説教を終えて、医局へ。もう16時を回ってる。今日も休日とはならなかった。

「はああ、だるだるだよ!今日は!」ドカッ、とソファーに腰掛けた。
「お疲れ様でした」横に研修女医の弥生先生。マスクをして暑苦しそうだ。
「弥生先生、マスク取れよ。病棟じゃないし」
「いえ、このほうがいいんです」
「・・・・・」

ザッキーが、近くの机で寝ている。イビキがかすかに聞こえる。

「ザッキーな。ええな・・・」
「あ、昨日のことですか?」弥生先生もどこからか聞いたようだ。
「もう知ってんのか。アイツが送ってくれっていうから」
「跡をつけたんですよね。びっくりしましたあ」
「いやあ〜。参った参った。若い頃を思い出した。今のオレにはあんなパワーは」
「パワー?恋愛するパワーですか?」
「以前は、仕事も忙しくて女にもそれなりに入れ込んで・・・24時間が72時間と思えたよ」

 すると、医局のドアがすっと開き・・・スーツのノッポ中年が現れた。

「よ・・よろしいですか?あの・・・シロー先生は」
「シロー?早引きで帰ったよ。なにか?」
「・・・ドクターですよね?先生」
「そうだよ。それが?」白衣を脱いでいたのでそう見えなかったか。

「わたくし・・・こういう者で」名刺にはわけのわからん会社名。
「はあ」
「先生方は将来、家も建てられてお子さんを育てて、豊かな老後をお築きになるご身分ですが」
「なんでだよ。独身もいるし、老後が豊かとは限らんよ」
「いえいえ何をおっしゃる。へへへ」

うさんくさい業者のようだな・・。

「それでですね、我々はそのような先生方にさらに豊かな暮らしを提供するために、資産運用の」
「わかってるよ。マンションだろ?」
「え、ええ。投資によって数年後には莫大な利益が先生のもとに」
「マンションのオーナーになって、数年したらスズメの涙ほどの利益が転がり込むんだろ?」
「いえいえスズメの涙など。それは先生からのご予算次第で」
「ハゲタカみたいな奴らだな・・」
「へへへ」
「で。なんでシローを探してるんだ?」
「へへ。松田クリニックからの紹介で。松田先生には日頃お世話になってまして。彼から、ぜひシロー先生に勧めてくれと」

シローは家のローンを払ってる最中だ。こいつら、金銭感覚をさらに麻痺させるつもりだな・・。

弥生先生はパンフをのぞきこんだ。
「お金を投資するだけで、あとで戻ってくるの?」
「さようでございます!」業者はへコヘコした。

僕はパンフをつき返した。
「オレの知ってる先生は、以前これに投資して・・・そのビルが阪神大震災で潰れたとよ」
「はっ・・・」
「で、金は返ってこずで。他の奴らも投資はしたけど、途中でかかる資金やらなにやらで差し引きされて利益はなかったって」
「ここ、こちらではそのようなことは一切!」
「だから。弥生先生もやめとけ、こんな話!」

僕は内線に電話した。
「事務長。つまみ出せ」
『不審者?』

とたん、業者はタター、と速い逃げ足で去っていった。
ザッキーは音で目覚めた。
「なな、なんです?」
「つまらん業者だよ」
「あ・・・」

ザッキーは目をごしごしこすった。
「昨日は駅まで送っていただいて、どうも」
「いえいえ。まあ頑張れ」
「?あ、今日、午前中トシキ先生から電話があって」
「聞いた。休んだんだってな。病気かな?」
「なんか、すごく元気がなかったですね」
「で、今日の午前のカテーテルは3枝病変だって?」
「そうなんですよ・・・これです。総統がセカンド、ついてくれまして。その元芸人が、ムチャクチャ怒りましてね。」

 医局のシャーカステンで病変を確認。3本とも高度の狭窄がある。

「うわ、こりゃ帰したらいかんだろ?」
「内服はすでにフルメディ(フルメディケーション)。すべていってます」
「わがままそうなヤツだもんな・・・」
「思うようにいかんっすよ。最近」
「オレもだよ・・・」
「今日は先生、休みでは?」
「呼ばれた。でもそろそろ帰る」

内線がプルルと鳴る。弥生先生が出る。
「・・・・はい。はい」
即、受話器が置かれた。

「医長先生。なにや救急病院からです」
「オレ?近くの病院から?」

『もしもし?医長先生でしょうか?』
「は、はい」
比較的オジサンの声だ。

『わたくし、ハアハア、なにや救急の常勤のハアハア、徳川と申します』
「だ、大丈夫ですか?」
『ダメです。もうこれ以上ハアハア、みれません・・・』
「みれません?なにを?」
『引き続き、お願いいたしますハアハア・・・うっ』

周囲にガチャガチャ、という音だけ。せわしい。

「もしもし?もしもし?」
応答がなく、切った。

「どしたんですか?」ザッキーが見下ろした。
「わけがわからん。みれません、おねがいします、最後は<うっ!>」
「な、なんか医長先生が言うと、変ですね」
「え?そうか?」

弥生先生も、照れていた。
「な、なんかイヤです・・」
「なんで?言い方が変か?オレの?」

ピートが部屋の隅のパソコンから顔を上げた。
「あっはっはっは!傑作だぜ!電話が切れましたでソウロウ!」

「(一同)あっははははは!」

ピンポン!と、めったに鳴らない天井のアナウンス。

『救急搬送依頼!救急搬送以来!手の空いてるドクターは至急、救急室へ!』

みな反射的に立ち上がり、廊下へと走った。キャプツバのごとく、気の遠くなる廊下を走り続ける。

「どある・・・!一段落ついたこんな時に!ダッシュダーッシュダッシュ!」

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