深夜明けは申し送りを続ける。

「真珠会より無条件搬送、慢性腎不全の64歳。肺水腫は改善し、週3回、腎センター病院で透析通院中ですが、体重の増加が著明。飲水量が守れていないものと思われます」
「主治医はちゃんと、注意する!」師長がシローを指差す。

「してますよ!」
「他のドクターもですが!患者さんへの指導が曖昧なときがある!」

「僕もですか?」トシキが唖然としている。
「あ、あなたは・・・いやいや。トシキ先生は別、別」
「いい加減なこと、言わないでください。師長さん。師長さんこそ、患者さんからのクレームが最近増えてないですか?」

「トシキ!やりすぎ!」僕は小さく指摘した。
深夜明けは動揺しながら申し送りを続ける。

「60歳男性、VT(心室頻拍)の方。アミオダロン開始後VTの出現はなし。上気道炎症状がみられていましたが昨日の夕方からは症状ありません」

「結局、間質性肺炎とやらはなかったようだぞ!」慎吾は胸部CTを袋から取り出した。

「僕に言っても。先生」トシキはとぼけた。
「ほら。キレイな肺だろ。あんときは焦ったよ。マジで間質性肺炎、間質性肺炎て、おまいらが騒ぐから」
「なかったのなら、いいじゃないですか」トシキはクール。
「トシ坊先生。大学での研修医時代のあだ名が<オオカミボーイズ&ガールズ>だろ?それな。わかるわかる」
「僕がオオカミ・・・?いや、それは僕でなく同僚の・・・」

深夜明けは関係なく申し送りを続けた。

「17歳の男の子。急性気管支炎で入院。本日で4日目。解熱傾向で咳も減少。ミノマイシン、やっと効きはじめたようです」
「母親の方が、おとついから何も話を聞いてないって言ってましたよ。トシキ先生」師長がイヤミにけしかける。

「あなたはカルテを見てないんですか?僕の書いた。ムンテラは今日の午後にするって家族とあらかじめ・・」
「でも現に家族さんが言ってるんですから。ちゃんと伝わっていないのではなくって?」

まるでイヌとサルのケンカだ。

「そんなことは、天地がひっくり返っても絶対にありません!」
「どうだか。ふふ」師長はしつこかった。というかお互いが。

深夜明けは申し送りを加速した。

「肺癌、化学療法3クール目の男性。2日前にドレナージ、排液はほとんどなく、本日ピシバニ−ルを注入予定」
「ドレナージは弥生先生が?」僕は主治医のザッキーに聞いた。
「ダメですよ彼女。手が震えて・・やっぱり医長先生の指導が」
「なんでだよ。でもな、弥生先生・・・弥生先生!」

「はい・・」彼女は真後ろに立っている。
「何もしなければ、何も身につかない。前にも言ったろ。絶対後悔する」
「はい・・」

慎吾は僕の耳元でささやく。
「ユウキ医長どの」
「は?」
「<先生って、冷たい・・>」
「くっこの!」思わず突き放した。

ザッキーはピシバニールの指示を記入している。
「今日は自分、早めにはずしますので。高熱時の指示とか書いておきますねー」
「ザッキー先生。ちょっと!」師長がまたシャシャリでる。
「?」
「神経質な患者さんでもありますから。家族も仕事終えて、夜やってきます。一度顔を出してください」
「どうして?自分は最初から、早引きする予定だったんですよ?」
「どういう用事なのかは知りませんが。患者さんの信用と安全が第一なんですよ!」

「いいよザッキー。オレ、代わりに説明しとくからさ!」
慎吾が軽く声をかけていた。

申し送り続行。
「93歳男性、腹部大動脈瘤解離・破裂の方。血圧はイノバンで90前後をキープ。MAP・FFP・プラズマネートカッター・止血剤。家族らしき方が2組現れて・・」
「あー。それか」ザッキーは指で目頭を押さえた。

