重症部屋に患者を運ぶ。

「ありがとうございました」ナース・ヘルパー達から礼。
「いえいえ。では指示は出したので、あとは長男さんに話を・・」

詰所に入ると、リーダーが待っていた。

「あ。来た」
「悪かったな。でも今日は休日で・・」
「・・いいですか?」
「は?」
「申し送り。トシキ先生の分もいっしょにお願いいたします」
「あの男、今日はもう来ないのか?」
「さあ。先生はどうなんですか?」

機嫌が悪そうなので、おとなし控えめに。

「多発性のう胞腎、人工呼吸器のついた小川さん。高熱がみられます。抗生剤変更するかどうか指示を」
「高熱・・・他のバイタルは?」
「担当に聞いてください」
「担当は?」見回すと、ボケボケの中野おばさんが立ち上がった。
「ふにゃ?」
「だる・・・」

「真珠会から入院した糖尿病の患者さん、療養病棟へ移りましたがまた転倒」
「おいおい・・・!」
「なのでこっちへ戻ってます。また指示ください!」
「まてよ。転倒後のフォローはできてんだろな?」
「フォロー?」

新人のナースがリーダーし始めてある程度慣れてくると、どこか小生意気になってくる。

いやなタイミングで、長瀬師長が入ってきた。憮然として窓を開けた。
「おやおや、珍しい珍しいお客さん。雨が降る降る・・・」
「だる・・聞こえるように言うなよな・・」
「♪あんめあんめふれふれ、もっとふれ〜」
「・・・・・」

リーダーの師長へのまなざしは穏やかだった。
「午前中、カテーテル検査しました、もと芸能人の方は3枝病変とのことです」
「バイパス術か・・・」
「怒って、夜にも帰られるそうで」
「結果が悪かったからって、怒るなよな・・・!」

そういう患者も増えてきた。

師長は顔を上げた。
「そういやユウキ先生。昨日の晩、トシキ先生顔色が悪くてねえ」
「なんだよ。オレのせいとでも?」
「いやいや・・・おおこわ」
「カゼかなんかだろ。たぶん」
「かなり悩んでいるようでしたよ」
「恋だろ。たぶん」

さきほどの患者の長男が入ってきた。
「おお。先生」
「(一同)ちょっと待ってちょっと待って!」
いったん出てもらう。

ナースらはイスを用意しだした。
師長は勤務表とずっとにらめっこ。
「ユウキ先生。今日はお手数ですが、トシキ先生が休まれている分、医長として」
「ああああ、わかってるわかってるって!」

長男はイスに座り、僕も向かい合った。

「さきほど下でお話した通り・・」
「で、先生。病名は?」
「急性心不全・・・」
「あ、あかんな。多分」
「どうして?」
「ど、どうしてって。こっちは素人やのに分からんがな。なあ、師長さん!」

師長が難しい顔でうなずく。

「原因はおそらく弁膜症だと思います。それに何かが加わって」
「性格もあるんちゃいまんの?」
「ないでしょう?」
「短気ですねん。この母親。なんかあったらすぐ怒る。すると脈、増えますやんか?」
「う、うう・・」
「そしたら先生、脈って増えたら不整脈起こりやすいんやろ?みのもんたさんが昼のテレビで言うてはった」
「な、なな・・・」
「最近はあのテレビ、りんごがええって」
「だる・・・」

弁膜症について20分ほど説明。

「・・・程度に関しては、心不全が軽快してから改めて評価を」
「場合によっては手術かもしれんってか?ふうん・・・」
「では」と、腰を上げかけたら・・・
「わかった!そしたらな!」
「へ?」

長男は廊下を意識しつつ立ち上がり、詰所入り口へ走った。

「あのな先生!わし、よく分かったから!」
「ええ」
「こいつらにも教えてやってくれんかな!」

サッと横に向けられた手を見るとその先には、ズラッと並んだ家族の大軍団。10人以上はおり、うち2人は赤ん坊をかかえている。
半分が高齢者。

「ぜ、全員に説明を・・・?」
「せやねん。奈良かと思ったら、心配してあとからついてきよったねん!な!よろしゅうタノンマ!」

家族は1人ずつ、無表情に詰所の中に入ってきた。赤ん坊は泣き出し、きわめて賑やかになってきた。
みな僕を、A級戦犯のように睨む。田舎者の特徴だ。

リーダーは大汗で、イスをいくつも抱えてきた。
「ふうふう!医長先生!ムンテラが終わりましたら、申し送りの続きがありますので!それと外来があとで電話をくれと!」

師長が耳元でささやく。
「真珠会から急患がまた来るとか」
「なに?」
「病棟はもう手一杯ですので」
「なら、断るよう言っとけ!」
「先生。断ってもあそこは・・」

そうだった。

さらに別のナースが声をかけてくる。

「挿管チューブ、やや抵抗あり確認をお願いします!」

「まってくれ!ちょっとお!みんな!」思わず立ち上がった。「聖徳太子じゃないぞ!」

いつぞやの、シローのセリフが出た。

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