救急室ではすでに数名が待機、僕らも加わった。

ピ〜ポ〜ピ〜ポ〜ピ〜ポ〜ピ〜ポ〜ピ〜ポ〜ピ〜ポ〜・・・

なかなか到着しない。

僕は救急カートなど物品を確かめた。
「これは、これ、と・・・」
「オッサン。大丈夫だって!」後ろからピートが覗き込み、僕は後退した。
「念には念を」
「ここはオレの部屋だかんな。ではそろそろ・・・」

開いたドアを出て、近くに置いてあるタイヤの積み上げ(ピラミッド型)に、彼は登っていった。
雨はやんでいるが、風はまだ強い。

「よいせ、よいせ・・・おお!」
「どうした?」
「向こうは晴れだぜ!」
「だる・・・何のために登ったんだよ?」

ピートはうれしそうに、サインをしてきた。手話のようだがこっちは分からない。
ザッキーが目をしかめて見ている。

「ええと!なになに!救急車は!音を消して!こちらへ向かってる!」
「ザッキー!お前、手話が分かるのか?」
「いいえ。手振りでそんな気が・・」
「だるう・・・!でもそれっぽいな!」

どうやら<手話>の内容自体が怪しかった。

「あ、あれ!そう?」弥生先生のかよわそうな指が指したその先、救急車が3台やってきた。
国道から患者用駐車場へ入ってくる。ドまん前でゆっくりターン。バックしてくる。

「きたな!おいピート!降りて来い!」
「・・・・・」彼は上から見下ろしていたが・・
「おい早く降りて手伝え!」
「待てよ!中の状況は・・・」
「?」
「今度はスリガラスだ!見えねえ!」

数段飛ばしで、ピートは地面に舞い降りた。

僕は白衣に貼り付けたメモに走り書きしながら指示。
「と、とりあえず・・・1台目はピート!お前と弥生!いや弥生先生!」

僕は一番最初にハッチの開きそうな2台目に集中した。

「自分は1人で3台目を!」ザッキーも出てきた。
田中事務員が駆けつける。
「残り2台来ますが、交通外傷のようです!では外科系の先生方!」

外科系3人が軽く会釈、待機する。

2台目から出てきたのは・・・呼吸促迫だ。若い女性。喘鳴らしきものも混じる。
「ヒー!んどい!ヒー!」
「しゃ、しゃべらくなていい今は!」救急隊が無言で、ベッドに移す。

近くに立つ隊長らしき人物。この前と同じヤツだ。
「ちゃんと見てえなあ!先生!」
「バイタルはどうだったんだ?バイタルは!」
「ああ?バイタルだ?別に」
「別に?おい!」

「先生!患者さんを!」ナースが呼び覚ます。
「えっ?あ、ああ!」

聴診では喘鳴が著明。
「喘息か。多いな、うちの病院」
腕を見ると点滴の抜いた跡。
「さっき入ってたみたいだな。なにや救急から、こっちへ振られたんだ」
「喘息の治療ぐらいはあそこで」ナースが眉をしかめた。
「だろうけど、まだ不十分だったのかな・・・」
「ボスミンまでは必要ない酸素にステロイド・・・時間あったらCT、撮れるか?」

1台目、ピートが楽勝っぽく両手を挙げている。
「おーい、そっち手伝おうか?」
「なに?軽症か?」
「おとなしい、じいさんだ!」

じいさんが横になって、ただ僕らを見渡してるだけだ。バイタルも問題なし。
ピートはご満悦だった。
「悪いが、とりあえずの主治医はオレだな。すまんが重症はお前らが持つんだぜ!」
「点滴しますので、手を・・・手を!」弥生先生が座って、患者の左手を引っ張る。

