皇帝(名誉教授)は語り続ける。

『ですがね。国の方針が変わろうと、我々が。安全でリーズナブルな医療を提供する姿勢こそあれば、たとえ医療費がどうだろうと病院が赤字だろうと。患者さんたちには分かります。伝わるんです!気持ちが届く医療だからこそ、患者さんたちはついてくるんだ!特別な医療なんていりません。いらんのですよ。私らが誠意をもってやればいい。それだけでいいんだ。見てみなさい。そうすりゃ自ずと、病院も潤ってくる。医学・医療に王道なしです!』

「(一同、拍手)」

<王道>を我が物顔で進んでいる裸の王様・・・・ヤツにこそ、言えた言葉だ・・・。

『最近は新星のごとく2年前に登場した、松田クリニックの松田先生!彼はよくやっとる!みなさん、今後も紹介など頼む!』

上座、端っこの松田先生が照れるように頭を下げた。

『立たなくてよろし。ははは。彼の最大の功績は・・・我らミナミを代表する医師会と長らく疎遠で敵対関係にあった、キタの医師会との・・いわゆる橋渡しである点だ』

僕の横、事務長がうなずいていた。
「キタの医師会は、真珠会が牛耳ってます。彼らは南下を進めてて・・・」
「でも実は松田とグルなんだろ?」
「みんなそれは知ってますって。そういう意味で橋渡しなんでしょうね」
「さあな。政治は知るかよ・・・」

 やはり医療だけやってていい、というものではない。

 大学病院では気をつけないと下克上さえされかねない世界だが、大学を出ても、<世の動き>には気をつけなくてはならない。病院の財政状況、周辺病院との関連・・・すべての状況には意味がある。その意味を解釈することで、先が読みやすくなる。

 しかし、松田先生も一体、何やってんだ・・・。宗教やったり、変な患者送ってきたり。欲にくらむと、人間こうなのか。後輩のザッキーがよその病院へ取られる(かもしれない)ことに関しての不安は、そういう背景が原因だった。

 葉巻のじいさん(副会長)がビールの入ったコップを持って立ち上がった。
「では、今後の医師会および皆様各病院の、今後の増益、ははは、とますますの発展を祝って!」

「(一同)乾杯!」

 ズドドン、とみな一斉に腰掛けた。
僕は車で来たので、口をつけるフリだけ。

「いやあ。乾杯というより、<完敗>!という感じだな」
「今の。アイアムサムですよ。先生」ザッキーがこぼした。ビールを。
「おい。俺の股に飛んだじゃないないか?」

股が直径4センチほどびしょ濡れだ。
「これじゃあおい、前でどうやって挨拶するんだよ!」
「わかってるって!」
「?」

 違った。ザッキーは携帯相手に話をしている。周囲の目が留まりそうになるのを察し、ザッキーは立ち上がって廊下へ向かった。
「ウソだろ?言ってた時間と違うじゃないか!もしもし?」

どうしたんだ・・・?病棟の急変かムンテラか?

事務長が僕のほうに、箸でいろいろまわしてきた。
「これも要らないし、これも・・」
「おい!勝手に入れるな!」
「魚系は、全然ダメなんです。わたし」
「栄養指導、したんだろ・・・!」
「でもね先生。スーパーでの指導はやっぱキツイですよ。肉屋コーナーの前で、尿酸高い人に<これは食うな>って言えますか?」
「暗号やサイン、使ったほうがいいな・・・」

ザッキーは廊下に出てるが、なにやら激しい声の勢いは伝わってくる。

「事務長。あいつ、今日変だよな・・・」
「ユウキ先生だけですよね。鈍いのは」
「鈍い?気づいてないってこと?」
「鈍いからサン・ダル先生だ!わっはは!まあまあおっとっと!チュチュンガチュン!」
「注ぐな!」

誰か、開業医らしき先生が酒をつぎにやってきた。高齢だ。
「景気がよろしゅう、おますなあ!」
酔っている。

「いえいえ。うちはまだまだ・・」事務長が応える。
「またあ!しかし真田病院はんも、よくここまで立ち直れたものでんなあ・・」
医師は僕の方をギョロッと一瞥した。

「ところで。奈良のほうにもう1件・・・?」
「うちにも分院が必要ですからね」
「ほほう。しかしお噂では、昨年開院された病院に対抗してのリベンジ?だとか?」
「さあ」事務長はしらばっくれた。

「お疲れ様です!さきほどの三国です!」僕の後ろに、研修医が注ぎに来た。
「ああ、君な。俺の噂って、どないな?」
「ユウキ先生は、大学では伝説です!」
「ウソこけ・・・」
「ホントです。奈良の病院には、私達期待しております!」
「だる。よく知ってるな・・・」
「ハカセ先生は、いい先生だったのですが・・・」
「あいつを?知ってるのか?」
「え、ええ。今でもうちの医局員ですが」
「俺たちの医局に入ったの?いつの間に?」
「め、名義です。あくまでも名義貸しですが・・・最近、同様に奈良に病院を開院されまして」
「アイツの力じゃないだろ?」
「その病院っていうのが・・・」
「舞鶴市民病院でも目指してるのか?コーシーは外国人!」
「それがですね・・・」

ザッキーが青白い顔で戻ってきた。

「顔色、悪いぞ?」
「くっそ〜。なんでもありません!」
だが、彼の足はソワソワしている。

「なんだよザッキー。水臭いぞ。ナースが何かミスったのか?」
「くっそ〜・・・!」今にも悔し涙が出そうな顔だ。
「患者の家族のクレームか?」
「じゃあユウキ医長、言いますね・・・それは」
「それは?」

「それは、秘密です!アイアム寒!」酔った事務長が僕ら2人を抱きしめた。

「おい事務長!車だろ?よせよ!」僕は振り払おうとした。
「医長とザッキー。30年ぶり、涙のご対面です!」
「こいつダメだよ。酔ってる」

事務長はどかされ、畳の上に転げ落ちた。

「グウグウ。よかったねえ・・・!」

よくないよ。

マイクがキーン、と鳴る。副会長だ。
『では次は真田病院。新しく医長となられました、ユウキ先生より自己紹介を』

「はあいっ!」

 思わず高らかに答えてしまった。これは恥ずかしい!アイアム寒!

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