サンダル休日 木曜日 ? ここではない、職場へ
2006年9月6日無限に拡がる、医師過剰大都市群。そこには、様々な医者が満ち溢れていた。
大学に残る者、検診だけでおいしく稼ぐ専業女医、地方に根ざすはずが痴呆に根ざした開業医・・・。
関西ではこの頃から病院間での競争、貧富差が増加し、まさに弱肉強食の時代を迎えていた。
僕らの総合病院「真田会」が「真珠会」と敵対し始めた日々。それでもバブリーな黄金時代は続いていた。
病院経営が安定していた中、僕らは日々診療に追われていた。
木曜日。
「うっ?はっ?」
胸騒ぎで目覚めた朝。今日が休みだと認識するまで、時間はそれほどかからなかった。
起き上がりかけた体を、またゆっくりとベッドにしずめる。
「いたたた・・」
腰が痛かった。ここ数日かなり忙しく、ストレスも多かった。これも年なのか・・・。
僕は天井に向かって両手を伸ばした。
「よ・・・・いしょっと!」
ガバッ、と上半身を起こす。すかさず、枕もとの携帯電話を見る。
「着信は・・・3件か。3件?」
寝てる間に呼ばれていた・・というのはザラだが、毎回焦る。
履歴を見ると・・ワン切り業者だ。
「やれやれ・・おどかすなよ!ったく!」
耳を澄ますと・・・かすかに聞こえてくるサイレン、ではなく音楽。チンドン屋のような。
「そ、そうだった!」
僕は反射的にベッドから飛び出し、ズボンを勢い良くはいた。
「ス、スレッガーさん!やべえ!やべえよ!」
音楽は少しずつ近づいてくる。
僕は部屋中を、あちこち駆け回った。ゴミ箱から袋ごと抜き出す。
台所から、黒いポリ袋。間違ってデカイ90L版を買っていた。
「スレッガーさん!でけえ!でけえよ!」
上半身はシャツのまま、ダッシュでエレベーターへ。しかしこちらへ向かう動きがのろい。
音楽はかなり大きくなっていた。
「おせえ!おせえよ!」
階段を2段とばしで飛び降り。上がってくるバアサンにゴミ袋をぶつけながらも、必死で駆け下りた。
「間に合ったか?」
玄関を出ると、市の職員?がゴミ袋を1つずつ投げ込んでいるところだった。
「す、すんません!これ!」
「チッ(舌打ち)」
「・・・・・」
トラックはガララ、と引き上げていった。
思わず片手に持っていた携帯の時刻は・・・9時半だ。目覚ましをかけないと、こんなものだ。
ただいったん起きてしまうと、テンションが妙に出てきてさあ何かしなければ、という思いにかられる。
病院へ行かないとなると、医者の場合することといえばテレビか食事か車だ。
僕はそのままアパート下の駐車場へと歩いた。朝マックを買うためだ。
「そうそう、これがないと始まらんのだよな・・何事も!」
大阪市の駐車場。一般的に高い。月2-3万はする。自分はまだアパートの下で幸いだった。
病院患者のことを、一通り考える。
「重症患者のだれだれは、ぶつぶつ。こうであれで・・ふんふん」
忘れた指示がなかったか、電話する予定がなかったか思い出す。
朝9時半なら、申し送りもとっくに終わって外来業務も本格化するところ。病棟は検査結果待ち。
深夜明けナースからの連絡がなかったということは、急変はなかったものと思われる。
GT-Rは不必要な空ぶかしをするかのように、ノロノロと街を出て国道に合流した。
ナビでマックの店をセット。
MD6連奏から、GLAYの曲をセット。どうせ誰も見ていないから、口を開けて歌う。
「♪こんここではない、どおこかあえと〜!フフをフンフフンよ(歌詞分からず)!ホンマ、行きたいよ!」
重症患者がいると、病院の半径30分以上は離れがたい。
病院のことを気にかけていると、やはりかかってきた。電話だ。運転しながら出る。
「もしもし」
『ユウキ先生、今どちらにおられますか?』
「あ?おれ?ところでアンタは?」
『重症病棟、リーダーの美野です』
いつも明るい子だが、何やら緊迫したような喋り方だ。
「近くではあるけど・・上半身はシャツなんだな」
『それはどうでもいいんですけど。先生、知ってました?』
「だから。何をやねん?」
『トシキ先生が、休みを取られまして』
「うそ?」
『ウソなんか、言いません!』
トシキは・・もと医長は・・本来なら今日、僕の代わりに病棟を仕切ってくれるはずだった。
皆勤賞をあげてもいいくらいの彼が、休み・・・?