患者は手をなかなか出してくれない。しかし時々、脈うつように体が震えている。

田中事務員が、近くのノートパソコンを打ち続ける。
「待てよ。この名前はたしか・・・!」
持ち物の保険証を頼りにか、彼は何か検索していた。

4・5台目が到着。外傷患者が運び込まれる。
外科系がとりかかる。

3台目、70台くらいの大柄女性。大汗で意識障害。
ザッキーは簡易血糖測定待ちつつ動脈血採取。

「あれ?血糖は177?たいしたことない・・・」
「レベルは200ってとこかな。頭部の病変は?熱は・・40度?」僕は体温計を外した。
「神経学的所見ははっきりしませんね・・・動脈血液ガスは今出ましたが!やや過換気!」
「CTいこうや!CT!」
点滴・酸素吸入しつつ、ベッドがガラガラ廊下へ運ばれた。

田中事務員が床に寝そべったままパソコン。
「んーと。はいはい!1台目のその患者さん!ピ!ピート先生!」
「なんだ。もう病棟に上げるぜ。さっさと退院を・・」
「離れちゃダメだー!」

叫びもむなしく、患者の腕はニュッと伸び、左右それぞれピート、弥生先生の上腕めがけて命中した。
「ぎゃっ!」あまりの痛さに、弥生先生はうずくまった。
「いてええ!」ピートも遅れてうずくまる。

じいさん患者は再び、両腕をふとんに隠した。点滴は知らない間に抜かれている。
血が少しずつベッドに拡がる。

 田中君は動揺していた。
「す、すんません。逆でした!離れなきゃダメ!」
もう遅い。
「困ったな・・・この患者はもと拳闘家。ブラックリストに入ってる患者だ。脳梗塞でボケてはいるが・・・リハビリだけはしてたのかな?」
 妙なところで納得していた。

僕は救急入り口を見て、思わず指差した。
「あ!また来たまた!」

 また3台、向きをかえてバックで迫ってきた。
中からハッチが開いてくる。
「やる気、満々だな・・・!」

1人ずつ搬入、救急隊長がイラつく。
「ホラホラホラ!はよベッドあけんかい!」

 ナースらはてんてこ舞いでシーツを用意する。
救急隊は待てず、その上に患者を移動する。

「そら!」
「(ナースら)ちょっとわああ!」

 僕は重症そうな男性の横に行き、聴診。痩せ型中年。
「息を吸うと痛い?」
「痛いというか・・息が!息が!」
胸にいくつか術創のような箇所が3箇所。酸素飽和度は少量吸入で良。

「チューブ入れたこと、あるでしょう?」
「あ、あるある!い、今すぐ入れてくれ!」

隊長の頭のライトがまぶしく光る。
「お前、医長!」
「なんだ?」
「気胸なら、さっさとドレーン入れんかい!」
「そうはいくか!CT行こうぜ!」

ピートと弥生先生は、まだうずくまっている。
あばらでも折れたのか。

ザッキーは3台目患者を連れて出て、いない。

「くそ!あと2人の患者を!誰か!誰か!あっ?」
廊下にチラッと見えた影を追いかけた。
「おい!そこの男!」

白衣を着た男がピタ、と立ち止まった。

「手伝え!胸部不快に腹痛だ!さあ!」
「・・・・・・」

男はゆっくり、くるっと振り返った。すると・・・

「ザビタン!へいへい!」ニやけた、マゾっぽ看護士だ。
「なんだお前かよ・・でもいいや!手伝ってくれ!」

マゾっ子を引っ張ってくると、田中君がやってきた。
「医長先生!あと3台が向かってます!」
「なんだと?」

看護士はなぜか、嬉しそうにはしゃいでいる。
「ガーブラ!おおおお〜っ!」
「そこがまたマゾなんだよな・・・」

看護士はそう言いながらも、挿管チューブの準備、点滴準備に専念した。

放射線部の技師長が入ってくる。
「おいおい!CTばっかり行列作りおって!仕切るヤツはもっとしっかりしろ!あ、すんまへん医長先生」
「い、いや。いいんだ。すまんせん!」

しまった。全体像も把握しとかなければ。

とにかく今は、<マゾ>の手も借りたい・・・!

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

最新のコメント

この日記について

日記内を検索