ダル医長 水曜日 ? 押し付け
2006年8月2日 ザッキーにより頸部前面を縦切開数センチ。わずかに出血。
僕が両端から鈎で引っ張る。
「待てよ待て・・はい、どうぞ」
ザッキーにより頸部の筋肉が左右に分けられていく。
血管を避けながら、の気持ちで。
「奥が見えにくくなってきました・・」
「ライトを。ナース!」
「ぼええ!」中野おばさんという、ハズレのナースだった。
「僕の真下、そこに当てて!」
「ほげえ・・・?」おばさんはガサツにライトをグイグイ引っ張りまわし、それはザッキーの帽子にカツンと当たった。
「いたい!」
「ああ。当たった当たった」おばさんは鼻の下を伸ばし、術野を覗き込んだ。
僕はモニターを見ていた。
「中野さん。モニター見てるか?」
「ほげ。血圧は110で・・」
「いやいや。それは見えるんだけど」
「ほげ。もう終わる?」
「あんた。ナースかよ・・・」
彼女の難聴を知りつつ、小声で言った。
ザッキーは電気メスで組織の出血をジジジ、と止めている。
動きに多少、動揺がみられる。
「ザッキー。慌てるな」
「おおっと!」患者の首がかすかに左右に揺れた。
「ナース。ドルミカム、静注追加!」
中野さんはベッドの下にもぐりこむように、注射の準備にかかった。
「え〜と、え〜と・・・ドルミカム、ドルミカム・・・」
「早く。頼む」
「いきますよ?ええんかの?」
「はよ、せいって言うてるやろ」
「ほいほい。入れまし・・・たっと!」
再びスムーズに処置が再開。
甲状腺を2箇所結んで、間で切り離し。
「では奥を・・・」ザッキーは奥を覗き込んだ。
「中野さん。ライト、ずれてるぞ」
「ほげ!血圧は・・」
「それじゃない!ライト!」
「ふんげ・・はいはい。ライトを・・?」
「考えながらやってんのか!」
また怒鳴ってしまった。
ライトが今度はザッキーの顔の真横に来た。
「あつつ!あついあつい!」
「はあはあ」おばさんは慌ててはずした。
「何やってんだよ!もう!」
ザッキーは怒って、使用済みガーゼを放った。
「ザッキー。指先指先!」
「わかってますよ。ったく・・・」
奥深く、気管に到達。針を中央にかける。
「では、周囲をメスで切開して・・」
「カニューレの大きさとの関係。大丈夫か?」
「ええ。いけます」
「中野さん。挿管チューブ抜く用意。いいんだな?」
「え?あ、はいはい」
相変わらず、ワンテンポツーテンポ遅れてる。
「よいせっと・・・」
「まだまだ!抜くなよ!」ナースは覗き込んだだけで、僕が叫んだだけだった。
「ぬっきません。ぬっきませんって」
「モニター見てるか?血圧90って出てるが」
「ありゃりゃ。ホンマや」
「再検するとか!」
「そうでしたっと!」中野は血圧再度測定のボタンを押した。
ザッキーはもう切開口を作った。
「穴、開きました。では挿管チューブを。中野さん!」
「え?はいは・・」
僕はサッと患者の頭側についた。
「もういい。どけって!」
「ふぎい!」ナースはよろめき、視界から消えた。
「じゃ、ザッキーいくぞ。1、2」
「3!」
挿管チューブが抜け、気管カニューレが入った。
ザッキーはカニューレ周囲を糸で縛る。
「中野さん!痰を早く!痰!」
「いいよもう。オレがする」
僕はチューブで痰を吸引。
おばさんはようやく立ち上がった。
「終わった終わった。やっとや」
「何がおい。やっとやねん?」
「これからはドクターだけでしてもらおう、なんてな」
「介助まで?勝手に決めるなよ」
おばさんナースはドアを半開きにし、詰所に声をかけた。
「やっと終わりましたよー!」
手の空いているナースが数人、手伝いに来た。
僕は手袋を脱いだ。
「こうやっていちいちメスで切開せずとも、穿刺でできる簡単なキットもあるんだが・・あれはオレ的にはちょっと」
「どうしてですか?」ザッキーは糸を縛る。
