サンダル休日 木曜日 ? 黒い影
2006年9月27日 部屋の隅でうずくまる、ピートと弥生先生。かなりの力で殴られたようだ。その殴った患者は平然とベッドで寝ている。
マゾ看護士は抑制帯で縛り付けていた。
「キーキー!キィー!」恐れからか、狂ったように縛りにかかる看護士。
「やるな、あいつ・・・代わろうか!」
「お、お願い!」心臓マッサージに疲れたザッキーが手を離し、アンビューにかかる。
救急車の最後の3台のひとりはCPAだった。
CPRを施すも、モニターでは手ごたえがない。
ボスミンなどのアンプルが、薬きょうのように床に落ちていく。
「いったい、いつから意識がないんだ・・・?救急隊!」
隊長は腕組みしてヘルメットしたまま。
「おう?どうやったかな・・・で。どや?」
「この人の・・・はあはあ・・・家族は?」
高齢男性の瞳孔はすでに散大していた。
事務の田中くんが、ポケットから出した財布を確認している。
「1000円札が4枚と、あと100円玉などモロモロです!」
「バカ!そんなのどうでもいいだろ!ほかには!」
「青汁の袋。商品券・・・」
「救急隊のメモによると、公園で倒れていた、ってあったが・・・」
服装がかなり廃れて悪臭もある。ホームレスの可能性が高い。
どうやら家族はすぐに見つかりそうにない。
僕はキョロキョロ見回した。
「田中くん!ほかはどうなってる?」
「ほか!ほかは・・・ブラックリストの拳闘家は、とりあえず家に帰します!」
「帰れるか?調べてからでないと・・・」
「あの状態でですか?」
看護士は抑制帯でグルグル巻きというほどに、きつく縛り付けていた。
「おい看護士!それちょっと巻きすぎだろ!」
「マーキィスギ!マーキィスギ!ヒー!」かなり興奮している。
「ど、どうしたんだ・・・?」
ピートがゆっくり起き上がり、よろめきながらやってきた。
「い、今。電話したんだが・・・精神科へ紹介しようかと」
「精神科にか・・」
「薬物の内服があるようだ。それも多めに服用したかもしれん。てて・・」
「その系統の薬物だと?」
「匂いがな。したんだよ・・ててて。独特な匂いってあるだろ」
「胃洗浄するか・・・?」
看護士はすでに胃チューブをスルスルと突っ込んでいた。中年男性は顔を真っ赤に首をブルンブルン振っている。
「ぐぁが!ごっ!」
「キイッ!」看護士は強引にチューブを進める。だが空しくも、チューブはとぐろ巻きで口から出てくる。
僕は呆気に取られた。
「あれじゃサポートが必要だ。外科医の手が空いてるのなら、あっちのフォローに行かせてくれ。田中くん!」
「そっ。それが・・・」
「まさか・・・帰ったのか?」
「交通外傷の2名は病棟に入院して・・もうすることないから帰るって」
「え?お前。許可したのか?」
「だ、だって外科はもう終わったし・・」
「終わった?何が終わったんだよ!」
田中君は周囲を見回した。
7台のベッドがひしめきあう。1台は暴力患者なわけだが、あと6人は比較的重症だ。あちこちで、酸素投与や画像検査などが進められている。
とにかく人手が少ない。足りないのだ。救急担当がふだん1名が常時待機するものだが、急患の数が増えると話は別だ。
というか、救急が来たら人手が足りるというまで、駆けつけが多いにこしたことはない。なので救急サイレンが聞こえれば、一斉に駆けつける本能が必要だ。
なのに中途で医者が減ってしまった。情けない病院だ。
「田中くん!呼べよ!腹痛だってまだ診断が分かってない!」遠藤君が頼りなく腹部にエコーを当てている。
「そ、そうなんですけど・・・」田中君は困っていた。
「なあ!さっさとコールしろって!くそ。ダメか・・DCするぞ!」
キュイー・・・・ン。パン!とDCするが、脈は戻らない。数回したがお手上げだった。
「50分頑張ったが・・やむを得ないな!19時50分・・・・!」
カルテに記入、死亡診断書。
田中君はまだオドオドしていた。
「事務長は出張で、シロー先生は早引きで。トシキ先生はお休みで。医長が原因?えっ?」
「るさいなわかってるよ。で?おい!慎吾は?慎吾がいるだろが!」
見回すと・・・・彼は隅でモニターを見ていた。なにやら指示を出している。