「だ、誰か亡くなったのかな。家族とか」
『先生。縁起悪いことを!』
「でもたぶん、そういうことがあったんだろ?」
『トシキ先生、昨日早引きされてたらしくて』
「へえ、そうなのか、うっ?」
まさか・・・
『え?先生。何か知ってるんですか?』
「い、いや・・・」
あの男・・・あの事がキッカケで・・・
『でね!先生。医長先生もいなくてトシキ先生いないと!現場を仕切る先生が!』
「し、シローがいるだろ。それとあと2人!」
『彼らに聞いても、<それは分かりかねる>って!』
「ええ?そんなこと言ったのかあいつら!あ!」
マックを通り過ぎた。
『なので先生。来てください』
出た。とどのつまりは、それだ。
「うーん・・・」
『先生。医長でしょ』
「うーむ・・・」
『医長でしたらお願いします』
「うー・・・」
何も言い返せなかった。
「ま。しゃあないな。行くわ!」
『それと、山ほど申し送り事項がありますので。患者さんからもクレームが』
「苦情が?なんて?」
『今日はちっとも見に来てくれんって』
「今日はオレは定休日!そう言っててくれよ!」
『患者さんの家族も朝早くからお待ちかねです』
「約束なんか、してねえよ?」
『1日、間違えて来てしまったとのことで』
あああ・・・・こういうの多いんだよな。
信号待ちで、ナビをセットし直し。
「真田病院へ・・・ゴー!」
覚悟を決め、アクセルを踏んだ。ここではない、職場へと・・・
大学に残る者、検診だけでおいしく稼ぐ専業女医、地方に根ざすはずが痴呆に根ざした開業医・・・。
関西ではこの頃から病院間での競争、貧富差が増加し、まさに弱肉強食の時代を迎えていた。
僕らの総合病院「真田会」が「真珠会」と敵対し始めた日々。それでもバブリーな黄金時代は続いていた。
病院経営が安定していた中、僕らは日々診療に追われていた。
木曜日。
「うっ?はっ?」
胸騒ぎで目覚めた朝。今日が休みだと認識するまで、時間はそれほどかからなかった。
起き上がりかけた体を、またゆっくりとベッドにしずめる。
「いたたた・・」
腰が痛かった。ここ数日かなり忙しく、ストレスも多かった。これも年なのか・・・。
僕は天井に向かって両手を伸ばした。
「よ・・・・いしょっと!」
ガバッ、と上半身を起こす。すかさず、枕もとの携帯電話を見る。
「着信は・・・3件か。3件?」
寝てる間に呼ばれていた・・というのはザラだが、毎回焦る。
履歴を見ると・・ワン切り業者だ。
「やれやれ・・おどかすなよ!ったく!」
耳を澄ますと・・・かすかに聞こえてくるサイレン、ではなく音楽。チンドン屋のような。
「そ、そうだった!」
僕は反射的にベッドから飛び出し、ズボンを勢い良くはいた。
「ス、スレッガーさん!やべえ!やべえよ!」
音楽は少しずつ近づいてくる。
僕は部屋中を、あちこち駆け回った。ゴミ箱から袋ごと抜き出す。
台所から、黒いポリ袋。間違ってデカイ90L版を買っていた。
「スレッガーさん!でけえ!でけえよ!」
上半身はシャツのまま、ダッシュでエレベーターへ。しかしこちらへ向かう動きがのろい。
音楽はかなり大きくなっていた。
「おせえ!おせえよ!」
階段を2段とばしで飛び降り。上がってくるバアサンにゴミ袋をぶつけながらも、必死で駆け下りた。
「間に合ったか?」
玄関を出ると、市の職員?がゴミ袋を1つずつ投げ込んでいるところだった。
「す、すんません!これ!」
「チッ(舌打ち)」
「・・・・・」
トラックはガララ、と引き上げていった。
