「オス!」
さっきの尿路結石再発疑いが・・・いきなり入ってきた。

「おい!いきなり入ったら!」
「あのな先生!もう痛み取れたわ!」
「検査は?」
「いや。もうええ。石、落ちたと思う」
「さっき座薬を入れてもらったんだろ?」
「痛み止めな。ああ。若い看護婦さんにな。そこのカマはイヤやで」

看護士の耳がピクンと反応した。

「痛み止めでよくなったと思い込んでるだけだよ!」
「♪おっもい〜こんだあら!」
「だから検査はしたほうが!」
「♪しっれんの、みっちいを〜!」
「ダメだ。こりゃ・・・おい。アレ頼む。事務長!」

「はいな!」事務長は<アレ>で分かった。
秘密兵器を出すしかないな・・・。

間もなく、若い美形の事務員がやってきた。パートで週に3回午前中のみ。
<男なら誰でも振り向く>という、釈由美子タイプの女性だ。

ボディラインを強調した制服は、外来患者までみな釘付けにした。
事務長は彼女に近づいた。

「あのね・・・今夜どう?いやいや!」
「あっ!バカ!」僕だけでなく、周囲のスタッフらも怒った。
「あの患者さんを・・・ということで」

美女はうなずき、尻を振るように結石疑いの男性に近寄っていった。

「おお?おお?だれをだれを?」若造はやっと自分だと分かった。
「さ・・・」白い手が差し出され、若造は思わず立ち上がった。
「お?あれ?え?」
「こちらですよ」
「ああああ!ああああ!」
若造は緊張しまくり、美女にそのまま放射線部へ連れられていった。

「事務長。さすがだなあの女性・・・はっ?」
振り向くと、検査の見学を終えてやってきた弥生先生だった。
「な、なんだ。弥生先生か」
「?私で悪かったですね」
大きなマスクで、いっそう冷たい表情に見えた。

彼女はプイッと向こうを向いた。
「あんな女性がいいんですか?男の人は」
「男はみな、単純なんだよ・・・」

僕はいったん休憩のため、事務室に入ろうとした。
「事務長いるか?奈良の件だけど、すまんがおこと・・・」
入ると、テーブルに腰掛けているさきほどの女性。

しかめっ面でタバコを吸っている。事務長に何か怒鳴ってる。
「こんなことに、もう使うなやこら!」
「ごご、ごもっともでして」
「この前は救急隊の接待やろ!なめとんかボケ!」
「どうかその、穏便に」

彼女は僕に気づき、バッグを背負って立ち上がった。
「今日ははよ帰るからな。ええな?なにも仕事せんでええ約束なんやで!」
「は、はい・・」
事務長は深く頭を下げていた。

彼女が出た後、事務長はため息交じりで顔を上げた。
「ふ〜!ふ〜!」
「な・・ヤクザの親分の愛人か?」
「いえいえ。そうではないんですが・・彼女、コンパニオンなんです」
「コンパニオン・・が本職?」
「うちでは受付に華を添えるという意味で、私が雇ったんですが」
「パート事務員だろ?仕事させても」
「立っているという契約でして」
「立ってるだけで金が?」
「男にはできない商売ですね」
「男が立っててもな・・」
「わたくし、あっちの方なら立ちますが」
「おいおい・・・ああ、そんでな。奈良の件」
「奈良?ああ、はいはい」
「トシキから聞いたぞ。俺が医長になったのは、奈良の病院に勤めるための条件だって」
「さようですよ?それで?」
「へ?」

事務長は動じなかった。

「ユウキ先生。それだけの意味じゃない」
「?」
「これは試練なんですよ」
「試練?」
「さっきほら、外で声が聞こえてた。♪しれん、のみっちいを〜」
「それは患者がさっき歌ってた・・」
「この病院でね。そのまま平和を築く。それもいい」
「・・・・・」
「大学病院だったら、教授という目標があるじゃないですか。なのでみんな頑張る」
「?そ、そうなのかな・・」
「でもこういう民間病院でいたら、慣れて、ダレてくる。向上心が欠如する」
「最近はそうかもな」
「でしょ?なので先生には今度の病院の一時派遣は、その隠れた能力を引き出すチャンスなんですよ!」
「隠れた?能力?」思わず体を見回した。
「僕はね先生。先生ならやると思う!やらなきゃいけない!だから先生に託した!院長代理!」
「なんか話が・・」
「院長代理ですよ?その前に医長を任せるのがなぜいけない?」
「なんかな・・・」
「先生は医長を飛び越して、それを超越した大役をやってもらいたい!」
「いつもそんな説得してんのか?」
「アメリカンジュリーム、というかオオサカンジュリームですよ先生!」

僕は圧倒され、ちょっと考え直した。
しかしまたこの男に説得されるとは・・・。

「そそ、そこまで言うなら・・・そうだな」
「歌え歌え!男なら!♪ゆっくが〜おとこの〜」
「♪どっこん〜じょお〜」

事務長は手拍子を始めた。

「♪血のあせ〜ながせ〜!なみだ〜をふくな!」
事務長は外来へのドアを開けた。
「♪ゆっけゆ〜け〜ユ〜ウウマ〜」
「ユウマ?誰?」

「そら行け!どんんん!と!」背中を押され、勢いをつけられた。

「よし!どんんん!と!ゆうけえええ!うわ?」
「きゃああ!」

そば屋の配達のおばちゃんとぶつかった。白衣に汁がかかり、運良く麺は落ちなかった。

「くっそ〜!ついてない。すみません・・・支払いは事務長が!」

汁だらけの白衣をバッバッ、と脱ぎ捨て、近くにかけていた白衣をまたバッバッ!と羽織る。
そのまま回転しながら、外来へと向かった。

ジョンウーが止まらない。

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