「キシロカイン!半筒!アイブイ!急いで!」
察するに、不整脈の治療だ。彼は立ったまま動かない。近くでナースがせっせと動く。
手が空いた僕は、慎吾の後ろに近づいた。
「おい慎吾!そのモニター・・・純粋な不整脈か?」期外収縮の単発だ。
「純粋?不整脈に純粋もくそもないだろ?」大きな丸いマスク。半球状のマスクはさながら新幹線のようだ。
「じゃなくて!原因はどうかなって考えたのか?」
「原因調べるのはあとだろ?まずは治療!」
「それに単発だろこれ?こういうときは調べながらだろ!全身の評価はどうなんだ!」
「まてまてまて!よく分からん!落ち着いて落ち着いて!」
彼は完全に動揺してしまった。
その間に診察し、情報を収集。
「慎吾!この波形は高カリウム血症だ!T波が高くQT延長・・・に見えないか?」
「あ、うん!だな!だろな!」
「おい!知らなかっただろ?」
「い、いや知ってた知ってた!」
患者の意識自体は清明だが、頻呼吸ぎみ。酸素は足りている。
「腎不全がらみか。採血結果は?」伝票を探すが、ない。
「しとくから!ここはオレがしとくから!」慎吾は僕の背中を押した。
「な、なにすんだ!」
「しとくから!」
「とっとと採血しとくんだよ!」
僕は締め出され、近くのザッキーにぶつかった。
彼はCTを天井にかざした。
「医長!さっきの痩せた男性」
「気胸の再発か?」
「これは難しいかもですよ・・・」
胸部CT、あちこちにブラがある。気胸の繰り返しで中途半端なブラが多数。別名<爆弾>だ。
その中に混じって、今回の気胸が部分的に起きている。つまり中の1つが破裂した。
「以前起こした部分は癒着して、部分的な気胸になってるな」
「どこを刺してもいいってわけじゃないってことですね」
「救急隊の奴・・・!アイツらの言うとおりにしなくてよかったぜ!」
救急隊長は指をクイクイッ、と動かして傍観していた<仲間>を出口に引き寄せた。
どうやら引き揚げにかかるようだ。
薄暗くなったその奥駐車場、不気味に待機する黒い救急車。僕が目をやると、軽くパッシングしてくる。
またあの<マーブル>野郎でも来たのか・・・!
マゾ看護士は抑制帯で縛り付けていた。
「キーキー!キィー!」恐れからか、狂ったように縛りにかかる看護士。
「やるな、あいつ・・・代わろうか!」
「お、お願い!」心臓マッサージに疲れたザッキーが手を離し、アンビューにかかる。
救急車の最後の3台のひとりはCPAだった。
CPRを施すも、モニターでは手ごたえがない。
ボスミンなどのアンプルが、薬きょうのように床に落ちていく。
「いったい、いつから意識がないんだ・・・?救急隊!」
隊長は腕組みしてヘルメットしたまま。
「おう?どうやったかな・・・で。どや?」
「この人の・・・はあはあ・・・家族は?」
高齢男性の瞳孔はすでに散大していた。
事務の田中くんが、ポケットから出した財布を確認している。
「1000円札が4枚と、あと100円玉などモロモロです!」
「バカ!そんなのどうでもいいだろ!ほかには!」
「青汁の袋。商品券・・・」
「救急隊のメモによると、公園で倒れていた、ってあったが・・・」
服装がかなり廃れて悪臭もある。ホームレスの可能性が高い。
どうやら家族はすぐに見つかりそうにない。
僕はキョロキョロ見回した。
「田中くん!ほかはどうなってる?」
「ほか!ほかは・・・ブラックリストの拳闘家は、とりあえず家に帰します!」
「帰れるか?調べてからでないと・・・」
「あの状態でですか?」
看護士は抑制帯でグルグル巻きというほどに、きつく縛り付けていた。
「おい看護士!それちょっと巻きすぎだろ!」
「マーキィスギ!マーキィスギ!ヒー!」かなり興奮している。
「ど、どうしたんだ・・・?」
ピートがゆっくり起き上がり、よろめきながらやってきた。
「い、今。電話したんだが・・・精神科へ紹介しようかと」
「精神科にか・・」
「薬物の内服があるようだ。それも多めに服用したかもしれん。てて・・」
「その系統の薬物だと?」
「匂いがな。したんだよ・・ててて。独特な匂いってあるだろ」
「胃洗浄するか・・・?」
看護士はすでに胃チューブをスルスルと突っ込んでいた。中年男性は顔を真っ赤に首をブルンブルン振っている。
