32歳喘息男性、点滴を終了し戻ってくる。
「ヒュー、ヒュー。なんか、すっきりせんなあ」
「でも酸素飽和度は上がってる。マシだと思う」
聴診でもヒュー音は減っている。

「もう1本、おんなじのしてえな!」
「今日はこれくらいに。あとは安静に」
「困ったな。午後から工事現場で夜中まで。ヒュー」
「今日は頼むから。安静にしてくださいよ!」
「それ無理。ああどうしよか、もし苦しくなって高いとこから落ちたら・・」
「じゃ・・・もう1本!」
「へいへい!」そう言ったのは看護士だった。

点滴後、ステロイド内服追加数日とする。

検査室のゴマちゃんがデータを持ってきた。
「おはよ。うさぎ先生!」
「ああ!この前はありがとうな!救急のとき!」
「ああいうの、これからもあるの?ヤだよオレ」
「そのデータは64歳男性の?」
「車椅子で酸素吸ってるじいさんだな」

トロポニンTは、とりあえずマイナスか。
心電図は頻脈だがST変化もQ波もなさそうだ。

「それよりさ、うさぎさん。血糖473mg/dlってのはどうよ?」
「ひええ〜・・・!」
「どのみち入院だな。超音波をさ、見よう見まねでやってみたんだけど」

彼が練習中の心臓超音波検査から記録した画像・動画を、MO通じ外来パソコンで見る。

「ゴマちゃん。だいぶうまくなったじゃないか?」
「オレの診断では、左心室拡大、壁の肥厚に左心房拡大・・・右心系もやや拡大かな」
「両心不全だ。壁がすごく厚いな。肥大型心筋症かな。左室流出路は大丈夫そうだ」
「あと、見落としたものがあるとすれば?」
「壁の厚さは必ずしも一様とは限らない」
「均一じゃないってこと・・?」
「だから、いろんな角度から壁の厚さを測る」
「3次元的にしろってか・・・時間がいくらあっても足りないな。トシキ先生に正式にしてもらうか?」
「いや・・いいよ。すまんな!」

入院指示。主治医は・・・慎吾だったな。いや・・・・これはいろいろ勉強できそうだから。

内線を押す。

「遠藤先生。どこにいる?」
「ひひゅ、いま忙しい・・ひゅるる」
「どこだってんだ?」
「胃カメラの見学、実習・・・」
「中断してくれ。新患が入った」
「だれから?」
「誰から?オレからだよ。ミー!」
「診断はなんでしょうかるる・・」
「だる!とりあえず、診に来るんだよ!」
「あと20ふんしてかりゃ来てもいいでしょうかるる?待てますかにゅ?」

僕はスー、と息を吸った。

「今すぐ来い」
電話を切る。

後ろで看護士が両手をカマのように、自分の肩に乗せている。
「うわ〜!うわ〜!こわ〜!」
「今の世代って、なんでこうなんだ?」
「ひい〜!ひい〜!さわらぬ医長にたたりなしぃ〜!」
「どあるう・・・!」

放射線部技師長のおじさんが、DIPの写真を持ってきた。
「さ。左から順番ね。検査前がこれでしょ?直後、5分後、10分後・・・・20分後でほらこの通り!」
「右の尿管での流れが多少遅いが・・・最後のほうは両方とも開通が明らかだな」
「部分的には残ってるかもね」
「閉塞ではないと。彼のマシだという訴えもなるほどな」
「またあれ?ウロカルン?」
「ほかになにがあるよ?」

結石の若造が入ってきた。
「いやあ。あの女の人、誰?」
「何の話?ああ、受付の?」
「あの姉ちゃん来てるんだっから、またオレいつでも来るよ!」
「あっそう。毎週水・金・土に来てるから。となると次の再診は来週の水曜日・・と!」
「そしたらな。苦しいフリして、また手握ったんねん」
「だる・・・発作はもうコリゴリだろ?」

処方を書き、終了。

思わず背伸び。

「ふわあ〜!ああ!もう昼なんだな〜!」
「やっぱ医長先生が一番遅いね。ブヒブヒ」隣の整形外科担当のオークナースだ。
「しょうがないだろ。内科の患者が一番多いんだ」
「ところで、わしらが昼に頼んだソバの汁を、あんたがこぼしたんやって?」
「ソバ?汁?ああ、さっきな・・・きゅ、急変があって」
「?病棟で?」
「あ、ああ」
「ウソこき。事務所のほうでダベってたやん」
「う、うん。だけどそこで呼ばれたんだよ」
「で。どうしてくれるん。汁なしで食えって言うんか?」

知らない間にオークが3人集まっていた。

「な、何だよ。買ってこいっていうのか?」
「総回診まで、まだ時間あるやろ?」
「オレが?やっぱオレが買うの?」
「当たり前やろ。腹が減っては戦ができぬやろブヒブヒ」
「あんたらは、午前の外来が終わったら午後はヒマなんじゃあ?」
「午後?午後は午後の紅茶でんがなブヒブヒ」

わけがわからん・・・!

「わかった。買ってくる!」
白衣を放り出し、私服で出口へ向かった。
「正面のスーパーで買ってくる!」
「お。あそこ行くんやってブヒブヒ」

オークどうしで何かしゃべっている。
そのうち1人が紙に何か書き・・差し出した。

「じゃあついでにこれも買ってきて。ブヒブヒ」
「マヨネーズ、減塩しょうゆ、リンゴ、コーンフロスト、牛乳、のり?」
「ブヒブヒ、のりは食べないほうのやつ」
「紛らわしいな・・・」
「ああそれと、卵1パック。これ引換券ブヒブヒ」
「広告の切り抜きか・・・なかったらごめんよ。ってなんで謝らないといかんのだ?」
「ブヒブヒ。あんたが汁をこぼしたからや」

20分で戻ってこれるか・・・。

出口にたどり着く前、事務長に出くわす。

「医長先生。白衣は?」
「用事がある」
「浮かない顔ですね。恋の悩み?」
「事務長。すまんが出てくる」
「トイレはあっちですよ」
「いやいや。買い物に」
「エロビデオ?」
「アホ。正面のスーパー。オークらに頼まれたんだよ」
「ははは!医長先生が飼い犬状態!ははは!」
「だる・・・!」

車から、折りたたみ自転車を取り出し、組み立て。

「近い。近いのは分かってるんだが。少しでも」
振り向くと、玄関前に喘息で来ていた男性がうんこ座りしている。

「よお先生。どんな息の仕方したらいいのかな?」
「そういうんじゃなくて。運動そのものを控えてほしいんだよ!」
「どこ行くの?」
「スーパー」
「スーハー?なるほど。スーハーしたらええんやな?息を」
「はあ?」
「おい。先生が<スーハー>やって」

近くに座っていた患者が2人立ちあがった。仲間らしい。
3人は両手を拡げ、大きく伸びをし始めた。
「(その3人)スー!ハー!」

勝手にやってくれ・・・!

 今のは失言と思いながらも、自転車はスーパーに向かって・・いや、やや遠回りで向かうことにした。

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

最新のコメント

この日記について

日記内を検索