サンダル休日 木曜日 ? 選択肢
2006年9月7日 病院駐車場に停車しようとしたが、停めるところがない。職員駐車場へ。
ここも停められない。患者・業者の車が混じっているものと思われる。
仕方なく、構内路駐。
正面玄関では診察を終えた患者がちらほら出てきている。
待合室に入ると・・・
みなに一斉に睨まれた。退屈に待たされている方々の、冷たい視線である。
しかし受付はそれなりにパニクっている。窓口で、何度も平謝りの事務長。
受付の近くの青二才の田中君が、台車で物品を運んでいる。
「あれ?あれ?」嬉しそうに僕を指差す。
「呼ばれたんだよ」
「気合、入ってますね」
「えっ?あっ」
気づくとシャツのままだった。
「しまった。そのままで来てしまった・・・」
「あ、ちょうどよかった」
田中くんは台車を置き、いったん受付に退いた。
「医長先生。紹介患者さんが他院よりファックスで」
「今日のオレは非番なんだよ。できたら今日の外来担当医に」
「え?でも・・・医長だし」
「だから何だよ・・わかったよ。かして!」
ファックス用紙を奪い取る。
『 入院依頼 80歳女性 <お願いします> 松田すこやかクリニック 』
「これだけ・・?」
「え?はい」田中くんは冷淡だった。
「外来に来てる?」
「いえ。救急車で」
「重症?」
「タクシーはお金がかかるとのことで」
「あのな・・・で?」
「こちらに来てもらっても?」
「病棟は?空いてるのか?」
「空いてません」
「どあるう・・・!」
事務長が走ってきた。
「はあ!はあ!医長先生!救急車救急車!」
「なに?オレ今から病棟・・」
「救急救急!」
田中くんに背中を押されながら、待合を横切る。
患者一同が横並びで、通り過ぎる僕を目で追う。
白衣がないので敬意もない。
瞬く間に救急室にたどり着いた。
「はいこれ!」後ろからナースがかぶせる白衣。
「おい事務長!松田クリニックからの紹介って・・なんなんだ?」
「患者さんが増えすぎて、困ってるらしいですよ」
「80歳女性ってことだったな・・・!」
「じゃお願いします」
「待て!礼は?」
事務長は3歩、退いてかがんだ。
「おありがとうございます」
「いえいえ」
救急車が到着。救急の長方形ゲートがグーン、と開く。
こういうとき、みな無言だ。患者を視つつ、貪欲に情報収集にあたる。
顔は白っぽく(化粧か脱水か貧血)、苦悶様(痛みか呼吸苦)で酸素マスク。
他の職員はバイタルをとり、僕は聴診しつつ。横に救急隊の口。
「はちじゅっさいじょせい!こきゅうく!ぜんそくにててんてき!」
「何を?」
「へ?てんてき!」
「だから何を?」
点滴バッグは<ラクテック>以外何が入っているか不明。
「困りましたな先生。わかってんのかなあ・・」
「それはアンタだろ?」
「私らは別に・・」
「情報がないのか!」
「けつあつ、ひゃくはちじゅうのひゃく!」
「高いな」
「あすぴーおーつー、きゅうじゅうきゅ、ちがった。はちじゅうさん!」
「おい。全然違うじゃねえかよ」
ライン確保、動脈・静脈採血。聴診器を外す。
「心不全かな・・・」
心臓喘息を、気管支喘息と間違えて点滴して、よけいひどくなった典型のようだ。
病名というのは・・・紹介してくるドクターの実力なども想定し、予想する。
もし君の家族が初診でヒーヒー呼吸で受診し、「喘息です」と医者に言われた場合・・『それは気管支喘息ですか?それとも心臓喘息?』と聞いてみろ。その医者の実力が分かる。
「心電図、できました!」若手ナース。
「ええっと・・・」
「どうなんですか?」
「ど、どうなんですかって・・・」
せっかちなナースだ。そういうのもいる。
STは下がっているが有意でなく、頻脈でもあり一概に言えない。
「胸は痛くない?」ばあさんに話しかけるが・・
「だいぶラクになりました」
「ホンマですか?」モニターは頻脈でSpO2 93%。
後ろの長男とおぼしき中年男性。
「ウソいうな、オバハン!しんどいしんどいって、言うてたやないか!」
「そうやろか・・」誰かに気を使うように、ばあさんはジェントルだった。
超音波で胸部腹部確認、できあがったレントゲンを掲げ、長男に説明。
「急性の心不全です。心臓に無理がきてる」
「心臓は丈夫やったで。この人」
「なんで分かる?」
「いやいや。畑仕事もこなしてたし」
「・・・治療の基本は、酸素を吸ってもらいつつ、たまった水を抜く。薬でね。注射」
「もうアカンな」
「なんでそうおっしゃる・・・?」
「いや。分かるんや。なんとなく。この人の夫もな、心不全で亡くなったんや」
「関係ないでしょうが・・」
「関係あるがな。夫婦やのに」
「だるる・・・!」
検査室から伝票。
「トロポニンTとか酵素は異常なし・・・原因は超音波より僧帽弁閉鎖不全、と!左心房が拡大、本疾患そのものの増悪か、と!」
所見伝票に記入。しかし正確には、他院の見落としによる急性増悪だな。
こういう<症例>を本で出したら売れるだろうな・・・!
