黄色い買い物カゴを握り締め、スーパーの食鮮売り場を回診というか、徘徊する。
「昆布だし(ストレート)、マヨネーズ、減塩しょうゆ、リンゴ、コーンフロスト、牛乳、食べないほうののノリ・・・」
独身男の買い物姿は、あまり絵になるものではない。

「まずはマヨネーズ!そこだっ!」
奴らの健康を考え、カロリーハーフのにする。

近くに醤油・ソースのコーナー。
「減塩しょうゆ・・・あった!」
大きなボトルは持ちにくそうだから、中ぐらいのにする。なんでそんな気まで使わないといけないんだ!

「お次は牛乳か。ぎゅうにゅう・・・あいつらよく飲むから、2リットルパック2本。レオンみたいだな・・」
牛乳パックを2本、カゴに入れる。
「女と子供以外!次はと!」

コーンフロストはお菓子のコーナーのところ。
「おまけがついてないのか・・・昔はあったはずだが」
ふと考え直し、砂糖なしのシリアルに変更。
「太ったら、いかんいかん!」

昆布だし・・・さっきの醤油のコーナーへと戻る。
「ストレート用。なんでもあって便利だな。今の主婦は楽だな?はっ」
近くに主婦らしき女性あり、口を閉ざす。

りんごを見つける。
「何個買うんだ?ま、2個くらいでいいか」
外傷のなるべく少ないものを選ぶ。

文房具コーナー。
「ペンタイプのやつに・・・するか?」
放り込み、レジへ。
「結構、並んでるんだな・・あっ!」
思い出した。ポケットから切抜きを取り出す。

「卵だよ。タマゴ・・・!先着順の!」
ま、お一人様1パックなら・・急ぐこともないだろう、と思われた。

「な、なんだあれは?」
レジの手前、ものすごい人だかりができている。ハイエナのように群がる女性・・・おばさんやバアサンばかりだ。
みな大声でまくしたてながら、片手を突っ込んでいる。

「あれは・・・高血圧の木村のばあちゃん?」
外来で初回に診ている人だ。ものすごい剣幕で叫びまわっている。

「わわ、割引券を、とと、取りに帰れって、いい、言うんか!老人に!」
店員に暴言を吐いている。主治医として、恥ずかしい。
「この割れたヤツ!こんなの売ってごまかしとんかあんたんとこは!」
パート店員に怒りをぶちまけている。

血圧上がるぞ、ますます・・・!

僕は気づかれないように、距離を保った。しかしこのままでは買うことができない。
仕方なく、横を向いた体制で徐々に近寄った。

木村のばあさんは勝ち誇った顔でレジに並びだした。何やらどっかのバアサンと話している。
聞き耳を・・・。

「ラーメン食うて帰ろや!なあ!塩ラーメン!金?出したるがな!きいや!わっははは!」

バアさん・・・病院受診して卵買って、帰りにラーメンか。いいすごし方かもしれないが。
塩分制限するつもりはなさそうだな・・・。

「血、取られたん?高いやろ?最近!」
病院の話が始まった。
「甘いんよ。わしもな、主治医に言うたってん。<食事はしてまへん。でもコーヒー飲みました>!あんたな!
ははは!そのときの!はは!しゅじいの顔がな!はははは!」

その<しゅじい>は半径5メートル以内にいた。

「マネせられんで!」
バアサンはいきなり真顔になり、レジの小娘を睨んだ。
「あんたあ。割らんといてよ!券はまた今度!」
次々と客はレジに流れていく。

「よし!これで!」
パックをカゴにそっと入れて、レジへ並んだ。
「・・・あっちのほうが空いてるか?」
思わず列から離れ、隣のレジへ行こうとしたが・・・

「ああっ?くそっ!」
隣にいきなり数人のオバサンがなだれ込んだ。
「元のとこ!うっ?」
並んでたとこにもザザッ、とオバサンらが連なった。締め出された状態だ。

「しまった・・・!」
列はカーブまで作り始めた。レジは果てしなく遠い。

「医長先生?」近くのおばさんが呼び止めた。
「え?」
「ちゃうよな。医長先生によく似てるから・・・」
外来で診てる人だ。今日は検査のみで来た人だ。

「なんかなあ、目が悪くなってもうてな。メガネ、メガネ・・・」
「そ、そうですか・・・」
「メガネないわ。1人暮らし?大変やねえ」
「いえいえ・・・たた、大変です」
そうこう話すうち、おばさんの列に紛れ込むことに成功した。

木村のばあさんもどこかに消え、あとは自転車まで走れば・・・・・。
しかしこうなると、患者がまた紛れてないか気になる。

出口の近く、スターバックスのような喫茶店を横切り・・・。

「し、しまった!」

「スーハー!スーハー!」さっきの喘息患者だ。
なんでここに・・・というか、そりゃコーヒー飲みに来たんだよな。
彼はコーヒーを<仲間>と出口付近の長椅子で飲んでいた。

<仲間>は2人とも病衣を着たまま。

仕方なく、裏口から出ることに。そのためにはレジの近くをまた通らねばならない。
「見つかるよりはいいか・・・!」

木村ばあさんにビクビクしながら肉屋を通り過ぎ、野菜売り場を通り過ぎ・・・たその途端。

「あ。やっぱそうや。ユウキ先生や。アンタ、ユウキ先生や」
おじおば夫婦。耳が遠いが千里眼だった。
「ちょうどええわ。教えてもらおうやアンタ」

「こ、こんにちは」
「おうおう、卵、うまいこと買えたんやねえ」オバは買い物袋を穴が開きそうなほど眺めた。
おじは牛乳瓶メガネで僕の顔を嘗め回すように見る。

たしか・・・オバは付き添いで、患者はこのオジ・・・糖尿病による腎不全だ。

「さあアンタ、教えてもらいい。どんな食事がええんか」
「そ、そやな。でも先生・・急いでるんと違うか?」
「今のうちに聞きいな!」
「栄養士さんの指導とか、あろうが!」

「まあまあ」僕は仲裁した。
「ほらほら、先生が教えてくれるって」
「な・・・!」
「先生がな!とうさん!ちょうどここが売り場やから!何買ったらええか実演してくれるって!」
「はあ・・・?」

ジイは半ば呆れていたが、少しため息をつき・・・

「では先生、よろしくお願いしますわ。1からお願いしまふ!」

だ、誰がそんな指導すると言った?

時間は、もうない。

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