするが、わざとらしい。

そして、さっきから傍聴していたザッキーが・・・
「失敗やね。このカンファ」

「おいっ・・・!」
ザッキーを追いかけることを口実に、僕らは1人ずつ医局を出ることができた。

廊下で遅れてきたトシキのほうへ、後ずさり。
「トシキ!お前、あんな奴気にするなって!」
「気にも留めてません!」
「でもな!これから毎週お願いするんだぞ?」
「今度こそ、いろいろ言わせてもらう!」
「短気だからなあ。お前もオレも。やれやれ・・・よっと!みんな!どいたどいた!」

スタン、と手すりに飛び乗り、詰所へと向かった。

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