田中くんがドバン!と入ってきた。
「医長先生!医長先生!」
「なんだよ。今、指示書いてる」
「駐車違反ですよ!困ります!」
「停めるとこないんだから。仕方ないだろ!」
「指示を書き終わりましたら、移動をお願いします!」
「ジャマか?」
「先生が?」
「なんでや?」
周囲にはウケていた。
患者は座位のまま、入院へ。
「主治医は、シロー!」
ナースが待ったをかけた。
「シロー先生は、早引きです!」
「もう帰った?」
「午後からです!」
「子供の用事?」
「知りません!先生が直接うかがったらどうですか?」
きついナースだな・・・!
「シローはダメか。じゃ、ザッキー・・」
「ザッキー先生は深夜入院の2人の持ち患者になってまして」
「そっか。大変なんだな。じゃ、慎吾・・・」
「慎吾先生は人間ドックやら検診やらで、手が放せません!」
「そう言ってたのか?」
「と、言ってました!」
どうやら、選択肢はなさそうだな・・。
「じゃ、オレが診るわ。長男さんだよな。さっきの人」
「あと、奈良から大勢の家族さんが来られるそうです!」
若いナースはそういい残し、プイッと去っていった。
「どしたんだ?あの若ナースは」
「へっへへ・・」事務長はやらしく笑う。
「冷たすぎだよ。まさか患者とかにあんな態度」
「いやいや。先生だけですよ」
「オレにだけ?いやがらせか?」
「いやいや。彼女ね。トシキ先生のファンクラブの一員でして」
「そんなのあるのか?ファンクラブ?」
「病院って、そういうのありますよ。あるドクターのファンの一群というか」
僕は聞いてみた。
「オレのファンクラブって、ある?」
「あ、おられますよ。そうじのオバちゃんに、食堂のオバちゃん・・・」
「だる・・・即、解散だな」
トシキのかくれファンは多かった。真面目でカタブツな男だが、誠実で無邪気なキャラが受けている。
しかし、誠実=言いなり、無邪気=子供、というふうに自分は解釈する。それでもどこか羨ましい。
「事務長。トシキはなんで休んでるのかな」
「プッ!しーらない!」
事務長は吹き出す振りをして、救急室を出て行った。
やはりエロビデオ(DVD)の影響だな・・・。
<女>は怖いな。
ここも停められない。患者・業者の車が混じっているものと思われる。
仕方なく、構内路駐。
正面玄関では診察を終えた患者がちらほら出てきている。
待合室に入ると・・・
みなに一斉に睨まれた。退屈に待たされている方々の、冷たい視線である。
しかし受付はそれなりにパニクっている。窓口で、何度も平謝りの事務長。
受付の近くの青二才の田中君が、台車で物品を運んでいる。
「あれ?あれ?」嬉しそうに僕を指差す。
「呼ばれたんだよ」
「気合、入ってますね」
「えっ?あっ」
気づくとシャツのままだった。
「しまった。そのままで来てしまった・・・」
「あ、ちょうどよかった」
田中くんは台車を置き、いったん受付に退いた。
「医長先生。紹介患者さんが他院よりファックスで」
「今日のオレは非番なんだよ。できたら今日の外来担当医に」
「え?でも・・・医長だし」
「だから何だよ・・わかったよ。かして!」
ファックス用紙を奪い取る。
『 入院依頼 80歳女性 <お願いします> 松田すこやかクリニック 』
「これだけ・・?」
「え?はい」田中くんは冷淡だった。
「外来に来てる?」
「いえ。救急車で」
「重症?」
「タクシーはお金がかかるとのことで」
「あのな・・・で?」
「こちらに来てもらっても?」
「病棟は?空いてるのか?」
「空いてません」
「どあるう・・・!」
事務長が走ってきた。
「はあ!はあ!医長先生!救急車救急車!」
「なに?オレ今から病棟・・」
「救急救急!」
田中くんに背中を押されながら、待合を横切る。
患者一同が横並びで、通り過ぎる僕を目で追う。
白衣がないので敬意もない。
瞬く間に救急室にたどり着いた。
「はいこれ!」後ろからナースがかぶせる白衣。
「おい事務長!松田クリニックからの紹介って・・なんなんだ?」
「患者さんが増えすぎて、困ってるらしいですよ」
「80歳女性ってことだったな・・・!」
「じゃお願いします」
「待て!礼は?」
事務長は3歩、退いてかがんだ。
「おありがとうございます」
「いえいえ」
救急車が到着。救急の長方形ゲートがグーン、と開く。
こういうとき、みな無言だ。患者を視つつ、貪欲に情報収集にあたる。
顔は白っぽく(化粧か脱水か貧血)、苦悶様(痛みか呼吸苦)で酸素マスク。
他の職員はバイタルをとり、僕は聴診しつつ。横に救急隊の口。
「はちじゅっさいじょせい!こきゅうく!ぜんそくにててんてき!」
「何を?」
「へ?てんてき!」