「簡単だがブラインド(盲目的)だろ。気管の壁が出血したら面倒だしな・・あとが」
「止血が大変ですね。たしかに」
「何事も、なるべく直視下でしたほうが安全だよ」
服を脱ぎ、詰所へ。
「なんかある?」
「はい?はい?」澪という中年ナースが電話中。
「ああ、すまん・・・」
「はい・・伝えます」きゃしゃな彼女は受話器を・・僕の耳に当てた。
「医長先生。松田クリニックからお電話です」
「オレに?もしもし?」
『もしもし。おひさし!』
「ブリですね」
『どや?景気は?』
「相変わらずで・・・」
真珠会の子会社クリニックとなりつつある、松田先生の診療所。
僕らの病院にも患者の出入りはあり、微妙な関係が続いていた。
『あのな。1人お願いできるか』
「ええ。まず外来へ」
『57歳でな。胸痛あってもう2週間経つんやけどな。少しマシなんやって』
「心電図などは・・・」
『右脚ブロックがあってな。STが分からんのだな。これが』
「心臓の動きは・・・」
『2週間前は異常なしだったけどな。ビデオも写真もないけど』
「2週間前・・のだけ?」
『採血はな。GOTとLDHとCPKは高値』
「変動は?」
『なんやおい!根掘り葉掘り聞きやがって!受けるか受けんのか!』
「なっ・・・」
『ええんやで。診んのやったら、どっか送るまでや!』
「松田先生・・・」
『ほな。診てくれるわけやな?な?』
「ええ。どうぞ」
電話を切った。開業医ってのは、どうも・・・。
「医長先生」澪が眉間にシワを。
「すぐ来ると思う」
「医長先生。バタバタがあったし、ほぼ満床ですし・・・」
「とりあえず、診ようと思う」
「ミチル師長がいったん辞められて、人手不足で」
確かに、そのあと辞めた複数の人間も去って、正職員の勤務はかなり疲れるものだった。
「う、うん。それは分かる。分かるんだけど」
「医長先生のご判断で、そこをうまく・・・」
「う、うまくって・・・?」
周囲に数人のオークが集まっていた。みな目を逸らしているが、どことなく視線を感じる。
平和ムードからの立ち上げがしんどいのは、どこも一緒だ。
「まあな。今日の夜はザッキーの患者のピシバニール癒着もあるし」
「大動脈瘤破裂の患者さんもザッキー先生です」
「ああ。急変の可能性は大だな」
「なので。これでもしAMI(急性心筋梗塞)でも入ったら・・・ナース2人ではとてもカバーは」
「今日の当直医は?」
カレンダーを覗いた。
「うう、うろ・・・泌尿器の先生か」
「非常勤ですし。私達は不安です」
「俺たちに、誰か泊まれっていうのか?」
「医長先生の責任で、お願いいたします」
「ザッキーは大事な用事があるらしいな」
「知りません。とにかく先生方から、補助を1名お願いします」
「わ、わかったよ・・・」
エレベーターに乗り込んだ・・とたん、澪ナースが飛び込んできた。
「わっと!間に合った!」
「なんだよ。びっくりだなあ」
「ユウキ先生!ごめん!仕方なかったの!」
「何が?」
「だってもう、周りが先生にそう言えそう言えって!」
「確かにまあ。忙しくなってきたからなあ・・・」
「ね、先生。今度飲みに行こうよ!」
「いきなりどしたの?」
「ねえ行こうよ!ねね!」
「はわわ?」
「2人で!」
彼女は近寄ってきたが・・・彼女は僕のストライクゾーンではない。
きゃしゃではあるが、ゴツゴツといった感じなのだ。
「あ、ああ。ま、また機会があればね・・ん?待てよ?」
「え?何よ?」
「あんた、既婚者だろ?いいのか?」
「ダンナ?関係ないよ。あんなダンナ」
エレベーターが開いた。澪は、まるで何もなかったかのような薄情な表情でクールに出て行った。
「澪さん。ゴメン・・・やっぱりオレ」
「だったらもういいです」
「・・・・」
「(舌打ち)」
まるで仮面をつけた悪魔のよう。こういうのがあると、仕事がやりにくい。
これが、女か・・・!
