64歳、一見肥満で頑固そうなじいさんが車椅子に座っている。奥さんらしき女性が後ろから押す。
 ヒーヒー呼吸音が聞こえる。

初診だが・・おそらく糖尿病+心不全合併。無症候性の心筋梗塞がないことを祈ろう・・・。

「喋らなくていいですよ。話は奥さんから聞きますから」
「娘です・・」後ろの女性が申し訳なさそうに答えた。
「ええっ?すす、すみません!」これには謝るしかない。
「いいえ。よく言われるんです。かまいません」

 独身の娘がと父親の2人暮らし。父親は会社員時代に糖尿病を指摘されていたがそのまま。
 仕事優先で会社から褒め称えられたのはいいが、退職後も病院行かず。

 糖尿病による口渇は通販の水でしのぎ、多尿は自力でそのつどトイレへ。
 しかし、さすがに心不全の息苦しさには耐えられなかった。

聴診、聴診器をはずす。
「ラ音が両下肺に・・・胸部レントゲン・・CTも撮ろう。心電図に採血・・」
「待って待って!へいへい!」看護士が横で伝票をさばく。
「酸素吸入しながら行こう。ここで動脈血を」

患者の腕をめくり、動脈血を2cc。黒さからみて、かなりの低酸素だ。
「マスク。とりあえず5リットル」

患者は大汗で頷き、検査室へ。
「看護士。心エコー担当のトシキに追加検査を。飛び入りで」
「ラザー!」看護士は内線電話。
「心電図、トロポニンの結果はすぐ報告しろよな!」
心筋梗塞発見のため。

次。

「背部痛!」看護士が22歳男性を引っ張ってくる。
「いてえ。いてえんだよくそ!」太り気味の男性は看護士の手を突き放し、ドスンと座った。

この患者は2週間前に尿路結石で救急で運ばれて・・以後、トシキが診療。尿酸が12で・・12!

「酒は飲むの?けっこう」
「強いほうやけど?」
「あのな・・肉も?」
「吉野家、毎日行ってるで」
「ジュース類も?」
「コーラ好きやな。ペプシのほうな。先生、あれクセになるんか?イタタ・・・」
思わず押さえる右側腹部。

「薬が出てたけど・・・切れてるの?」
「い、一週間飲んだ。けどもうええかなと思って」
「なんで勝手にやめるんだよ・・」
「し、知るか!はやく痛いのなんとかせいや!しゃべってばかりせんと!医者だろが!」
「そ、そうだけど」

振り向くと、看護士は意味もなく礼をした。

「検尿。腹部レントゲン。腹部超音波飛び入り、CTもするか。そのあと・・」
「あれやって!あれやったらよくなったから!」
「DIPからいきなり?まあそれでもいいが・・・」

患者の強い要望でDIP。造影剤を点滴。5分ごとに写真、20-30分は要する。
腎臓〜膀胱にかけて尿の道路を見る。

60歳女性。貧血精査にて1週間前に胃カメラ、胃潰瘍あり。念のため生検。
「結果はグループ1.悪性所見なしです」
「ああ〜よかった〜!お世話になりました!」
「待って。薬は継続ですよ。それと改善してるかどうかの胃カメラを1ヵ月後に」
「え?また何かすんの?」マダムの表情が変わった。
「1週間前に検査したピロリ菌検査が陽性なのです。まずは潰瘍を治し、それから除菌治療に向けて」
「けっこう長くかかるんやなあ〜」
「再発の予防のためです!」

患者が帰り、手洗いしてると慎吾が通りかかった。

「医長先生!やってるな!」
「なにしに来た?心不全が入りそうだぞ。お前、主治医」
僕は両手の人差し指を彼に向けた。

「<再発予防のためです>!か。カッコええなあ!」
「だる・・・バカにすんなよ。看護士!こいつ退場!」
「へいへい!」
看護士は、片手で慎吾の腕を引っ張った。

「いてて!こら離せ!」慎吾は事務室まで引っ張られていった。
僕はイスに座った。
「ん離したくは、ないい〜!次!」

肺気腫の波多野じいさんが入ってきた。カラオケ屋を経営。
ニップネ−ザルを適宜使用。

「フーヒー」
「どうです?カラオケ屋のほうは?」
「わわ!わしの心配をせんか!わしの!」
「ごめんごめん。酸素飽和度はいいな。ボンベは大丈夫?」

引っ張ってきているボンベを確認。

「・・問題なしだな。痰は出せてる?」
「カアッ!」
「ここで出さんといてえな?」
「あれ、ちょうだいな。クラリス」
「いったんやめてるんです。あれは」
「なして?あれ飲んだら楽やのに」
「抗生物質なんですが、かなり長期に飲んでまして。いったん休薬をすべきかと」
「たいせいがなんちゃら、という奴か」
「ええ。耐性、というやつです」
「てごわいんか?」
「そうなるとかなり」
「つつ、つれてこい!」
「はあ?違うんだよ波多野さん!」

じいは帰った。

2週間食べてない中年男性、腹部膨満で浮腫ありの人・・の所見がそろった。

「腹部CTは腹水は・・ないな。よかった。しかしガスが多いな。便も」
レントゲンは・・・大腸ガス多め。イレウスではない、と。
「採血では低アルブミンが著明だな。なにか悪性の所見が・・」

事務長がやってきた。
「ユウキ医長。この人はね。調べましたところ・・」
「福祉に?」
「行路の方です。天王寺の公園のテントから」
「食欲不振というのは?」
「ではなく・・・・(小声で)食べに来られたというわけで」
「な・・・それでも入院の適応が?」
「来られたからにはね。でも月末には退院されると思います」
「?」
「月末にお金が入るんですよ。今は金欠のようで」
「それで病院に入院か。それっていいのか・・・?」

ベッドに空きがあり、軽症一般病棟で3日検査して療養病棟へ、となる。

そうか。こうして増えていくのが<社会的入院のはじまり>なのだ。

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