「だから何を?」
点滴バッグは<ラクテック>以外何が入っているか不明。
「困りましたな先生。わかってんのかなあ・・」
「それはアンタだろ?」
「私らは別に・・」
「情報がないのか!」
「けつあつ、ひゃくはちじゅうのひゃく!」
「高いな」
「あすぴーおーつー、きゅうじゅうきゅ、ちがった。はちじゅうさん!」
「おい。全然違うじゃねえかよ」
ライン確保、動脈・静脈採血。聴診器を外す。
「心不全かな・・・」
心臓喘息を、気管支喘息と間違えて点滴して、よけいひどくなった典型のようだ。
病名というのは・・・紹介してくるドクターの実力なども想定し、予想する。
もし君の家族が初診でヒーヒー呼吸で受診し、「喘息です」と医者に言われた場合・・『それは気管支喘息ですか?それとも心臓喘息?』と聞いてみろ。その医者の実力が分かる。
「心電図、できました!」若手ナース。
「ええっと・・・」
「どうなんですか?」
「ど、どうなんですかって・・・」
せっかちなナースだ。そういうのもいる。
STは下がっているが有意でなく、頻脈でもあり一概に言えない。
「胸は痛くない?」ばあさんに話しかけるが・・
「だいぶラクになりました」
「ホンマですか?」モニターは頻脈でSpO2 93%。
後ろの長男とおぼしき中年男性。
「ウソいうな、オバハン!しんどいしんどいって、言うてたやないか!」
「そうやろか・・」誰かに気を使うように、ばあさんはジェントルだった。
超音波で胸部腹部確認、できあがったレントゲンを掲げ、長男に説明。
「急性の心不全です。心臓に無理がきてる」
「心臓は丈夫やったで。この人」
「なんで分かる?」
「いやいや。畑仕事もこなしてたし」
「・・・治療の基本は、酸素を吸ってもらいつつ、たまった水を抜く。薬でね。注射」
「もうアカンな」
「なんでそうおっしゃる・・・?」
「いや。分かるんや。なんとなく。この人の夫もな、心不全で亡くなったんや」
「関係ないでしょうが・・」
「関係あるがな。夫婦やのに」
「だるる・・・!」
検査室から伝票。
「トロポニンTとか酵素は異常なし・・・原因は超音波より僧帽弁閉鎖不全、と!左心房が拡大、本疾患そのものの増悪か、と!」
所見伝票に記入。しかし正確には、他院の見落としによる急性増悪だな。
こういう<症例>を本で出したら売れるだろうな・・・!
田中くんがドバン!と入ってきた。
「医長先生!医長先生!」
「なんだよ。今、指示書いてる」
「駐車違反ですよ!困ります!」
「停めるとこないんだから。仕方ないだろ!」
「指示を書き終わりましたら、移動をお願いします!」
「ジャマか?」
「先生が?」
「なんでや?」
周囲にはウケていた。
患者は座位のまま、入院へ。
「主治医は、シロー!」
ナースが待ったをかけた。
「シロー先生は、早引きです!」
「もう帰った?」
「午後からです!」
「子供の用事?」
「知りません!先生が直接うかがったらどうですか?」
きついナースだな・・・!
「シローはダメか。じゃ、ザッキー・・」
「ザッキー先生は深夜入院の2人の持ち患者になってまして」
「そっか。大変なんだな。じゃ、慎吾・・・」
「慎吾先生は人間ドックやら検診やらで、手が放せません!」
「そう言ってたのか?」
「と、言ってました!」
どうやら、選択肢はなさそうだな・・。
「じゃ、オレが診るわ。長男さんだよな。さっきの人」
「あと、奈良から大勢の家族さんが来られるそうです!」
若いナースはそういい残し、プイッと去っていった。
「どしたんだ?あの若ナースは」
「へっへへ・・」事務長はやらしく笑う。
「冷たすぎだよ。まさか患者とかにあんな態度」
「いやいや。先生だけですよ」
「オレにだけ?いやがらせか?」
「いやいや。彼女ね。トシキ先生のファンクラブの一員でして」
「そんなのあるのか?ファンクラブ?」
「病院って、そういうのありますよ。あるドクターのファンの一群というか」
僕は聞いてみた。
「オレのファンクラブって、ある?」
「あ、おられますよ。そうじのオバちゃんに、食堂のオバちゃん・・・」
「だる・・・即、解散だな」
トシキのかくれファンは多かった。真面目でカタブツな男だが、誠実で無邪気なキャラが受けている。
しかし、誠実=言いなり、無邪気=子供、というふうに自分は解釈する。それでもどこか羨ましい。
「事務長。トシキはなんで休んでるのかな」
「プッ!しーらない!」
事務長は吹き出す振りをして、救急室を出て行った。
やはりエロビデオ(DVD)の影響だな・・・。
<女>は怖いな。
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