薬局へ歩いていく彼女を見送った。
するとそれとすれ違うかのように、白衣が1人歩いてきた。
「なんだよ。看護士か・・・」
ムキムキで背の高い看護士が何度も振り向きながら、僕の前で立ち止まった。そして・・
「・・・・へいへい!」何度も上を指差している。
「なにしてる?」
「うわきしてる?へいへい!」
僕は彼の脚に、斜めに脚をかけた。両手を両肩に。
「あんまり余計なことをいうと・・・どりゃあ!」
「ぎやあん!やめてやめて!」
看護士はそのまま、ゆっくりペタンと床に押し付けられた。
僕が両端から鈎で引っ張る。
「待てよ待て・・はい、どうぞ」
ザッキーにより頸部の筋肉が左右に分けられていく。
血管を避けながら、の気持ちで。
「奥が見えにくくなってきました・・」
「ライトを。ナース!」
「ぼええ!」中野おばさんという、ハズレのナースだった。
「僕の真下、そこに当てて!」
「ほげえ・・・?」おばさんはガサツにライトをグイグイ引っ張りまわし、それはザッキーの帽子にカツンと当たった。
「いたい!」
「ああ。当たった当たった」おばさんは鼻の下を伸ばし、術野を覗き込んだ。
僕はモニターを見ていた。
「中野さん。モニター見てるか?」
「ほげ。血圧は110で・・」
「いやいや。それは見えるんだけど」
「ほげ。もう終わる?」
「あんた。ナースかよ・・・」
彼女の難聴を知りつつ、小声で言った。
ザッキーは電気メスで組織の出血をジジジ、と止めている。
動きに多少、動揺がみられる。
「ザッキー。慌てるな」
「おおっと!」患者の首がかすかに左右に揺れた。
「ナース。ドルミカム、静注追加!」
中野さんはベッドの下にもぐりこむように、注射の準備にかかった。
「え〜と、え〜と・・・ドルミカム、ドルミカム・・・」
「早く。頼む」
「いきますよ?ええんかの?」
「はよ、せいって言うてるやろ」
「ほいほい。入れまし・・・たっと!」
再びスムーズに処置が再開。
甲状腺を2箇所結んで、間で切り離し。
「では奥を・・・」ザッキーは奥を覗き込んだ。
「中野さん。ライト、ずれてるぞ」
「ほげ!血圧は・・」
「それじゃない!ライト!」
「ふんげ・・はいはい。ライトを・・?」
「考えながらやってんのか!」
また怒鳴ってしまった。
ライトが今度はザッキーの顔の真横に来た。
「あつつ!あついあつい!」
「はあはあ」おばさんは慌ててはずした。
「何やってんだよ!もう!」
ザッキーは怒って、使用済みガーゼを放った。
「ザッキー。指先指先!」
「わかってますよ。ったく・・・」
奥深く、気管に到達。針を中央にかける。
「では、周囲をメスで切開して・・」
「カニューレの大きさとの関係。大丈夫か?」
「ええ。いけます」
「中野さん。挿管チューブ抜く用意。いいんだな?」
「え?あ、はいはい」
相変わらず、ワンテンポツーテンポ遅れてる。
「よいせっと・・・」
「まだまだ!抜くなよ!」ナースは覗き込んだだけで、僕が叫んだだけだった。
「ぬっきません。ぬっきませんって」
「モニター見てるか?血圧90って出てるが」
「ありゃりゃ。ホンマや」
「再検するとか!」
「そうでしたっと!」中野は血圧再度測定のボタンを押した。
ザッキーはもう切開口を作った。
「穴、開きました。では挿管チューブを。中野さん!」
「え?はいは・・」
僕はサッと患者の頭側についた。
「もういい。どけって!」
「ふぎい!」ナースはよろめき、視界から消えた。
「じゃ、ザッキーいくぞ。1、2」
「3!」
挿管チューブが抜け、気管カニューレが入った。
ザッキーはカニューレ周囲を糸で縛る。
「中野さん!痰を早く!痰!」
「いいよもう。オレがする」
僕はチューブで痰を吸引。
おばさんはようやく立ち上がった。
「終わった終わった。やっとや」
「何がおい。やっとやねん?」
「これからはドクターだけでしてもらおう、なんてな」
「介助まで?勝手に決めるなよ」
おばさんナースはドアを半開きにし、詰所に声をかけた。
「やっと終わりましたよー!」
手の空いているナースが数人、手伝いに来た。
僕は手袋を脱いだ。
「こうやっていちいちメスで切開せずとも、穿刺でできる簡単なキットもあるんだが・・あれはオレ的にはちょっと」
「どうしてですか?」ザッキーは糸を縛る。
「簡単だがブラインド(盲目的)だろ。気管の壁が出血したら面倒だしな・・あとが」
「止血が大変ですね。たしかに」