患者が亡くなりかけると現れる家族・・珍しい話じゃない。

「長男さんの次男さんのグループですよね・・」と深夜明け。
「数十年間会わなかったのに、いきなり現れて。ワケを聞くと、遺産分割の問題だって。あきれる!」

「そういう領域は、診療には関係ありません!患者さんは平等に!」師長がまた挑発。
「亡くなってもないのに、死亡診断書を2通くれって。信じられない」
「今日あたり、危ないんなら先生。家族を待たれたらどうですか?」
「今日は重要な用事があるんだって!」

(沈黙)

そこまでこだわるとは。ザッキーはよほど大事な用事があるんだろう。この前も・・

<合コンっていうのはね・・・違うんですよ!>

なんか気になるな・・。

「ザッキーよ。オレがやっとくから。だから気にすんな!」慎吾がやけに頼もしい。
「ありがとうございます!」ザッキーは珍しく頭を下げた。

申し送り続行。
「真珠会からの無条件搬送入院。蘇生後脳症。自発呼吸は分数回。喀痰の貯留が高度。それと同様に搬送されたSAH50歳。肺水腫の合併のためかパイピング音が著明」

 しかしこの2例は、厳しいな・・・。不可逆的な変化がかなり出来上がってる状態だからだ。

「全身浮腫の48歳女性。急性心筋梗塞。心電図ではSTが上昇したまま」
「いいんですか?これは?」師長が主治医のトシキに聞く。
「STが上がってる理由が分かってるんですか?」
「そりゃ心筋梗塞で・・」
「アネウリズムですよ」トシキはわざと横文字で答える。

「・・です。痙攣発作はなし。です。それっから・・イレウス+循環不全の77歳男性。IVHを挿入していただきましたが、夜間に自己抜去。本日入れ替えをお願いします」
「うへえ。ちゃんと固定しといてよ・・」主治医のシローはしぶしぶ了解した。

僕は患者一覧をパソコンで確認。

「以上だな。最近、真珠会からの入院が増えている。重症が多いため、療養病棟の退院を増やす。そこは事務長がやってくれる。ここ一般病棟の軽症はなるべく早く退院させるか、療養病棟へ移すかしよう」

みな沈黙している。弥生先生は落ち込んだのか、うつむいている。

「ま、大事な用事があるのは仕方ない。けど緊急時は1人でも人手が欲しい。応援が欲しいときはなるべく頼む。こういう時こそ」

「(一同)ははははは・・」

まじめな言葉ほど、笑われた。

申し送りが終わって廊下へ。慎吾がさらに追いかけてくる。
「なんだよ?」
「怒るなって。俺だって昨日は睡眠不足で・・」
「オレが弥生先生らに厳しくっても・・いいだろそれは?」
「医長先生。医長先生のもと大学の医局長のお言葉どおり・・今の子はな。脅してもダメなんだって」
「脅してなんかないだろ?」
「優しくしてやんなきゃ。医長先生、時々怖いんだよ。ザッキーも気にしてる」
「怖いっておい。患者に不利益がかかりそうな場合は・・」
「だけどな。ま、いいか。続きは今度、また2人で飲みに行ったときにでも」
「またっておい。お前とは1回も行ってないだろが?」

 しかしショックだな。初めて<怖い>という指摘を受けた。そういうところは直さなきゃいかんのか・・・?

慎吾は数歩先に進み、パッと振り返った。
「医長先生のマネ、したろか?」
「オレの?やってみな」
慎吾は両手を握り、顔をしかめた。
「<奈良には行かねえ!奈良には行かねえ!>」
「おいこら!」

僕は慎吾を追いかけ、ダンと手すりに飛び乗り・・

そのまま後ろから、軽く蹴った。

そしてまた考えた。

私は怖いのか。でも周囲の評価は的確だ。
ここは橋龍、キョンキョンふうの弁明で・・

<怖くした覚えはないが、みなさんがおっしゃるのなら、たぶんそうなのだろう>

さて、外来が始まる。

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