思わず片手に持っていた携帯の時刻は・・・9時半だ。目覚ましをかけないと、こんなものだ。
ただいったん起きてしまうと、テンションが妙に出てきてさあ何かしなければ、という思いにかられる。
病院へ行かないとなると、医者の場合することといえばテレビか食事か車だ。
僕はそのままアパート下の駐車場へと歩いた。朝マックを買うためだ。
「そうそう、これがないと始まらんのだよな・・何事も!」
大阪市の駐車場。一般的に高い。月2-3万はする。自分はまだアパートの下で幸いだった。
病院患者のことを、一通り考える。
「重症患者のだれだれは、ぶつぶつ。こうであれで・・ふんふん」
忘れた指示がなかったか、電話する予定がなかったか思い出す。
朝9時半なら、申し送りもとっくに終わって外来業務も本格化するところ。病棟は検査結果待ち。
深夜明けナースからの連絡がなかったということは、急変はなかったものと思われる。
GT-Rは不必要な空ぶかしをするかのように、ノロノロと街を出て国道に合流した。
ナビでマックの店をセット。
MD6連奏から、GLAYの曲をセット。どうせ誰も見ていないから、口を開けて歌う。
「♪こんここではない、どおこかあえと〜!フフをフンフフンよ(歌詞分からず)!ホンマ、行きたいよ!」
重症患者がいると、病院の半径30分以上は離れがたい。
病院のことを気にかけていると、やはりかかってきた。電話だ。運転しながら出る。
「もしもし」
『ユウキ先生、今どちらにおられますか?』
「あ?おれ?ところでアンタは?」
『重症病棟、リーダーの美野です』
いつも明るい子だが、何やら緊迫したような喋り方だ。
「近くではあるけど・・上半身はシャツなんだな」
『それはどうでもいいんですけど。先生、知ってました?』
「だから。何をやねん?」
『トシキ先生が、休みを取られまして』
「うそ?」
『ウソなんか、言いません!』
トシキは・・もと医長は・・本来なら今日、僕の代わりに病棟を仕切ってくれるはずだった。
皆勤賞をあげてもいいくらいの彼が、休み・・・?
「だ、誰か亡くなったのかな。家族とか」
『先生。縁起悪いことを!』
「でもたぶん、そういうことがあったんだろ?」
『トシキ先生、昨日早引きされてたらしくて』
「へえ、そうなのか、うっ?」
まさか・・・
『え?先生。何か知ってるんですか?』
「い、いや・・・」
あの男・・・あの事がキッカケで・・・
『でね!先生。医長先生もいなくてトシキ先生いないと!現場を仕切る先生が!』
「し、シローがいるだろ。それとあと2人!」
『彼らに聞いても、<それは分かりかねる>って!』
「ええ?そんなこと言ったのかあいつら!あ!」
マックを通り過ぎた。
『なので先生。来てください』
出た。とどのつまりは、それだ。
「うーん・・・」
『先生。医長でしょ』
「うーむ・・・」
『医長でしたらお願いします』
「うー・・・」
何も言い返せなかった。
「ま。しゃあないな。行くわ!」
『それと、山ほど申し送り事項がありますので。患者さんからもクレームが』
「苦情が?なんて?」
『今日はちっとも見に来てくれんって』
「今日はオレは定休日!そう言っててくれよ!」
『患者さんの家族も朝早くからお待ちかねです』
「約束なんか、してねえよ?」
『1日、間違えて来てしまったとのことで』
あああ・・・・こういうの多いんだよな。
信号待ちで、ナビをセットし直し。
「真田病院へ・・・ゴー!」
覚悟を決め、アクセルを踏んだ。ここではない、職場へと・・・
コメント