「何事も、なるべく直視下でしたほうが安全だよ」
服を脱ぎ、詰所へ。
「なんかある?」
「はい?はい?」澪という中年ナースが電話中。
「ああ、すまん・・・」
「はい・・伝えます」きゃしゃな彼女は受話器を・・僕の耳に当てた。
「医長先生。松田クリニックからお電話です」
「オレに?もしもし?」
『もしもし。おひさし!』
「ブリですね」
『どや?景気は?』
「相変わらずで・・・」
真珠会の子会社クリニックとなりつつある、松田先生の診療所。
僕らの病院にも患者の出入りはあり、微妙な関係が続いていた。
『あのな。1人お願いできるか』
「ええ。まず外来へ」
『57歳でな。胸痛あってもう2週間経つんやけどな。少しマシなんやって』
「心電図などは・・・」
『右脚ブロックがあってな。STが分からんのだな。これが』
「心臓の動きは・・・」
『2週間前は異常なしだったけどな。ビデオも写真もないけど』
「2週間前・・のだけ?」
『採血はな。GOTとLDHとCPKは高値』
「変動は?」
『なんやおい!根掘り葉掘り聞きやがって!受けるか受けんのか!』
「なっ・・・」
『ええんやで。診んのやったら、どっか送るまでや!』
「松田先生・・・」
『ほな。診てくれるわけやな?な?』
「ええ。どうぞ」
電話を切った。開業医ってのは、どうも・・・。
「医長先生」澪が眉間にシワを。
「すぐ来ると思う」
「医長先生。バタバタがあったし、ほぼ満床ですし・・・」
「とりあえず、診ようと思う」
「ミチル師長がいったん辞められて、人手不足で」
確かに、そのあと辞めた複数の人間も去って、正職員の勤務はかなり疲れるものだった。
「う、うん。それは分かる。分かるんだけど」
「医長先生のご判断で、そこをうまく・・・」
「う、うまくって・・・?」
周囲に数人のオークが集まっていた。みな目を逸らしているが、どことなく視線を感じる。
平和ムードからの立ち上げがしんどいのは、どこも一緒だ。
「まあな。今日の夜はザッキーの患者のピシバニール癒着もあるし」
「大動脈瘤破裂の患者さんもザッキー先生です」
「ああ。急変の可能性は大だな」
「なので。これでもしAMI(急性心筋梗塞)でも入ったら・・・ナース2人ではとてもカバーは」
「今日の当直医は?」
カレンダーを覗いた。
「うう、うろ・・・泌尿器の先生か」
「非常勤ですし。私達は不安です」
「俺たちに、誰か泊まれっていうのか?」
「医長先生の責任で、お願いいたします」
「ザッキーは大事な用事があるらしいな」
「知りません。とにかく先生方から、補助を1名お願いします」
「わ、わかったよ・・・」
エレベーターに乗り込んだ・・とたん、澪ナースが飛び込んできた。
「わっと!間に合った!」
「なんだよ。びっくりだなあ」
「ユウキ先生!ごめん!仕方なかったの!」
「何が?」
「だってもう、周りが先生にそう言えそう言えって!」
「確かにまあ。忙しくなってきたからなあ・・・」
「ね、先生。今度飲みに行こうよ!」
「いきなりどしたの?」
「ねえ行こうよ!ねね!」
「はわわ?」
「2人で!」
彼女は近寄ってきたが・・・彼女は僕のストライクゾーンではない。
きゃしゃではあるが、ゴツゴツといった感じなのだ。
「あ、ああ。ま、また機会があればね・・ん?待てよ?」
「え?何よ?」
「あんた、既婚者だろ?いいのか?」
「ダンナ?関係ないよ。あんなダンナ」
エレベーターが開いた。澪は、まるで何もなかったかのような薄情な表情でクールに出て行った。
「澪さん。ゴメン・・・やっぱりオレ」
「だったらもういいです」
「・・・・」
「(舌打ち)」
まるで仮面をつけた悪魔のよう。こういうのがあると、仕事がやりにくい。
これが、女か・・・!
薬局へ歩いていく彼女を見送った。
するとそれとすれ違うかのように、白衣が1人歩いてきた。
「なんだよ。看護士か・・・」
ムキムキで背の高い看護士が何度も振り向きながら、僕の前で立ち止まった。そして・・
「・・・・へいへい!」何度も上を指差している。
「なにしてる?」
「うわきしてる?へいへい!」
僕は彼の脚に、斜めに脚をかけた。両手を両肩に。
「あんまり余計なことをいうと・・・どりゃあ!」
「ぎやあん!やめてやめて!」
看護士はそのまま、ゆっくりペタンと床に押し付けられた。
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