「ぐぁが!ごっ!」
「キイッ!」看護士は強引にチューブを進める。だが空しくも、チューブはとぐろ巻きで口から出てくる。
僕は呆気に取られた。
「あれじゃサポートが必要だ。外科医の手が空いてるのなら、あっちのフォローに行かせてくれ。田中くん!」
「そっ。それが・・・」
「まさか・・・帰ったのか?」
「交通外傷の2名は病棟に入院して・・もうすることないから帰るって」
「え?お前。許可したのか?」
「だ、だって外科はもう終わったし・・」
「終わった?何が終わったんだよ!」
田中君は周囲を見回した。
7台のベッドがひしめきあう。1台は暴力患者なわけだが、あと6人は比較的重症だ。あちこちで、酸素投与や画像検査などが進められている。
とにかく人手が少ない。足りないのだ。救急担当がふだん1名が常時待機するものだが、急患の数が増えると話は別だ。
というか、救急が来たら人手が足りるというまで、駆けつけが多いにこしたことはない。なので救急サイレンが聞こえれば、一斉に駆けつける本能が必要だ。
なのに中途で医者が減ってしまった。情けない病院だ。
「田中くん!呼べよ!腹痛だってまだ診断が分かってない!」遠藤君が頼りなく腹部にエコーを当てている。
「そ、そうなんですけど・・・」田中君は困っていた。
「なあ!さっさとコールしろって!くそ。ダメか・・DCするぞ!」
キュイー・・・・ン。パン!とDCするが、脈は戻らない。数回したがお手上げだった。
「50分頑張ったが・・やむを得ないな!19時50分・・・・!」
カルテに記入、死亡診断書。
田中君はまだオドオドしていた。
「事務長は出張で、シロー先生は早引きで。トシキ先生はお休みで。医長が原因?えっ?」
「るさいなわかってるよ。で?おい!慎吾は?慎吾がいるだろが!」
見回すと・・・・彼は隅でモニターを見ていた。なにやら指示を出している。
「キシロカイン!半筒!アイブイ!急いで!」
察するに、不整脈の治療だ。彼は立ったまま動かない。近くでナースがせっせと動く。
手が空いた僕は、慎吾の後ろに近づいた。
「おい慎吾!そのモニター・・・純粋な不整脈か?」期外収縮の単発だ。
「純粋?不整脈に純粋もくそもないだろ?」大きな丸いマスク。半球状のマスクはさながら新幹線のようだ。
「じゃなくて!原因はどうかなって考えたのか?」
「原因調べるのはあとだろ?まずは治療!」
「それに単発だろこれ?こういうときは調べながらだろ!全身の評価はどうなんだ!」
「まてまてまて!よく分からん!落ち着いて落ち着いて!」
彼は完全に動揺してしまった。
その間に診察し、情報を収集。
「慎吾!この波形は高カリウム血症だ!T波が高くQT延長・・・に見えないか?」
「あ、うん!だな!だろな!」
「おい!知らなかっただろ?」
「い、いや知ってた知ってた!」
患者の意識自体は清明だが、頻呼吸ぎみ。酸素は足りている。
「腎不全がらみか。採血結果は?」伝票を探すが、ない。
「しとくから!ここはオレがしとくから!」慎吾は僕の背中を押した。
「な、なにすんだ!」
「しとくから!」
「とっとと採血しとくんだよ!」
僕は締め出され、近くのザッキーにぶつかった。
彼はCTを天井にかざした。
「医長!さっきの痩せた男性」
「気胸の再発か?」
「これは難しいかもですよ・・・」
胸部CT、あちこちにブラがある。気胸の繰り返しで中途半端なブラが多数。別名<爆弾>だ。
その中に混じって、今回の気胸が部分的に起きている。つまり中の1つが破裂した。
「以前起こした部分は癒着して、部分的な気胸になってるな」
「どこを刺してもいいってわけじゃないってことですね」
「救急隊の奴・・・!アイツらの言うとおりにしなくてよかったぜ!」
救急隊長は指をクイクイッ、と動かして傍観していた<仲間>を出口に引き寄せた。
どうやら引き揚げにかかるようだ。
薄暗くなったその奥駐車場、不気味に待機する黒い救急車。僕が目をやると、軽くパッシングしてくる。
またあの<マーブル>野郎でも来たのか・・・!
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