いったん医局・・を通り過ぎ、医長室へ。

「オープン・サシミ!あれ・・・?」
暗証を押しても、やはり開かない。そうだった。番号変えたんだった。でもその番号が・・・

「たしか1192年のあとだったような・・・あちょっと!」
医局に入りかけたトシキが振り返った。

「なんですか?さきほどの僕のやり方ですか?」
「いやいや、あれは礼を言うけど・・・1192年のあとの歴史で、何か年号知ってるか?」
「僕を試すんですか?」
「い、いやいや・・・」
「1775年が、たしか独立戦争ですよね」
「どある!いきなり海外に飛ぶな!」
「それに近い年号なら・・・あ、あれはでも日本では。いや、日本かな」
「何?」
「元寇(げんこう)ですよ。元が日本に2回、せめてきたんです。暴風で吹き飛ばされたんです。あれはすごかった」
「見たのかお前?」
「いやいや、当時の社会科の先生の説明が」
「で。それは何年・・・?」
「たしか、1274年と1281年です」
「よく覚えてるな?役に立たんのに・・・それではないな」

トシキは目が覚めたように驚いた。
「それが一体、なんですか?」
「パスワードをな。変えたんだよ、即興で。そしたら忘れてしまって」
「あ!そうか!先輩、オープンサシミ、違うじゃないですか!開きませんでしたよ!」
「だ、だからその、ホントのパスワードはここに・・・」

自分の頭を指差した。

「頭・・・開けましょうか?」トシキはふんぞりかえった。
「ただしパスワードが必要です、わっ!さむ!アイアム寒!」我ながら、寒かった。
「とりあえず、さきほどの年代で押してみます」

トシキが2回も押すが、やはりゴマは開かず。
それどころか、なにやらカチャン、というロックのような音が聞こえた。

「あああ、ロックされてもた?いや、もうええわ。トシキ。ありがとう」
「何やってんですか。医長とあろうものが。アリセプトのせいで凶暴に?」
「いきなり副作用の話かよ・・トシキの話は飛躍しすぎで!」
「それは先輩でしょう!」

事務員の田中君が、走りながらやってきた。

「はあはあ!つかれた!」
「どしたんだよ?田中くん?」
「警報の合図が事務室に・・・」
「ああすまん。実はパスワードをわす・・」

田中くんは、僕の手を引っ張った。

「な、何するんだよ?」
「事務室まで連行することになってまして!」
「オレだよ?医長の自分が間違えただけで!」
「でもマニュアルではそうなってるし!」
「例外!例外!」
「例外のない規則はありません!」
「だったら許せよ!もう、さんざんな1日だな・・・んん?」

そうか!思い出した。

「さんざん・・・さんざん喜ぶ!そうだ!1334!離してくれ!」
「ダメですよ!ロックされましたから!そのボタン!」
「リセットとかできないのか?」
「パネル横の電源を切れば、やり直せます」
「だる・・・なんて単純なんだ」

手をふりほどき、電源を消しまた点けて・・・

「何やってんのかな。俺たち・・」
「僕まで含めないでください」トシキは冷淡だった。
「よし。開いた。田中君。トシキくん。ご苦労さん」

2人はアリのように散らばっていった。

で、つい勢いで次のように口走った。
引き出しを開け、おもむろにそれを取り出し・・・

医局に入った。故意ではないのだが・・

「おいトシキ!いつまでたっても取りに来ないんだから!これ!」
サッと差し出したとたん、気がついた。
「わっと・・・」

まずソファで横になっていたピートが気づいた。
「や・・?やや?やや?」
「いや、そのこれは」
「うおっほうおっほ!マジマジ?」

人だかりが出来てきた。

中央でカテーテル検査の動画をゆっくり流しているトシキ・シローは遅れて気づいた。

「おい、これマイちゃんじゃないか!オレもーらい!」人だかりの1人が叫んだ。
「待て待て!ダビングしてまわせ!」他の1人。

僕はトシキに歩み寄った。
「すまん。トシキ・・・あれはその」
「製薬会社のDVDですか?不整脈のだったら欲しいです」
「いや、そうじゃなくて・・・ホントにごめん」
「マイちゃんマイちゃんって・・・・あ、そうか。なるほど」

あっけなく納得したように見えた。

「例の話は聞きました。栄養士のマイちゃんという女性ですね。スーパーで栄養指導したそうで。なかなかいいアイデアで」
「いや、そうじゃないんだよ。いや、それはそうなんだが。別のマイちゃん。アダル・・・」
「別の・・・?事務長さんも、手を出しすぎですね。今度注意しときます」
「あのな。あの・・・」

 ピートが群集からDVDを取り返し、B4用紙できれいにラッピングし始めた。
「トシキ!トシキ!待ってろ!お前の!♪マイ〜マイ〜マイッシュロナ〜」
「僕の・・・?」
「お誕生日、プレゼント!当直のお供用!」
「誕生日は、あと3ヶ月なので違います」
「♪マイ〜マイ〜マイ〜マイ〜マイ〜アオ!」ピートは嬉しそうに折りたたむ。

 すると1人ずつ、医者が慌てて出て行き始めた。急変で呼ばれたときの勢いに近い。

ピートは紙で包んだディスクを、両手でトシキに手渡した。
「はい、どうぞ!これはオレたちからだぜ!日ごろのうら・・いやいや、感謝感謝!」
「それほどおっしゃるなら」
「へへへ!」
「開けても・・・?」

 僕は振り向き、反射的に医局を飛び出した。フィルムを見ていたシローでさえ中断、走ってついてきた。
 これで医局からほとんどがいなくなった。僕の周囲を外科系ドクター、眼科医、研修生らが走る。

シローが僕に追いついてきた。

「医長先生!あれ、やりすぎじゃないですか?」
「いや〜まずいな。今日は・・・!」
「彼、当院拒否するかもしれません!」
「だったら、給食はオレが届ける!」
「?」

用もないのに、僕らはみな詰所へズドドドとなだれこんでいった。

師長が思わず立ち上がったほどだ。

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