無限に拡がる、医師過剰大都市群。そこには、様々な医者が満ち溢れていた。

大学に残る者、検診だけでおいしく稼ぐ専業女医、地方に根ざすはずが痴呆に根ざした開業医・・・。

関西ではこの頃から病院間での競争、貧富差が増加し、まさに弱肉強食の時代を迎えていた。

僕らの総合病院「真田会」が「真珠会」と敵対し始めた日々。それでもバブリーな黄金時代は続いていた。

病院経営が安定していた中、僕らは日々診療に追われていた。

木曜日。


「うっ?はっ?」

胸騒ぎで目覚めた朝。今日が休みだと認識するまで、時間はそれほどかからなかった。
起き上がりかけた体を、またゆっくりとベッドにしずめる。

「いたたた・・」

腰が痛かった。ここ数日かなり忙しく、ストレスも多かった。これも年なのか・・・。
僕は天井に向かって両手を伸ばした。

「よ・・・・いしょっと!」
ガバッ、と上半身を起こす。すかさず、枕もとの携帯電話を見る。

「着信は・・・3件か。3件?」
寝てる間に呼ばれていた・・というのはザラだが、毎回焦る。

履歴を見ると・・ワン切り業者だ。

「やれやれ・・おどかすなよ!ったく!」

耳を澄ますと・・・かすかに聞こえてくるサイレン、ではなく音楽。チンドン屋のような。

「そ、そうだった!」
僕は反射的にベッドから飛び出し、ズボンを勢い良くはいた。
「ス、スレッガーさん!やべえ!やべえよ!」

音楽は少しずつ近づいてくる。

僕は部屋中を、あちこち駆け回った。ゴミ箱から袋ごと抜き出す。
台所から、黒いポリ袋。間違ってデカイ90L版を買っていた。

「スレッガーさん!でけえ!でけえよ!」
上半身はシャツのまま、ダッシュでエレベーターへ。しかしこちらへ向かう動きがのろい。
音楽はかなり大きくなっていた。

「おせえ!おせえよ!」
階段を2段とばしで飛び降り。上がってくるバアサンにゴミ袋をぶつけながらも、必死で駆け下りた。

「間に合ったか?」
玄関を出ると、市の職員?がゴミ袋を1つずつ投げ込んでいるところだった。

「す、すんません!これ!」
「チッ(舌打ち)」
「・・・・・」

トラックはガララ、と引き上げていった。
思わず片手に持っていた携帯の時刻は・・・9時半だ。目覚ましをかけないと、こんなものだ。

ただいったん起きてしまうと、テンションが妙に出てきてさあ何かしなければ、という思いにかられる。
病院へ行かないとなると、医者の場合することといえばテレビか食事か車だ。

僕はそのままアパート下の駐車場へと歩いた。朝マックを買うためだ。
「そうそう、これがないと始まらんのだよな・・何事も!」
大阪市の駐車場。一般的に高い。月2-3万はする。自分はまだアパートの下で幸いだった。

病院患者のことを、一通り考える。
「重症患者のだれだれは、ぶつぶつ。こうであれで・・ふんふん」
忘れた指示がなかったか、電話する予定がなかったか思い出す。

朝9時半なら、申し送りもとっくに終わって外来業務も本格化するところ。病棟は検査結果待ち。
深夜明けナースからの連絡がなかったということは、急変はなかったものと思われる。

GT-Rは不必要な空ぶかしをするかのように、ノロノロと街を出て国道に合流した。
ナビでマックの店をセット。

MD6連奏から、GLAYの曲をセット。どうせ誰も見ていないから、口を開けて歌う。

「♪こんここではない、どおこかあえと〜!フフをフンフフンよ(歌詞分からず)!ホンマ、行きたいよ!」
重症患者がいると、病院の半径30分以上は離れがたい。

病院のことを気にかけていると、やはりかかってきた。電話だ。運転しながら出る。

「もしもし」
『ユウキ先生、今どちらにおられますか?』
「あ?おれ?ところでアンタは?」
『重症病棟、リーダーの美野です』

いつも明るい子だが、何やら緊迫したような喋り方だ。

「近くではあるけど・・上半身はシャツなんだな」
『それはどうでもいいんですけど。先生、知ってました?』
「だから。何をやねん?」
『トシキ先生が、休みを取られまして』
「うそ?」
『ウソなんか、言いません!』

トシキは・・もと医長は・・本来なら今日、僕の代わりに病棟を仕切ってくれるはずだった。
皆勤賞をあげてもいいくらいの彼が、休み・・・?

「だ、誰か亡くなったのかな。家族とか」
『先生。縁起悪いことを!』
「でもたぶん、そういうことがあったんだろ?」
『トシキ先生、昨日早引きされてたらしくて』
「へえ、そうなのか、うっ?」

まさか・・・

『え?先生。何か知ってるんですか?』
「い、いや・・・」

あの男・・・あの事がキッカケで・・・

『でね!先生。医長先生もいなくてトシキ先生いないと!現場を仕切る先生が!』
「し、シローがいるだろ。それとあと2人!」
『彼らに聞いても、<それは分かりかねる>って!』
「ええ?そんなこと言ったのかあいつら!あ!」

マックを通り過ぎた。

『なので先生。来てください』

出た。とどのつまりは、それだ。

「うーん・・・」
『先生。医長でしょ』
「うーむ・・・」
『医長でしたらお願いします』
「うー・・・」

何も言い返せなかった。

「ま。しゃあないな。行くわ!」
『それと、山ほど申し送り事項がありますので。患者さんからもクレームが』
「苦情が?なんて?」
『今日はちっとも見に来てくれんって』
「今日はオレは定休日!そう言っててくれよ!」
『患者さんの家族も朝早くからお待ちかねです』
「約束なんか、してねえよ?」
『1日、間違えて来てしまったとのことで』

あああ・・・・こういうの多いんだよな。

信号待ちで、ナビをセットし直し。

「真田病院へ・・・ゴー!」

覚悟を決め、アクセルを踏んだ。ここではない、職場へと・・・

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