視界前方120度、大家族が僕を包囲する。

「弁膜症による心不全だとしんだ・・」
「ふんげ!ふんげ!ふんげ!」赤ん坊が泣き出す。いかめしい表情であやす母親。

他の家族は一瞥し、またパッと僕のほうに向き直る。
泣き止むまで3分。

「・・いいでしょうか。治療は利尿剤といって・・」
「うげあ!うげあ!」また別の赤ん坊が泣き出す。

「すみませんが、誰かいったん子供さんを・・」預けて欲しかったが・・
「いや、いいです。このままで」母親がよしよししながら呟いた。

「・・・場合によってはこれよりも重症化することがあります。その場合、酸素をより補給するため人工呼吸器・・」
「・・・・・・」

みな、僕を凝視したまま。確かに無理もないのだが。

長老とおぼしき老婆が口を開いた。目は閉じている。
「あ〜その〜なんだあ。そのじんこうこきゅうき、というきかいをつけたら、しょくぶつにんげんになるんかいな?」
「い、いえ。あくまでも治療の1つとしてするのですが、植物人間というのはまた意味が違ってて」
「でも喋られんようになるんやろ?」
「え、ええ。チューブが声門という声を出すところをふさぎますし」
「じゃあやっぱしょくぶつにんげんや」
「そういうのではなくて」
「おうおう、こわこわ」老婆は顔をそむけた。「もう何もせんといてくださいや」
「な、何もせんって、そんな・・・」

片隅でおとなしく聞いていたじいさんが、口を開く。
「聞いたやろ、先生。もうこのまま逝かせてやってえな」
「治療はしてます。反応があれば前向きにやっていこうと」
「治るんか?」
「治すための治療ですし、入院ですし」
「でもアンタ、人工呼吸器つくってもう言うてるやないか。逃げ腰やな」
「なっ・・・」

気まずい雰囲気になってきた。重症患者の場合、万が一の説明をするのは当たり前なのだが。
どうやら説明がまずかったようだな・・・!

「・・・・・・」
家族はまた黙って僕を睨みだした。すると、数人の目線が逸れてきた。退屈になってきたのか。

「では、また今度経過を」
と言い出したとたん、また家族の視線が一斉にこちらに向かった。

ぞろぞろと引き上げていく家族。この患者はかなり影響力のある人だと思われる。

「ふう・・・今ので分かったのかなあ・・・で、送りは?」
「あ、はい」リーダーが再び報告。

「17歳の男の子。トシキ先生の患者さんで急性気管支炎で入院。本日でもう5日目。ミノマイシンにて解熱傾向で咳も出てませんがいつまで治療を続けるんですか?」
「ケンカ売ってんのか、お前?」
「<お前>はやめてください!」

口の減らないガキが・・・!

「今日はCRPの結果は出て?」
「とっくに出てます陰性ですさっきからお母さんがお待ちしていますさっさとムンテラのほうをお願いします!」
「なっ・・・」

40代前半とおぼしき母親が、しかめっ面で入ってきた。子供が病衣で入ってくる。
「主治医の先生が休まれたのはいいとして・・・こんなに待たされるなんて!」
「す、すんません」つい、謝った。
「これでもし結果が悪かったら・・・!」

僕は採血伝票をパッと渡した。

「陰性でした。よかったですね!内服切り替えでいきましょう」
「は!そうでしたか!」母親に日差しがさした。師長も肩をたたき、<おいしいとこどり>する。

「じゃ、退院でいいと思うよ!」子供の聴診を終えて聴診器を外す。

少年はしかし、どことなくふてくされている。反抗期のようだ。
「じゃ、がんばって!」
「なにを・・・?」
「(どある・・・)」

確かに、無責任な言葉ではあった。
ナースは送りを続ける。

「全身浮腫の48歳女性。主治医はトシキ先生で急性心筋梗塞。心電図ではSTが上昇したままこれはほっといていいんですか?」
「言葉を選べよな・・んで、STの上昇については昨日、ここで説明あっただろ?」
「いえ。聞いてません」
「したって。お前いたんだろここに?」
「ですから!その<お前>はやめてください!」

うぬぬ・・・。

点滴の指示を確認。
「モニターを遡ると、心室性の期外収縮が増えてるな」
「心室性の期外収縮は・・・あまり治療しないほうがいいって勉強会で」
「一般的にはな。でも心筋梗塞の急性期は別なんだよ」
「ふーん・・・・ん?」
「なんだよ。信用せえって!」
「ふーーーん・・・・・・ん?」また頭をもたげる。

最近のヤツは、なんでみなこうなんだ・・・?

期外収縮頻発時の指示を出す。

「昨日入院した、2週間食べてない中年男性の方。腹部膨満で浮腫あり全然変わらず」
「1日で、そんなに変わるかよ・・・」
「療養病棟へ移していいですか?」
「あと検査がいくつか残ってる。それが終わったら療養へ」
「療養へ行ってから検査では?」
「保険が通らないだろが」
「ふーん・・・ん?え?」
「お前は<北野>かよ・・・」
「あ、それと。うーん・・・・」
「なんだよ。早く言えよ」
「なんだったかなー・・・」

僕は近くでカルテなど確認。観察項目を決めていく。

「なんだよ、まだ思い出せないのか?」
「えーと・・・んーと。なんだろ?」
「知るかよ」

重症患者を一巡。しかしほとんどが検査などに向かっていて、いない。
なんとか把握は出来た。

詰所では、まだリーダーが頭をひねっている。
「んーと・・・」
「じゃ、もう帰らせてもらうからな!」
「んー・・・」
「ま、そんなに大事なことじゃないってことだな」

僕は時計を見て、くるっと振り向いた。
「やれやれ・・もう2時かよ。とほほ!じゃあな!背後から撃つなよ!」

廊下へ出て、エレベーターに向かった。そのとき。

「せんせえ!まってまってせんせい!」遠くからリーダー。そしてすぐ横の老ヘルパーが・・
「帰ったらいかんがね帰ったら!」いきなり腕を押さえられた。「つかまえたで!つかまえたで!」

犯罪者のように捕まった。
「てて・・にぎるなにぎるな!」
手を振り解くと、エレベーターがチン、と空いた。またゾロゾロと大家族が。別の顔だ。

その中の男性が、詰所に声を。
「ユウキ先生っていうのが主治医やときいたけど!説明してくれんかな!おーい!」

「はい」師長がどこからか出現した。いったいどこから・・・?

「師長の長瀬でございます」
「今な、神戸からはるばるきたんや。奈良の家族は説明聞いたらしいが、うちらはまだや。先生はおるか?」

そう言いながら、男性は師長に<おみやげ>、箱入りお菓子を渡した。
「これ、みなさんで」
「いや、そういう心遣いは・・」
「そんなん、言わんと!」
「そうですかあ。では・・あ。先生がちょうどいました」

師長はわざとらしく僕を指差した。
「医長先生。患者様のご家族様が説明をと」
「・・・・・」

僕は無言で詰所へと向かった。師長は<みなさん>の箱入りお菓子を持ちつつ、それこそ疾風(はやて)のように去っていった。

リーダーがイスを出す。
「ユウキ医長。私、思い出したのであとでお願いいたします」
「だる・・・!背後から撃つなって!」
「先生!ご家族がそこに!」
「あ、主治医の・・・」

泣き叫ぶ赤ん坊に中断されつつ、なんとか15分で説明を終えた。

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